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それから、二人で他愛のない話をして(大半は俺が一方的に話していたが)時間をつぶし、エイトが起きてからすぐに動けるように仮眠をとる。
ニーナを抱きこみ、近くにあった木を背に目を閉じた。これであれば警備ボットが近づいてきても多少なりとも動けると思ったからだ。人工の空は相変わらず不快な青で構成されているが、それでも暫くすれば、疲れからかうとうとと意識が飛び始める。
やがて、俺の知覚がはっきりし始めたのは、人の死体で構成された山をみたときからだ。見えている惨状はまさに地獄といった様で、鉄さびの色が地面を汚している。何が起きているのか、どうしてこうなったのかという疑問とともに、これは夢だとすぐに理解できた。何せこんな光景、俺は知らないからだ。
記憶の整理によって起きる内容ではない。どこかの誰かの夢。おそらく、俺の体の元の持ち主なのだろう。ふと視界の端に映ったのは、二メートルはあろうかという大柄なロボットの姿。まったく異なる容姿だというのに、エイトに何故か似ているロボットだった。
『――――!!』
そいつが何かを叫んでいる。けれど、何を言っているのか理解ができない。
言葉が理解できないというよりも、知覚ができない。俺の記憶ではないからなのだろうか。と思っていると、唐突に視界が赤く染まった。痛みはないが、腹を何かに貫かれたのだということは理解できる。それと同時に耳につくような笑い声が頭の中で響いた。視線を動かしても腹を貫いた何かの姿は、もやが掛かったように見えず不快感だけが増していく。 エイトによく似たロボットに手を伸ばす。俺ではない、俺の口が動いた。
「にげろ……」
それだけ聞こえて――
「いち」
「んあ……」
鈴を転がすような声で目が覚めた。
眠っていた身体を動かして、声のした方向を見る。どのくらい眠っていたのだろうか。金色の瞳が俺を見ていて、ニーナが先に起きたのだと理解した。
「おはよ、にーな」
「いち、いち」
俺を呼ぶ声がずいぶんと焦っているように聞こえ、緊急事態なのかと思い意識が覚醒する。どうしたのだろうと思っていると、彼女は別の方向に向かって指をさす。
「あ……」
そこには、エイトが置いてあった。仮眠をとる前までは物言わぬ球体だったのに、今はカメラのレンズ部分が淡い色を点滅させている。まるで、目を覚ましたかのように……
「エイト……」
思わずつぶやくと、奴は俺の言葉に反応したのか、さらに光を点滅させた。
『おはようございます。自動追尾型支援ユニット コードエイト……システムオールグリーン』
「あぁ……待たせやがって!」
挨拶するエイトに皮肉をぶつけると、いつも通り平坦なくせに感情のこもったような声。
『ご心配をおかけいたしました』
「まったくだ……身体は問題ないのか?」
『肯定……当個体はアンチマルウェアシステムにより、すべて正常値へ戻っています』
「そっか」
とりあえずなんともないらしい。その言葉にほっとしていると、ニーナがエイトを抱きかかえた。
「どっか異常でもあるのか?」
『いえ、ニーナが当個体を運ぶと』
「あぁ……」
自我の目覚めなのか、単なる任務の続行なのか、ニーナが運ぶといって聞かないのだという。とりあえず、俺が言えることは
「病み上がりなんだから言うこと聞いておけ」
だった。微妙に不機嫌そうな奴は、暫く光を点滅させた後でしぶしぶと言った様子でおとなしくなる。妙に人間臭いそれに苦笑し立ち上がった。身体を固定して寝ていたせいか、ばきりと音がなったが気にしない。
『一花』
「どうした」
『権限の件で話があります』
「……わかった」
それは俺も気になることだ。エイトの言葉にうなずけば、奴はマニピュレータを伸ばし、方角を指し示す。どうやら『誰か』に聞かれたらまずい会話のようだ。
「とりあえず、移動するか……」
「ん」
リュックサックを持つと、ニーナが頷いて片手で俺のパーカーの裾を握った。が、それをほどいて手をつなぎなおす。
「これでいいか?」
「ん」
こくこくと満足そうに頷いた彼女に笑って、植物園を後にする。
また、あの得体の知れない視線に見られているような気がした。
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