エイトに何度か時間を聞いて、しつこいと怒られそうになったところで、白い髪が見えた。相変わらずおとぎ話から抜け出してきたような、白い髪と白い肌の一見精巧な人形と見間違う女の子は、見た目にそぐわない内包された力を遺憾なく発揮したらしい。こちらが視認したのを理解したのか、足音も立てずに突っ込んできた。

「いち!」

「おぐっ!」

 ただし、まくら言葉に「とんでもない速度で」が付くのだが。跳躍してこちらに抱き着いてきた彼女の身体はまさに弾丸と言ったところで、俺の腹に小さな膝が入りかけた。好意で抱き着いてきたニーナを落とすわけにもいかないので、どうにか根性で耐える……。

「どうだった?」

 ずきずきと痛む腹は気にせずにニーナに尋ねると、金色の瞳がこちらを見た。

「ん……しょくぶつえん、ぼっと、みなかった

 えれべーたはさんたい、いたです」

 びっと三本の指を立てるニーナ。

「三体か……」

 強い機体でなければ、俺でも倒せるだろう。少し考えてからエイトに話しかけた。

「エイト、さっきプライベートルームに入ったけど、そこから探知される可能性は?」

『ネットワークを遮断していたため確率は低いですが、ゼロではありません

 相手がこの移動都市全てを把握する存在であれば、確率は更に跳ね上がるかと』

「ふむ……」

 なら、なおさら悠長にしていられない。

 エイトの『相手』についての言葉に嫌な予感がしたが、球体曰く『まだ』憶測らしいので、下手に口にしない方が良いだろう。だから敢えて気づかないふりをして、二人に提案した。

「だったら、強行突破するか」

『了解いたしました』

「ん!」

「ただし、安全第一で」

『真っ先に怪我した貴方が言うのですか』

「うるせーやい」

 いつも一言多いのだ。この球体は。


 さて、仮にエレベーター付近の警備ボット三体を全て倒せばいいのか、と言われると答えはノーだ。最終的にエレベーターに乗り込み、上にいくために機動できればそれでいい。

 リュックサックを背負いなおし、ニーナを床に降ろす。握られた手を軽く握り返し、白い床を歩き始めた。かつかつと音が反響するが、二人分の足音しか聞こえず相変わらず不気味だ。

 相変わらず無人の植物園を抜け、やたら煩雑な道を通ってネットワーク管理室の前までやってくる。角から様子を伺えば、ニーナの言う通り三体の警備ボットがうろうろしていた。

「いるな……」

『攻撃しますか?』

「いや、後方に敵はきているか?」

『索敵……敵影は少なくとも百メートル圏内にいないようです』

「にじゅうななごうも、みなかった、です」

「了解」

 念のため確認してみたのだが、ありがたいことに敵はいないらしい。ここで挟み撃ちにでもして叩けばいいのに、それがないという事は、相手はジリ貧だというのがよくわかる。いや、そもそも舐めているのだろうか。なんにせよ、敵の思考回路がわからないので怖いところだ。

 そんな思考を振り払い、背負っていたリュックサックを下ろし、ナイフを抜く。あの機体であれば、弱点が何処なのかわかるし、殲滅も可能だろう。

「いち」

「ニーナ、リュックサック持ってて」

「ん」

 ニーナが俺の名を呼んだので、床に置いてあったリュックサックを持ってもらうように告げた。重いだろうかと思ったが、軽々と持ち上げたので、なんとも複雑な気分になってしまう。これも過保護だとかエイトに言われるのだろうか。


「さて、と……」

 体の動きを確かめるように、軽くその場で跳躍する。直感は相変わらず。どうやって動いているのか、自分でもさっぱりわからないほどの身体能力で、床を蹴っていっきに一体目のボットに近づいた。

 相手がこちらを捉える前に、胴体と頭を繋ぐコードを斬り、そのまま蹴り飛ばす。

『ぎ……が……』

 壁に叩きつけられ動かなくなったのを確認してから、こちらに照準をあわせてきた二体の銃撃を横に転がってかいくぐる。


「あぶねっ!」


 ――ばららららっ!!


 俺に向かって撃ち込まれた弾丸は、動かなくなったボットに当たったらしく、少し視線を動かせばボットは穴だらけになっていた。穴の開いた箇所から電流が走り、黒いオイルのようなものが漏れている。

「うわ……」

 思わず声が漏れたのは仕方ないだろう。ちょっと間違えたら自分もああなってしまうのだから。

 だったらさっさと片付ける他ない。角で待機しているニーナとエイトに銃弾が当たるとも限らないし。

 体勢を低くし、二体のうちの片方の足を掴んで投げる。不意打ちをつかれ飛んでいった機体に、腰につけていた別のナイフを投げつけた。

『がっ――!!』

 頭部に吸い込まれていったそれを視認し、もう一体の頭部を掴んでコードを掻き切る。そのまま頭部にナイフが刺さったままのボットに追撃しようとすれば――


「まじか」


 もう一体、隠れていやがった!


 ニーナの情報が間違えていたわけではない。現に先ほどまでは三体しかいなかったのだ。恐らく騒ぎを聞きつけて、襲撃しに来たのだろう。相手の位置は丁度影になっている曲がり角、俺から見て左の背面。ぎりぎり視界に捉えたのは奇跡といっていい。簡単に言えば、死角からの攻撃だ。「逆によく気づけたな」とバカな考えが頭をよぎる。

 合わさった照準から身体をひねりどうにか避けようとすれば、俺の背後から白い影が通り抜けた。


「にっ――!」

 無論、正体なんて分かっている。あの場で俺以外に戦闘力があるのは、彼女しかいない。殺戮人形となった美しい女の子は、目にもとまらぬ早さでボットの顔面を蹴り飛ばす。そのまま反動でずれた照準は、見当違いの壁や天井に銃弾をばらまいた。

 当たった箇所に穴が空き、白い壁は塗装が剥げてひしゃげる。天井に設置されていた灯りはガラス音を響かせて無残にも散っていった。

 攻撃を受けたボットは体勢を立て直そうとするが、何もできる訳もなく無慈悲な追撃がやってくる。ボットの背中に二回目の容赦ない蹴りが叩き込まれた。

「っ!」

 そのチャンスを不意にする訳にもいかない。床に倒れたボットに近づいて頭と胴を繋ぐコードを斬り、動きを止めたあと、頭部にナイフを刺したままのボットに急接近する。奴に刺さったままのナイフを抜いて、頭を抑えつけてから同じようにコードを斬った。


『敵、沈黙を確認』

 静かな空間にエイトの声が響く。他に敵はいないという事だろう。ふうと大きく息を吐いて、ニーナの方を向く。

「――あ……」

 居心地悪そうにする彼女は、自分が何をしたのか理解しているようだ。そんな彼女に向かって一歩踏み出す。

『一花』

 エイトの呼びかけに大丈夫だと手を振った。

 そのまま、ニーナの前まで歩き屈みこむ。人形のように精巧にできた彼女の顔が不安げな表情をみせ、瞳が少しだけ揺らいでいた。

「ニーナ」

「いち……」

 不安げにぎゅうっとワンピースの裾を握っているニーナの手を、屈んでそっと握る。

「ありがとうな、助けてくれて」

「ん……」

 あの場でニーナが動いてくれなかったら、俺はとっくに死んでいた。彼女が戦う事は正直嫌だし、危ないからダメだとも言いたい。けれど、命令じゃなく彼女自身の意思で動いたのであれば、叱らずに尊重しなければならない。と思う。

 ぱっと広げられた腕に応えるように抱きかかえた。そのままぐりぐりと頭をこすりつけられて、少しだけくすぐったい。

「ごめ、なさ……」

「怒ってないよ」

「ん……」

「けど、危ない事をしてほしくないのは本当」

 それだけ伝えると、理解してくれたのか頷いた。

「にじゅうななごう、たたかう……そんざいいぎ……です」

「うん」

 たどたどしい、鈴のような声が耳朶に響く。

「いちのいったこと……じぶんのかんがえ、さいしょわからなかった……」

 そりゃそうだろう。命令を聞いて戦う存在を真向から否定したようなものだ。

「だから、にじゅうななごう、めいれいきこうとした……けど」

 そこで、ニーナの抱き着く力が強くなる。その分抱きしめてやれば、細い身体が震えているのがわかった。

「……いち、きずつく……やだ」

 大丈夫だとか、心配するなとかそう言う事を言う前に、ニーナの目尻からぽろぽろと涙がこぼれていく。

「やだぁ……!」

 駄々をこねる声は、今までの言葉と違う幼い子供のそれだ。思わぬ状況に驚き慌てるが、無論そんな事で泣き止む訳がない。わあわあと初めて感情をあらわにした女の子に、情けない事に俺はどうすることもできず、エイトに窘められるまでただ慌てるだけだった。

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