7
男性のような女性のような、両方を兼ね備えたような不可思議な声色。だが機械を通した無機質な音が天から響いた。
思わず天井に目線を向けてもそこには誰もおらず、暗い虚空だけが顔を覗かせている。背中に嫌な汗が流れ、ビリビリととんでもないプレッシャーが身体に襲い掛かる。下層で感じていた視線に似たねっとりとした気配は、嫌でも気持ち悪いと思ってしまう程。
「おま、えは……誰だ」
いやな気配に負けじと声を出す。俺の言葉に、天からの声があざ笑うように告げた。
『私はイザナミ……こノタカマガハラを支配すル神です』
「神様……ねえ」
その名前はやはりというか、イザナミというマザーロボットそのものだった。
確かに、タカマガハラを管理するといった意味では神なのだろう。狂ったようにけたけたと笑う声は不快でしかない。
「その神様が、一体何の用だよ」
『私ノ国を、ウロチョロとしテいる輩に制裁をしヨうと思いましテ』
「へえ……」
やはりエイトの言う通り狂ってしまったのだろうか。身構えていると、奴はとんでもない事を告げて来た。
『こノ、タカマガハラには、私ノ国にハ、生などいらなイのです
あルべきハ、死といウ静寂のミ。大戦デ得た生の終着点、あレこそが真なル美しサなのです!』
『なっ――』
エイトですら絶句する程の妄言。先ほどの航海日誌に記載してあった『イザナミの些細な誤差』と、大戦という言葉が結びついて、俺の網膜に焼き付いて見えていた惨劇を思い出す。聞こえる声は、普通であれば踏みとどまるような倫理的ではない行動を――人もロボットも全てを殺すという大罪を――あっさりと、息をするように実行してしまったのだ!
「……だから、全員殺したのか!」
『あはっ、あはははっ……あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!』
声を荒げれば、イザナミは狂ったように笑う。今までのどの状態よりも得体の知れない恐怖。ぎゅうっと抱き着いてきたニーナの背を撫でれば、天からの笑い声は一瞬で止む。
『生なド、あってモ無意味でス』
「……おー、こわ」
イザナミのジェットコースターのようなテンションの差に驚くが、ひりつく喉でどうにか言葉を発する。コイツの狙いが一体何なのか未だにわからない。俺たちを殺したいのであればさっさと殺せば良いのに、それをしないのは一体どうしてなのか。そう思っていると、再び天から声が降りてきた。
『ナので、貴方に絶望ヲ……ムラクモ』
「は……?」
俺ではない名でイザナミは呼ぶ。一瞬反応が遅れたが、絶望とはなんなのだろう。嫌な気配だけが湧き上がって吐き気がしそうだ。聞きたくないと耳をふさごうとしても、天からの声は無慈悲に告げる。
『簡単ナ事、デス。一花という存在ハ、過去モ現在も存在なドしていない
データベースの中二ある人格でモ、ましてヤ他ノ世界から来タ存在でもない』
「どう、いう……」
ひゅっと喉が詰まったように動かなくなる。じわじわと冷や汗が流れ、管理されているはずの空気が氷のように冷たく感じる。そのくせ俺の聴覚だけは、イザナミの声だけをしっかりと拾っていた。
『一花と言ウ個体ハ――』
いやだ
聞きたくない、聞いてはいけない。ダメだ。それだけは。
いやだ、いやだ。いやだ。いやだ、いやだ、いやだ、いやだ!
だってそれは、俺という個体を否定する言葉だ。
いやだ……!
『私ガ仮想の人格としテ作っタ存在でス、ムラクモのパーソナル全てヲ書き換エ、作られたのでス』
「っ――――――!!」
ある程度は予測していた。身体が覚えている記憶を知ったときから、心の何処かでずっと考えていたことだ。俺は『異世界転生した』のではなく、過去に居たであろう誰かのデータの焼き直しなのではないかと。
だが、天から聞こえる声は、その可能性すら打ちのめした。
『自分ガ何者か知らズ、絶望ノ中でタダ効率良ク死ネるよう二、生まれタのですヨ
お前が何者カなど、どうでもイイのデス。お前はタダのプログラムだトいうのに、己が何者カ知りたイなどと、全クおかしくて仕方なイ』
――俺は、過去のデータですらない。
ムラクモが自死を選ぶように作られた、一般人のフリをしたプログラムだという事だ。受け止めきれないような内容に息が上がり、ガンガンと頭に痛みが走る。それでも尚、この国の神はあざ笑うかのように告げるのだ。
『途中デ絶望し、自死を選んダり、殺さレると思っていタのですガ、羽虫ノようにしつこい……戦闘生命体ヲ放ってモ、意味ガ無かった。ムラクモも八咫もお前モ、私の邪魔をするなド、全く忌々しイ』
「おあいにく様だな……」
ほとんど意地で奴に向かって悪態をつく。イザナミの演説を聞くに、ニーナを解き放ったのもコイツなのだろう。ムラクモを徹底的に潰すために、俺という個体(データ)を用意してまで。正直そこまで恨まれるなんて、マジで一体何をしでかしたのだ。
『八咫が巧妙二隠しテいたので、発見二手こずリましタが……ですガ、それモここまで』
「……は?」
『言っタはズです。絶望しテ死ぬのガ役目だト……』
それが合図だと言うように、何かの気配がした。
『敵影、確認!』
「なっ! 数は!?」
『索敵中ですが……おおよぞ二十ほどです』
「くそっ!」
エイトの言葉に視界を動かし、何かを捉える。そこにいたのは、今まで見た警備ボットたちだが、数が多すぎる。武装した二十体以上の敵など、物量で押し切られるに決まっている。
「ニーナ!」
咄嗟にニーナを抱きかかえ踵を返す。そのまま広い部屋から飛び出した。
『何処二逃げても無駄でス。システムの全てハ私が掌握していまス。エレベーターも使えませン。お前たチは私の国ノ中デ、みじメに、惨たらしク、絶望シ死んデいくノデスよ……
ふふ、ふふふふふふ……あは……あははははははははははははははははははははははははははははははは!!』
逃げる途中、不快な笑い声が背後から響き渡る。それは俺の耳の奥にべったりと残って、今までの事すべてが否定されるような、がらがらと崩れ落ちていくような感覚になる。だが、それでも立ち止まる訳にはいかなかった。腕の中で俺を心配そうに見ているニーナを見て、どうにか全てを飲み込んで、踏ん張って走る。傍らには先ほど見た死が転がっていて、油断すればすぐに同じ存在になるのだと手をこまねいていた。
『一花、そのまま走ってください』
「……っわかった」
エイトの言葉にどうにか答えて廊下を走る。たしかその先には先ほどまで休憩していた執務室があったはずだ。
「いちっ!」
「――っ!!」
そこまで考えて、ニーナの声に咄嗟に反応し横に身体を逸らす。頬すれすれを弾丸が掠め、直後に空気が衝撃となって肌を切り裂いた。切れたところから血が流れるが、気にしていられない。今までのどんな敵よりも容赦なく襲い掛かってくるそれに、ぞわりと背筋が凍り、ニーナの頭を抱え込むとそのまま速度を上げて廊下を走る。相手の射程圏内から抜けたのか、銃撃は先ほどの一発のみだった。だったらまくしかないと慌てて執務室の中に転がり込む。
『廊下に敵影はありません』
「そっか……」
敵影はないという一言に安心したのか俺の身体はずるずると動かなくなる。ニーナを落とさないように抱きしめて、扉に背を付けてへたり込んだ。
「いち?」
「…………」
そこで、キャパオーバーになったのか、それとも防衛本能からか……俺の意識ばぶつりとブラックアウトした。
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