執務室から出て、再び歩き始める。今までのエリアと異なり、高頻度で死体と遭遇するが、そのどれもが悲惨な状態だった。

 ロボットに押しつぶされた者、壁の弾痕から銃殺されたと推測できる者、鋭利な刃物で切り刻まれたであろう者……。それらが乾いた血の海に沈んでいる。ロボットだって同じだ。銃弾で穴が空き、物言わぬ鉄くずになり、パーツがむき出しになっている。ふと、機体に目を向けると、顔がひしゃげて零れ落ちた目のようなものが、こちらを見つめていた。

「っ……!」

 どれ一つとっても、安らかな死というのはない。こんな状況、一人だったら確実に狂っていただろう。

「ニーナは、大丈夫か?」

「……だい、じょうぶ……」

 手を握っていたニーナに声をかけると、こくりと頷かれた。だが、何かを言いたそうにしているので首を傾げて待っていると、彼女は困ったように小さい声で呟く。

「でも、あん、まり……よく……ない」

「……そっか」

 そりゃそうだ。大人の俺でもこの状況は無理だと思ってしまう。いくら戦闘特化で作られた女の子とはいえ、この状況は良くないに決まっている。

『機械である当個体ですらストレスを感じるほどです

 お二人は更に負担がかかると推測しています』

 俺たちの状況を察したのか、エイトが話しかけてきた。

『なので、無理はせずに……身体に不調を感じたら休憩しましょう

 精神的な負担は、身体にも影響を及ぼします』

「あり、がと……」

 エイトの言葉にニーナが頷いた。


 ――やばっ


 そのやり取りを見ている最中に再び襲い掛かる頭痛。視界には先ほどと同じように誰かが殺される風景が脳内を過り、耳鳴りのように悲鳴が遠くで聞こえる。「助けて」という言葉も、「死にたくない」という願いも、全てを踏みつけるように、狂ったような笑い声が聞こえてきて……

「いち……?」

『一花、大丈夫ですか?』

「……いや、何でもない」

 二人の声に現実に引き戻される。やはりというか、先ほどと変わらない地獄が広がっていて、大丈夫だと首を横に振った。


 暫く一本道が続き、道なりに進んでいれば一つの扉にたどり着く。今までのものと異なりそこそこ大きな扉のプレートには、また文字が書かれていた。

『ここは、タカマガハラ全ての戸籍情報などが管理されている場所でしょう

 中層部のサーバールームで管理されていたデータベースなどと異なり、独自のネットワークで管理されているので、恐らく一花のほしい情報は見つかるかと』

「そうか……」

 下のサーバールームで管理されていたデータベースは、主にそこの業務で必要だったものだったり、インフラや、在庫などの管理がメインになっていたらしい。

 なるほど……だから悪用されないようにネットワークは別だし、アクセスする手続きが必要なのか(先のエイトは、その管理していた人間のIDを抜き取り、ここにアクセスできるよう偽装したという訳だ)。

 エイトがふわふわと扉近くの壁に設置あった四角いタブレット――恐らくセキュリティーシステムだと思う――に近づくと、マニピュレータを伸ばす。そのままタブレットに接続すると、IDを読み取らせた。

『解除できました』

「お前が一緒に来てくれて、本当によかったわ……」

『何を今さら……感謝は全て終わってからにしてください』

「おう」

 エイトの有能さに呆けてしまうが、叱咤されてマニピュレータで扉を指される。たしかに、目的は部屋の中だ。煩く跳ねる心臓をどうにか押さえつつ扉に近づくと、重厚な作りの扉はあっさりと開く。ふう、と息をはいて暗がりの中に一歩踏み出した。

「いくぞ」

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