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「なん、だ……ここ」

 そこは異常ともいうべき場所。天井は他の階層と異なり非常に高く、天から光が降り注いでいる。天井を支える柱は装飾が施されていて、壁面は元は白色だったのだろうが、上層部の例にもれず血で真っ赤に染まっていた。ところどころに、人とロボットであった者が墓標のように転がっている。それさえなければ神秘的とも呼べるだろう。今までのどの階層とも異なる、まるでここだけ切り取られたような場所だと感じた。

 ふと視線を動かせば、モニターがいくつか壁に埋まっていて、そのどれもがひび割れて中の配線がむき出しになっている。まるで八つ当たりでできたような跡だ、と思ったのは何故だろう。どういった時に、どんな風に、なんてもう分からないが、俺にはそれが子供の癇癪のように感じてしまったのだ。

『一花、気をつけてください』

「あいよ」

 エイトの声に頷いて一歩前に進めば……


『ようこソ……我が胎内ヘ』

 あの男性とも女性とも付かない無機質な機械の声が、部屋の中に響いた。たった数歩進んだだけで補足されるとは……下の階層でエイトが言っていた通り、ここは奴の根城らしい。こうなれば警備ボットの時のように奇襲も無意味だろう。思わずため息をついて、後頭部をぼりぼりとかく。

「よう、神様。ご機嫌いかがでしょうか」

『不機嫌、トでも言いましょウか……お前ガ絶望せズ、のうのうと生きていルだけデ、虫唾が走りまス』

「そりゃ僥倖」

 イザナミの言葉に皮肉を返す。自分を殺そうとした相手が元気に生きていて、中身は若干違えど再び殺そうとしているのだから、不機嫌にもなるだろう。

「で、わざわざ挨拶してくれたってことは、アンタんところに行ってもいいって事だよな?」

『ふ……あはっはははははは!!』

 わざと挑発するように言えば、頭上からの声は機械的なものだというのに、笑い声に変わる。ところどころノイズが入るのが不快だ。暫く黙っていれば、それを是と捉えたのかイザナミの声が響き渡った。

『愚カな……良イでしょウ、私ノ中へくるがいイ』

 イザナミ……彼女の言葉に警戒しつつも、白くて長い廊下を歩いていく。俺とニーナの足音だけが響いて、一歩また一歩と足を進める度に緊張感が走る。ドキドキと煩い胸を沈めて進めば、やがて終着点が訪れた。

「……っ」

『来ましタか』

 神殿のような場所の奥……部屋のほとんどを占める機械でできた玉座には、巨大なロボットが鎮座していた。

 床から伸びたむき出しのコードが下半身から生えていて、その中央に胴体がある。イザナミの名を冠するように、女性の身体を模してはいるが、金属やカーボン素材でできているせいで、柔らかさなどみじんも感じさせない無機質さだけが際立っていた。頭部も、今までの警備ボットたちのようにつるりとしていない、顔の造形が施されている。だが、表情は動くはずもなく仮面を思わせるような形だ。目の部分にはバイザーのようなものが取り付けられていて、そこからもコードが生えている。人類が創造する機械の女神というのは、彼女のことを指すのだろう。それほどまでに恐ろしくも神々しい姿がそこにはあった。

 圧倒されそうなほどのプレッシャーを感じるが、それを気力で抑え込みイザナミに笑いかける。

「はじめまして、それとも久しぶり、のほうがいいか?」

『いいエ【さよウなラ】でス』

 そう言うと、イザナミは唐突に身体を動かして、下半身に生えたコードを数本束ね、触手のようにこちらに伸ばしてきた!

「おわっ!」

 俺の顔面を確実に狙ったそれを転がって避けて、ナイフを抜く。

「いきなりご挨拶だな!」

 そのまま戻っていくコードを切れば、イザナミはバチバチと音を立てるそれを見つめていた。

『不意打ちくラいでは死にませンか』

「簡単に殺されてたまるかよ」

 俺に反撃されたのがよほど気に食わないのか、イザナミは苛立ったようにコードを動かしている。どう出るか、と思っていれば――隣にいた白い少女が吹っ飛んだ。

「きゃっ!」

「ニーナ!」

 悲鳴を上げて、あらぬ方向に飛んでいくニーナ。慌てて追いかけようとしたが、別のコードが攻撃してきたので、身体を捻って避けた。

『愚カでスね、こコは私の胎内と言っタはズ

 こノ中での攻撃なド私の意のまマなのデす』

「なるほどな……」

 ありとあらゆる場所から攻撃が飛んでくるということか。


「エイト、ニーナを頼んだ」

『承知いたしました』

 だったら俺がひきつけるしかないと、エイトにニーナの救護を頼む。もう一度イザナミをにらみつけたが、彼女は無表情を保ったまま。嫌な予感がしてエイトに声をかけようと――


 ――ばんっ!


「エイト!!」

 目の前で、エイトがコードの攻撃で吹っ飛んで行くのが見えた。球体から部品が飛び散り、スローモーションのように落下していく。手を伸ばすが当然間に合うはずもなく、そのままエイトは床にたたきつけられた。

『私に何ノ策も無しニ挑むとハ、愚かにも程がありまス』

 俺たちの無鉄砲な行動を見て、イザナミはせせら笑う。怒りに任せてイザナミをにらみつけたが、代わりにやってきたのはコードによる斬撃だった。それをどうにか避けるが、防刃であるはずのパーカーは切り裂かれ腕にかする。

 赤い血が流れるのも気にせずに、大きくため息をついてもう一度イザナミを睨みつけた。


「……なぁ、質問いいか?」

『えェ、許可しマす』

「お前は何で人もロボットも殺すんだ。自分が死にたいのなら、そう言えばいいじゃないか

 それとも、本当に死が美しいと思っているのか?」

 ロボットは基本的に自損や自壊は禁止されている。イザナミクラスとなれば、自分自身を殺すなんて無理な話だろう。だから尚更こんな壮大な大虐殺を行う理由が分からない。死が美しいものなのか本気でそう思っているのか……そう言うと、イザナミは身体を震わせてあの不快な笑い声を響かせた。

『あははははははははははははははっ!! 何ヲ言うカと思えば……そんナもの、当たリ前でス――人もロボットも、死が最も美しイ状態だカらですヨ

 私ノ国に、生ハいらない!! いラないのでス!!』

 イザナミの答えは変わらなかった。死が美しいとのたまう狂った機械のままだった。大戦で壊れた神は、本当にそれが最も良いものだと判断した。

 そんな理由で、そんな事のために、明日を目指そうとしていた人を、ロボットを殺したのか……。

「あー、うん。安心したわ」


 これで心置きなくぶっ壊せる。

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