「友達」の定義
捩花
川岸の噂
川岸に一人の少年が立っていた。何をしていたかはわからない。その少年は、はしゃいで、楽しそうに歩いてきた二人の少年達をみて、驚いたように目を見開く。どうやら、歩いてきた少年達は兄弟のようだ。話していた少年がちらりと視線を送った先に、驚いた顔をした少年がいた。一瞬カチリとあった目はすぐに逸らされ、心にわだかまりを抱えたまま、少年達はすれ違った。何事もない、ただの日常の一部である。しかし、一人にとっては、これが全ての始まりだった。
土倉 一生は、眠気を紛らわすように、座ったまま伸びをした。クラスメイトは各々の友達の元へ行き、好き勝手に話している。前に突き出した両腕を引っ込めると、一生は、机に広げていた数学のノートを閉じた。耳の奥に微かに六時間目終了の鐘の音が残っている。
「土倉さん」
不意にかけられた声に気づかずに一生は右手に持っていたシャーペンを筆箱に突っ込んだ。遅れて、自分が呼ばれたことに気づく。ぎこちなく顔を上げると、半笑いしたクラスメイト数人が立っていた。咄嗟に笑みを貼り付ける。
「何。」
「昨日、こんな感じに歩いてたんだって?」
一人が面白おかしく踊る。周りがどっと笑う。
「何でそんなテンション高くなれるの?」
貼り付けた笑みが凍った。よくよく見れば、一人は昨日会った少年だった。答えを待つでもなく、話し始める彼らをおいて、一生は何も言わずに自席から立ち上がり、数学の教科書を片手に廊下に出た。
昨日はたしかに、楽しくて、ついあのクラスメイトのような行動をとってしまったかもしれない。家庭外であんな態度を取ってしまった自分は、たしかに油断しすぎていた。――しかし。
ロッカーを開け、教科書をしまう。扉を閉めると、思いの外、大きい音が出た。彼は自分にとって、珍しく、(こんな自分を少しくらいみられてもいいか。)と思うような存在であったのに。まさか、彼がそれを面白がって翌日に、彼の友人達に話すなんて一ミリも考えもしなかった。教室に戻ると、すでに自席から、そいつらは、離れていったようだった。自分の席に座り、シャーペンを手に取る。
(所詮陽キャだ。)
心のうちの失望は、もう取り消すことはできなかった。
「土倉 一生」という人間、と人間の全てが載っている辞書で引いたら、きっと「消極的で、頼りない。外では仮面を被り、常に一人で行動。」などと、出てくることだろう。終礼が終わり、配布された「自己紹介カード」を眺めながら、一生は考えていた。もちろん、希望を持ってきた教育実習生にそんなネガティブな内容を共有できるわけがない。
(音楽を聴くのが好き、とでも書いとくか。)
あとは、自分の名前、帰宅部、休日に何をしているのか、好きな動物、空欄を埋めるためには、昨年度のクラスでも書いておくか…。
「土倉さん!」
肩を触れられて、慌てて顔を向けると、今度はまた違うクラスメイトが立っていた。今日はやけに話しかけられるな。というのも、それは全て昨日の出来事についてなのだろうが。再び作った笑顔と裏腹に、相手の口元から発せられるだろう言葉に構える。
「あのさ、校庭の端のベンチで待っててくんね?」
「あ、…うん。いいよ。」
さっさと相手は靴を履き替えに行ってしまった。小さく上げていた手を、バッグの持ち手に添える。重くのしかかるバッグを肩にかけ直した。…そういや、いつもクラスの中心にいる、あいつの名前、何て言ったっけ?
迷った挙句、一生は、一人で校庭のベンチの端の方に座っていた。他人に付き合うのは正直言って、面倒だ。さっさと行動して、さっさと進め、好きなことをするのがベスト。しかし、物事をうまく進めるためには、交友関係を良好に保つことが必要だ。何より、「いいよ。」と言ったのにも関わらず、完全無視というのは、あまりにも申し訳なさすぎる。続々と校舎から出てくる生徒の声に耳を傾けながら待っていると、ようやく先程のクラスメイトが遠くからかけてきた。せっかく、一番端の端に座っていたというのに、横に詰めて座ってくる。
「どうしたんだ?」
「昨日の話、聞いたんだ。」
お前のところにも伝わってきていたのか。先程の失望が深くなる。
「それでさ…。」
二人の間に沈黙が落ちる。気まずい空気に、奥歯を噛み締めた。
「お前、俺と同じなんだよ。」
「……?そうなんだ。」
で?
「一緒に帰らね?」
「別に全然構わないけど…。」
なぜ、そうなる?というか、全く信じられない。彼がグループの中で何かを賭けて負け、罰ゲームか何かのだろうか。それともただのボッチへの憐れみか。どちらにしても心を許すつもりではない。
「さんきゅ。」
短く言って立ち上がる彼の後に続く。その後、気まずい沈黙が落ち続けるが、彼との帰宅路がすぐに共通ではなくなったことは幸いだった。
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