7
なんて冗談をいいつつ、ニーナを抱っこしたまま外に出る。
廊下は相変わらず静かな空間で、俺たちだけの足音が反響するだけ。元の道を戻ろうとすれば、曲がり角の向こうに何かが通ったのが見えた。勘づかれないように少し身体を隠し、すぐに戦闘に移れるようにニーナを降ろして様子を伺うと、いつもの黒い警備ボットがそこにいた。
「あー……これは」
やはりというか、上に行くのを阻止するように見張りがいるらしい。エイトが機能停止してから送り込まれたのか……植物園で接敵しなかったのは奇跡といえるのかもしれない。
『向こうはこちらを感知していないようです
恐らく巡回しているだけかと』
「近くにいるか、索敵できるか?」
『可能……確認できました
現時点ではあの機体のみです』
「了解」
なら、攻撃するか……。と思っていると、パーカーの裾がくいっと引っ張られる。
「にじゅうななごう、こうげきかのう、です」
「あー……」
そりゃそうだろう。彼女の本来の役割は戦闘だ。俺の命令一つで、あのボットはきっと簡単に鉄くずになる。けれど、俺にその命令をさせる気はない。なので、抜き身ではないナイフを大事そうに持った彼女の頭を撫でた。
「大丈夫だ。俺が倒すから」
「でも……にじゅうななごう、たたかう、やくめ」
しっかりとした目でこちらを見つめるニーナに少したじろぐ。彼女なりに役に立ちたいと思っているのが見て取れた。けれど、俺も俺の意志を曲げるつもりはない。
「あー……それじゃあこうしよう
ロボットは俺が倒す。けれど、俺が何かしらピンチになった時は助けてくれ」
「めいれい……ですか?」
「違う、これは約束」
空を見に行こうと言った時のように、彼女の小指に自身の指を絡めて約束する。
「俺とニーナは対等で、ニーナが困った時は俺が助ける。だから、ニーナも俺が大変な時は助けてくれ」
「……ん」
そう伝えると、ニーナは一つ頷いて持っていたナイフをしまい込む。少し不満そうな顔ではあるが、納得してくれたらしい。その様子を見てから、再び巡回中のボットを捉える。
異常なしと判断したのか、ボットは動き出して背中をこちらに向けた。好機だと床を蹴り一気に距離を詰める。向こうは熱源を感知したのか振り返ったが、照準を向ける速度は圧倒的に遅い。俺の眉間に銃口を合わせる前に頭部を掴み、壁に叩きつける。
『が、がががっ!!』
ボットから音が飛び、平坦な声の悲鳴が聞こえるが、気にしていられない。
次に奴が動くまえに、そのまま持っていたナイフで、首に生えているコードを切り裂いた。
『が、ぎ……が……』
短い単語をいくつか吐くと、ボットはそのまま物言わぬ塊になって床に落ちる。それを確認してから、エイトが声を出した。
『敵沈黙を確認』
「うっし……」
未だに慣れないボットを殺すという行為。物言わぬ無機物という形だから精神的なダメージはないが、これが人型だったら更にやばかったかもしれない。息を吐いて振り返ると、ニーナがこちらに駆け寄ってきた。
「いち」
「ん、おー」
そのままがばりと抱き着いてきたので、流れにまかせて抱き上げる。首に抱き着いてきた彼女がまた肩に顔を埋めてきたので、甘えたい年頃なのだろうと判断して歩き始めようとすると――
『お待ちください』
「どうした?」
『このまま植物園を抜けて元のエレベーターに向かうのは危険かと』
「……確かに」
時間が経っているとはいえ、俺たちがまだ中層部にいるのはバレているだろう。何しろ先ほどのプライベートルームに行く前も、不可思議な視線のようなものを感じていたのだから。
『二通りのプランがあります
一つは、元いたエレベーターではない別のエレベーターに向かう、迂回するルートをとる』
「ふむ」
『もう一つは、神風の如く特攻をして、エレベーター周辺の安全を確保することです』
「急に頭悪い作戦立てるのやめてくんない!?」
この子は本当にもう! たまに頭悪くなるのなんなんだろうか。さっき危険だと自分で言っておきながら、特攻する作戦とかさぁ!! だが、本人(?)は至って真面目らしく、話を聞けとばかりにカメラのレンズをこちらに向けて、じっとりと訴えて来た。
『IDを特定される確率は低いと言いましたが、元はこのネットワークから抜き出したものです』
「たしかに……」
もたもたしている暇はないという事か。前者は安全だが、向こうがIDを特定した場合、封じられて上に昇る事が難しくなる。もう一方は安全をかなぐり捨ててでも上に進むというルート。
「……エイト、お前の推測でいい。中層部のフロアに敵はどのくらいいる?」
『おおよそですが十程度かと。今までの襲撃頻度からいっても、相手の兵力はかなり少ないと見積もっています』
「うーん……」
それがエレベーターの周辺に全て固まっていたのであれば、抜け出すのはかなり難しい。数で叩かれてしまえば、いくら戦闘能力が高くても落とされる確率の方が高くなる。
と考えたところで、今まで大人しかったニーナが俺の頬を軽くたたいた。ニーナ、君の力で叩かれるとちょっと痛い。
「どうした?」
「にじゅうななごう、さくてき、する」
「え……」
ダメだとか、どうしてとかそういった事を聞く前に、彼女はたどたどしい口調で続けた。
「いち、いった。こまったとき、たすける
にじゅうななごう、こうりつ、いい、です」
『確かに、ニーナの身体能力であれば索敵も容易いでしょう』
「けどな……」
二人の言葉は正しい。
『一花、あなたがニーナを守りたいというのは理解しています。彼女は見た目も言動も幼い子供と同じなのですから
ですが、時には彼女の意見を取り入れるべきです。ニーナはあなたの言う事を聞く愛玩動物ではありません』
「…………」
エイトの言葉を聞いて、目を閉じた。
ニーナは愛玩動物ではない。そんな事は百も承知だ。だけど、子供が戦いに放り出されるのは、やはり間違えている――
「いち……」
「…………」
わかっている。ニーナに索敵をしてもらった方がより安全に行けるという事が。
だけどな……
「…………」
けどな……
『………………』
「いち」
「だあああっ!! わかったよ!」
仕方ない。一花よ、腹をくくれ。
「ニーナ、頼めるか?」
「ん!」
それがニーナの意志であるというのなら、尊重すべきだろう。恐らく、曲げる事も難しいはずだ。彼女を床に降ろして、膝をつく。
「ただし、無駄な戦いはしない。危ないと思ったらすぐに戻る事。俺たちが通るルートが確保できればそれでいい」
そう言うと、ニーナは心得たとばかりに頷く。ここに来て、もう何度目かの指切りをして、彼女の頭を撫でれば、すぐに凄いスピードで駆けだしていく。やがて足音も殆どせずに彼女は見えなくなった。
『心配しなくとも大丈夫でしょう。戦闘生命体は諜報から白兵、しんがりまでできるのですから』
「あぁ……」
『なので、ニーナが怪我をする確率は低いと推測しています』
彼女が見えなくなってから、エイトが声をかけてきた。
大丈夫だと思っているが、やはり心配なのである。
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