第17話

明日には皇帝が決まり、即日即位する。


前日は、皇帝、フォス、イオスの3人で食事をするのが決まりだ。給仕は全て皇帝の直属の者が行う為、久しぶりにイオスは他人の作った物を口にしていた。当然、毒は入っていない。


「いよいよ明日だな。どちらが皇帝になっても、立派に余の後を継いでくれると思っている」


「もちろんです父上! 私が皇帝になり、立派に跡を継いでみせます!」


フォスは、既に自分が皇帝になる気でいた。だが、それは言ってはいけない言葉。まだ決まっておらず、皇帝が決める次期皇帝に自分がなると断言してしまったのだから。


「フォス、どういう事だ?」


フォスは、何に失敗したか理解出来なかったので、無言になった。決まっていないのに、さも、決まったかのように発言した事がまずいとすぐ気がついたが、その時にはイオスのフォローが入っていた。


「まぁまぁ、兄上を支持する方は多いですから、兄上が次期皇帝だと考える者が居ても不思議はありません。現に、私の侍従であるフランツも、廊下で大声で兄上を次期皇帝と紹介しておりました。私は直接聞いておりませんが、証人はたくさん居るそうですよ」


イオスは、兄をフォローするフリをしながらトドメを刺す。


「何だと?! まだ決まってもいないのにか?! フォスの侍従ならともかくイオスの侍従がそんな事を言うなど無礼にも程がある! フランツはイオスにとって大事な侍従か?」


「いいえ。私は元々侍従はおりませんでした。フランツは、兄上が私を心配してつけてくれただけです。仕事も手伝いませんし、黙って私の側に控えているだけなので、はっきり言うと邪魔ですね。」


「なら、今すぐ解雇しろ!」


「御意」


「ま、待ってください! フランツはイオスの為に言ったのです! 希望を持ってはイオスも辛いだろうと」


「フォス! まさかと思うがお前はフランツがそのような馬鹿げた発言をした場に、おったのか?!」


「そ、それは……」


「当然、兄上もいらっしゃいましたよ。何人もの貴族が見ております。否定もせずニコニコ笑っていたと聞いておりますよ」


「イオス!」


フォスは慌ててイオスを止めようとしたが、もう遅かった。怒りに満ちた皇帝が、静かに発言する。


「食事が済んだら、順番に私の私室に来い。皇帝になって実現させたい事を教えて貰う。イオス、お前は皇帝になる気はないと言っていたが、話はする。必ず来い」


「皇帝陛下のお心のままに」


「それから、フランツは今すぐ解雇しろ。城への出入りも禁止する。今すぐ通達しろ」


皇帝の指示に、数名がすぐに動いた。


「フォスも、イオスの侍従なのだから口を出すな。分かったな」


「……かしこまりました」


通達は、すぐさまフランツの家に伝えられた。フランツは次期当主だったが廃嫡され、その後フランツの姿を見た者はいない。


食事を終えて、それぞれ皇帝に呼ばれる。順番は、フォスが最初でイオスが後だ。


「イオス、よく来たな」


「はい、お呼びにより参上致しました」


「ここは人払いもしてあるし、誰かが聞いている事は決してない。私の直属の配下で周りも警戒している。だから、安心して話せ」


皇帝の言葉に、イオスは思わず笑った。


「どうした?」


「いえ、宰相……いやデュバル公爵と同じ事を仰るので、おかしくなってしまいました」


「デュバルめ……」


「さて、皇帝になってから実現したい事ですよね。まとめてありますのでご覧下さい」


イオスは、数枚の紙束を皇帝に手渡した。


「これは……」


皇帝の顔が険しくなる。予想通りか、イオスは笑った。


「兄上と全く同じ、でしょうか?」


「あ、ああ……その通りだ」


「フランツが盗んでいたのは分かっておりましたが、まさか丸写しをして渡すとは思いませんでしたね。こちら、本当に私が皇帝になったら実現したい事です。汚職貴族の排除、地方への道の整備、教育の充実、税制の改革です。市民が伸び伸びと暮らせて税をたくさん収める事が出来るほどに豊かになる。貴族はきちんと義務を果たすよう教育して、無駄に市民を脅かす貴族は罰則を与える。それが私が実現したい事です」


「ずいぶん立派だな」


「全てをすぐに実現出来ると思うほど私も甘くありません。ですが、必ず実現させます。私を皇帝に指名して下さい」


イオスは皇帝に跪き、言った。


「確かにセーラを失ってからの私は無気力でした。ですが、もう大丈夫です。皇帝陛下が大事に慈しんできたこの国を、守り、発展させられるのは私です。兄上が皇帝になれば、セーラの国のようにこの国を壊してしまいます。それは、認められません」


「国を、壊すだと……?!」


「ええ、セーラの国が滅んだ原因は、兄上だそうですよ。兄上が教えて下さいました。セーラと私が、愛し合っていたのが気に食わなかったそうです。兄上もセーラが好きだったと。信じるか信じないかは、皇帝陛下がお決め下さい。ですが、私の意思は変わりません。兄上が皇帝になるのは認められません。私が皇帝を目指します。貴族の支持が高いならば、私を選んで頂けませんか?」


「ふむ、フォスにも伝えたが、統治するには貴族の支持が最優先。ワシは、支持が高い方を指名する」


「かしこまりました」


「フォスも、イオスも自信がありそうじゃな」


「はい、私は必ず皇帝になってみせます」


「楽しみにしている。他に私に伝えておきたい事はあるか?」


「兄上は私に何度も暗殺者を送り込んでいます。フランツも暗殺者だそうですよ。兄上を批判しましたので、父上も狙われるかも知れません。ご注意下さい」


「ほう、最近頻繁に来ていた暗殺者はフォスの差し金か。全員すぐに殺してしまっておったから気が付かなかったわ」


「フランツはクビになりましたし、次はフランツが暗殺に来たりするのかもしれませんね」


「あのような小童に負ける気はないが、警戒はしておく。忠告感謝する」


「まだまだ、父上から教わりたい事がありますので。私が皇帝になったら、父上にも働いて頂きますよ」


「おやおや、人使いが荒いな」


皇帝は、そう言いながらも嬉しそうに笑っていた。

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