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 名称というのが実に機械らしい。

 ぺたぺたと裸足で部屋を歩きながら、ふと疑問に思った事を口にする。


「そういえば、『マスター』とかじゃないんだな」

 SF作品では機械が人間に付き従う印象が多い。あくまでも個人の主観だが。だが球体――エイトは少し不満げ(に聞こえた)な声で回答する。

『ロボット三原則は四十年前に廃れています。機械に人のような心は備わっていませんが、そこに人との優劣はなく、平等に扱うべきとなっています

 つまり、【マスター】と呼ぶのはくそくらえ、です』

「わお」

 アイザック・アシモフが聞いたら、助走をつけて殴りこんできそうだ。いや、まぁかの御仁の小説も、大概がその三原則の穴をついた内容だけども……。

 つまるところ、今のロボットたちは『人間を守る』義務もなく『命令を聞く』義務もない。己の安全性や主義主張に従っているということ。

『ですが、性能を極限にまで落とした機械は、ロボット三原則の適用となります』

「自動で動く掃除機とか?」

『肯定』

「あくまでも、俺たちと意思疎通ができるタイプは平等に扱うかんじか」

『肯定、当個体含めた機械生命体はロボット三原則が適用外とされます』

 わかりやすくていい。こちらとしても、意思がはっきりとあるのなら、会話をしてみたいというのが本音だ。


 そこまで考えてから、エイトが何かに反応する。相変わらず目の前は無機質な鉄製の壁だが、その一部が収納スペースのようになっていた。人一人入れるくらいのウォークインクローゼットのような場所で、壁面にはよくわからない機械のようなものが設置してある。

『危険性は低いかと』

「ゼロじゃないのが怖いんだって」

 こちとら、転生してまだ数分だ。状況をろくに飲み込めていないのに、ほいほい行動できるかと言われたら、答えは否である。だが、フルチンで立ち往生しても意味がないので、仕方ないと部屋の中に入った。

『おはようございます!』

「うおっ!」

 部屋に入った途端に、場違いなほどに明るい女性の声が聞こえた。

『この度は、CC社のサービスをご利用いただき、誠にありがとうございます

 ご希望のメニューをどうぞ!』

『予め録音された声のようですね

 選択肢を選ぶ事で服が生成されるシステムのようです』

「さいで」

 さも、自分は優秀だというようにエイトが呟く。先ほどから思っていたが、この球体さまは、自分がロボット三原則適用外な事に誇りを持っているらしい。

 そんな事を考えていると、録音された声と共に、壁に設置された機械のようなものからメニューが浮かび上がった。文字の下にアイコンが表示されているので、直感的にどういった昨日を持っているのかわかるのがありがたい。日本語は勿論、英語であれば多少の言語は読めるが、浮かんでいるのは日本語のようで日本語ではない、知らない文字だったのだ(上下左右反転させて、さらに崩したような感じだ)。とりあえず、服のようなアイコンをタップする。

「種類、多すぎね?」

『服を提供するサービスですから、この種類は妥当です』

 が、出てきたのは膨大な量の服の画像。古今東西様々な文化の衣服がパネルに並び、好みのものを探すだけでも時間がかかりそうだ。

「とりあえず、動き回るならどの辺が適してますかね」

『推奨……動き回る、戦闘を行うのであれば、主に軍隊が使用しているようなものが好ましいかと』

「まぁ、やっぱそうなるか」

 戦闘という言葉は、できれば聞かなかった事にしたいが、仕方ない。パネルを何度かタップして、エイト先生推奨の服を見繕う。金銭など無いが大丈夫なのだろうか、と思っていれば、どうやら誰かのアカウントに自動ログインしていたらしい。クレジット残高が大量に残っていたので、ありがたく使わせてもらう。

 暫く待っていると、機械の隣にある小さい出口から頼んでいた服が一式やってきた。エイトに断りを入れて地面に置き、出された服に着替える。


「こんなもんかね」

 クローゼットにある鏡を見ると、見慣れない自分が映っている。精悍だが、少し童顔のイケメンがこちらを覗いていて、思わず顔をしかめてしまう。なんというか、慣れないのだ。

 大きくため息をついて、顔から服へ視線を移す。黒い首元まで覆う袖のないアンダーウェアと、ゆったりとしたパーカーのようなジャケットにカーゴパンツ。そして靴底が分厚くごついアーミーブーツ。とりあえず動き回るには充分な内容だ。

『お似合いです』

「心の底から思ってる?」

『当個体は心がありませんので』

「便利な言葉だねえ」

 ロボット構文かな? なんて考えて再びエイトを持った。こいつの修理をしないといけないのだが、果たしてどこにいけばいいのやら。手のひらに収まる球体に疑問を投げかければ、少し間をおいてから機械の声が聞こえる。

『この階層にも補給できる場所がある、と認識しています

 距離は二百メートルほどだったかと』

「修理できそうなパーツでもあるのか?」

『不明』

 濁された答えに苦笑する。二十年もジャンク品の玉座にいたのだ。こいつが認識していない間に色々変わっていても仕方ない。ならば、とりあえず外に出るかと入口(正確にはのような場所)に向かう。ぷしゅーと空気の抜ける音が聞こえ、扉が開かれ――


『敵影確認――推奨、戦闘』

「は?」

 身体が動いたのは、ほとんど奇跡といっていい。

 反射的に後方に飛んで距離を空ければ、火花と共に銃弾が降り注ぎ、床に穴を空ける。少しでも遅かったら、穴あきチーズになっていただろう。冷や汗が背筋に垂れて、入口を見る。


 そこには、黒い人型を模したロボットが立っていた。

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