9
執務室から出て、元来た道を走る。ここがイザナミの索敵圏内であれば、すぐに見つかるだろう。だが、後ろからついてくる存在に思わず振り返った。
「お前も来るんか」
『当たり前です。当個体はサポートが役目の存在です
また、残念ながら優先順位はニーナよりも貴方の方が上です』
「さいで……」
あの頑丈な扉に守られているのだ。ニーナは安全だと判断して、エイトはこちらに来たのだろう。俺の真横にきて、淡い光を数回点滅させた。
『……自暴自棄に陥った訳ではないのですね』
「当たり前だ。すこぶる冷静だわ」
そう言って、ナイフを抜く。エイトの言う通り、飲み込めない事実に対し自暴自棄に陥った訳ではない。脳に直接情報を詰め込まれたせいか、今だってガンガンと頭痛はするし、胃を直接鷲掴みにされたような不快感もずっと続いている。
正直、世界の命運なんてどうでもいいし、何で俺がとも思わないでもない。それでも託されたものがある。だったら、俺はまた前に進むだけだ。
改めて無理やり気合を入れると、エイトは淡い光を点滅させてこちらに話しかけてくる。
『では、いいニュースが二つほど』
「……励ましか?」
『いいえ、機械は嘘をつけません。嘘という矛盾はプログラムに損傷をきたします』
「さいで」
エイトの言葉に耳を傾ける。こんな状況でいいニュースとは一体なんなのか。
『まず一つ目ですが、警備ボットたちを一網打尽にできる方法があります』
「また脳筋戦法じゃないよな」
『違います』
俺の野次をエイトは即座に否定する。
『各階層には、インフラ管理やメンテナンスのために機関室があります』
「いんふら……」
『そこには電圧を制御する機械が大量に通っています』
「……でんあつ……」
――うん、読めた。こいつの考えが。
「けっきょく脳筋戦法じゃん」
『失礼な。シンプルな作戦の方が良いでしょう』
まあ、そうなんだけどね。
つまるところ、敵を機関室まで誘導し、機械を暴走させ高電圧を流して警備ボットたちをショートさせるという事だ。いや、それよりも――
「それやるんだったら、警備ボットの制御を奪った方がいいんでね?」
『無論、その作戦も考案しましたが、制御管理のシステムは最上層部にあります。ついでに言えば、イザナミの根城となっている場所です』
「つまり」
『敵の猛攻を全てかいくぐり、イザナミの妨害を跳ね除けて、どうにかしてクラッキングして制御を奪う必要があります』
「……うん。わかった、機関室に行こう」
エイトの話を聞くに、制御を奪うのは無謀にも程がある。それなら機関室を爆発させてさっさと警備ボットを壊した方が楽だ。
『それに、機関室をショートさせれば、全ての機械が予備電源に切り替わります。一回限りですがイザナミの監視をかいくぐるチャンスが生まれます。警備ボットをすべて機能停止できなくとも、上に行けるのであれば試す価値はあるかと』
「……そうだな」
その隙に最上層部に行き、イザナミをどうにかすればいい。
「んで、もう一個のいいニュースってなによ」
作戦を聞いてから、思い出したようにもう一つのニュースについて訊ねる。他にも脳筋戦法があるのだろうかと思っていれば――
『お待たせいたしました
戦闘支援型ユニット八咫……オールグリーンです』
「あ……」
その名前は、画面越しに……そして夢の中で聞いた名前。夢の中で見た個体よりも随分と小さくなったふわふわと宙に浮かぶ球体は、誇らしげにそう告げる。
「そっか……うん……お前、ずいぶん小さくなったな」
『貴方が死にかけたときに、当個体も機能維持するのがやっとでしたから
イザナミから逃れるために、このタカマガハラを去ろうとも考えたのですが、貴方との作戦がありましたので』
「あの作戦まだ有効なのか」
『ええ、勿論です』
いつか見た俺の腹が貫かれた夢。あれは現実で起きた事なのだろう。ムラクモが死にかけたとき、八咫は命からがら最下層へ逃げて――そのまま見殺しにしても良かったのに――いつか目が覚めると信じて、俺をあの最下層の実験室に匿って治療したのだ。
『イザナミは傷を付けた貴方を執拗に狙うと考え、正確な位置を探られないように、当個体の機能を一部切り捨てて、八咫ではなくエイトとして記憶を一次的に封じ込め活動していました』
最下層にあった、あのジャンク品の山。
あれは全部エイト――八咫のものだったのか。イザナミに勘づかれないように、自身を改造し、記憶まで改ざんして……。そうして俺が目覚めるのを待っていたのだろう。ムラクモが言っていた「次につなげる」ために。
『当個体が封じた八咫としての記憶回路は、ムラクモの認証によりクリアとなる予定でした
……ですが、全てのネットワークを遮断するその隙に、ムラクモそのものの人格を書き換えられていたのは、さすがに誤算でしたね』
普通はそんな考えにはならないだろう。それほどにイザナミという存在がおかしいのだ。
だから、揶揄うように隣を浮遊する球体を小突く。
「今の俺は嫌い?」
『いいえ、ムラクモでも一花でも、貴方は貴方です
最下層で聞いたテセウスの船……例え人格が変ろうとも、姿かたちが変ろうとも、貴方を貴方だと定義する者はここにいます』
「そうか」
俺もだよ、と告げるとエイトは淡い光を出す。いつも通りの平坦な機械の声だというのに、何故か泣きそうな声に聞こえた。
『おはようございます。ムラクモ……いいえ、一花』
「うん……おはよう。エイト」
結局のところ今の俺も、前の俺も、コイツに助けられていたのだ。
「まったく、献身的な相棒で助かるよ」
『今も昔も、バカな相棒を持つと大変です』
そう言って笑いあう。
「さあ、行こうか!」
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