帰宅
日比と別れてから、帰宅した。先程の会話を思い出す。午後空いてるー?という日比に「塾があるから」と断ったところだ。すると、日比は目をこれでもかというほど見開いて、「俺も!!」と言った。忘れてたのかよ。と心中ではなく、思わず声に出して突っ込むとただ普通に笑われた。話をするうちに、日比と一生は場所は違うものの、同じ塾に通っているらしい。毎年夏には塾夏期講習コースと長野夏期講習コースとの選択をしなければならない。一生は当然のように塾夏期講習コースを選ぶのだが。「一緒に長野行こう!」と眩しい晴天に突き上げた日比の腕が目に浮かぶ。…誘われて本当に嬉しかった。楽しみ、というのが本音だが、長野夏期講習コースが未知過ぎて、またちょっと値段が高くて、円卓の話題にもあげにくい。
自宅の玄関に開けると、外との温度差に皮膚がジンジンとした。涼しい。肩にのしかかっていたバックを下ろす。
「ただいまー!」
「おかえりー。」
奥に向かって叫ぶと、くぐもった返事が返ってきた。一息つくと、床に置いたバックを持ち上げ、自分の部屋へと運び込む。一通り、バックからものを取り出すと進路選択の紙が見えた。途端に憂鬱な気持ちなる。大学生になったら、自分は何をしているだろうか。というかこれから大人になったとして、一生のこの性格からして彼女ができるはずもなく、勿論、なんとなく持つだろうかと思っている家庭などというものは夢のまた夢だ。一人暮らしを始めるとしたら、きっと本当に一人になってしまう。今まで散々インドアを楽しんできた一生には、何をすべきなのか、全く検討もつかなかった。
リビングに行くと、すでに家族全員が先に席についていた。
「ごめん、遅れた。」
「遅いよ〜。」
「ごめんって。宿題がおわんなくて、きりいいとこで切り上げてきた。」
「早く食べて、冷めちゃうじゃない。」
他愛もない軽い会話に自ずと硬くなって閉じこもっていた心がゆるゆると柔らかくなっていく。夕食を箸で口に運ぶ。さあ、一生、「あのさ、今年の夏長野夏期講習コース、行きたいんだけど。」というんだ。この機会、流せばきっとまた言いにくくなってしまう。息を吸うが、そのまま吐いてしまう。喉に引っかかった言葉は一向に上がってきそうにない。じりじりと時が過ぎていくのを感じながら、ついに皿の上には最後の一口分の米が残された。それを箸で叩く。バクバクと心臓が鳴っている。
「あ、あ、あのさ。」
思い過ごしではなく、先程までの和やかな会話が打ち切られ、シンとする。
「夏、長野行きたいんだけど。夏期講習で。」
どんどん語尾が小さくなる。
「別に!無理だったらいいから。ただ行きたいなって思っただけで…。」
今まで黙って話を聞いていた兄が口を開いた。
「一生…春が来たのか…。」
「は!?え、違う!」
「まあ、まあ、座れよ。気持ちはわかるけどさ、夏期講習の内容は変わんないだろ、そう長く暇時間はないと思うよ。」
「だから、俺はっ」
「いいんじゃないか?一生がそんなこと言い出すのは珍しいし。なあ、母さん。」
「そうね。一生の気が変わらないうちに予約しておきましょうか。」
「!余計な金の分は俺が払うから、」
「そんなこと、気にしなくていいの、それより早く食べちゃって、さっさと夏休みの宿題してほしいわ。」
強い口調で言われ、仕方なく、最後の一口を口に入れた。
「友達もいるのよね、きっと楽しめる。」
最後の一言にムッときたが、腹に力を込めて、文句を押さえた。
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