番外編3

「なっ……何故ですか?!」


「兄上の侍従の癖に、オレに媚を売るような蝙蝠、信用できる訳がない」


まだ幼いイオスから、冷たい視線を浴びせられたフランツは、腹立たしく思いその場を去ろうとした。しかし、イオスの炎が道を阻む。


「何をするんですか?!」


「都合が悪いとすぐ逃げる癖はやめたほうが良いぜ。いつもなら邪魔だから逃げてくれて構わないんだが、今日は困る。もうちょっとオレに付き合ってくれよ」


怒りを露わにするフランツだが、さすがに炎に飛び込む勇気はない。


しばらく睨みあっていたふたりだが、不意にイオスの炎に水が掛かる。その瞬間、イオスが全ての炎を消した。


「イオス、証拠は揃ったよ。不快な仕事を任せてすまなかったね」


「兄上! 兄上や父上の苦労に比べたらこれくらいなんて事ありません。蝙蝠狩りの準備は出来ましたか?」


「ああ、既に当主をはじめ関係者は捕らえてあるよ。あとはフランツだけだ」


「……フォス様? 私だけとは……どういう事でしょうか?」


「サッシャー侯爵家は、母上の暗殺未遂の容疑で捕縛されたよ。実行犯は君だね。フランツ。ああ、言い訳は要らないよ、確かな証拠は揃っているからね。言いたい事があれば裁判で話してね。今日限りで僕の侍従は辞めてもらうから。1年間色々とご苦労様。母上に毒を盛って、僕とイオスが対立するように仕向けて、ほんっと色々やってくれたよねぇ……オマケに最近はイオスにまでちょっかいを出してきてさぁ……これでイオスに嫌われたら、どうしてくれるつもりだったのかなぁ……」


フォスの目は、怪しく歪んでいた。イオスは思わずゾッとするが、ここが正念場だと気合いを入れ直す。


「兄上。オレが兄上を嫌う事などあり得ません。兄上から悪意を向けられても、オレは兄上が好きですよ」


過去のイオスも、そう思っていた。母の死で荒れてはいたし、兄を拒絶もしたが、兄が嫌いになった訳ではなかった。


皇帝を目指したのもただ、それ以上に大事な人が居たから降りかかる火の粉を払う覚悟を決めただけ。だから、イオスはフォスを処刑する事は無かった。


「僕がイオスを嫌う訳ないじゃないか」


先ほどとはうって変わって、優しい顔でフォスは微笑む。


「フランツ、確かにオレと兄上はどちらかが皇帝になる。そういった意味ではライバルだ。だが、対立する必要はない。お前は、対立を煽って何がしたかったんだ?」


「……皇帝は、常に孤独であるべきだ。兄弟で信頼しあってしまったら、側近は必要なくなるではないか」


「ふん、お前は皇帝の側近になれる器じゃない」


「何故?! 私は優秀で、由緒正しい貴族の家柄だぞ!」


「貴族である事は国を治めるには必要な要素ではない。そもそも貴族は半分以上が元々平民だ。血筋を誇るなんて馬鹿のする事だ。兄上は既に気がついておられたぞ。側にいた筈のお前は何故気がつかないんだ? 兄上こそ皇帝に相応しい」


「ふふっ、この歳で既に気がついているイオスこそ、皇帝に向いてると思うけどね」


「どちらが皇帝になっても問題ないように精進するのが我々の役割です」


「そうだね。僕が皇帝でも、イオスが皇帝でもどちらでも構わない。僕達は王族だ。どちらにしても国の為に働く義務があるからね」


「何故……どうして……フォス様は……」


「皇帝になれば、好き勝手出来ると思っている筈、だっけ?」


フランツは、真っ青な顔をして震えている。ニコニコ笑いながら、フォスはフランツの周りに水を纏わせ、身体の体温を奪う。


「兄上、今は捕縛しましょう」


「ああ、そうだね。良かったね、フランツ。僕の弟は、優しいだろ?」


「はい……はい……はい……」


フォスの水責めで、フランツはすっかり怯えている。だが、フォスは感情が動く事はなく冷たくフランツを見るだけだ。


「兄上、このままでは騎士が捕縛しにくいので乾かしてよろしいですか?」


「ああ、構わないよ。なんなら少し熱くしてやればいい」


「ひぃ……ひぃっ……」


冷たいフォスの言葉を聞き、フランツは怯えて失禁したまま気を失った。フォスは、ゴミを見る目で呟く。


「汚いなぁ、イオスが汚れるだろう」


そう言って、フランツを水で洗う。その後、イオスがフランツをほどよい熱風で乾かした。気を失ったままのフランツを騎士が捕縛し、連行する。


「これで、母上は大丈夫でしょうか?」


「恐らくね、父上がしょっちゅう健康診断してるし、母上の使用人は全員厳しく調査されて半分が入れ替わったよ」


「その半分は、どうなったんですか?」


「罪がはっきりした者は捕縛されてるよ。怪しい者は泳がせてるけど、何かやらかした瞬間に捕縛するみたいだよ。罪が確定した者は公開処刑だろうね。僕だったら、恩を着せて忠誠を誓わせるけど、父上は母上に危害を加えた者を許す訳ないからね」


イオスは、過去に母が死んでから母の使用人を何人もフォスが雇っていた事を思い出した。


あの頃から兄貴はオレに暗殺者を仕向けてきた。母上の使用人に何人も暗殺者が居たんだな。今回は全員処刑なら、兄上の配下になる事はないな。それに、母上が生きていれは父上も無気力にならないし、兄上も多少危うさはあるが問題なさそうだ。イオスは、そう思っていた。


だが……。


「ねぇ、イオス。大事な話があるんだ。今夜、僕の部屋でゆっくり話せないかい?」


フォスは、歪んだ目をしながらイオスに問いかけた。


まずい、これは、以前のおかしくなった後の兄貴の目だ。オレはどこで間違えた?!


イオスは、内心恐怖を覚えながらも今のフォスならば自分に危害が来る事はないと考え、フォスの招待に応じる事にした。それに、断ったらどうなるか分からない恐怖もあった。


「分かりました、兄上のお部屋に伺いますね」


「うん、待ってるよ」


そう言ってフォスは、優しく笑った。だが、イオスは過去の兄と重なり、ぎこちない笑みを返す事しか出来なかった。

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