第12話 今日はどこ行こう?
午前10時。
駅の中のロッカーに一通りの荷物を置いて、さっそく観光をしようという葵さんの提案に、楽しくなってきた私は大きく頷いた。
始めにはキャンドルのような塔がある島を巡った。いくつもの階段を登って、途中からはエスカレーターを利用して。本当に楽しかった。終わる頃にはすでに午後3時を過ぎてしまった。
だが、葵さんはまだ目的地はあって、これからだという。少し急ぎ過ぎているような、独特の違和感を覚えた。
それでも断る理由はなかったためただついて行った。
次に向かったのはより都心に近い横浜だった。ただ、着く頃にはすでに日は沈み始め、照らされていたのは背の高いビルだけ。
まずは、と葵さんがすでに取っていたホテルに荷物を置いてきた。もちろん別々の部屋だった。お金を渡そうとすると葵さんが全力で拒んで、結局渡せなかった。
東京湾に面する公園まで歩くと、葵さんと緋色の街灯に染められたベンチに腰を落ち着かせる。辺りを見回してみるとカップルのような人たちばかりで、顔に熱が溜まっていくのを感じた。
「綺麗だよね」
その葵さんの一言で、赤くなっているであろう顔を隠すために自分の靴ばかり見ていた顔を上げざるを得なかった。
「そ、そうですね」
葵さんとは反対を向きながら。
「最近思うんだ。ここじゃなくても、どこか、近所でも見方ひとつ変えるだけでも世界は絶景に変わるんだって」
「ふ、フカイデスネ...」
「え、不快?」
やってしまった。バレまいと顔を隠すのに必死で声のトーンまで脳のタスクを割けなかった。
「ち、違います!深いです!不快じゃないです!すみません...」
「あはは、意外と緊張するんだね。鈴さん」
バレていた。余計に顔が赤くなる。
それにしても、見方ひとつで世界は絶景になる...まだ少し分からなかった。
ホテルに戻り、久しぶりに携帯の電源を入れる。また着信履歴が溜まっている。が、なぜか2日前でそれは止まっていた。
分かってくれたのか、それとも諦めたのか、見放したのか。いずれにせよ、今は楽しむことだけを考えようと、枕に顔をうずめて眠った。
次の日の朝は葵さんと何気ない話をしながら散歩をして、再び駅に向かった。
今度の目的地は秋葉原。声をかけてくるメイドさんにデレデレしながらゲームセンターやアニメのグッズなどが売っている店を回っていく。
普段は昨日みたいなどこか感傷的な発言をするくせに、今はアニメキャラのグッズに目を輝かせている。そんな葵さんを見ていると、もっと彼のことが知りたくなった。もっと話したくなった。彼の好きなものを、理解したいと思った。
けれど葵さんは結局なにも買わないでその店を出る。理由を聞いてみると、どうせ無駄になるから、らしい。買ってもいいんじゃないかと少しモヤモヤした気持ちを抑えながら、お昼のカレーを食べに行った。
「鈴さん、この辺で行きたいところないの?今のところ僕のわがままに付き合っているだけだし」
カレーにふーっと息を吹きかけながら葵さんはそう問いかけてきた。
すぐには答えられなかった。旅行などには行ったことがないし、自分で今日はどこ行こう?なんて思ったこともない。考えてみれば、自分のために行動したのは今回が初めてだった。
でも、今自分がしたいことは分かる。
「私は葵さんについていければそれでいいんです。今はそれだけで幸せなんです」
数秒遅れて、自分がとてつもなく恥ずかしい発言をしたと自覚した。また目線を足下に下げる。今度こそ悟られないように。
だが、葵さんはそんな私を見ながらも、「そっか」とだけ、どこか儚い表情を浮かべながら言うだけだった。
それからまた駅に向かった。今度の行き先は教えてくれなかった。ただ、そこに近づくにつれ私の心と連動しているみたいに、電車の揺れが大きくなっていった。
その悪い予感は的中した。電車を降りて、タクシーで移動した先は私の実家だったのだ。
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