第7話 昔話
しばらく座ったまま動くことができなかった。鈴さんの事は気になるが、だって仕方がないだろう。僕は。
「いつまでそこに座ってるんだ、アオちゃん」
一通り片付け終わった竹おじさんは、横に落ち着いている。こちらの様子を伺う様子もなく、新しく注いできた湯呑みに口をつけている。
「おじさんだって、分かっているだろう」
ふうっと竹おじさんは口の中の熱を逃す。
「しゃあねえなぁ...昔話の続きをしてやるよ。お前がここに通い始める前の話だ」
竹おじさんはお茶を手にしたまま、ゆらめく湯気を前に冷静に語り出した。
鈴島凛は、近くの公園のブランコで一人、漕ぎもせず座っていた。
「はあ、情けないなあ。あんなことで逃げてきちゃうなんて」
正直、葵さんが声を荒げたのは想定外という他なかった。
ほんの軽い気持ちで誘っただけでも、葵さんは嫌だったのかもしれない。いや、もしかしたらしつこく誘ったことに怒ってしまったのかも、なぜあそこまで晴れを嫌うのかも分からない。
葵さんは運動が苦手と言っていたけれど、昔は。
それに、それだけで晴れの日を嫌うとも思えないし、せめて理由を聞いてあげていれば結果は違った。のかもしれない。
揺れる視界を拭う。
「あーあ、葵さん。まだ怒っているかなあ」
「怒ってないよ」
思わず勢いよく振り返る。汗に濡れた、男の子にしては細く、青白い肌の葵が立っていた。
「葵さん!?いつからそこに」
「その、ごめんなさい」
「え?」
深く頭を下げる葵さんを見てどうしたらいいのか、慌てることしかできなかった。
頭を上げた葵さんは誠実な目でこちらをじっと見つめていて。
少し気まずくて、よそよそしてしまう。
「何から話せばいいかな.....そうだな。竹おじさんから色々聞いたんだ。だから、どうしても謝りたくて」
「待ってください。何を聞いたんですか?それに本来謝るのは私の方です。葵さんの気持ちを無下にして、挙句逃げ出してしまった。そのことを謝らせてください」
葵さんが何を聞いたのか、知りたい気持ちは確かにあった。でもそれよりも優先すべき感情は別にあって。それを無視できなくて。
深く息を吸う。喉が火傷しそうなほどの熱が流れ込んでくる。それを閉じ込めて、吐き出す。
「ごめんなさい。ちゃんと葵さんの気持ちを聞くべきでした」
葵さんは息を切らしたまま少し焦ったような様子で、顔をあげてと両手で上下に振る。
「鈴さんが謝ることはないよ。全ては僕の...理解不足だったんだ。あの時のこと...お礼をしにきてくれていたんだよね。ありが...とぅ...」
「え...?」
一瞬、なにが起きたのか分からなかった。目の前に立っていたはずの葵さんは一瞬の瞬きの間に消え、どこからか飛んできた水飛沫が顔まで掛かった。
その水が飛んできた方に目をやると、葵さんは水溜りの中に倒れ込んでしまっていた。
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