10
振り返って、後ろでじりじりと距離を詰めていた警備ボットを睨みつける。まさか気付いていると思わなかったのだろう。少し反応が遅れた一体を視界に入れて、床を蹴って瞬時に近づく。照準の逸れた銃弾は脅威にもならず、見当違いの場所に撃ち込まれた。つるりとした顔のない頭部を掴み、廊下の壁に叩きつける。ボットがよろけた拍子に銃が付いた腕のコードを切り去り、胴の部分を蹴り飛ばす。床に倒れたのを見て、頭を踏み抜いけば――ばきり、ごきりと嫌な音を立てて機能停止した。
「ごめんな」
誰にも聞こえない懺悔をして、エイトの案内で機関室を目指す。
先ほどの五分少々の気絶で体力が戻ったとは言い難いが、それでも身体は随分と軽かった。
『一花』
「あいよ」
エイトの合図で襲い掛かる銃弾をスライディングの要領で避けて、そのままボットの足を掴んで床に叩きつける。首と胴を繋ぐコードを切って、頭にナイフを突き立てて、代わりのナイフを腰から抜く。
「これって機関室に行くまで続くんかな」
『恐らくそうでしょうね。当時のイザナミの粛清はそれは酷いものでしたし、あの性格を鑑みるにこちらを徹底的に潰すまで止まらないはずです』
「……」
やはりあの時見えた惨状そのままだったのだろう。誰かの助けてという声も、不条理に殺される音に飲み込まれていったのだ。
「やっぱり、アイツぶっ壊さないとやべえな……」
『肯定……正直今も昔も貴方がやる事ではないと思うのですが
貴方が決めた事なので当個体は最後まで付き合うまでです』
「さいで」
また襲い掛かって来た警備ボットの銃撃をギリギリで避けて、床を蹴って跳躍する。そのまま胴に膝を叩きこめば、勢いよく吹っ飛び床に身体が落ちる。悪いと思いつつ、そのまま胴を踏み抜けば、機体は悲鳴を上げて沈黙した。
『機関室まであと百メートル程です……敵影、確認
我々を発見して集合しつつあるようですね』
「了解、数は?」
『索敵範囲内では十五ほど……』
エイトの言葉に一つ頷いて、更に速度を上げる。俺たちを見つけて集まっているのであれば話は早い。見えてきた扉はエイトが言うには機関室のようで、扉の向こうに滑り込むように入る。見れば何かを測定したり制御する機械が並んでいて、ここを壊せば確かに痛手にはなるだろうという物があふれかえっていた。
「んで、どうすればいいんだ? エイト先生」
『簡単な事ですよ。すべての電圧を上げればいいことです』
「おー、それでその次は?」
電圧を上げたところで、感電させられるのかと思ったのだが、エイトは天井を見る。同じように視線を動かすと、そこには管のようなものが通っていて、その中央辺りにシャワーヘッドのようなものが付いていた。
『その後天井のスプリンクラーを誤作動させれば』
「なるほど、感電させられるわな……」
水によって電気を確実に通すということか。
スイッチを入れ、電圧が上がっていくたびに出される警告を無視して、すべての機械を暴走させる。メーターは危険領域の赤色になり、機械がオーバーヒートし始めたせいか、バチバチと嫌な音がなり始めて、周囲に火花が飛び散り始めた。ひと際大きなものは額と角を掠り、慌ててエイトに声をかける。
「うおあっ! なぁ、これ本当に大丈夫なん?」
『……臨界点を超える前にここから離脱しましょう』
「了解」
さすがに危険すぎる。慌てて外に出れば、ちょうど俺たちが来た方向に警備ボットが数体。こうもうまくいくと逆に面白い。にやりと笑って、球体の指示で天井のスプリンクラーにナイフをぶん投げれば、放水装置はぶっ壊れ、水が機関室や廊下……いたるところに降り注ぐ。自分が濡れないように避けて機関室から離れれば、相手はこちらを射程圏内に収めようと近づいてくる。そのまま逃げの体勢を取ろうとすれば、即座に警備ボットたちは距離を詰めてきた。
なんてな……!」
――バチバチッ!!
警備ボットが水の上を通った途端、けたたましい音を立てて火花が散る。他のボットたちは慌てて止まろうとしたが、急に止まれるはずもなく、上に倒れたボットたちの上に覆いかぶさるように連鎖的にショートしていった。
「よし」
打ち漏らした奴らは、自分で片づければいいとナイフを構え――
――ぼんっ!!
「どわっ!」
たところで、機関室が爆発した。エラーを無視して電圧を上げまくったのだ。耐えきれなくなって爆発するに決まっている。爆風に耐えきれず身体は吹っ飛ばされ、床にたたきつけられた。
「いっつー……」
『無事ですか』
「なんとか、頭打ったけど……」
機関室が爆発したことで、廊下が一気に真っ暗になる。電源が落ちたのだろうが、警備ボット達の頭部についているライトだけが光を放っていた。どこに何があるのかある程度分かるが、それでも今のこの状況では恐らく向こうのほうが戦いやすいだろう。今は機関室が爆発したせいで動けないでいるが、それが収まれば襲い掛かってくるだろう。
一旦距離を取るか、と思っていれば予備電源に切り替わったのか、薄暗いフットライトが灯る。一気に視界が戻るが、こちらをしっかりと狙う警備ボットの姿。
「やべっ」
中層部で起きたことがまた起きているじゃないかと、どうにか避ける体勢に持っていけるように身体をひねる。今のエイトは八咫の時と違い、戦闘能力はない。自分自身でどうにかするしかないとナイフを投げようとしたときだ。
ばこんっ! と音を立てて天井から通気口を塞ぐ網が吹っ飛んだ。白い髪と白い肌、そして金色の瞳……おとぎ話から出てきたような愛らしい女の子は、すぐそばにいた警備ボットの胴と首をつなぐコードを切る。途端に沈黙した一体に目もくれず、もう一体に音もなく近づいて、首をかき切った。
「っ!」
負け時とニーナのすぐそばにいたボットに向かってナイフを投げる。綺麗に頭部に吸い込まれ、最後の一体は機械音を鳴らし、糸が切れた人形のように崩れ落ちて停止する。
「にーな……」
思わず呆けた声で呟いた。彼女の手には下層部で俺が渡したナイフが、鞘が抜かれた状態で握られていた。自分で約束して彼女に渡したのだ。抜かれた意味などわかっている。
「いち!」
そんな俺を、美しい金の瞳がこちらを捉え、その身体に見合っていない弾丸のような速度で飛び込んできた。
「うぼっ!」
無論受け止められるはずもなく、俺の体はニーナに押し倒される形で吹っ飛んだ。先ほどと同じように頭を床に強く打ち付けて、思わず悶絶する。絶対たんこぶができたが、彼女の手前言えるはずもなく、ただ俺の首にかじりつくように抱き着いている彼女の背中をなでてから起き上がった。
「ニーナ……」
けれど、言葉がでない。置いて行ってしまった手前、なんと言えばいいのかわからないのだ。
「いち……かってに、うごい、てごめんなさい」
そんな俺の思考など、彼女は軽々と超えていった。なんて言えばいいのかなんて、最初からわかっていたのに、どう説明したらいいのかとか、いらない考えが頭の中を支配していただけ。
「俺も、置いて行ってごめんな」
「ううん……いちのいうこと……わかる……わかってて、やだっていった」
やっぱり、彼女は俺の考えをわかっていたのだ。恐らく、俺も同じ立場になったのならニーナのような行動を取っていたかもしれない。そっと彼女の頭をなでると、今までにない強い意志を持った瞳が俺を見た。
「それでも、にじゅうななごうは……にじゅうななごうは、『にーな』は、いちたちといっしょ!!」
「ニーナ……」
彼女が二十七号という個体識別番号で自らを呼ばず、俺が名付けたニーナという名で自分を呼んだ。戦闘生命体ではない、一人の個として自分を定義したのだ。
そのまま、自分よりもずっと小さい女の子の身体を抱きしめる。
「死んじゃうかもしれないんだぞ」
「それでも、いっしょ……ひとり、やだ、にーないった」
「……そっか……」
少し驚かしてみても、彼女の意志は固いらしい。
「にーな、いちといる」
それどころか絶対に離れないとばかりに俺の首に抱き着いてきた。正直言って苦しい。
「いででで……っ、わかったわかったから」
どこにも行かないから離してくれと言うと、彼女はにんまりと微笑む。かわいらしいが、どこかしてやったりという顔で、彼女の成長を喜ぶべきなのかどうか若干の判断に迷う。勿論喜ぶべきなのだろうが……。
苦笑して立ち上がると、一部始終を見ていたエイトが近づいてきた。
『負けですね』
「しゃーない、ニーナがここまで俺を思ってるんだから、ラブコールには答えるべきだろ」
肩をすくめて見せれば、ニーナにぺちりと腕をたたかれた。
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