日比 元志

翌日、座席表で調べると、彼の名は、日比 元志というらしかった。

(日比、元志か。関わるなら、覚えておいた方がいいか。)

座席表を元に戻し、教壇から離れる。四時間目の鐘が鳴った後、クラスメイト達は各々自由にグループになり、弁当を持って教室を出て行く。あるものは、学校の食堂へ、あるものは教室で机をくっつけている。一生もバッグから弁当を取り出して、校庭へと向かった。廊下に出ると、生徒たちの喧騒が満ちていた。廊下沿いに伸びている窓からは、日中の日差しに照らされた、木々が風に揺れているのが見える。木漏れ日が激しく揺れている。案外今日は風が強いかもしれない。前方に歩くグループを追い越して、早足で進む。時々教員室へと急ぐ教師とすれ違った。

 校庭のベンチに到着して、腰をかけ、膝の上で弁当を広げる。弁当を覆っていた風呂敷が風にバタバタ揺られ、思わず一生は押さえつけた。危うく落としそうになった箸を掴むと、小声で「いただきます。」とつぶやく。弁当の蓋を上げると、途端に美味しそうなにおいが香ってきた。ふと、遠くからだれかーー日比が走ってくるのが目に入った。息を切らしながら、

「土倉!やっぱ、ここにいた。一緒に飯食おう。」

「他の人とは食べなくていいのか?」

「俺が言ってるんだから、いいだろ。」

「へぇ…。」

口籠もりながらも先ほどまで校庭に移していた視線を弁当に移す。こわばった笑顔が痛い。

「土倉は今日の小テストどうだった?俺、まじで、見た途端終わったと思ったわ。」

「たしかに、最近の英単語テストは難しいフレーズばかりだ。」

本当はきちんと勉強をしていたので、ある程度点数は取れているはず。けど、ここは嘘をついてでも、相手に合わせた方がいい。

「土倉でもそう思うか?」

「うん。」

「そっかー。よかった。今回の小テストは捨ててもよかったやつか。」

誰がそんなことを言ったんだ。と心の中でつっこみを入れる。強風が吹いて頭上から二、三枚葉が落ちてきた。髪がかき乱される。卵焼きを一つ口の中に押し込む。落ちた沈黙。最初から分かりきっていたが、やはり気まずい。黙って食事を続ける。

「お前は、俺と似てると思うか?」

突如問われた声に、動かしていた口が止まった。

「思わない。」

「お前、ほんとの自分を隠してるだろ。」

「…。」

「俺も一緒。」

何故か日比はニヤリと笑った。

「それでもか?」

前髪が風で細かく震えている。

「何かの罰ゲームなら、帰ってくれ。ただのボッチへの憐れみならどうでもいい。俺は一人でいるのが、好きなんだ。」

尚も、「これ以上俺と関わんな。」とつづげようとする言葉も、歯を噛み締めて、グッと堪えた。

「嘘つけ。」

「嘘じゃない。」

ピシャリというと、俺はまだ食べ終えていない昼食をまとめると立ち上がった。

「どこ行くんだ?」

「どこでもいいだろ。」

もちろん、人気のないところがよかった。食堂なら息苦しい。考えるのも面倒で、教室に向かう。

追ってくる日比に(来んなよ。)と心のうちで唱えながら、早足で廊下に溢れ出していた生徒たちを縫って進む。半ば小走りになっていた。


それから、頻繁に日比は近づいてくるようになった。そのたびに一生は適当に返答し、避け続けた。すでに一生にとって、日比は注意人物となってた。日比の「ボッチへの憐れみ」は、ゾーンに入ってしまったらしい。全く終わる気配がない。はっきり言って大迷惑だ。だが、「クラスメイトと話した」という事実に心の奥底で甘酸っぱいような嬉しさを感じていたことは完全に無視した。

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