2-中層部-
1
エイトの案内でエレベーターはすぐに見つかった。
最下層で見たような大きさはなく、人が数人乗れる程度の大きさ。一般的なエレベーターの大きさである。ボタンを押すと、音が鳴り響き、暫くすると扉が開く。それに乗り込み、上層部行のボタンを押したが反応がない。
「あれ」
「んー?」
数回押しても同様。仕方ないので別のボタンを押すと、扉が閉まりようやく動き始めた。
『上層部以降に行くには権限が必要なようですね』
「なるほど」
エイトの言葉に納得した。行政などの施設があるのであれば、上層部へ行くには何等かの許可が必要なのかもしれない。
「だったら、一旦中層部を探ってみるか
なんか役に立つものがあるかもしれないし」
『了解いたしました』
やがて止まるエレベーターから降りると、最下層、下層の黒い金属の壁と違い、白い金属製の壁が見えた。床も磨かれた白で、歩くのに少し躊躇してしまう。
一歩踏み出すと靴底が金属を叩いた。高い音が聞こえ、それが壁に反響する。だが誰かの返答はなく、ただ俺とニーナの足音だけが聞こえるばかり。
いやに潔癖なその場所は恐怖を感じるには十分だった。下層でも感じていた事だが、ここはとにかく静かすぎるのだ。
俺たち以外の生命の吐息が聞こえない。生きていた誰かの痕跡はほとんどなく、まるで昔からそうであったようにオブジェクトとして並ぶ死。
神の名を関するここは、とっくに捨てられたのか、どうしてこうなったのか、何が起きたのか……疑問はつきない。俺が何故ここにいるのかも、わかればいいのだけれど。
そんなことを考えて道なりに少し進むと、無機質な扉が見えた。
何か文字が書いてあるが、エイト曰くこの移動都市のネットワーク丸ごと管理する場所……らしい。
中に入れるのかと扉の前に立つと、あっさりと開いたのでありがたく室内に入る。そこには大量のスーパーコンピューターのようなものが所せましと並んでいて、サーバーの管理なども担っているのだろうというのが理解できた。
なんというか、見た目も相まって圧巻という一言だ。
「すんげー」
だから、アホみたいな感想が漏れても仕方ないのである。
迂闊に触れないようにニーナの手を引いて奥に進んでいくと、都市全体のサーバーとネットワークを管理する端末と共に、かつて人であっただろう白骨化した死体が数名転がっていた。死体を見ても驚かなくなっている自分がいるあたり、この悲惨な状況に慣れてきているのだろうが、それでも手は合わせておく。ニーナも真似して暫く黙とうした後で、ふと数体の死体を見ると、骨はほとんど風化しているものの、そのどれもが何かを止めるように端末に手を伸ばしているようにも見えた。全員着ている服は同じなので、恐らくここの職員なのだろうが……。一体、何が起きたのだろうか。
「…………」
黙って端末に手を伸ばそうとすれば、エイトが割って入って来た。
『お待ちください』
「どした」
『ここはタカマガハラのネットワーク、サーバーを管理する場所です
上層部に行くのであれば、ネットワークにクラッキングし、なりすましを行うのが良いかと』
「すんげー単語がポンポンでるじゃん」
俺のいた世界では、当然ながら犯罪である。
だが、エイトの提案通り、奴の機体に上層部へのアクセス権限を付与し、上に行くのが一番早いだろう。できる限り危険な橋は渡りたくない。のだが、現時点でエイトの提案以外、方法がないのも事実だ。というか、残念ながら転生して約二日目の俺には、エレベーターのワイヤーを昇るという脳筋な方法以外思いつかない。魔法もスキルも便利なものは、俺には一切ないのである。
少しだけ考えたあと「頼む」と一言告げると、エイトはふわふわと移動し、端末へ自分の身体をつなげる。
『アクセス開始……権限の検索……上層部へのアクセス権限を確認……空き領域にコピー開始……』
いつも淡い光を出して点滅していたカメラ部分が、黄色く光り、作業をしているのが見て取れた。無機質な声が更に無機質に、現在の状況を告げるだけの機械になっていく。
『コピー完了十パーセント……三十パーセント……七十パーセント……コピー完了』
「よし」
これで上層部へ行けるのだろう。と思っていれば
『端末から、かい……がっ!?』
エイトの様子が途端におかしくなる。危険だとばかりに赤い色を点滅させはじめ、機体が痙攣しはじめたのだ。
『が、ががが……がっががががが! がががががががっ』
「エイト!」
『こ、れは……、エラー、まるうぇあ、を検知……えらー、えラー、エラー……ただち、にしゅフく』
「くそ!」
マルウェアの言葉に慌ててエイトを端末から離す。無論、そんなことで痙攣が収まる訳もない。普段の冷静さが嘘のように、エラーという単語を繰り返す球体に話しかけると、こちらを認知したようにエイトが話しかけてくる。
『いち、か、ま、まままこ、とに申し訳……ございません』
「いいから!」
謝罪するくらいなら、自分の身体をどうにかしろ! そう思って声を荒げると奴は赤い光を点滅させたまま続ける。
『あンち、マルうェアを、きど、う……と、う個体の再起動をかかかかいし……しゅ、しゅうふく、は十時間を、よそ、ううううう……がががが』
奴の中にあるアンチマルウェアを機動したらしいが、修復にはかなりの時間がかかるらしい。それほどまでに強力なのかと歯嚙みしていれば、僅かにエイトの光りがいつもの淡いものに戻る。
『すみません……一花……勘づかれた可能性、が……』
「勘づかれた……って、まさか!」
『警備ボットがが、く、るかのう、せ』
「だよな!」
こんな狭い部屋に来られたらそれこそまずい。銃撃されてサーバーがダウンしたら、システムが全て壊れる可能性がある。そうなれば上層部へ行く事が本当に絶望的になってしまう。
『申し訳……』
「謝るな!」
そもそも指示したのは俺だ。だから赤く点滅し続ける球体を𠮟りつけ、ニーナに渡す。
「ニーナ、エイトを持っててくれ」
「ん!」
エイトを大事そうに抱えた彼女を抱き上げて、慌てて部屋から出る。
警備システムに感知されたのであれば、エレベーター付近に行くのは危険だ。かといってここに留まる訳にもいかない。
だから来た方向とは反対に駆けだした。
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