なんて冗談をいいつつ、ニーナを抱っこしたまま外に出る。

 廊下は相変わらず静かな空間で、俺たちだけの足音が反響するだけ。元の道を戻ろうとすれば、曲がり角の向こうに何かが通ったのが見えた。勘づかれないように少し身体を隠し、すぐに戦闘に移れるようにニーナを降ろして様子を伺うと、いつもの黒い警備ボットがそこにいた。

「あー……これは」

 やはりというか、上に行くのを阻止するように見張りがいるらしい。エイトが機能停止してから送り込まれたのか……植物園で接敵しなかったのは奇跡といえるのかもしれない。

『向こうはこちらを感知していないようです

 恐らく巡回しているだけかと』

「近くにいるか、索敵できるか?」

『可能……確認できました

 現時点ではあの機体のみです』

「了解」

 なら、攻撃するか……。と思っていると、パーカーの裾がくいっと引っ張られる。

「にじゅうななごう、こうげきかのう、です」

「あー……」

 そりゃそうだろう。彼女の本来の役割は戦闘だ。俺の命令一つで、あのボットはきっと簡単に鉄くずになる。けれど、俺にその命令をさせる気はない。なので、抜き身ではないナイフを大事そうに持った彼女の頭を撫でた。

「大丈夫だ。俺が倒すから」

「でも……にじゅうななごう、たたかう、やくめ」

 しっかりとした目でこちらを見つめるニーナに少したじろぐ。彼女なりに役に立ちたいと思っているのが見て取れた。けれど、俺も俺の意志を曲げるつもりはない。

「あー……それじゃあこうしよう

 ロボットは俺が倒す。けれど、俺が何かしらピンチになった時は助けてくれ」

「めいれい……ですか?」

「違う、これは約束」

 空を見に行こうと言った時のように、彼女の小指に自身の指を絡めて約束する。

「俺とニーナは対等で、ニーナが困った時は俺が助ける。だから、ニーナも俺が大変な時は助けてくれ」

「……ん」

 そう伝えると、ニーナは一つ頷いて持っていたナイフをしまい込む。少し不満そうな顔ではあるが、納得してくれたらしい。その様子を見てから、再び巡回中のボットを捉える。

 異常なしと判断したのか、ボットは動き出して背中をこちらに向けた。好機だと床を蹴り一気に距離を詰める。向こうは熱源を感知したのか振り返ったが、照準を向ける速度は圧倒的に遅い。俺の眉間に銃口を合わせる前に頭部を掴み、壁に叩きつける。

『が、がががっ!!』

 ボットから音が飛び、平坦な声の悲鳴が聞こえるが、気にしていられない。

 次に奴が動くまえに、そのまま持っていたナイフで、首に生えているコードを切り裂いた。

『が、ぎ……が……』

 短い単語をいくつか吐くと、ボットはそのまま物言わぬ塊になって床に落ちる。それを確認してから、エイトが声を出した。

『敵沈黙を確認』

「うっし……」

 未だに慣れないボットを殺すという行為。物言わぬ無機物という形だから精神的なダメージはないが、これが人型だったら更にやばかったかもしれない。息を吐いて振り返ると、ニーナがこちらに駆け寄ってきた。

「いち」

「ん、おー」

 そのままがばりと抱き着いてきたので、流れにまかせて抱き上げる。首に抱き着いてきた彼女がまた肩に顔を埋めてきたので、甘えたい年頃なのだろうと判断して歩き始めようとすると――


『お待ちください』

「どうした?」

『このまま植物園を抜けて元のエレベーターに向かうのは危険かと』

「……確かに」

 時間が経っているとはいえ、俺たちがまだ中層部にいるのはバレているだろう。何しろ先ほどのプライベートルームに行く前も、不可思議な視線のようなものを感じていたのだから。

『二通りのプランがあります

 一つは、元いたエレベーターではない別のエレベーターに向かう、迂回するルートをとる』

「ふむ」

『もう一つは、神風の如く特攻をして、エレベーター周辺の安全を確保することです』

「急に頭悪い作戦立てるのやめてくんない!?」

 この子は本当にもう! たまに頭悪くなるのなんなんだろうか。さっき危険だと自分で言っておきながら、特攻する作戦とかさぁ!! だが、本人(?)は至って真面目らしく、話を聞けとばかりにカメラのレンズをこちらに向けて、じっとりと訴えて来た。

『IDを特定される確率は低いと言いましたが、元はこのネットワークから抜き出したものです』

「たしかに……」

 もたもたしている暇はないという事か。前者は安全だが、向こうがIDを特定した場合、封じられて上に昇る事が難しくなる。もう一方は安全をかなぐり捨ててでも上に進むというルート。

「……エイト、お前の推測でいい。中層部のフロアに敵はどのくらいいる?」

『おおよそですが十程度かと。今までの襲撃頻度からいっても、相手の兵力はかなり少ないと見積もっています』

「うーん……」

 それがエレベーターの周辺に全て固まっていたのであれば、抜け出すのはかなり難しい。数で叩かれてしまえば、いくら戦闘能力が高くても落とされる確率の方が高くなる。

 と考えたところで、今まで大人しかったニーナが俺の頬を軽くたたいた。ニーナ、君の力で叩かれるとちょっと痛い。

「どうした?」

「にじゅうななごう、さくてき、する」

「え……」

 ダメだとか、どうしてとかそういった事を聞く前に、彼女はたどたどしい口調で続けた。


「いち、いった。こまったとき、たすける

 にじゅうななごう、こうりつ、いい、です」

『確かに、ニーナの身体能力であれば索敵も容易いでしょう』

「けどな……」

 二人の言葉は正しい。

『一花、あなたがニーナを守りたいというのは理解しています。彼女は見た目も言動も幼い子供と同じなのですから

 ですが、時には彼女の意見を取り入れるべきです。ニーナはあなたの言う事を聞く愛玩動物ではありません』

「…………」

 エイトの言葉を聞いて、目を閉じた。

 ニーナは愛玩動物ではない。そんな事は百も承知だ。だけど、子供が戦いに放り出されるのは、やはり間違えている――

「いち……」

「…………」

 わかっている。ニーナに索敵をしてもらった方がより安全に行けるという事が。

 だけどな……

「…………」

 けどな……

『………………』

「いち」

「だあああっ!! わかったよ!」


 仕方ない。一花よ、腹をくくれ。


「ニーナ、頼めるか?」

「ん!」

 それがニーナの意志であるというのなら、尊重すべきだろう。恐らく、曲げる事も難しいはずだ。彼女を床に降ろして、膝をつく。

「ただし、無駄な戦いはしない。危ないと思ったらすぐに戻る事。俺たちが通るルートが確保できればそれでいい」

 そう言うと、ニーナは心得たとばかりに頷く。ここに来て、もう何度目かの指切りをして、彼女の頭を撫でれば、すぐに凄いスピードで駆けだしていく。やがて足音も殆どせずに彼女は見えなくなった。

『心配しなくとも大丈夫でしょう。戦闘生命体は諜報から白兵、しんがりまでできるのですから』

「あぁ……」

『なので、ニーナが怪我をする確率は低いと推測しています』

 彼女が見えなくなってから、エイトが声をかけてきた。

 大丈夫だと思っているが、やはり心配なのである。

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