6
中に入ると――悲しい事に――もはや見慣れつつある、血みどろの惨劇が目に入った。事件が起きる前まで普通に働いていたであろう人々が白骨化し、冷たい床に横たわっている。部屋は先ほどの執務室よりも断然広く、重要なデータを保管しているだけあり、今まで見たどの施設よりも物々しい雰囲気に思えた。部屋の中央には待合のソファが並び、作り物の観葉植物が並んでいる。その奥にはカウンターのようなものが見えた。
何かから誰かを庇うように倒れている死体を避けて、カウンターへ近づく。データは生きているのか、本当にここにあるのか、そんなマイナスな思考が頭をよぎるが、進む足は止まらない。
やがて、カウンターまでたどり着く。椅子にも白骨化した死体が座っていて、傍らにはロボットの残骸がある。それらを避けるようにカウンターを飛び越えた。本来であれば一般人は入れないであろう場所には、スーパーコンピューターのような機械が並んでいる。それに繋がれている端末に手を伸ばす。震える手で画面をタップすれば――暫くして電源が着いた。
「……はぁ……」
いよいよだ……心情からか、思わずため息を吐いてしまう。そんな俺を心配したのか、ニーナがパーカーの裾を握ったので、軽く頭を撫でた。
『検索をかけますか?』
「頼む」
『かしこまりました』
俺の言葉に、エイトはマニピュレータを伸ばし、検索をかけ始める。画面の中の文字列が凄い勢いでスクロールされ、エンドロールのように流れ続けている。やがてそれも緩やかになり、空白の画面に移行した。検索結果画面は文字こそ読めないが、思っていた通りなのだろう。
『データの検索をかけましたが、一花という名前は……やはり存在しませんでした』
「そうか……ニーナは?」
『ありました』
「なるほど」
画面を見れば、『自立型戦闘生命体二十七号』と表示されていた。
『……製造年は二十一年前、丁度大戦が終わるほんの少し前に生まれたのですね』
「……」
製造年という記載に、思わず手に力が入る。彼女の意思とは関係なしに、兵器として扱われていたという事だ。そして、日の目を見る前に大戦は終わりニーナはポットから出る事も叶わず眠り続けたということ。
「いち」
「ん?」
「めが、さめなかったら、いちたちに、あえなかった」
「そうだな……」
けれど、彼女はあっさりと自分の出自について、問題ないと言ってのけたのだ。それが少しくすぐったくて、照れ隠しに彼女の頭を撫でる。きゃあっ! という悲鳴に苦笑して、もう一つ考えていた言葉を口にした。
「なぁエイト」
『はい』
「この身体の『ID』は検索をかけられるか?」
俺の言葉にエイトが反応し、光りが数回点滅した。
一花という名前でヒットしないという事は、この身体の元の名前は異なるという事だ。そして、もう一つ検索をかけられるものがある。
『可能……少々お待ちください』
そうして再び検索がかけられた。エイトと端末から機械音が鳴り響く。膨大なデータの海から一つのデータを引き上げる作業は、永遠にも似た感覚を覚えた。やがて音が鳴りやみエイトが呟く。
『一件、ヒットいたしました』
「画面に映せるか?」
『……かしこまりました』
エイトが淡く光り、別のモニターに大きく情報が映し出された。
「あぁ……」
画面に映った『俺』の顔に思わず声が漏れてしまう。だが、書かれている名前は俺とは異なるものなのだろう。なんとなく、そんな予感がした。
『一花』
「いいよ、読んでも」
俺は大丈夫だから、とエイトに言うと奴は暫く考え込んだ末に言葉を発する。
『イ零壱号、通称ムラクモ』
それは俺の知らない俺の名前。
ムラクモという名に無論覚えはない。ないのだが、不思議と何処か懐かしく感じた。
結局のところ、俺は何者でもなかったのだろう。
残ったのは異世界転生なのか、はたまた違う何かなのかも分からないあやふやな状態だけ。
そんな事を思いつつ、エイトの言葉に耳を傾ける。
『製造年は、三十二年前……大戦が激化した後期、【オニ】が出始めた頃合いです』
「なるほどな」
恐らくニーナと同じ状況なのだろう。作られた人工生命体として、俺の身体は大戦で戦っていたのだ。大戦中何処に出兵したのか記載がされていたのだが、その地名には当たり前だが聞き覚えなどない。スクロールされていく読めない文章を眺めていると、ふと気になるものが見えた。
「ちょいストップ」
それは俺が知っている文字にも見えた。恐らく日本語のようなもので、画面に手を付いて文字を見る。
「……これを読んでいる者がいれば、恐らく旧文明の文字を読める人間だと思う……」
『一花?』
「いや、なんか俺でも読めて……えっと――もし、そこにいるのであれば、俺の相棒に告げてほしい『八咫、馬鹿な相棒で悪かった、さっさと自由になってくれ』」
八咫、とは誰だろうか。八咫鏡なのか、はたまた八咫烏なのか。そのどちらでもないのだろうが、ムラクモの大切な何かだったというのは想像がついた。エイトに八咫について聞こうとすれば、何故か奴は黙ったままその場に浮遊している。
「エイト?」
『……何でもあり、ません』
「なんでもって……」
俺の問いかけにすぐに反応するはずのコイツがそんな事を言うなんて、またマルウェアに感染したのだろうかと手を伸ばせば――
『まサか、こコにたどり着くとは思いませんでしタ』
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