第19話

本日は、国を挙げてのお祝いだ。


街中の飲食店が、全て無料になり、大衆浴場も1週間無料。その費用は、国ではなくたったひとつの商会の出資だった。


「ミッドナイト商会も、気前良いよなあ」


「なんでも、イオス様に賭けて得た利益は全て国民に還元するんだと。これで使い切るから、今後はお店に来てねって言ってたぜ」


「そりゃあ行くだろ! そういや、御用達も断っちまったんだって?」


「ああ、あくまで自分達は国の為ではなく人のために商売をしている。だそうだ」


「かー! カッコいいねぇ! ますますファンになっちまうぜ」


「全くだ、ミッドナイト商会の品は品質もいいし、安心して買い物が出来る」


「だよなぁ。値段も妥当だし、従業員も礼儀正しいしな」


「従業員といやぁ、俺さぁ、お妃様がミッドナイト商会に居た時に接客してもらった事あるんだよ」


「なんだと!」


「綺麗な店員さんだなぁとは思ったが、まさかお妃様とはな。俺、一生自慢するんだ!」


「くっそ! 羨ましいぜ! おっと、すまねぇ! ぶつかっちまった!」


ぶつかったフードの男は、ムッとした顔をしている。


「ごめんなさい。こちらもぼんやりしていたの。ほら、あなた! ちゃんと謝って!」


「……すまん」


「良いってことよ! 今日はお祭りだからな! それにしても、にいちゃん、美人な奥さんで羨ましいぜ」


「そうだろう! そうだよな! オレの妻は美しく、優しく、強くてだな……」


「ストップ! 街中で惚気るの禁止!」


「すまん、セーラ」


「セーラ? なんだよにいちゃんの奥さんはお妃様とおんなじ名前か! そりゃめでてえな! よっしゃ! この先の出店でめちゃくちゃ美味い串焼き売ってんだ! 奢ってやるよ! 出店はさすがにタダじゃねぇが、祝いだ祝い!」


そう言って、初対面の夫婦に串焼きを奢り、男はご機嫌に去っていった。


「奥さん大事にしろよー!」


「オレがセーラを大事にしないなどありえない」


「もう! 恥ずかしいんだけど! ま、奢って貰ったし串焼き食べよ?」


「……」


「まさか、食べ方知らない?」


「すまん」


「こうやって、かぶりつくのよ」


「なっ……そんな食べ方があるのか」


「街ではこれが普通よ。毒とかは大丈夫だと思うわよ」


「兄貴が幽閉されてから一度も毒など仕掛けられていないし、こんな街中で毒殺もないだろう」


「それは、イオスのお父様が平和な国を築いてきたからよ。平和は当たり前ではないわ」


「そうだな。オレもこの平和を維持していかなければ。それにしても、串焼きとは、美味しいものだな」


「でしょう? それに、生き生きとしている街の人を見ると、元気が出てくるわ」


「ああ、式の前にここに来れて良かった」


「それでは、時間が迫っておりますのでお戻り下さいませ」


「デュバル!」


「城中探してもいらっしゃいませんし、まさかと思って隠し部屋に行ったらご利用された形跡がございましたのでお迎えに上がりました。自由時間は終了です」


「ま、まだ時間はあるだろう?!」


「セーラ様のご用意が、1時間後に開始されます。お戻りください」


「イオス、帰るわよ」


「セーラ……」


「また、一緒にデートしましょうね」


セーラから頬にキスをされて浮かれたイオスは、素直に帰る事にした。


「さすがセーラ様ですな。さ、急ぎますぞ」


「分かったわ。お迎えありがとう。どうしてもイオスに街のみんなの笑顔を見せたかったの。ワガママ言ってごめんなさい」


「なんのなんの、ですが今後は私にもご相談下さい。そうすればもっとうまく時間を稼いで差し上げますぞ」


「デュバルは、セーラに甘くないか?」


「私の主人には負けますぞ」


穏やかな結婚式の裏で現実を受け入れられない男がひとり、幽閉されようとしていた。


「フォス、其方は生涯幽閉だ」


「何故だ……何故だ……何故だ……」


「弟と父に暗殺者を仕向け、他国を滅ぼす。その罪を多数の人の前で暴露したフォスを、処罰しない訳にはいかぬ。だが、皇帝であるイオスは、フォスを処刑するなと命じた。王命により、フォスは塔に生涯幽閉される」


フォスにそう伝えたのは、前皇帝である父親だった。幽閉、幽閉……この俺が……幽閉などありえない……。フォスは、現実を受け入れられず、部屋でぼんやりしていた。だが、宣告を受けて3日、未だに部屋にいて、見張りは居るが自由がある。食事も、王族に相応しいものが運ばれてくる。その状況に、幽閉は、間違いだったのだと思うようになった。それならまだチャンスはある。しばらくしたらイオスを殺して俺が皇帝になる。


フォスはそう思っていた。そんな時に、部屋に息も絶え絶えなフランツが現れた。


「フォス様……フォス様……」


フランツは、脚の腱を切られており歩くのもやっとの状態だった。ふん、コイツが余計な事を言ったせいで俺は皇帝になれなかったんだ。そう思ったフォスは、フランツを無視した。


「何故……何故お声掛け頂けないのですか……私は、フォス様の忠実な配下でしょう? フォス様の御命令通り、セーラ様を暗殺者に仕立てました。何度もイオス様を暗殺しようとしました。毒の手配も行いました……それに……」


「ふん、貴様が余計な事を言ったせいで貴族の支持を失ったんだ」


「それは! 貴方様が平民が貴族になるなど烏滸がましいと仰ったからでしょう! イオス様から聞きました! この国の貴族は大半は元は平民だと! 我が家は違うのでそのような教育は受けませんでしたが、半数以上の貴族は、平民から貴族となった事を誇りに思っていると! 過去の教訓を活かして平民を養子にする事は日常茶飯事だと! 王族としての仕事をしていれば、半年もすれば気がつくと仰っておられました! 何故フォス様はご存知ないのですか! 貴方様があのような迂闊な事を仰らなければ、フォス様が皇帝になれたのですぞ!」


「なんだと? 僕のせいだと言うのか!」


「その通りです! 貴方が無知なせいで俺は廃嫡された! 貴方の指示で皇帝の暗殺をしたら返り討ちにあって足の腱を切られた! もう歩く事もままならない! アンタのせいで俺の人生はめちゃくちゃだ!」


「僕のせいな訳があるか! お前が余計な事を言ったせいだ!」


「おやおや、見苦しいですねぇ。さ、王命のお時間になりました。この2人を運んでください」


「宰相! 貴様が騙していたから!」


「お前のように仕事もせず威張っている人間が、私は一番嫌いなんだ。王族としての義務を果たさず全てを押し付けていた男など皇帝陛下の治世には不要だ。王命が発動まで3日かかるほど重いものとも知らなかったんだろう? 王命は発動してしまえば王命を出した皇帝陛下すら撤回できない重いものなんだ。だから、3日の猶予期間がある。そんな事も知らずに、ハッタリだのなんだの舐めた事を言いやがって。お前たちは生涯幽閉だ。フランツ、貴様の罪は本来ならば公開処刑だが、お優しい皇帝陛下は、心から信頼しているフォス様と共に生涯塔に幽閉して下さるそうだ。良かったなぁ、生きていて」


「嫌だ! 嫌だ! 嫌だぁぁぁ!!!」


「やめろ! 僕は王族だぞ! 王位継承権もあるんだ!」


「そんなもんとっくに剥奪されてるに決まってるだろ。イオス様の慈悲で命がある事を忘れるな。さて、罵りあうお前たちはどのくらい保つのかね。ああ、フランツの武器は取り上げるなよ」


フォスとフランツは塔に生涯幽閉された。2人がいつまで生きていたのか、記録は一切残っていない。


その後、皇帝陛下は民の為にさまざまな事を行った。道は整備され、子どもは教育を受けられるようになった。民は賢く豊かになり、国はますます豊かになった。皇帝陛下は、賢王として他国にも讃えられた。


毎日忙しく働く皇帝陛下の隣には、美しいお妃様が常に寄り添っていたという。

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