番外編 兄弟達のハッピーエンド
番外編1
これは、もしもの物語。
イオスとセーラは国を立派に治め、子に後を託し、生涯を全うした。先に逝ったのはイオスだった。セーラは嘆き悲しんだが、自分が先に逝かなくて良かったと笑った。
そして、国中に愛された女性は夫の後を追うように1年後に天国へ旅立った。
「イオスと会ったら、いっぱいお話ししたいの」
彼女は最後まで、夫の話をし続けていた。
………………
「セーラ! セーラ!」
「んー? なぁに?」
寝惚けたまま、ぼんやりしているセーラはイオスの声を聞いてなんとか起きようとするが、なかなか目が開かない。
「セーラ、起きてくれ!」
「おはよう、ごめん寝てた……」
「問題ない。寝顔も可愛かった。それより、セーラは今何歳だ?!」
「ん〜……もうおばあちゃんになっちゃったからねぇ。いくつだったかしら……」
セーラの言葉を聞き、イオスは確信する。セーラも、自分と同じだと。
「セーラ、寝ぼけているな。おばあちゃんになるにはまだ早いぞ。おばあちゃんになる夢でも見たのか?」
「えっ……?!」
「セーラ、イオス、こんなところで寝ていては風邪を引くよ?」
「兄上!」
「フォス……様?」
セーラ、あまりの事に声が出なかった。セーラの目の前に居るフォスは、初めて会った時のように幼かった。
「兄上、申し訳ありません。気持ちよくて寝てしまいました。兄上は今日の授業は終わったんですか?」
「今は休憩中だよ。またすぐ戻るんだけど、ふたりの顔が見たくなって。イオスの教育が始まるまであと少しだからね。それまでに出来るだけ覚えておくんだ。イオスに教えてあげたいからね」
「さすが兄上です!」
「そう? そんなに褒めてくれるなんて嬉しいなぁ」
セーラは、驚愕していた。フォスが、イオスを慈しんでいたから。
セーラと、イオスと、フォスは幼い頃はとても仲が良かった。
会うのは年に数回だったが、お互いの国を行き来していつも3人で遊んでいた。セーラには、兄がいるが歳が離れており、イオスやフォスを実の兄や弟のように慕っていた。
フォスが、変わってしまったあの日までは。
「フォス様……どうして……?」
「セーラ? どうしたの? 顔が真っ青だよ? 風邪をひいてしまったのかな?」
「兄上! 大事な同盟国の姫君が風邪を引いては国際問題です! 早く医者に見せましょう!」
「イオスは凄いね。そんな勉強いつしたのかな?」
「兄上が教えてくれたではありませんか!」
「そう? そうだったかな……?」
「はい! 兄上はいつも凄いのです!」
「ありがとう、みんなの為にも僕が頑張るよ」
イオスは過去を思い出しながら、フォスにとって正解と思われる会話を続ける。
この日は、恐らくセーラと初めて会った日。イオスの教育は始まっておらず、フォスは教育を始めたばかり。この頃のフォスは、とても優しい兄だった。母もまだ生きていた筈だ。
母が死に、イオスが兄を拒絶しだしてから、フォスは変わった。
イオスの教育が順調と知れば、暗殺者が仕掛けられた。母を亡くし、絶望している父は公務で精一杯。当てにならなかった。
だが、幼くなって気がつく。
兄上は、いくら王族でもまだ幼い。
暗殺者は、どこで雇った?
フォスの側には、イオスにとって見覚えのある男が居た。この頃は、紹介して貰っていなかったから気がつかなかったが、フォスの影のように付き従う男。
「兄上、こちらの方はどなたですか?」
「ああ、僕の侍従だよ。名前はフランツ」
「お初にお目にかかります。フランツ・サッシャーと申します。サッシャー侯爵家の長男です」
「サッシャー侯爵家は、歴史のある貴族でね。フランツも優秀なんだ」
「そうでしたか。フランツ、兄上をよろしくお願いします」
まだ習っていない筈の正式な礼をするイオスに、フォスとフランツは驚愕する。
「おや、イオス様はしっかりなさっておりますね」
「そうだろう? 私の自慢の弟なんだ」
フォスは嬉しそうに笑い、青ざめたセーラを運ぶよう忙しく指示を出す。
「……イオス様に付く方が、良かったかな」
イオスだけが、フランツの呟きを耳にしていた。
セーラを運んだ医務室で、イオスとセーラはふたりきりだった。イオスが意図的に兄を呼ぶように伝え、セーラとふたりの時間を作ったのだ。
「セーラはおばあちゃんになるまでの夢をみたんだってね。オレがどうなったか、兄貴がどうなったか、絶対口に出さないで」
イオスが、フォスを兄貴と呼んだ事でセーラも気がついた。だが、今ここで話せる内容ではない。
「オレ達は、誰かしら側に付いている筈だ。恐らく、今でも」
会話が聞こえているかまではわからないが、できるだけ小声で話すイオスに、セーラも笑って応えた。
「わかってる。どうにかふたりだけで話したいわ」
「あの部屋なら、おそらく問題ない。明日は元気になったら、かくれんぼで遊ぼうな」
イオスが大きな声でセーラを遊びに誘う。それは、幼い子どもの可愛らしい約束にしか見えなかった。
「セーラ、大丈夫かい?」
「フォス様……ありがとうございます。もう大丈夫です」
「兄上! セーラが元気になったら、明日はかくれんぼをしても良いですか?」
「ああ、構わないよ。どこでかくれんぼするんだい?」
「……えっと、あのお化け屋敷で!」
それは、元々イオスの部屋があった建物の名前。あまりに古ぼけている為、幼い頃のイオスが冗談混じりにつけた名前だった。
「お化け屋敷かい?! 怖くないの?」
「大丈夫です! 僕がセーラを守ります! ふたりだけで探検して良いですか?」
「あの建物は、隠し通路はなかった筈だから……。良いよ。ただし、出入り口には護衛を置く事。セーラとイオスに何かあったら大変だからね」
「分かりました! 兄上! ありがとうございます!」
……………………
「ここに来るのも懐かしいな」
「探検だ! とか言ってあちこち行ってるから時間かかったじゃない」
「ちょこちょこ見張りが屋敷にも潜んでるからな。部屋には入ってこねぇから、隠し部屋の鈴が鳴ったら寝室で寝たふりだ。疲れたって事にすりゃあ問題ない。前回も、かくれんぼしてどっかで寝ちまったからな」
「やっぱり、イオスも記憶あるんだよね?」
「ああ、セーラが全てを失ったのも、兄貴がおかしくなったのも覚えてる。色々確認した結果、セーラと初めて会った時に戻ってると考えられるな」
「昨日、家族に会えてものすごく泣いちゃったよ」
「そりゃそうだよな。これが夢なのか、過去に戻ったのかは分かんねぇが、今度はセーラの家族を守る」
「ふふっ、イオスは相変わらずだね」
「オレはセーラがいちばん大事だぞ?」
「私もイオスがいちばん大事。けど、今回は私の家族意外にも、助けたい人が居るの」
「兄貴か」
「そう、それからイオスのお母様も」
「母上は、病気じゃなかったのか?」
「……もしかしたらだけど、毒かもしれない」
「何?」
セーラは、過去にフランツに暗殺技術を教わった時、暗殺とバレたくない時はゆっくり死ぬ毒を使うと聞いていた。まるで、病気のように死ぬらしい。
「その毒は、フランツの実家の秘伝だって言ってたわ。死ぬのに3年以上かかるんですって。週に1度程度、食事に紛れ込ませれば良いらしいわ。1年摂取しなければ自然に抜けるらしくて、毒見役は頻繁に交代するから毒とも分からないそうよ」
「母上が死んだのは、今から4年後だ……」
「だから、もしからしたらって思ってる。さすがに、フランツも毒を誰に使ったかは言わなかったしね」
「分かった。どうにか母上を助かる道がないか調べよう。フランツは、要注意人物だな。以前は兄貴の傀儡としか思っていなかったが、もしかしたら違うのかもしれない」
「私の知ってるフランツは、フォス様の忠実な部下だったけど……」
「だが、昨日オレに付く方が良かったと呟いていたぞ」
「フォス様に付いてたのも、フォス様が皇帝になると思ってたからかもね」
「あり得るな。今後、オレに擦り寄ってくるかもしれん」
「要注意だね。それにしても、フォス様って以前はこんなに良い人だったんだね。昔は優しかった気はしてたけど、私もすっかり忘れちゃってた」
「今の兄貴が、演技をしてるとは考えにくい。恐らく、今後何かがあって兄貴は壊れるんだと思う。出来るなら、兄貴は今のままでいてほしい。皇帝だって、本来は兄貴の方が向いていた筈なんだ」
「イオス……」
「オレは皇帝になった事は後悔してない。でも、ここまで戻れたならやり直したい気持ちはある。母上が死なないのなら父上だってあんな無気力にならない」
イオスが皇帝になってから少しずつ親子は和解した。だが、そこにはイオスの母も、フォスも居なかった。
「分かった、私も協力する」
「頼む。セーラの協力が必要だ。まず、オレは絶対手放せないものを手に入れる」
「ん? イオスの欲しいものって?」
「セーラ、オレと今すぐ婚約してくれ」
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