とある記者の話

 魔女の死を聞きつけて、隣の大きな町から一人の記者がやってきた。ちょうど魔女と同じ年頃の男で、記者にしては素朴で実直そうな態度と、柔和な微笑みが印象的だった。彼は何人かに話を聞いた後、魔女の家に向かったらしい。私はこっそり、その後を追いかけることにした。


 男は魔女の家の前に立っていた。海風を受けながら赤茶けた髪をふわふわと揺らす姿は、手を組んではいないけれど祈りを捧げているようにも見えた。


 私に気づいたのか、彼はこちらを向くとにこりと笑う。


「君はこの町の子だね?」

「うん。ラウレッタ」

「そうか、君がラウレッタか。話は聞いているよ。僕はニコロだ、よろしくね」


 町の人から私のことを聞いたのだろうか。魔女の家に通う物好きな娘だとでも言われたのかもしれない。差し出されたてのひらを握り返しながら、私は魔女の家を見つめた。


「どうしてここに来たの?」

「彼女が亡くなったと聞いて、いても立ってもいられなくなったのさ。彼女、僕の想像以上に嫌われ者だったんだね」

「みんな、気味悪がってた。頼るときはとことん頼るくせに」


 この町の人々から聞く魔女の評判なんて、性悪だとか、化け物だとか、きっと散々な話だったはずだ。ニコロは私の言葉に眉を下げると、「しかたないさ」とため息をつく。


「あの容姿だからね……でも、ラウレッタ。君は彼女の元によく通っていたんだろう? それはどうして? 怖くなかったのかい?」

「本が読みたかったから。それに、あの人は優しかった」

「……そうか。ありがとう、ラウレッタ。彼女の傍にいてくれて」


 くしゃりと私の頭を撫でて、ニコロは寂しそうに笑った。男の人のこんな顔を見るのは初めてだったから、私は呆然と頷くことしかできなかった。


 ざあざあと潮騒が聞こえる。ぐすりと、男が鼻をすする音もした。


「そうだ、君にこれを渡してもいいかな? きっと、エルダも喜ぶと思うんだ」


 そう言ってニコロが差し出してきたのは、銀色の美しいロケットペンダントだった。古いデザインだけれど、よく手入れされているのか輝きは褪せていない。パチリと彼のてのひらの上で開いたそれには、銀髪の美しく微笑む女性の絵が飾られている。少し若いし、顔の傷もなかったけれど、あの魔女だった。


「いいの?」


 きっと、これは彼の宝物だ。数回しか交わしていない言葉の中で、私はニコロという男が魔女を痛いほどに愛していることを察していた。差し出されたペンダントを受け取れずにいる私のてのひらに、彼はそれをそっと押しつける。


「いいんだ。僕は、姉さんの傍から離れてしまったから」

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