とりあえずの判断として、エイトと俺は改めて休息を取ってから探索に出る事にした。というのも――


 ――ぐうううう……。


 ニーナの腹の虫が泣き喚いているからだ。

 彼女は放置しても探索に支障は出ないのだが、見捨てる訳にもいかないだろう。

 何か食べさせたのかとエイトに聞いてみたのだが、俺の治療に必死だったらしく食べさせようとしても拒否されたとのこと。だから、パウチの一つが空いているだけだったのか……(虹色のブツが見えているが気にしない)。何も食べさせないのはまずいので、彼女には飲料水を飲ませて水分を補給させる。何しろ俺も腹が減った。

 俺から離れようとしないニーナを抱きかかえ、立ち上がって移動する。ここは食堂だし何かしらの食材はあるだろう。現にニーナが食べたであろう残骸が散乱しているし。


 俺が壊した機械の残骸を避け、シャッターが開いたキッチンに入る。最下層と異なり、清潔なそこは、鍋などの調理器具は一通りそろっているようだった。

「あとは食材か……」

 できればまっとうな物があれば良いのだが、あのレインボーな完全栄養食を見る限り、正直なところ期待は持てない。そんな事を考えていると、ニーナが俺の腕を叩いてきた。

「どうした?」

「ん」

 指し示された方向に目を向けると、コンテナのようなものが置いてある。一部が散乱しているが、犯人は言わずもがな。

「ここにご飯があるの?」

「うん」

 こくりと頷き肯定した彼女を見て、そこに近づく。最下層で見たようなパウチがいくつかあり、そのうちの一つを手に取った。

『フリーズドライのスープですね』

「まじか」

 まさかまっとうな食べ物候補を見つけられるとは。

「たべられる」

「美味しいの?」

「ん」

 ニーナ曰く味は美味しいらしい。だが一つの疑問が沸く。

「ニーナ、これどうやって食べたの?」

 お湯をいれてかき混ぜるだけの簡単調理だが、食堂の状況を見るに、もちろん調理した痕跡などない。彼女にどうやって食べたのかと尋ねると、俺が持っていたパウチを手に取り袋を開く。

 そのまま直接かぶりつこうとしたので慌てて止めた。

「なるほど、うん……わかった……ニーナ、これもっと美味しくなるぞ」

「ん」

 美味しいという言葉に、ニーナはきらきらとした目でこちらを見てくる。あんな食生活をしていたので、彼女の味覚がいかれていないか心配ではあるが、まずは腹ごしらえだ。


 さすがにニーナを抱えたまま調理する訳にもいかないので、一度降りてもらい丁度いいケトルを探してコンロに置く。そこに飲料水をいれた。

「エイト先生、これってスイッチ押せばいいの?」

『肯定。回路が生きていれば、熱伝導による調理などが可能です』

「あいよ」

 エイトに聞きながら、目的のスイッチを押す。火力はお湯を沸かすだけなので強火で。暫く待っていればお湯が沸騰したのか、注ぎ口からしゅんしゅんと音を立てて湯気が立ち込めた。

 同じようにマグを拝借し、そこにフリーズドライのスープをいれる。一つはオレンジ色で、もう一つは薄い黄色。あとはお湯を注げば完了である。なんてお手軽さ。文明の利器とは素晴らしい。


 やがてフリーズドライが全て溶け、湯気が立つスープが完成する。

 一つはかぼちゃのポタージュスープ、もう一方はコーンスープだ。


「ニーナはどっちがいい?」

 少し屈んで、マグの中身をニーナに見せると、彼女は少し迷ってからコーンスープの方を指さした。それに頷いてキッチンを出る。無事だったテーブルの一つにマグを置いて、向かい合うように椅子を並べた。片側にニーナを座らせて、自分の椅子に座る。

「いただきます」

 ぱちん、と手を合わせる。これも俺のエゴ。

 できれば食事はきちんとした場所で取りたいのだ。

「い、た……だきま」

 俺に合わせて、ニーナも小さな手を合わせる。

「熱いから気を付けて」

 そう告げると、こくりと頷いてからマグを持って口につける。が、やはり熱かったらしく、ちみちみと飲んでいるようだった。

「ふふ」

 その光景が微笑ましくて、笑い声が漏れてしまう。俺を襲って来た殺戮人形とは打って変わって、今はただの女の子だ。ニーナがこちらを見たので、何でもないと誤魔化して俺もスープに口をつける。

 味は、あのくそまず完全栄養食より断然美味しい。身体が温まるような感覚と、満たされるお腹。この幸福感は食でないと味わえない。

「美味しい?」

「んー」

 ぷはっといい声でニーナが呟く。口元に黄色い髭がついているので、それを拭った。

 食堂には、機械の亡きがらが溢れ、俺が流したであろう血の跡がある。外にでれば、また悲惨な光景があるかもしれない。せめてこの時間だけは、安心して過ごしたいと、もう一度スープに口をつけた。

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