医務室から出てから再度探索に戻る。目指すは次の階層への道だが、最下層から探索をし続けてきたためか、それとも先ほどから刺激が強すぎる光景を見ていたせいか、少しばかり疲労感を感じる。

「エイト」

『どうかしましたか?』

「あー、そのさ……ずっと歩きっぱなしだし、そろそろ休憩しようかなと

 さっきの医務室で言えよって話なんだけど」

 ベッドもあるのだからそちらの方がいいに決まっているのだが、探索を優先してしまった自分が悪い。素直に謝罪を言いつつ提案すると、エイトは少しばかり思案するかのように沈黙すると、数回カメラ部分を点滅させる。

『それであれば、ここからすぐの道を左折すれば食堂があります

 医務室に戻るよりも近いですし、あの完全栄養食ではないものが見つかるかもしれません』

「……まずい飯じゃないよな……」

『さぁ、当個体に食事は必要ないので、検討がつきません』

「こんにゃろ」

 今度飯が上手い事の重要さについて話してやろうか。

 そんなやり取りをしつつ、食堂へ足を進める。どのくらいの規模なのか分からないが「せめて真っ当な食事が見つかりますように」と内心祈りつつ――何かの足音のようなものが聞こえた。

『一花』

「分かっている……スキャンか何かできるか?」

『可能……推奨、現在地よりも広い場所での戦闘』

「だったら、このまま食堂に向かう」

『了解』

 小声でエイトとやり取りをして、耳をそばだてながら歩き続ける。聞こえてくる歩幅の感覚は短く、足音は小さい。俺の耳が拾うのもやっとだ。距離があるからではなく、極限まで気配を無くして動いているというのが正しい。身体能力が強化されているこの身体ですらこうなのだから、相手の方が強い可能性もある。

 一歩一歩確実に、バレないようにと食堂に向かう。できれば諦めてほしいのだが、付け狙うように動く足音は、一定の距離で俺たちの後を付けていた。

 これではまるで……

『まるで追い込み漁のようですね』

「だよな……相手は?」

『……それが、子供のようです』

「は?」

 なんだそれ、と問いかけようとしたが、目の前に食堂と思しき扉が見えて来た。途端に足音の動きも早くなり、俺たちをいよいよ追い詰めようとしているのが理解できる。

「くそっ」

 対話が可能なのか、本当に子供なのか。ロボットであってほしいと願い、悪態をつきつつ扉の向こうへ飛び込んだ。

 テーブルと椅子が乱雑に並んでいて、床には食料が入っていた袋が散らばっていた。そこから視線を上げると、カウンターを挟んでキッチンが向こう側に見える。部屋は物が無ければかなり広いだろう。まるで巣のように一角がぽっかりと空いていて、そこには最下層で見たようなパウチされた食料が置いてあった。

『一花』

 異様な光景に固まっていたが、平坦なエイトの声に意識を戻す。勢いよく飛んできたそれを避ける間もなく咄嗟に腕でガードするが、相殺するどころか二メートル近いはずの俺の身体が吹っ飛んだ。

「がっ!」

 テーブルと椅子を派手に飛ばし、壁に叩きつけられ肺から空気が抜ける。目の奥で火花が散ったような感覚が不快だが、弱音を吐いている場合ではない。不意打ちで一撃食らわしてくるくらいだ。確実に相手は俺の話を聞かないだろう。

 だからどうにか腰を落とし戦闘態勢に入ったのだが、視覚情報というやつは、見ているものによっては、戦意という二文字を何処かに追いやるらしい。


「…………」


 エイトが言っていた通り、食堂の入口に立っていたのは、どう見積もっても十歳程度の幼い子供だったからだ。

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