4-最上層部-
1
最低限の灯かりしかない暗闇の中、鉄を叩くような音だけが一定の間隔で響き渡る。ようやく慣れてきた闇だというのに、方向感覚が狂いそうになりながらも、それでも一歩一歩進んでいく。
「なぁエイト」
『なんでしょうか』
そんな中で淡く光り先導しているエイトに声をかけた。
「結局さ、大戦って具体的に何が起きたの」
ずっと頭のどこかで考えていたことだ。
俺のいわば前世であるムラクモは大戦に参加して戦っていた。イザナミは大戦により狂った。だから、一体どういった戦いだったのか、知っておく必要があると思う。そう伝えると、エイトは考え込むように黙り込んでから機械音を発した。
『きっかけが何だったのか、公的な資料がないので、もはやわからないのですが……相互的な幸福を得ようとした際に生まれた軋轢を排除しようとした結果、大戦が起きたと言われています』
「なんそれ」
相互的な幸福とはなんだ……。いきなり宗教染みた言葉に驚きを隠せないが、エイトの言葉は俺の考えとは全く異なっていた。
『人口の爆発的な増加による食料不足の改善、高齢化による寿命の延命……ありとあらゆる問題に立ち向かい、改善した結果、最終的な生命体の問題に皆が立ち向かいました
それが相互的な幸福……もっと分かりやすく言えば完璧なる幸福です』
「なるほどな。ロボットも人も、それが最終的な知的生命の進化であると思って、完璧な幸福を求めたのか」
『肯定……誰もが正しいと考える幸福を求めようとした結果、残ったのは醜い争いだけでした』
「そりゃそうだろうね」
個人の考えや思想なんて異なるのに、全員が完璧な幸福を得るなんて無理な話だ。少し考えればわかるはずなのに、おごり高ぶった文明はその『全員の完璧なる幸福』を求めるためにあり得ない選択をしてしまい、自分の幸福を守るために争い奪いあったのだろう。
『そして、競うように争った結果、次に生まれたのは都市ごと移動するという計画でした』
「それがここか」
『肯定』
そりゃ、鉄の塊となった都市が移動すれば、主要な場所を滅ぼされることはなくなるだろう。人とロボットが手を取り合って起きたのは、文明的な発展でも平和でもなければ、種の『完璧なる幸福』なんて大義名分を掲げた鋼鉄の都市同士の争い。その過程で俺とニーナという、戦うという目的でチューニングされた種族が生まれたのだろう。より効率的に争えるように。
「なんというか、バカだね」
『ええ、恐らく誰もが心の何処かで思っていたのでしょう……ですが』
「もう、戻れないところまできていたのか」
結果として、完璧なる幸福という夢は消えて、燃えがらしか残らなかった。
たぶん、誰も何も正しくなかった。誰もが疲弊し、嘆いて、何も成すものがないまま、無意味な大戦は終わったのだろう。
『戦争は、人だけではなく機械も疲弊させます。特に人と共にいた機械の負荷はすさまじいでしょう……ですので、イザナミが人類もロボットも殺すという結論に至ったのは、大戦という背景を鑑みれば理解はできる内容です』
「うん」
生に完璧なる幸福がないと結論付け、死に幸福はあると考えたのかもしれない。
けれど……
「これってさ、誰にも起こりえた事だと思う」
『当個体も同意見です……イザナミと同様の負荷をかけられたのであれば、当個体も同じ結論に至っていた可能性があります』
誰もが生に絶望し、死による幸福を望むことはあるのかもしれない。俺も、エイトやニーナがいなかったら、とっくに心が折れて絶望して、死を選んでいたに違いない。
「でも、だからって『これが正しい事なので殺します』って実行したらいけないと思うんだ」
イザナミがやっている事はただの大量虐殺だ。他者の幸福も考えずに、ただ死を与えるために、殺しを実行するだけの狂った機械。
『だから止めに行くのでしょう』
「……そうだね」
エイトの力強い言葉に苦笑して頷く。そうして数歩階段を上ったところで、先導していた球体が振り返った。
『一花』
「どうしたん」
『当個体が同じ結論に至った可能性という話ですが……』
あの『たられば』の話か。一体どうしたのだろうか、と思っていると何故か不安げに光るエイト先生。
『一つだけ訂正を……当個体は死による救済など考えていませんので』
「…………」
えーっと、つまり……さっきの言った言葉は、あくまでも同じ条件であればイザナミと同じになったかもしれないけど、実際そんなことは考えてないし思っていないよ、という事なのか……。
「ぶはっ! あはははっ!!」
『なっ! 笑う事はないでしょう』
思わず笑ってしまい、エイトに思い切り怒られた。
「悪い悪い……意外すぎてさ……エイト、それはあくまでも『もしも』の話で現実じゃない
そもそも、俺がお前の事信頼していないとでも?」
『……それは……』
言いよどんだエイトを小突いて、その先を歩く。慌てて球体がついてきたのを、ニーナと二人で目線を併せて笑いあった。
「心配性な相棒だな」
「な」
『貴方たち……』
呆れたような口調だが、どこかほっとした様子の球体にほんの少しだけ安心する。そうして暫く歩いていけば、階段の終着点が見えた。
「開けるぞ」
「ん」
扉に手をかけてそう告げると、ニーナが頷いて手を離した。武器はすぐに抜けるように片手は腰に引っかけているナイフに手をかける。
そっと扉を開けば……今までと違う開けた空間が見えた。
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