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そう伝えると、エイトは呆れたように機械音を出す。まるでため息のようで、くすりと笑うと伸びたマニピュレータで小突かれた。
「いで」
『一花の意見を尊重しますが、無茶をするのであれば当個体にも考えがあります』
「具体的に?」
『武装による制圧も辞しません』
「こわっ」
つまり、大人しく休憩していろということか。
そう思ったところで、ふと感じる空腹。戦ったり、変なものを見たりと張り詰めっぱなしだったが、きちんと身体を休ませた途端に感じる人としての本能。
「ニーナ」
「ん?」
「お腹空いた?」
そうとなれば食事だろうと、膝の上にいるニーナに話しかけるとこくりと頷かれた。彼女も空腹だったらしい。近くに放り投げていたリュックサックから適当に食料を取り出す。
「…………」
それは最下層で見つけた食料のうちの一つだった。ずりしと重い銀色のパウチは何が入っているのか皆目見当もつかない。とりあえず開けてみると、中にはあの虹色の栄養食ではないものが入っていた。長方形の白いプラスチック製の弁当箱のようなもの。
『保存食のようですね、一花が最下層で食べていたものと異なるようですが』
「見りゃわかる」
付属のスプーンを取り外し、蓋を開ける。
「なん……これぇ……」
と、そこには酷い光景が広がっていた。
いくつかの仕切りがあり、その中には赤や薄い黄色、茶色などのペースト状の何かが入っている。正直ぱっと見は子供が遊ぶような粘土にしか見えず、一切おいしそうだと思えない――まごうとなきディストピア飯である。
「とりあえず、食べてみるか……」
開けてしまったものは仕方ないので、毒見がてらスプーンで黄色のペーストをすくう。いろんな意味でドキドキしながら口に含んだが――なんというか、薄い。
素材そのものの味だとか、単に味が薄いとかそういう訳ではない。無なのだ。とにかく味がしない。無味無臭のペースト状の何か。
「……まずいとか、そういう次元を超えている」
だって、味がしないんだもの。
俺の味覚がいかれたのかと思って、赤色のペーストを食べたが、こちらは肉や野菜の風味が辛うじてわかるが、水が欲しくなるレベルで塩辛い。半面茶色のペーストは、頭が痛くなるほど甘ったるかった。……黄色のペーストと混ぜればいいのだろうか。
『成分表を確認しましたが、人体に必要な栄養素は網羅しているようです
最下層に大量に設置してあったことから考察するに、こちらの食事の方が一般的だったのではないかと』
「俺はこれを食事と認めねぇ……!」
エイト先生の考察に思わず声を荒げる。
何が悲しくて、お世辞にも美味しいと言えないものを、食事と呼ばねばならないのか。
「いち?」
「ニーナ、これは食べたらだめだ」
荒ぶる俺に、ニーナが驚いたように見つめてくるが、こんな物を彼女に食わせる訳にはいかない。そっとディストピア飯の蓋を閉じて首を横に振る。その代わりに、とニーナには下層部の食堂で手に入れたパンにジャムとピーナッツバターを挟んだものを渡した。彼女が小さな口で簡易的なサンドイッチを食べると、美味しかったらしく勢いよく咀嚼し始める。
『下層部の食堂を管理していた者は、相当な手練れだったようですね』
「そう思う」
恐らく食に対してこだわりがある人間だったのだろう。でなければ、あれほどの種類の食材や調理器具は残っていない。ニーナが最下層の倉庫に留まっていなくて、本当に良かったと思う。
「おいしい?」
「おいしい」
口の周りにジャムを付けたニーナは、少しだけ微笑んでおいしいと返す。
「あぁ、ほら」
「んー」
こうして見ると年相応だなと、手にしたティッシュで彼女の口元を拭う。
「…………」
「いち?」
「んー、ニーナの口元にジャムがいっぱいだなって」
「む」
揶揄うように言うと、むっとした表情を見せた。だが、それも感情の起伏が薄いように感じてしまう。
そういえば、この子が大きく口を開けて笑ったところを見た事がない、と思ってしまった。こんな環境下なので難しいのかもしれないが、いつか見てみたいとあるのか分からない未来を想像した。
外に出れば、また血の海が広がっているのだろう。
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