エイトに案内されるまま歩き続ける。無機物でできた植物園を抜けて、白い廊下にたどり着き、数度の角を曲がったところで部屋が現れた。曰く、中層部は所謂中流以上の階級が住んでいた場所らしく、移動都市内の政治を担う人間が多かったのだという。情報の流出を防ぐために完全なプライベート空間が確保でき、並大抵の人間やロボットでは情報の抜き取りもかなわない。今回の部屋はその階級の人間の一室らしく、エイトはその人間の権限になりすましているのだとか。


『認証しました。おかえりなさいませ』

 ぴっとエイトのマニピュレータがドアのセキュリティに触れると、機械音が鳴り響き扉が開かれる。そこまでしてエイトが話したい事は何なのだろうか。部屋に入ると、ランドリールームが右にある短い廊下が続いている。埃っぽいそこを歩き、目の前にある扉をくぐればリビングらしき場所に、三人分の死体が並んでいた。

「……」

 今までと違い、今まさに家族団らんの時を過ごそうとしていたその死体は、死を認知するまでは幸せだったのだろう。目の前に血に染まった子供向けの玩具が転がっていた。

 ソファに並ぶ子供と大人の死体に手を合わせ、この部屋を使わせてもらうことを心の中で告げる。


「それで、ここまで連れてくるなんて、どうしたんだよ」

 ニーナに促しエイトを離してもらうと、奴はふわふわと浮きながら俺の前までやってくる。申し訳ないと思いつつ少しばかり警戒していれば、エイトは間を開けてから機械音を鳴らした。


『まずはご心配をおかけして申し訳ございませんでした』

 その言葉を聞いて、脱力する。あぁ、いつものアイツなのだと本能的に理解した。

「んなもん、気にしてないよ

 そもそも上に行きたいって我儘を言ったのは俺だし」

 だから責任は俺にあると言うと、奴はどこかホッとした様子を見せる。

「……マルウェアに感染した時、お前の中で何が起きた」

『不明……当個体の意識が乗っ取られる前にネットワークを遮断し、マルウェアを除外しています

 恐らく意図的にマルウェアを流されたものだと推測しています』

「というと、俺らの他に誰かがいるってことか?」

『肯定……あくまでも推測の範囲内ですが

 我々が上に行くことを阻止しようとしているのだと考えられます』

 エイトに言われ、今までの違和感を考える。システムが作動して警備ボットが飛んできたのではない。誰かが意図して送り込んだのだとすれば……。エイトがネットワークに接続した際にマルウェアに感染したのも、悪意をもってやられたのだとすれば……。

 そして、俺が時折感じていた視線も、監視目的だったのだとすれば、すべて納得がいく。

『そのため、ネットワークに接続していないオフラインの状態かつ、監視されていない場所で話す必要がありました』

「だからここなのか」

『肯定』

 なるほど、一般家庭の部屋であれば、おいそれと監視することもできないだろう。

 だが、ここで一つの疑問がわく。

「俺たちを潰したいのであれば、警備ボットとか大量に送りつければいいだろうに」

 そう、俺が倒れた時も間髪入れずにボットを送り込めばよかったし、物量で押し込めばあっという間に沈むだろう。現に大量の機械がやって来てもさばける自信がない。そう告げると、エイトは少し考えてから光を点滅させる。

『推測……恐らくこのタカマガハラには、ボットを生産させるだけの能力が残されていません』

「というと?」

『人もメンテナンス能力のあるロボットもいない状態です

 休眠状態の人間やロボットのメンテナンスは最低限の電力でも賄えますが、壊されたものを回収し、新たに作り直す場合はコストがかかります』

 在庫があるのと一から作るのとの違いか。そうであれば、今まで飛んできた警備ボットたちは元々休眠状態だったものを起こして動かしているという事。


「ん、ということは相手はもうジリ貧ってこと?」

『相手の戦力は不明ですが、ボットを送り込んでこないあたり、そこまでの力がないのだと推測しています』

 ということは、エイトが抜き取ったIDで中層部から上にいける見込みがあるという事だ。

「しかし、そこまでの能力があるとなると、邪魔してきている奴はよっぽどヤバい奴なんじゃ……」

 俺の言葉に、エイトは頷いたように身体を動かす。

『肯定……おおよその予測はついていますが、現段階では推測のため迂闊にお伝えは出来かねます』

「ん、了解」

 ここはエイトを信じるしかないだろう。一つ頷くと奴はこちらを見て言葉を続ける。


『ですので、一花

 当個体に何かあれば、その時は破壊をお願いいたします』

「……そうならないことを祈っているよ」

 エイトが敵になるなんて、こっちはまっぴらごめんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る