第6話 晴れ

 あれから何日かが過ぎていた。まだ梅雨明けとは発表されていないものの、なんだか晴れの日が多くなってきたような気がする。


「この問題はですね、以前教えたやつの応用で...」


「葵さん、座って座って!とても良きな本があったんです!読んでみてくださいよこれ!」


「また負けたー!なんで国語だけは勝てないんでしょう?」


 その間も同じ結果が続き、結局彼女とは決着がついていないままだった。

 だが変わったことは多く、お互いに苦手の教科を克服しつつあること、鈴さんが本好きになったことなど様々だった。

 初めの頃は騒がしいと思っていた将棋大会も今はたまに参加しては全敗し、雨音に紛れて聞こえる本の音も発狂も、不快には思わなくなってしまった。


「私、雨の日ってなんだか気分が下がってあまり好きじゃないんですよね」

 ある時、鈴さんは本のページをめくりながらそう呟いた。

「意外だね。鈴さんこっち側だと思ってたのに。僕は結構好きだけどな、雰囲気とか」

 教わった通りに問題を解いていく。以前よりも体感してわかるほど理解度が上がっている。

「確かに落ち着きますけど、その分盛り上がらないというか」


 言いたいことはなんとなく分かってしまう。自分自身、なにも初めから雨が好きというわけではない。むしろ晴れの日は好きだったくらいだ。

 ただ、「僕、実は運動苦手なんだよね。だから晴れの日もやることがないから雨のほうがいい」少し胸が苦しくなって、解き掛けの問題に指をさす。「あれ、鈴さん。ここどうやるんだっけ」

 鈴さんは僕のノートを覗き込むと、目を細める。

「あれ。これ得意なやつでしたよね?ド忘れですか?えっと、まずはここに...」

 いつの間に机を二人で共有して僕は勉強を、鈴さんは隣で読書をする。そして僕が分からないところがあると見ては教えてくれる。

 ひたすらそんな日々を繰り返した。


 やがて雲ひとつない、晴れの日がやってきてしまった。明日からはまた雨が降るらしく、気が滅入って仕方がない。

 グラウンドからは目を伏せるように下校した。聞こえてくる楽しげな声が、どうしても入ってきてしまう。

 いつもより足は重く、それでもペースを早めながら竹山家具に向かった。

 戸をこじ開けるようにして入ると、いつものように奥から話し声が聞こえてくる。

「あ、葵さんこんにちは。晴れるとさすがに暑いですね」

 二人とも将棋など何か暇つぶしをしている様子はなく、お茶と和菓子が用意されているのみだ。

「おうアオちゃん。今昔の事をだべっていたんだ」

「もしかして、また木をしならせて巨大パチンコにした挙句、自ら飛んで骨折した話でもしているの?」

 本人によるとこれは事実らしい。実際、川の近くに変な折れ方をした木がある。それでも信用できるかは怪しいが。

「ま、そんなとこだ。あんときゃ、外で遊ぶことしかなかったからな」

「葵さんは外で遊んだりしないんですか?」

「小さい頃は好きだったけど」

 そうだ、と言うように鈴さんはパンっと手を叩き、「たまには外で遊びませんか?せっかく天気もいいですし」

 外。

「.......いいかな」

 葵が難色を示すと、鈴さんは少し動揺しながらも続ける。

「そっか、葵さんは晴れが嫌いなんでしたよね。でも、葵さんが好きな読書を私に教えてくれたように、私の好きも教えたいんです。もしかしたら、好きになるかもしれませんよ」

 できたら、きっと楽しいだろう。それだけは分かる。ここ最近、少し鈴さんと一緒にいただけでも居心地が良く感じた。


 でも、だからこそ知りたくない。


「いいって言っているだろう!」

 初めて鈴さんの前で声を荒げてしまった。それも彼女に向けて。

 鈴さんはその後すぐに飲み物を買ってくると、早足で出て行ってしまった。その時の鈴さんの顔は見ることができないまま。

「たぶん、泣いていたぞ。凛ちゃん」

 そう一言、竹おじさんは残った和菓子と中身の入ったままの湯呑みを片づけ始めた。

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