番外編4

「まずい……まずい、まずい! くそっ、今はセーラも居ないから相談もできない」


イオスは、先程のフォスの様子が過去に命を狙って来た時の兄と重なり、ガタガタと震えていた。まだ子どもの身体だ。恐怖に耐えるには脆弱だった。


「父上や、母上に相談は出来ないし……せめて、オレに何かあったらセーラを守らないと……」


「イオス様? どうされましたか?」


「デュバル……公爵……?」


「顔色が真っ青ですぞ?! すぐに医者に診せましょう!」


「大丈夫、大丈夫だ。ちょっと怖い思いをしただけだ」


「ああ、サッシャー侯爵家を謀反で捕らえたのでしたな。ご負担も大きかったでしょう。フランツめ……フォス様に信用されていながら王妃様に毒を盛るなど許し難い。仕えるべき皇帝陛下が大事になさっている王妃様に危害を加えるなど貴族としてあるまじき行動です。まだ幼いイオス様にまでこのような不安を与えるなど……厳重な処罰を求めますからご安心下さい」


そうだ、デュバルはこんな男だった。過去でフォスに情報を流したのも、保身もあっただろうがオレの為だった筈だ。


全ては話せないが、保険をかけるならデュバルしかいない。


「デュバル公爵、もし万が一オレに何かあったらセーラを頼めるか?」


「……は? セーラ様をですか?」


「ああ、母上はご無事だったが今後同じような事が起きないとは限らない。オレは王族だから、覚悟はしている。だけど、セーラに何かあるのは嫌なんだ」


「おやおや、そのお年でそこまで婚約者を大事になさるとは素晴らしいですな。お任せ下さい。何かあれば私が持てる力の全てを使ってセーラ様をお守りしましょう。ですが、イオス様もたくさんの守りがついておりますからそのような事はあり得ませんよ。皇帝陛下が、王妃様、フォス様、イオス様の守りを固めるよう王命を出されました。今後、王族に危害を加えようとした者を見つけたらすぐに報告するようにと。報告すれば報奨、しなければ処罰だそうです。身内でも、知った時点ですぐに報告すれば処罰はしないそうですから、情報は集まりやすくなるでしょう。締め付けるだけではうまくいきませんからな、さすが皇帝陛下です。ですから、そんなに不安にならずとも大丈夫です。ご安心下さい」


「そうか、ありがとうデュバル公爵。兄上や父上には内緒だが先程は少し怖くてな。王族らしくない姿を見せてすまない」


「ここでの話は誰にも言いませんからご安心下さい。御命令も、しかと承りましたぞ」


そう言って、デュバルは最敬礼をする。


これで、セーラは大丈夫だ。


今日自分が死んでも、デュバルがセーラを助けてくれる。イオスは安心して、兄と向き合う事にした。


「やあ、イオス待ってたよ」


「兄上……お待たせしました。話とは何でしょうか?」


「イオスは、僕に何を隠してるんだい?」


「兄上……」


「怒らないから、教えてくれる? 僕を怖がってるよね? それに……イオスはいつから自分の事をオレと呼ぶようになったの? セーラと会ってからだよね。セーラが悪いのかな?」


イオスは、全身が震える事を抑えられなかった。怖がり、泣き、それでも返事をしないイオスに、フォスは悲しそうに言った。


「イオスは、僕の事が嫌い?」


「いいえ! 兄上の事は大好きです!!!」


「……どうやら、嘘ではなさそうだね。なら、どうしてこんなに怯えてるかちゃんと教えてくれる? でないと、イオスの大事な……」


「オレは、未来の記憶があるのです!!!」


フォスの目を見て、セーラに危害が及ぶと感じたイオスは、全てをフォスに話す事にした。イオスにとって何より大事なのはセーラだったから。セーラの記憶がない事にすれば、自分にしか怒りは向かないだろうと考えた。


「未来の記憶?」


「はい、オレは一度イオスとしての人生は終わりました。老人まで生きて、死んだ後に気が付いたら今の自分になっていました。記憶が戻ったのは、初めてセーラと昼寝をしていた時です。夢と言っていた事は、本当はオレが一度体験した事なのです。そこで、母上が亡くなってしまってからは兄上は……オレを殺そうと暗殺者を仕向けたり、毒を仕込んだりしてきました」


「だから……僕に怯えていたの?」


「今の兄上と、私が過去に接した兄上は別人です。それは分かっていたのですが、幼い身体で恐怖を抑えられませんでした」


「以前のイオスは、僕を憎んでいたの?」


「いいえ。ですが降りかかる火の粉は払わせて頂きました」


「殺されかけたのに、僕を憎まなかったの?」


「オレにした事では、特に憎しみは抱きませんでした」


フォスはイオスの言葉を聞き、自分はイオス以外にも何かをしたんだと気が付いた。自分が、弟が泣き、怯える程の事をした。フォスは怖くてたまらなかった。


「僕は……他に何をしたの? イオスの知ってる僕は、未来で何をしたの?!」


フォスは、真っ青な顔でイオスを問い詰めた。そうか、兄上も怯えていたのか。オレが何も言わずに怯えたりするから。


イオスは、兄が愛しくなり、全てを話す覚悟を決めた。


「兄上……、今の兄上は何もしていません。ですが、私が知っている未来では……兄上は……俺を殺そうとして、父上も殺そうとします。それから……」


「それから?! いいから教えてくれ! 僕はどれだけ残虐な事をするんだ?!」


「裏で手を回して、セーラの国を滅ぼします。セーラ以外の王族は全員殺され、セーラは兄上の指示でフランツから暗殺者に仕立てられて……オレを殺そうとします」


「そんな……残酷な事を……僕が……。だから、降りかかる火の粉を払ったと……イオスは、僕がセーラに手を出したから怒ったんだね。それほど、セーラが大事だったのか」


「そうですね。母上が死んで荒れていたオレを助けてくれたのはセーラだけでしたから。父上はオレに無関心でしたし、兄上は毒を盛るわ暗殺者を仕掛けるわ……味方とは思えませんでした」


「僕は……なんて事を……」


「兄上が失言をした事で貴族の支持を失い、オレが皇帝になりました。兄上は、罪を暴かれフランツと共に生涯幽閉されました。フランツと罵り合いながら幽閉されるのは地獄だったでしょう。しょっちゅう怪我をしていたようですし、最後は……。幽閉を命令したのは皇帝になったオレです」


「僕を処刑しなかったの? 僕の罪を考えたら、公開処刑が妥当だよね。その方がイオスの治世は安定した筈だよ」


「そう……ですね。そんな声があったのは事実です。ですが、オレには出来ませんでした。幽閉は、ギリギリの処罰だったのです。フランツも共に幽閉するなら罰になるだろうと認められました」


「イオスは、そんな事をした僕を助けようとしてくれたの?」


「兄上にとっては、潔く殺される方が楽だったかもしれません。オレは、甘いんです。皇帝には向いていない」

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