第13話 行ってきます

「なぜですか?」

 タクシーの扉が閉まり、去っていくのを確認すると私は葵さんに問いただした。

「一度、話し合うべきだよ。たとえそれが無駄だったとしても、それが次の行動のきっかけになると思うから」


 今の私は葵さんへの不信感の方が強かった。

「信じていいんですか?連れ戻そうとしたんじゃなくて」

「決して違うよ。でもちなみに言っておくと竹おじさんもグルだ」

 確かに納得がいく。電話が2日前を最後に鳴らなかったこと、おじさんへのお母さんからの電話。そしてこの前のおじさんとの会話は私に準備させるため。でも疑っていたのはそこじゃない。昨日までの楽しかった旅は、全て私をここに連れ戻すためだったのではないか。そんな事だった。


 でも、葵さんはそんな不安を一言で払拭してくれた。

「これが終わったら、星の綺麗な場所に行こうと思うんだ。僕も協力するから、ね」

「そういうことなら...」

 昔ながらの日本家屋。お母さんがおばあちゃんから継いだ家で、大きな門が二人を迎える。

 そこまでの私の足取りは重いというよりは引きずっているといった方が正しかった。葵さんが玄関を叩くと、窓越しに人影が近づいてくるのがわかる。

 鋭い瞳に黒い髪のショートカット。お母さん。似てるね、とジェスチャーする葵さんにため息をつく。


「入りなさい」

 部屋に私と葵さんを案内すると、お母さんは何も出さずにそこに座った。

「なぜ帰ってこなかったの?」

 始まったのは予想通り尋問だった。

「帰りたくないから...です」

「あなたは外に出た瞬間に家に迷惑をかけるような子なのよ。学校だって何日も休んで、どうするの?」

 萎縮して言葉に詰まると、葵さんが間に入ってきてくれた。

「お言葉ですがお母さん。僕は鈴さんにすごく助けていただいていますし、迷惑だなんて思ったことはありません」

「あなたね、竹山さんのところにいる私の娘をいつまでも引き留めているのは。あなたみたいのがいるからうちの子はダメになるのよ」

 私がムッとした表情を見せると葵さんは笑みを浮かべて立ち上がり、なってもいない携帯を眺めて、

「あ、すみません電話です」

「あ、ちょっと逃げるの」


 さっさと葵さんは外に出て行ってしまった。これは不器用にも葵さんが繋いでくれたバトンなのだと、瞬時にわかった。だから、「お母さん」

「さっきも言いましたが私はこの家に帰りたくないんです。これ以上この家に縛られたくないし、成長の機会を奪われたくない」

「はあ?成長?」

「お母さんの言いたいことはわかります。ですが現に私はこうして外に出て、自分でも自覚できるほど成長したと思っています。勉学だって抜かるんだことはありません」

「それが本当だとしてどう説明するの?」


 大きく息を吸った。今までの気持ちを集めるみたいに。大きく、深く。

「あなた方が今まで私を拘束していたおかげさまで!!今回の家出の感動と学びが大きかったです!ありがとうございます!」

 唖然とするお母さんを前に一息置いて、

「お母さんが気にかけてくれているのも知っているし、今までのは私のためだとも理解しています。ですが、少しの間だけでも見守っていてくれませんか」

「見守る...」

「ええ、ですので!行ってきます!!あ、連絡は文章で定期的に取りますので」

 そう言い放って、何か言い返される前に出てきてしまった。結局自分でも伝えたいことはほとんど言えなかった気がする。

 

でも、スッキリした。


振り返ると、お母さんが窓から顔を出していた。まだ何か言うのだろうか。


「他の人に迷惑かけないこと!あと...その.....行ってらっしゃい...」


 どこかで久しぶりに見た表情だった。それが、嬉しくて。

「はい!行ってきます!」

 葵さんの前には、なぜかすでにタクシーが待っていた。

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