エイトが言っていた通り、医務室はすぐに見つかった。

 もはや見慣れつつある鉄製の扉だが、医務室だとわかるように杖に二匹の蛇が絡んでいるようなエンブレムが施されていた。恐らくアスクレピオスの杖だろうが、異世界だというのに、何故それが掘られているのか謎だ。似たような神もいるのだろうか。エイトにそれとなく聞いてみたが、曰く不明とのこと。所謂直近の歴史というのはデータベースとしてあるらしいのだが、神話や哲学的な話などはないとのことらしい。よくよく考えてみれば、確かに役割としては不要なのかもしれない。

 そんな事を考えつつ扉に近づけば、空気が抜けるような音とともにスライドして開く。室内は薄暗いが、壁面は他の部屋と比べて白い塗装となっていて、清潔さが見て取れた。そしていくつかベッドが並んでいて、医者が問診するようなスペースもある。そしてこれまたよくわからない機械類が並んでいた。血圧を測ったりする……ものではないだろう。絶対に。ベッドはともかく、機械類は下手に触らない方がいいと判断して、壁に設置されている棚を見た。

 ……が、無論どれがどれかなど医療技術などない俺には分からない。よくネット小説で見かける鑑定眼なんて便利なものは、俺には備わっていないのだ。

「とりあえず、なんもわからんわ」

『そうでしょうね』

 素直にそう告げると、エイトはふわふわと浮かんで当たりを見渡している。スキャンでもしているのだろうか、と考えていると何処かに向かって動き始めたので慌てて追いかけた。

『こちらに医療キットがあるので、そちらを持っていくのが良いかと』

「なるほど」

 棚には箱が置いてある。よく見るプラスチック素材のようなもので、厚さ十センチくらいの白い本体部分と、それを覆いかぶせるように赤い色の蓋。運びやすいように持ち手が付いている――簡単に言えば、救急箱のようなものだ。

 そのうちの一つを手に取り、蓋を開ける。ガーゼやら包帯やら俺でも知っているものの他に謎のスプレーが入っていた。傷消毒用のアルコールか?

『そちらは外傷に使用するものです』

「おー、それじゃあ傷口の消毒に使うの?」

『いえ、止血後に吹きかける事で傷が完治いたします』

「こわ……」

 思っていたよりも謎技術だった。エイトが「ナノマシンが傷口にある血小板に作用し……」とか色々語ってくれたが、正直に言って怖い。できればお世話になりたくないので、そっと箱に謎スプレーをしまう。

「腕とか生えてこないよな」

『流石にそんなファンタジーじみた効能はありません

 仮に腕がとれても機械化すれば済みますし、値は張りますが培養細胞で腕を付ける事も可能です』

「あぁ……うん」

 進歩した科学の力というのは恐ろしい。

 腕を生やす事はできないが、それに相応する技術があるのも、先ほどの部屋にあった実験結果を見せられれば納得してしまう。自分と異なる世界を見せつけられて、乾いた笑いを洩らしつつ救急箱をナップザックの中に放り込んだ。随分頑丈な素材でできているが、そろそろ容量も一杯になるだろう。持っていくものは考えなければならない。とはいえ、上層部に行けるまでどのくらいの時間がかかるかわからないのだ。できる限りは準備をしておこう。

 更に重くなったナップザックを背負い、医療室を後にした。

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