第11話

それから一カ月、イオスは兄の前では無気力なフリをしつつ、着々と準備を進めていた。セーラは、街に行って経歴を詐称しながら、ミッドナイト商会で働く。夜は隠し部屋に戻り、イオスと情報をすり合わせた。


セーラは、名をマリアと改めて5年前から身内を亡くしてミッドナイト商会で働きだした事にした。セーラが王女の時から働いていたとなれば、セーラと似た他人だと判断される。支店で働いていたが、働きが認められて本社勤務になったという設定だ。


商会は、多数の支店があるので従業員の入れ替わりが激しい支店でオープン時に雇った事にしてあるが、念のために忠誠心の高い従業員を何名か選び、口裏合わせをしてある。何名か過去にマリアと会った事がある従業員がいれば、例え王族が調査に来てもセーラの素性はバレないだろう。ミッドナイト商会は、従業員のスキル向上の為に頻繁に部署異動するので、数名の口裏をあわせれば済んだ。


「イオス様、最近目に力が戻られましたな」


「宰相……そうか? いつまでも腑抜けていてはいかんからな」


「良い事です。あとは、イオス様を支える女性が居るとよろしいのですが……」


「……すまん、もう少しかかると思う」


宰相は、イオスとセーラが婚約間近まで行った事を知っていた数少ない人物のひとりだ。イオスは比較的宰相を信用しているが、完全に信頼するには至らない。イオスが完全に信頼している人間は、今はセーラだけだった。


「いえ、失礼な事を申しました」


しんみりしたところで、イオスの侍従のフランツが入室してきた。


「セーラは、もう死んだんだ」


イオスの悲痛な声を、フランツはしっかり聞いていた。


「行方不明だったのでは……? イオス様は折を見てセーラ様を探されておりましたよね?」


「ああ、だがもうセーラは死んだ。遺体も確認したから確実だ」


「……そうでしたか。誠に残念です」


宰相は、心から残念に思っていた。イオスとセーラなら、お互いを支え合う素晴らしい夫婦になれただろうに。


残念そうな宰相とは裏腹に、フランツは歪んだ笑みを浮かべていた。


「すまん、今日の仕事は終わったな? 今日は、ミッドナイト商会を呼んで買い物をする予定だから退出して良いか?」


「かしこまりました。買い物で少しでも気分が晴れると宜しいのですか……」


「気を遣ってくれてありがとうな。オレは大丈夫だ。フランツ、お前は来なくても良いぞ」


「いえ、私はイオス様の侍従です。付き添います」


イオスは、嫌そうな顔をしたがフランツを追い出す事はせず部屋に戻る事にした。


そうそう、お前はそんな奴だよなぁ。さっきの発言も、これから起きる事も、しっかり兄貴に報告しろよ。


イオスの企みを、フランツが知る術はなく表向きは穏やかな時間が流れていく。現れたミッドナイト商会の社員は、セーラを連れていた。


「イオス様、ミッドナイト商会でごさいます。いつもご贔屓頂きありがとうございます」


「ああ、ご苦労。お前たちは、秘密を守るから買い物がしやすい」


「光栄でございます。私たちの経営理念です。例え皇帝陛下であろうとも、イオス様の購入した品は秘密に致します」


「だが、王命であれば漏らすのであろう?」


「……王命は、全国民に通知されて、3日後に発令します。その場合は、申し訳ありませんが逆らう術はわたくし共にはありません」


「分かっている。王命でなければ漏らさない。それだけで充分お前たちから品を買う価値はある」


「光栄です」


イオスがミッドナイト商会を作った理由のひとつは、品物を安心して買いたいから。だから、顧客の買い物履歴は、家族にすら漏らさないよう従業員を教育した。従業員が断る時の言い訳にも出来るように、それを経営理念にした。


ミッドナイト商会が、大きくなったのは秘密は守られ、安心して買い物が出来るからだ。そのかわり、他の商会が裏で行うような怪しい取引は一切やらない。あくまでも、安心安全な商品だけを提供する。


フォスは毒薬などを求めてきた事もあるが、不可能だと断った。もちろん、求めた事すら漏らさなかった。だが、商会のトップはイオスだから、フォスの事は筒抜けだった。


どこから手に入れたかは分からないが、毒薬は自分に使われたのでイオスはホッとした。毒を盛られて、良かったと思うのはイオスくらいだろう。


最初は安心して品物を買えていたのだが、すぐにフランツを侍従に付けられて買い物には必ず同行するようになった。


「こちら、新しい従業員でございます。5年前より弊社で働いております」


「ミッドナイト商会は、設立6年ほどほどだろう? ずいぶん若い子が、早くから働いていたのだな」


「マリアと申します。私は両親が死んで村から都会に仕事を探しに行くところを野盗に襲われました。その時助けて頂き、ミッドナイト商会で働かせて貰えるようになったんです」


オドオドとした少女は、セーラだ。あれだけセーラが大好きなイオスですら、別人と思える変貌ぶり。それでも、面影はある。


「……そうか、マリアは苦労したんだな」


「いえ、わたしは幸運でした」


ふたりが交わした会話はそれだけだ。


だがその後、滅多に買い物をしないイオスが週に何度もミッドナイト商会を呼ぶようになった。その事はフォスの耳にも入り、イオスがマリアと親しそうに会話をしていると報告も入ったが、しょせん平民だとフォスの興味を引くことはなかった。

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