自分の記憶ではない、夢のような内容だった。

 いる場所は、タカマガハラだというのに、人やロボットが死んでいくという惨状だけが繰り広げられていく。まるで壊れて何度も同じエラーを吐き出す機械のようで、これは一体なんの記録なのだろうかと考える。

 おおよそ見当はついているが……考えるよりも意識が浮上した。


 なにしろ

「重い……」

『目が覚めましたか』

「うん」

 ぼんやりとした思考の中にエイトの声が響く。戻って来た視界には食堂の天井が移っていて、それを遮るように球体が割り込んできた。淡い色で点滅するレンズが妙に懐かしい。そして視線を動かせば、パーカーの塊が腹のあたりに乗っていた。手を伸ばすと温かい。重さの正体はあの女の子なのか。

「どれくらい寝てた?」

 痛みが引いた身体に妙だと思いつつも身体を起こす。眠っているであろう女の子を起こさないようにそっと。

『二十時間程です』

「一日近く寝てたのか……」

『ええ、一時期危険な状態になりかけましたが、持ちこたえたようですね』

「そうだね」

 中々悪運が強い。くすくすと苦笑すれば、エイトがどこか怒ったように声を出す。

『皮肉ですよ。だいたい、何故危険を承知で割り込んだのですか。無鉄砲にも程がある』

「あー……」

 説教である。まぁ、怒られる事は承知でやったので甘んじて受け入れるが……。まさかここまで怒られるとは思わなかった。

「ありがとう」

『何故、礼を言うのですか。そもそも』

「いんや、俺の事心配してくれた訳だろ? だからありがとう」

『……理解不能です』

「うん、それでもいいよ」

 わからなくてもいい。けれど、礼がしたかったのだ。


「それで、この子は?」

 未だに眠ったままなのか微動だにしないパーカーの塊を指さすと、エイトはマニピュレータを伸ばし、パーカーをはぎ取った。そこには、やはりというかあの時の女の子が眠っている。

『何を言っても離れようとしないので、そのまま治療を手伝わせました』

「まじか」

 あの痛みから推測するに、相当深い傷だったろうに手伝わせたのかこの球体。トラウマになっていなければいいが……。あれ、そう言えば

「俺の傷って、今どうなってんの」

『救急キットからガーゼなどで傷口を止血し、医療用スプレーを塗布いたしました』

「あれ使ったの!?」

 医療用スプレーは、十中八九さきほど医務室で手に入れたものだろう。傷口につけるだけで治るという謎技術だ。

『何か問題でも?』

「あぁ、いや、うん。ないです……」

 嫌悪している訳ではないのだが、謎技術に少しばかり恐怖があるのもまた事実。言ったところでエイトにまた説教されそうなので黙っておく。

『それよりも彼女です』

「あぁ、そうだ」

 エイトの言葉に意識を再び女の子に戻した。寒さからか、身体を小さくしているので、どうするべきかと考えていると、ぱかりと瞼が開かれる。金色の瞳が俺を映し、そして

「あっ……!!」

「うお!」

 抱き着いてきた。勢いよく飛び込んだせいか、ふたたび床に倒れこみ頭を強く打つ。

「うぐおおおおああああ……」

 目の奥で星が飛び散り痛みのあまりのたうち回るが、女の子はおかまいなしだ。ぎゅうぎゅうと抱き付いている。

「ちょ、ストップ、離れてっ……」

「ん……」

 あまりの痛みに涙目になりながら促すと、彼女は言葉を理解したのか離れてくれる。伸びに伸びた白い髪と白い肌。そして金色の瞳。作り物のような彼女はこてりと首を傾げてこちらを見た。

「あー……っと、俺の言葉わかる?」

 先ほどの行動や、エイトの言動、今までの状況を見るに通じてはいるのだろうが念のためだ。すると彼女はこくこくと頷いてくる。どうやら言語による意思疎通は可能らしい。

「俺の名前は、一花です」

 まずは自己紹介だろうと自分の名前を告げると、女の子は首を傾げたまま。

 名前という認識ができないのだろうかと思っていると、彼女は唐突に着ていた手術着の胸元を開いたのである。

「な……っ」

 いきなり脱がないの! と叱りつけようとしたが、彼女は胸元を指し示している。いったい何だと覗き込めば、そこには文字のようなものがみえる。

「にじゅうななごう!」

「二七号……?」

「ん!」

 二七号、と呼べば女の子は無表情だが嬉しそうに頷く。

「それが、名前?」

「ん」

 予期せぬ内容に思わず頭痛がしてくる。そうだ、こんな極限の場所で、名前がある方が間違いなのだ……。

「にじゅうななごうは、じりつがたせんとうせいめいたいです」

「えーっと……?」

『自立型戦闘生命体。つまり、先の大戦などで戦うために作られた生命体です』

 女の子……二七号が自己紹介をしてくれるが、あまりの言葉に脳の処理が追い付かない。

「つまり?」

『女児の姿をした戦闘ユニットとなります』

 エイトの言葉に愕然とする。あの子が強い理由がわかった。何故愛らしい姿をとっているのかも。敵を油断させるには、戦意を削ぐには人形のようなこの子は充分に役に立つのだろう。

 そして知れば知るほど、このとっくに滅んだ世界の狂った様が少しずつ見えてくる。


 だから今からすることは俺のエゴだ。

 本来彼女に与えられた役割を放棄させるというエゴだ。

 戦う人形ではないと否定することは、彼女にとっていい方向に進まないかもしれない。けれど、そうしなければならないという身勝手な正義感で俺は彼女と向き合った。


「二七号」

「はい」

「君を今からニーナと呼ぶ」

「にーな?」

「そう、それが馴染んで君の名前になればいい」

「にじゅうななごうは、にじゅうななごう」

「そう、それでも」

 いつか、自分の名前を呼べればいい。とそっとニーナの頭を撫でる。びくりと身体を震わせたのを見て、嫌だったのかと慌てて手を離すが、小さな手で元の場所に戻された。

「いち……」

 小さな鈴を転がすような声が響く。呼ばれたのが自分の名前だと簡単に気付いた。

「あ、り、がとう」

 それは助けてくれたことに対してだろうか。不格好にも気絶してしまった手前、対した事はできていないのだが、それでも彼女がそう言ってくれるのだから、悪い気はしない。

「こちらこそ、助けてくれてありがとう」

「ん……」

 どうやら上手くしゃべれない彼女は、俺の掌にひたすら頭をこすりつけていた。


『二七号はニーナなのに、当個体はエイトなのですね』

「なんだよ、嫉妬か?」

『いいえ、単なる疑問です』

 エイトが持っていたパーカーをニーナに着せてやると、相変わらず平坦な声で球体が話しかけてくる。少し揶揄うが、返ってきたのはいつも通りの回答。

「だったら、ハチって呼んでやろうか?」

『却下です。ニーナよりも酷い名称です』

 仕方ないので再び軽口を叩いていれば、横からひょっこりと可愛い声が聞こえる。

「はち?」

『……ニーナが覚えたではないですか』

「ふはっ」

 感情のない声のはずなのに、随分と不満げなエイトの声に、今度こそ声を上げて笑うのだった。

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