第11話 いいから早く行こう

 朝の5時。

 私は竹山家具の扉を開けるのに苦労していた。今日が例の旅行に行く日。

 苦労して中に入っていくと薄明るい室内をテレビが照らしていた。

『本日から梅雨明けとなり晴れ間が多くなる予報で、明日の流星群の極大日には完全に晴れとなるでしょう』

 運がいいのか悪いのか、今日から雨はあまり降らなくなるらしい。私はそうでもないが、葵さんは極度に晴れが嫌いだ。

 天気予報に溜まった息をふっと吐き出すと、奥の葵さんやおじさんが待っている部屋の前へと歩き、だがそれも光の漏れ出る扉の前で止まった。


「大丈夫か、アオちゃん。やっぱ無理してねえか」

「平気だって、今日を楽しみにしてたんだ。もしかしたら、最後に晴れが好きになれるかもしれないでしょ。それでも止めるの?」

 ...最後?葵さんとおじさんの会話を前に体が動かなくなってしまった。

「それに、鈴さんの件もあるし、伝えたいことだってある」


 その言葉を聞いて、固まっていた腕は動き出し、勢いよくその光を解放した。

「葵さん!私のことって一体...」

「鈴さん...」「凛ちゃん...」

「「いつからそこに...?」」

 葵さんは怯えたウサギにみたいに硬直し、おじさんは大きな手で顔を隠して目を合わせようとしない。

「ついさっきです。それで葵さんのことってなん」

 私が全てを話す前に葵さんは遮って、

「荷物はここに置いていたよね、行こう!鈴さん!」


 そう言って走って私を引っ張って。話をできる余裕などなかった。急ぎ荷物を取って出発...できなかった。

「...開かない」

 私が閉めたのを最後に、とうとう玄関の扉は微動だにしなくなってしまっていた。

 何かが詰まっている様子はなく、二人で引いても、全く。

「鈴さん...下がってて。竹おじさん!ごめーん!」

 奥からおじさんが、

「え、ちょっと待てアオちゃん一体なにする気...」

 遅かった。

「オラァ!!!」

 おじさんの静止が入る前に葵さんは扉を蹴やぶってしまった。ここまでパワフルな葵さんは今まで見たこともなかったし、想像もできなかった。

 葵さんは喜ぶ暇もなさそうにおじさんに何度も「ごめん」とだけ伝えて私を引っ張って駅に走り出してしまった。


「ふう、仕方ねえやつだな。やれやれ...これでやっと新しいのが買えるってもんだ......行ってこい.....葵」

 

 そういうこともあって朝から疲れた私はこんなにも早くから、流れゆく一瞬ばかりの絶景を目に焼き付けながら、新幹線に揺られていた。

 疾うに眠ってしまった葵さんによると行き先は東京方面、その手前神奈川で降りるらしい。途中の駅で鈍行列車に乗り換え、そのいずれも葵さんは眠っていたものの、目的地に着くと待っていましたと言わんばかりに、焼けるような陽光の中飛び出していった。

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