9
警備ボットの残骸が散らばるエレベーター前で、泣き止まないニーナをあやすこと数分。ようやく泣き止んでくれたものの可哀想なくらい目を真っ赤にした彼女を抱き上げて、エレベーターに乗り込む。未だにぐすぐすと鼻をすする音がするので、たまたまリュックサックに入っていたティッシュ(だと思う)を渡した。
その間にエイトが自身が抜き取ったIDをエレベータにスキャンさせて、上層部へのボタンを押す。特にエラーを吐く事もなく、扉が閉まりエレベーターが動き出した。少しほっとして、首筋に顔を埋めたニーナを見る。
「ぐすっ……」
「ニーナ、目ん玉溶けちゃうぞ」
「うー……」
泣き止んでくれ、と思いつつ伝えたのだが逆効果だったらしい。エイトにじとりと睨まれた気がした。
「エイト先生、親って偉大だな……」
『そうでしょうとも。少なくとも貴方のように【目玉が溶ける】とあり得ない事でニーナを脅したりはしないはずです』
「う……ぐっ」
脅したつもりはないのだが、先ほどの発言を考えると、脅しに聞こえても仕方ない。エイトに対する誤魔化しもあっさりと看破され、思わず言いよどむと、球体がふわふわとこちらに寄ってきて、マニピュレータでニーナの頭を撫でた。
『一花、貴方は女性の扱いに少々難があります。ニーナは戦闘生命体とはいえ、立派な女性です
もう少し言動や扱いに気を付けるべきかと』
「お前は俺の何なの、お母さんか?」
『当個体は無機物です。有機物を出産できません。機械生命体がいくら無性とはいえ、一花の母親というのは無理があります』
「冗談って言葉を辞書で引いてみろ。後学のためにも」
『……検索をかけましたが、誠に残念ながら、該当キーワードはヒットしませんでした
そもそも一花のような息子を持つというのは【冗談きつい】ですね』
「おまっ!」
エイトの言葉に思わず口が出たが、返って来たのは更に倍になった皮肉である。思わぬ報復に「ぐ……」と悔し紛れの声が出たが、首元でくすぐったい吐息がかかった。
「ニーナ?」
「んふ……ふひっ」
漏れた声に疑問を持ちつつも彼女の顔を見る。くすくすと小さく笑う彼女は、俺たちが見ている事を理解したのか、少し居心地が悪そうにしながら口を開いた。
「いち、はち、おもしろい、です」
「そっか……」
ただの皮肉のやり取りだったが、ニーナが笑ってくれるのであればそれでいい。エイトと顔を見合わせて、小さく笑う少女の頭を撫でた。
やがてエレベーター特有の浮遊感がなくなり、停止し機械音と共に扉が開く。
「うそ……だろ」
思わずニーナを抱きしめる力を込める。背中に嫌な汗が流れ、目の前の光景を否定したいと脳がアラートを出した。
中層部のような静かな死はここにはない。
あるのは、鉄さびのような匂いが入り混じる乾ききった血と、人やロボットだった何かたち。争いというよりも、一方的に蹂躙された残骸のように見えた。
――地獄が、そこには広がっていた。
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