第14話 煌めく星々の中で

 葵さんは少し急いだ様子で電車に乗り込んだ。私もそれを追う。向かう先を聞いてもまた秘密だった。ただ星が綺麗な場所とだけ。

 そこは、山だった。陽はすっかり夜に追われ、辺りは暗くなっている。種類のわからない鳥と虫の鳴き声が不気味だ。


「少し...のぼるよ...」

 そういう葵さんは少し苦しそうに、私が何を言ってもただついてきて、と。

 ようやく登り切ると、ツタに覆われた30m以上はある大きなパラボラアンテナが静かに顔を傾けていた。そして、開けた芝生の向こうには。


 夜だった。にもかかわらず、無数の光が視界を埋める。

 それは湖なのか、まるで空と地の境がなくなったような、地平線まで輝かせる儚い刹那の花たちが閃光のように空を、大地を駆け抜けていく。


 思わず骨が抜けたみたいに足が崩れてしまった。葵さんも隣に落ち着いて。

「これは...?」

「すごいでしょ...竹おじさんが教えてくれた...誰も知らないスポット、なんだ...今日が流星群の...極大日らしいからね...」

「す、すごいです!私初めて流星群を見ました...」

「それは...よかった...」

 無数の光に囲まれたここは、山の上とは思えないほどの別世界だった。


「葵さん、実は幼い私がおじさんの家具家に迷い込んだことがあるんです。おじさんに帰りたくないと伝えると近所のおばさんを呼んで将棋大会を開いてくれて。その時迎えに来てくれたのは唯一寄り添ってくれたおばあちゃんだったんです」

「そっか...それであの机を...。僕も、鈴さんに伝えたいことが..あるんだけど..ごめん」


 あまりにも静かで一瞬だった。気がつくと、葵さんは芝生の上に倒れてしまっていた。思い出される、あの日のこと。

「葵さん!救急車...」

 急いで携帯を取り出す。圏外。何度掛けても、繋がらない。

「ダメだよ鈴さん...こんな綺麗なのに...涙を流しちゃもったいないよ」

 それは気づかぬ間に溢れ出ていた。

「鈴さん...少し..話したいんだ」



『アオちゃんがここに通い始める前の話だ。ある家族が亡くなったあばあさんの机を売りたいと言ってきた。そこにはちっこい娘もいてな、机を売るのに泣いて反対していた。「おばあちゃんに勉強を教わった思い出の机だ、売らないで」とな。そこで俺は提案したんだ。売れるまではここに来て、この机を使っていいとな。以来その子はずっとここに通い続けた。だけどな、その子はある日事故にあって、以来お前と入れ替わるように来なくなっちまった。引っ越したんだ。両親は近所の人に噂され続けて。だけどその子は引っ越す直前、「私を助けてくれた人になら、あの机を使われてもいい」と書かれた手紙をポストに入れていった。後はもう、分かるだろ』



「謝りたかった。竹おじさんから聞いたって言ったでしょ...。だから...心の底から...おばあさんの形見の机を使ってしまって...」

「いいんです!今はそんなことより」

「僕は心臓に穴が開いていてね、余命宣告を受けているんだ...だから...ね」

 それって。

 忘れもしない。あの時、事故から庇ってくれた幼い葵さんは胸から血を。

 心底自分が嫌いになりそうだった。私のせいだった。全て。今回だって私が恩返しなんて考えなければ、お母さんの言う通りにしていれば。葵さんはまだ。


 葵さんはその細い手で、私の涙を拭う。

「空を見てよ...綺麗だよ」

 言われた通りに見上げる。星たちは雫の中で迷っていて。

「僕は旅に出てから、晴れだったのに..すごく楽しかった..君が僕の心を晴らしてくれたんだ...鈴さんと一緒だったから..だから..好きだ..鈴さん」

 止まらなくなった。拭っても、拭っても。

 葵さんに、今の私ができること。


「私も、大好きです」


 手に冷たいものがつたってくる。葵さんも、涙を流していた。

「あーあ、最後なのに..でも、この雨の味は...好きだな..」

 私は、嫌いになりそうだった。流れゆく雨達は葵さんを攫っていきそうで。

「まだ知りたかった。葵さん、あなたのこと..」


 やがて葵さんが静かに目を閉じると、私はそっと抱えて走り出した。

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