第18話

「さて、貴族は全員揃っておるな」


「はい、当主または当主代理が全員来ております」


いよいよ皇帝指名の日がやってきた。イオスとフォスは、それぞれ皇帝の右隣と左隣に正装して座っている。進行は宰相であるデュバル公爵。貴族は、各家の代表が全員来ている。


投票は、地位の低い貴族から順番に紙で投票していき、投票後すぐにその場で開票する。結果を受けて、皇帝陛下が次の皇帝を指名するとすぐに戴冠式が行われる。1日がかりの大イベントだ。街中では、どっちが皇帝になるかで、賭けが行われており、フォスは1.1倍。イオスは5倍の倍率だ。イオスに賭ける者はほとんど居ないので、賭けが成立しないから誰かイオスに掛けてくれないか、倍率を6倍にするぞと胴元が宣言すると、とある気まぐれな金持ちが大金をイオスに掛けた。


ありがとよ、カモ。胴元はそう心の中で笑った。


「さて、投票は終了しましたね。開票致します」


開票は、不正がないようにすぐに同じ場所で行われる。250票なので、そこまで時間がかかるわけではない。票数は、皆が目に見えるように大きなボードに記載される。


「イオス様……イオス様……イオス様……フォス様……」


結果は、すぐに明らかになった。


「イオス様。これでイオス様は過半数の支持を獲得しました。イオス様……イオス様……」


フォスの顔色は真っ赤になっており、ブルブル震えている。


「フォス様53票、イオス様197票。我々貴族は、イオス様を支持いたします」


「こんな結果あり得るか! 宰相! 貴様は私を支持していたのではないのか?!」


「私は、イオス様を支持しました」


「裏切ったのか?!」


「裏切るも何も、私はフォス様を支持した事など一度もありませぬ」


「そんな訳ない! 父上! この結果は偽物です! 票を見せろ!」


「フォス、見苦しいぞ」


「あり得ない! あり得ないあり得ない! おい! 貴様投票用紙を見せろ!」


フォスは、引ったくるように用紙を確認するが、書かれているのはイオスの名前ばかり。そもそも、不正が無いように投票用紙を一枚ずつ皆に見せながら開票するので、イオスの勝利は明らかだった。


「そんなわけない! おい! 私を支持する貴族は、今すぐ私の元に来い! 200人は居るはずだろ?! 貴様! 私に媚を売ってきたではないか?!」


「なんの事でしょうか? フォス様は、平民出身で当主となった私の事など興味はありませんでしょう? なにせ、平民から貴族になるなど烏滸がましいそうですからな。私の名もご存知ないのでは?」


「……それは」


「そんな事言ってやるな、シューレン伯爵。貴方の養子縁組を許可したのは私だ。兄上は知らなかったんだよ」


「……だとしたら尚更、我がシューレン伯爵家はイオス様を支持します」


「結果に不備はないようだな。次の皇帝を指名する」


「ま、待ってください父上!」


「次の皇帝は、イオス・エクリーポだ。すぐに国民へ通知しろ。イオス、戴冠式をすぐ行う、こちらへ来い」


「御意」


「そんな……そんな……、あり得ない……」


この日、新たな皇帝が誕生した。

その名は、イオス・イクリーポ。街は驚きに包まれたが、フォスに賭けていた者と、賭けを主催した胴元は以外は、イオスの皇帝就任を心から祝福した。


戴冠式は、滞りなく進められた。呆然としているフォスは、部屋の隅に追いやられてしまった。


国民へのお披露目も済んで、思ったよりも受け入れられた事にイオスは不思議に思っていた。国民の人気は、フォスの方があった筈なのだが……。


「なんでも、ミッドナイト商会の女主人が大金をイオス様に賭けていたそうです。その利益で、イオス様戴冠の祝いだと食事や酒を振る舞っているそうですぞ。イオス様のおかげでタダ酒が飲めるとイオス様の人気は上がっております」


イオスは、万が一の為に全財産をセーラに預けて、女主人の衣装や鬘も渡していた。自分が死んでも、セーラはミッドナイト商会の女主人として生きられるように。だが、セーラはイオスから預かった全財産をイオスの勝利に賭けた。


「イオス様がきちんと統治なされば、人気は不動のものとなりましょう。これからですぞ」


「ああ、私に投票してくれた方も、しなかった方も、どうかこの国を良くする為に協力して欲しい。私が実現したい事は、おいおい発表していく。貴族の汚職や不正は厳しく取り締まるから、そのつもりでいてくれ」


何名か、青くなっている貴族が居るが、イオスの言葉は概ね受け入れられた。


「何故だ……何故だ……」


ただひとりを除いて。


「兄上、皇帝は私です」


「あり得ない、あり得ない……」


「兄上、しっかりして下さい! 貴方は負けました。皇帝は私です」


「イオス! 何故だ! 貴様は皇帝になりたくないと言っていただろう!」


「ええ、兄上がセーラを暗殺者にしたりしなければ、私は皇帝になろうとは思いませんでした」


イオスの言葉に、周りは大騒ぎをしている。セーラとイオスが、婚約寸前までいっていた事は有名だ。


「セーラを殺したのはイオスだろう!」


「いいえ、わたくしは生きておりますわ」


セーラは、美しいドレスに身を包み、イオスの腕を取る。宰相の娘の協力を得て、この場に駆けつけた彼女は、気品に溢れており全員の目を引いた。


「セーラ、おかえり」


「ただいま戻りましたわ。イオス、皇帝就任おめでとうございます」


「何故だ! セーラの国はオレが滅ぼした! その罪はイオスに擦りつけた! イオスを恨んだセーラは、イオスに焼き殺されたんじゃないのか!」


「あら、わたくしの国を滅ぼしたのは、フォス様でしたの?」


「そうだ! もっと絶望しろ!」


「わたくし、絶望などしませんわ。だってイオスが居ますもの」


そう言ってセーラは、イオスの腕をとり心底幸せだと笑う。イオスは、貴族全員の前で宣言する。


「私の伴侶はセーラ・アステリただひとりだ。異論がある者は、この場で申し出ろ」


大歓声が上がり、セーラは歓迎された。仲睦まじい様子に、反対する者は誰一人居なかった。


すぐさま国民に通知されて、愛を貫いた皇帝陛下の話は、物語として出版されて大人気となった。マリアが、セーラであった事も公表され、ミッドナイト商会は皇帝陛下が溺愛している妃を匿った忠誠心の高さを評価され、国の御用達の商会とすると通知された。しかし、女主人は頑なに拒否した。


「我々のお客様は、国ではなく人です」


国は商会の方針を受け入れて御用達とすることは取りやめた。その言葉を聞いた民衆は大喜びして、ミッドナイト商会の人気は更に不動のものとなった。


また、非道な事をたくさんしていた事が判明したフォス・イクリーポは、王位継承権を剥奪され、生涯幽閉される事になった。

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