第43話 出会い・前編

 揺れる馬車の中は静か。対面の二人は渋面。仕方ないというか、自分も渋面になるべきか。二人はレウィシアの代弁をしてくれている。

 一人ではない。それがなにより心強かった。

「ヴィリロに行って勉強してこい」

 二日前、突然叔父から言い渡された。もちろん反論したが、レウィシアの味方の臣下、貴族は叔父の命令でレウィシアと遠ざけられ、ガウラ、アルーラだけ。彼らの反論も聞いてもらえず。「それなら、おれ達もついて行きます」と。

 叔父は苦々しい顔をしていた。二人の家を敵にまわせばどうなるか、叔父もわかっている。特にガウラの父、ダイアンサスは臣下、貴族、民の信頼も厚い。

 ガウラは舌打ち。この状況が気に入らないのだろう。馬車の周りは兵ががっちり固め、まるで罪人の移送。馬車も王族が使うものでなく、質素な馬車。外を見ようとカーテンをあけても、兵が並走へいそうしており、景色も楽しめない。

 ヴィリロでなく、どこかに連れて行かれ、人知れず始末、とも頭をよぎったが、兵の中にはレウィシアの味方も。そして、ヴィリロとの国境を治めている者にもレウィシアのことは伝えられており、その日時に辿り着かなければ、治めている者が、ユーフォル、ダイアンサス、ラーデイ、レウィシアに味方している者に知らせる手はずになっている、とアルーラから。仕組んだ、考えたのはダイアンサスだとも教えてくれた。

「しかし、なんでヴィリロなんでしょうね」

 アルーラは両手を頭の後ろで組み、天井を見上げている。

「国ならいくつもあるでしょう。うちと仲の良い国も。ヴィリロはお隣ですが、特に仲が良いわけでも悪いわけでもない」

 商売上のやりとりはある。国王の誕生日には花や祝いの手紙を送っているだけで、国王が行き来してはいない。臣下、貴族はわからないが。

 なにより、二年前ヴィリロでは。

「ヴィリロの国王と組んで、俺達を始末するか」

「ガウラ」

 アルーラは呆れた口調。

「もしくはヴィリロのせいにして、攻める口実を作るか」

 ヴィリロは小国でもなければ大国でもない。豊かな土地。グラナティスは一部寒冷地があるので冬は。もし、ヴィリロの地が手に入れば。

「物騒なことは言うな。確か、ヴィリロの王族は現国王と孫二人。一人は姫で、一人は王子。攻めるより、殿下を婿にして」

 ガウラは睨み、レウィシアは呆れた目でアルーラを見た。

「冗談、冗談ですよ」

 アルーラは両手を左右に振り、笑っている。

「だが、そう考えている者も少なくはないだろう」

 平和的にヴィリロが手に入る。レウィシアがヴィリロにいるのなら、味方する者達は。そうなれば叔父にとっては都合が悪いのでは。

 なぜ叔父はヴィリロを選び、ヴィリロ国王はレウィシアを受け入れてくれたのか。

「いざとなれば俺達が盾となる」

 なんともいえない顔でガウラを見た。レウィシアとしては一緒に戦いたい。

「気をゆるめるな」

「ああ」

 ガウラの言葉に今度は強く頷いた。



「初めまして。レウィシア・オルディネ・グラナティスです」

 正面にいるヴィリロ国王に向かい、頭を下げる。

 城はグラナティスの城より小さい。玉座の間も。

「一年間お世話になります」

 帰れば、二十歳になれば、レウィシアはグラナティスの王として即位する。

 温厚そうなヴィリロ国王は頷き、

「隣とはいえ、違うところは多いだろう。不便なこともあるだろうが」

 国境まで迎えに来ていたヴィリロの者はグラナティス兵より少なく、馬車の窓から外が見られた。休憩も外に出られ、

「時間の許す程度、三十分ほどですが、町を見て回りますか?」

 グラナティスでは安全面での問題、とかで昼食は兵が買ってきたものを馬車の中で。宿も馬車を前につけ。町を見られるのは宿の窓からだけ。しかし、ヴィリロでは護衛付きだが、町を見ることができた。城に着けば注目の的。

「これは孫の一人、バディド」

 傍にいる少年。

「初めまして。バディドです。よろしくお願いします」

 緊張した面持ちで挨拶。緊張しているのはレウィシア達だけではない。この国の者も。

「疲れただろう。昼食まで一時間ほどだが、部屋で休むといい」

 孫は二人。紹介されたのは一人。もう一人は。

 姫だと言っていた。着飾っているのか。ここでも媚びたような、上目遣いで見られるのか。内心うんざりしていたが、顔には出さなかった。着飾っているのではなく、体調を崩している、茶会など、どこかの貴族の家に付き合いで行っているのかもしれない。

 その答えは昼食時に判明した。


「おはようございますぅ」

 眠そうな声。目をこすりながら昼食の用意されている部屋に現れた、少女と女性の間といった年齢の者。若いのに髪は真っ白。染めているのか。なぜ白く。

「もう昼だ」

 ヴィリロ国王の呆れた目と声。

 ヴィリロ国王、紹介された王子、レウィシア達は席に着いている。

「あ~、そうですか。う~、お腹さえかなければ、もう少し」

 眠そうな目で進んでくる。肩より長い髪はあちこちにはね、整えていない。服もドレスでなく寝間着ねまき、ではないがくしゃくしゃの服。そのまま寝て、起きて、ここへ来た、といった様子。

「それに、その格好」

「かっこう? いつもの服ですけど」

 髪を手で整えている。国王は息を一つ吐き、

「今日が何の日か覚えているか」

 尋ねられた側は顎に手を当て、首を右、左と傾けている。

「グラナティスの王子が今日から一年間滞在すると昨日、確かに言った、伝えたが」

「……三日後、じゃなかったですか」

 首を右へ大きく傾げている。

「今日だ」

「……すいません。どうでもいいことなので、忘れていました」

 使用人は顔色を変え、レウィシアのみならず、ガウラ、アルーラも唖然。国王は再び息を吐き、

「挨拶しろ」

「ここにいるんですか?」

「目の前にいる。それも見えんほど視力が落ちたか」

「いつもではないですけど、遠くを見ているので、視力は落ちていないかと」

「屁理屈はいい。挨拶しろ」

 国王がレウィシア達を見ると、顔を向けてくる。化粧もしていない。客人の前に出る姿では。

 テーブルを挟み対面。

「初めまして、セレーネ・ノワイエです」

「ノワイエ?」

 ヴィリロ、ではないのか。小さく首を傾げた。

「父方の家名です。私は王位を継がないので」

姉弟きょうだいでは」

 王子を見て、セレーネと名乗った姫を見た。

「正確には従弟いとこです。私は長女の娘、バディドは長男の息子」

 生き残った三人。内輪揉め、王位争いで王族が減ったと。

 席に着くと「いただきます」と手を合わせ、食事を開始。

「食事が終われば、城内の案内を」

「私が、ですか?」

「お前以外誰がいる」

 王子を見ている。

「バディドもつける。お前だけだと何をしでかすか」

「どういう意味です」

 頬をふくらませ。

 話しながらも食事は進む。グラナティスでは静かな食事。アルーラ、ガウラが来れば別だが、それ以外はユーフォル、使用人に囲まれ。叔父と食事など。

 レウィシア達は黙々と食べていた。

 レウィシアの知っている令嬢は少々食べて終わり。腹を満たしているのかと思うことも。しかし、ここの姫はあちこちへ手を伸ばし食べていた。


「どこから案内しましょう」

 昼食は終わり、ヴィリロ国王は仕事のため退席。いるのは姫と王子、レウィシア達、使用人が控えている。皿は片付けられ、お茶の入ったカップが。

 うーん、と腕を組んで考えているようだ。

「まず、おじい様の執務室にでもしましょうか」

「なぜです? 図書室や訓練場、厩舎きゅうしゃもありますよ」

 王子は首を傾げている。

「何かあれば、すぐ言いに行けるでしょう」

「……いや、小さな子供ではないので」

 レウィシアのことで仕事の邪魔をするなど。

「別にいじめられたから言いあげに、と言っているのでなく、困ったこと、相談したいことがあるかもしれないでしょう。私室に押しかけてこられるのは」

 ないとは言えないが、常識の範囲で訪ねるつもりだ。

「ここでぐだぐだ話していても時間が過ぎるだけ。とりあえず歩きましょう」

 姫は椅子から立ち上がる。言う通り、ここで話していては。レウィシアも椅子から立ち、部屋を出た。

 ガウラ、アルーラは周囲に目を光らせ、王子は遠慮がちにグラナティスのことを尋ねてくる。答えながら進んでいた。

「そういえば」

 前を歩いていた姫はくるりと振り返り、後ろ向きに歩く。

「名前、まだ聞いていませんでしたよね」

 器用に歩き続けている。

「ああ」

 国王や王子には名乗ったが、あの場にいなかった姫には。

 薄紫の瞳はじっとレウィシアを見ている。見返してもらしはしない。照れも、頬を赤く染めることもない。

「レウィシア・オルディネ・グラナティス。よろしく」

「れうぃしあ・おるでぃね」

 言いにくそうに繰り返している。

「好きに呼んでくれ」

 笑顔を作り、そう言うと、

「……それじゃあ、レー様」

「……」

「姉上、失礼ですよ」

 呼ばれたことのない呼び方。ガウラ、アルーラはまたしても唖然。

「それなら、レっちゃん」

 小さく首を傾げている。

「さらに失礼です」

 好きに呼んでくれとは言ったが。

「ん~、だったら、シア様」

 レっちゃんやレー様よりは。

「それでかまわない。様もつけなくていい。こっちはアルーラとガウラ」

 順に指すと、アルーラは「よろしく」と人の良い笑顔を作り、ガウラは小さく頭を下げる。

「よろしくお願いします」

 後ろ向きに歩きながら、頭を下げ、上げればレウィシアをじっと見る。グラナティスの貴族令嬢とは違う視線。

「質問いいですか」

「ああ、答えられるものなら」

「グラナティスの王族は竜が祖先だと聞きました。翼は、しっぽは角はあります?」

 背伸びして顔を近づけてくる。しかも触れたい、と手は動いて。

「い、いや、そんなものはない。怪力、体が頑丈、丈夫、というのか。少々のことでは傷つかない。耳や視力がよかったり」

「そうなんですか」

 顔にはがっかりと、はっきり。

「でも、隠していれば」

「いない。そんなものあれば、外には出してもらえない」

 化け物扱いされ、城から一歩も出してもらえないだろう。

「あったら面白いのに」

「姉上」

 王子の呆れた口調。呆れたのはレウィシア達も。

「父には力があったが、俺には」

 現れなかった。もし、あったのなら。

「そうですか。あ、ここがおじい様の執務室です。困ったことや貴族にいじめられ、泣きつきたい場合はこちらに」

 扉の前で立ち止まり、指す。泣きつく、という年齢でもない。

「次はどこへ行きます。私としては図書室に新しい本が入ったか見たいですけど、三人はどちらかというと、訓練場ですか」

 図書室でじっと本を読むよりは、体を動かしているほうが。

「訓練場で」

「わかりました」

 引き返す。

「なんと呼べば」

「好きに呼んでくれていいですよ。セっちゃんでも」

「いくらなんでもそれは」

 本人はよくても周りはいい顔をしない。

「セレーネ」

「はい」と振り返らず頷いている。続いて王子を見た。

「僕も、どう呼んでもらってもいいです」

 照れたように。

「バディド」

 こちらも頷いていた。


 訓練場に近づくにつれ、にぎやかな声が。屋外と屋内の訓練場があり、晴れた日は外、雨の日は屋内で訓練している。広い訓練場はグラナティスの訓練場に負けていない。

「ここが訓練場です。剣や槍等の武器、防具はあっちの倉庫に」

 兵達が走り、剣や槍を打ち合い、魔法使いが魔法の訓練も。ガウラはそれまでと違い、目の色を変えて見ていた。

「体、動かしていきます?」

「いいのか」

「かまいませんよ。あと図書室と厩舎、適当に城の中をうろつくだけなので」

 適当。

「私も動かしていこうかな。最近は部屋にもりっぱなしだったし。体を動かさないと」

 話しながら、大きく伸びている。

「剣か槍を扱えるのか」

「習ってはいたんですけど、身に付かなかったと言いますか。でも、なんでもありなら、シア達より強いですよ」

 笑顔でさらりと。かちん、ときたのはガウラ。「ほう」と低い声。アルーラは「落ち着け」と。セレーネはにこにこ。

「勝負します。一瞬で決着はつきますよ」

「余程自信があるようだな。やれるものならやってみろ」

 ガウラは構える。

「では、遠慮なく」

「姉上!」「姫様!」

 バディドとついてきていた兵が声を上げる。

 次の瞬間、レウィシア達三人は地面へ。上から何か押し付けられているような。重い。

「姫様、何をされているのです!」

「許可は取りましたよ」

「ですが」

「それより解くことでしょう!」

 バディドの悲鳴のような叫びに、セレーネと兵は「あっ」という声。

「すいません、すいません。大丈夫ですか、お怪我は」

「手加減したので、怪我はしていないはずです」

「何を言っているのです。姉上も謝ってください!」

 バディドは何度も頭を下げ、謝罪。セレーネは平然と。ガウラ、アルーラを見ると怪我はなく、汚れを払っている。

「大丈夫。それより、魔法使い、なのか」

「はい」

 セレーネは大きく頷いた。

「三人は?」

 レウィシアは首を左右に。

「そうなんですか」

 セレーネはじっとレウィシア達を見る。今度はなんなのか。魔法で潰されはしないだろうが。

「剣の勝負なら負けますね。強そうです」

 鍛えている。父のような力はない。

「そういえば、身に付かなかったと」

「ええ、振ると手からすぽっと抜けてどこかに飛んでいくんですよ。槍も同じ。弓に至っては、へろへろと足下へ」

「握り方の問題、とか」

「色んな人に教わったんですけど」

 駄目だったのか、小さく肩をすくめている。

「見せてもらっても」

 兵は「やめておいたほうが」と止め、バディドも心配顔。

 訓練用の剣を用意してもらい、構えを見る。握りは間違っていない。姿勢も。だが振ると、剣は手から抜け、どこかへ。何度やっても同じ。訓練している兵の近く、見ているガウラ、アルーラの近くへ飛ぶことも。

「……」

「う~ん、やっぱり向いていないのでしょうか。魔法なら上手く操れるんですけど」

「操る?」

「構えて」

 セレーネは兵に声をかける。慣れているのか、兵は訓練用の剣を構えた。

 セレーネの手から飛んで落ちた剣が浮き、兵へと向かい、剣と剣がぶつかる。握ってはいない。セレーネの言葉通りなら、魔法で操っているのだろう。振るよりも正確、互角に。

 その光景を見ていると、背後から剣と剣のぶつかる音。見ると、セレーネへと振り下ろされた剣を空中に浮いた剣が止めている。

 二本同時に。見たことのない光景。いや、魔法が使えないから、魔法使い達に興味がなかった。

「相変わらず見事な腕だな。兵をいじめてくれるなよ」

 背後から来た男は剣を鞘に。

「いじめていません。というか、私に負けるなんて」

 二本の剣は動きを止め、地面へ。男はセレーネの頭を撫でている。父親、に見えなくない年齢。

「叔父です。叔父様、こちらグラナティスの」

「ああ、今日来ると話していたな」

 栗色の髪と瞳。鍛えているのだろう。体格もよい。

「初めまして、グラナティスからのお客人。姪がご迷惑をかけたでしょう」

「いえ」

「叔父は将軍なので、暇なら手合わせしてもらえますよ。誰が相手だろうと手は抜きませんから」

「さすがに王族相手には」

「バディドには厳しいじゃないですか」

「バディド様は次期国王」

 自分の身は自分で護れる程度にはならないと。

「そのうち、手合わせをお願いします」

 レウィシアは頭を下げた。

「なんでもありなら、姪が強いですよ」

 ぽんぽんとセレーネの頭を。

「そのようですね」

「お前、早速やらかしたか。陛下にしかられるぞ」

「うう、耳が痛い。でも許可は」

「屁理屈言うな、と一蹴いっしゅうされる」

「でしょうね」

 これが叔父と姪の関係なのだろう。レウィシアの叔父は。

「それでは失礼します。時間があれば」

「ええ、お願いします」

 互いに頭を下げ、別れた。

「はぁ~、また説教ですか」

 セレーネは深々と息を吐いていた。

 その後は走りこみ、ガウラ、アルーラを相手に剣を振って、夕食まで過ごした。


「本当にヴィリロの姫、なんでしょうかね」

 夕食は昼と違い、部屋で三人。

 案内できなかった所は明日案内します。起きられたら、と付け加えられた。

 アルーラの言う通り、姫らしくない姫。訓練場ではレウィシア達と一緒に走っていた。令嬢は剣や武道より、自分磨きというのか、行儀作法、教養を。ランタナは剣も習っていた。そのため気も合い。

「殿下に見初みそめられないため、将軍の娘を身代わりに」

 呆れてアルーラを見た。

 気安く呼ばれた覚えはない。幼なじみのアルーラ、ガウラでさえ、様や殿下呼び。叔父も親しみを込めて呼びはしない。ここを見ていると。小さく息を吐いた。

 翌日、昨日と同じように眠そうな目で部屋まで来たセレーネ。バディドが引っ張ってきたようだ。昨日と違い、髪は整えられ、服もドレスではないがしわはない。

 図書室、厩舎、昼食を挟み、城を案内してもらった。


「セレーネ様、ですか。本物の姫でしたよ」

 いつ、どこから調べたのか、夕食時にアルーラが。

「父親の家で暮らしていたそうですが、二年前の件でこちらに移ったそうです」

 二年前。内輪揉め、王位争い。グラナティスまで聞こえてきた。近隣の国にも聞こえただろう。よく隙をついて攻められなかったものだ。国王は温厚そうな人物に見えた。叔父のように威丈高、権威を示すような態度もなく。

「目の前で家族、親戚を失い、若いのにあの髪色に」

 真っ白な髪。染めているのかと。

「使用人も染めればと言ったみたいですが」

 染めずに。

「バディドは」

 どこか別の場所にいて、無事だったのか。バディドの髪は白くなかった。

「バディド様は両親に護られ、何も見ていないそうですよ。最初から終わりまですべて見聞きしていたのは、国王と」

 セレーネ。

「その時に魔力があるとわかり、魔法を勉強。二年で城勤めの魔法使いも真っ青の使い手に」

「ああ」

 納得。

「猫なで声、上目遣いのうるうる目で見られなくて、がっかりしました」

 ガウラと揃って呆れて見た。

「一年その状態でいられても」

 案内すると、べたべたしてこられても。拍子抜けはしたが。

「今は城内を覚えないと、な」

 グラナティスの城ほど広くはないが、迷子になっても。このとしで迷子は。

 あとは人か。国王一家は少ない。時間があれば図書室に。



 五日経つと、張り付いていた兵はいなくなり、三人で城内を歩いていた。昼食時、その日はセレーネ、バディドと一緒。それとなく兵のことを尋ねると。

「城内は大体把握できたでしょう。いつまでも兵に張り付かれているのも鬱陶うっとうしいですし。私ならまきます」

「……。つまり、今までいたのは」

「迷子防止です。張り付かれていたいのなら」

「いや、いい」

「外に出るのなら、護衛がつきますけど」

「外へ出ていいのか」

 呆れた顔をされた。

「一年城内で過ごすんです? 人質じゃないんですから。私なら爆発します」

 先ほどから不穏な言葉が。

「城下町くらいなら、許可さえ取れれば明日にでも行けますよ。遠くに行きたいのなら、一日時間がかかるかもしれませんね」

 護衛の準備か。だが行けるのなら。

「城内も飽きたでしょう。明日城下町に出ます? それとも城内に引きこもります?」

 引き籠る。グラナティスでは城下町でも自由に出られなかった。出る場合は護衛をつけられ。それはここでも同じだろう。なにより子供の頃、アルーラとこっそり抜け出し、帰ってくればアルーラが叱られ。あの時、アルーラはもうレウィシアの元へ来ないかも、と。

「行く」

「わかりました。伝えておきます。どこか行きたい場所があれば早めに言ってくれれば。あ、遠乗りも」

 図書室に地図はある。ヴィリロの領地が細かく書かれたものも。

「馬に乗れるのか」

「乗れますよ。世話もしています」

 汚れるのを嫌う令嬢は多い。世話をする者もいるだろうに。

 訓練場で走りこみ、魔法を使っている姿は見た。ガウラの手を握っている場面を見た時は仲良くなったのかと。剣が手から抜けるのは、握力の問題では、とガウラが話し、弱いです? とセレーネがガウラの手を握った。

 図書室では難しそうな本を読み、魔法使いと話してもいた。

 昼食を終え、図書室で地図を見ていると、セレーネが、

「許可取れましたよ。明日、朝食が済んだら行けます。一日歩けますよ」

 にこにこと。レウィシア達が城から出るのが嬉しいのかと思えば、セレーネも外へ出られるので機嫌がよかった。今まで悪かった、とは言わないが。


 翌日、出ればレウィシア達よりあちこち見て、はぐれることも。

 ついてきている兵は一人。バディドも一緒にいるのに。グラナティスでは傍に三人。離れた場所に五人はいた。離れた場所で見ているのか。それとも安全だからか。

 セレーネはほっとかれ、兵はレウィシア達の傍。昼食時には合流し、店に。セレーネは何冊かの本を抱えていた。レウィシア達は武器、防具の店。買いはしないが見ていた。

 昼食後は一緒にあちこちに。

「姉上は城からこっそり抜け出して、町を歩いているので詳しいですよ。特に甘い物を売っている店は」

 バディドがこそっと。そのセレーネはそれぞれの好みを聞き、買って五人で分けて食べ。グラナティスではこんなことできない。

 戻れば三人でここの店は、あそこの店が、と話していた。


 セレーネは興味のあることになればのめり込み、周りを見ないことも。そのためレウィシア達をほって、突然どこかに走る、行くことも。バディドは真面目で大人しく、最後までレウィシア達に付き合ってくれ。

 国王も。初対面で感じた通り、温厚な人、だと思っていたのだが。玉座の部屋近くを通りかかった際に怒鳴り声が聞こえ、驚いた。意外だと、そして何に怒っていたのだろうと気になり。

「どうしたんです。難しい顔して。誰かに何か言われました?」

 どうした、はレウィシアの台詞せりふ。セレーネは訓練場の宙に、逆さまに浮いている。

 時々こういうよくわからない光景を見る。慣れているのか、ヴィリロの兵は気にもしない。

「シャガル様が怒鳴っていたから」

「おじい様も怒鳴りますよ。うんうん、そうか、と優しい顔してなんでも許すと思っていたんですか。私も何度も叱られ。あ、頭に血が」

 セレーネの場合は自業自得のような。くるりと回って、地面へと足から下りる。

「怒られたことない、とか」

「ある」

「気になるんですか」

 ならないといえば嘘になる。しかし他国のことに首を突っ込むのも。

「だったら、見学します?」

「は?」

「謁見の見学ですよ。重要なものは無理ですけど、そうでないのなら。シアは王になるのでしょう。後学のため、とでも言って」

 怒鳴らす原因を知りたかったのだが。セレーネは謁見そのものが気になっていると考えたのか。

「どうします」

 興味がないわけではない。だが、いいのか。そのためセレーネは許可を。だめもとで「頼む」と頷いた。

 セレーネは「わかりました」とあっさり。グラナティスの令嬢と全く違う。媚びもしない、自然な笑顔。表情に出やすく、嫌な時はレウィシア相手でも顔をしかめる。遠慮がないとも。見ていたバディド、臣下、国王にも注意され。


 答えは早く、夕食前に。

「見学していいそうですよ。早速明日、昼からいくつかの謁見は見学していいそうです。ただ、時間通りに終わらないので、入り口に控えている兵に尋ねてください」

「わかった」

 話が長引くのはわかっている。

 アルーラには「そんなことまでするんですか」と呆れられ、ガウラは無言。話を聞くより訓練場で剣を振り、走り込んでいるほうがいいのだ。魔法で剣を操るセレーネとも勝負していた。今のところガウラの全敗。セレーネの叔父、将軍とも一度手合わせを。

「息子達にも教えてやってください」

 三人の息子を紹介され。

「セレーネは聞かないのか」

 苦笑、というのか。なんともいえない笑み。

「聞いていたら眠くなります。それよりは体を動かす。魔法書を読んでいたほうが、勉強になります」

 ガウラに似ている。

「それでは」

「ああ。ありがとう」

 礼を言って別れた。


 すみで話を聞いていた。叔父はレウィシアが謁見に顔を出すのをよく思っていなかった。いや、口出しされることを嫌っていた。

 口出し、質問すれば「お前に何がわかる」と相手にしない。臣下、貴族からレウィシアに来た意見、嘆願たんがんさえも。

「できもしないのに、勝手に安請やすういするな」

「それなら、教えてください」

 そう言えば、舌打ちしそうな顔に。

 叔父は金さえめば不正を揉み消す、見て見ぬふりをしている、という噂が。

 傍には二人。やはりガウラはつまらなさそう、眠そうにも見える。

 今のところ怒鳴ってはいない。穏やかに進んでいる。

 話が終わると次の準備と休憩の時間。

「質問があるのなら、今の時間に聞こう。答えられる範囲で、だが」

 声をかけられるとは思わず。少し考えてから、思ったことを口にした。叔父は頭ごなし、否定ばかりしていた。質問してもここでも聞いてもらえないだろうと。国王は叔父より年上。レウィシアなど若造もいいところ。見学させてもらえるだけで。

 予想外にもわかりやすく返してくれる。私はこう考える。考えは人それぞれ、私の考えを気に入らない者もいる。そして国によって違う、と。国によって法や罰則が違うのは知っている。王となれば他国へ出ることも。リーフトの次期国王とは手紙でやりとりしている。だが詳しいことは。他国のことも勉強して知識を増やさないと。



 一ヶ月も経てば慣れてくる。「警戒を解くには早い」とガウラ達は言いつつも、ここでの暮らしに馴染なじみ始めていた。グラナティスより自由。セレーネには驚かされることも。

 ある時は木に引っかかっていたり。何をしているのか、地面をっていたり(後に判明したが、地面を這っていたのは抜け穴を作り、そこから城下町に出ていたから)突然空から落ちてきたり。これは魔法の訓練とかで、着地場所に失敗したとか。木に引っかかっていたのも。自由な姿は白い鳥のようで。

 二日間部屋から出てこないことも。聞けば、魔法の研究をしているとか。お腹が空いたら出てきますよ、とバディドは笑って。そして言葉通り「お腹空いた」とよろよろ。その時の食事量はレウィシア達より多い。

 ダイアンサス、ユーフォル、ラーデイから手紙が届きもした。三人とも心配していた。特にラーデイとユーフォル。手紙の中身を調べられてから渡されると思っていたが、それもなく。それでも開ける時はガウラ、アルーラが開け。グラナティスでもユーフォルが開け、危険がないのを確認して渡されていた。

「大丈夫ですか。顔色が悪いですよ」

「疲れが出たか」

 最初の頃は気を張っていた。命を狙われることもなく、徐々に気を緩め。

 ガウラの言う通り、疲れが出たのかもしれない。

「朝食、断ります?」

 今朝は国王と一緒に食べることに。時間が合えば一緒に食べていた。セレーネ、バディドとも。

「そこまで悪くない」

 少しだるいだけ。笑顔で答える。

「今日は大人しく部屋で休む」

 一日休めば。鍛錬に謁見の見学、質問も。馬で湖に行き、魚を釣ったことも。ヴィリロに海はないが大きな湖がある。海産物は近隣から仕入れている、とセレーネが教えてくれた。

 朝食の用意されている部屋に行くと、国王にも心配され。こちらも笑顔で返した。

「おはようございますぅ」

 眠そうな声が背後から。

 いつかのように目をこすりながら立っているセレーネ。

「おはよう」

 振り返り、挨拶すると、小さく首を傾げ、近づいてくる。来たかと思えば両手を伸ばし、頭をがし、と摑まれた。

「セレーネ様!」

 控えている使用人が声を上げる。

「姉上!」

 バディドも慌て。

 セレーネはじっと近い位置でレウィシアを見ている。顔色も変えず。こんな間近で見られたことはなく、固まっていた。

「ふむ」と呟くと、両手を頭から放し、離れる。

「何か、肌身離さず持っていろ、と言われていません? お守りだと」

 セレーネは平然と。真っ白の頭を軽く振り、考える。

「あ、ああ。出る時に叔父からお守りだと、身につけておけ、と」

 渡された。レウィシアはポケットを探り、小さな白い袋を出した。

 叔父にしては珍しい。少しでもレウィシアのことを気にかけてくれているのかと。

「見せてもらっても」

 セレーネは手を出してくる。

「ああ」

 その手に袋を置いた。セレーネは袋を開け、中身を。出てきたのは、小さな丸い宝石。よく見ると中心が蒼色、ふちは透明。ビー玉のようにも見える。

「これ、生命力をじわじわ吸い取っていく魔法がかけられていますね」

「……」

「顔色が悪いのもそのためか」

 国王の冷静な声。

「はい。ゆっくり吸い取っていくものです。最初はだるい、くらいでしょう。環境が変われば、体調を崩したと思っても」

「ほっておくと」

「すべて吸い取られて終わりです」

「……」

 レウィシア達は黙って聞いていた。まさかそこまでするとは。

「元に戻せるのか」

「一ヶ月分なので、こわせば戻りますよ。すべて吸い取られていれば、壊しても無駄ですけど。壊して、半日。若いから、二、三時間でも休めば元通りです。壊します?」

 レウィシアを見て。

「当たり前だ」

 ガウラは怒りをにじませ。

 セレーネは「はい」と宝石をレウィシアへ。ガウラは奪うように取り、床に叩きつけた。宝石は割れ。

「おい」

 ガウラが睨む。これは。

「お前は叔父を馬鹿正直に信じているのか。邪魔に思われていることぐらい気づいているだろう。それなのに」

 くどくどと。

 アルーラはセレーネと一緒に朝食が用意されている席に。「長いので食べてください」と。

 裏切り者、と恨めしく。しかし、自らが招いたこと。


「全く」

 部屋に戻ってもガウラの怒りは治まらず。朝食は遅れて。

 まだ説教が続くのか。これは休むに休めない、と考えていると、扉が叩かれる。

「はい」

 天の助け、と返事。

「失礼します」

 入って来たのはセレーネ。背後には年配の女性と男性が。

「体調はどうです。念のため、治癒師と医師に診てもらえ、とおじい様が。私もあの手のものにはそれほど詳しくないので」

 背後の男女が一礼。治癒師と医師か。

 ガウラ、アルーラは診てもらえ、と。大人しく診察を受けた。

 異常なし、と判断されたが、念のため今日一日は休んでください、と。診察を終えた二人は出て行く。

「もう何も渡されていないだろうな」

 睨むガウラ。

「ああ」と両手を上げる。

 セレーネは出て行かず、ソファーに。目が合うと、

「本題、いいですか。朝食の席で話す予定だったんですけど」

 ばたばた、というか、ガウラの説教で。

「ああ。遅くなったが、ありがとう。そんなものだとは知らず。持ち続けていたら」

「ん~、半年経てば嫌でも気づきますよ。おそらく、倒れていますから」

 セレーネは顎に右人差し指をあてている。

「それに、こちらのせいにされても」

 軽い口調。

「詳しくないのに、よくわかったな。すまない、本題があるんだったな」

 レウィシアもソファーヘ。対面に座る。

「王族なので、いわくつきの色々があちこちから贈られてきますよ」

 納得。レウィシア、叔父の元にも。

「それでは本題にいきますね。国内の貴族がシアに会いたいので、茶会を開くから来てくれ、と」

「国内の貴族?」

「シア達が来た三日後に会わせてくれ、と貴族達が来るわ来るわ」

 よく考えれば来ないほうがおかしい。

「おじい様が来たばかりで右も左もわからない状態。慣れるまで、一ヶ月は待て、と貴族達に言いまして。来る者は来ていましたけど。少し離れた場所から熱ーい視線を送っていましたよ。怖いですねぇ」

「……」

 怖いはともかく、国王の心遣いに感謝。すべての令嬢がセレーネのようとは限らない。いや、セレーネはかなり変わっている。

「それで、一ヶ月経ったから、いいだろう、と。大々的な茶会が開かれるわけですよ。一人一人の邸へ行き、会うよりは一ヶ所に集めてしまえ、と。シアが押し潰されている姿が簡単に目に浮かびます」

 くふふ、と笑っている。

「場所はおじい様も信頼している貴族の邸です。ですけど、自分の身は自分で護ってください」

「剣でも持って行けと」

 ガウラは不機嫌そうに。

「いえ、そっちではなく、毒、と言いますか、媚薬と言いますか。盛られないよう。なんたって大国の王子様ですからね。目に留まればと皆、目をぎらぎらさせていますよ」

「……」

「皆が皆同じ薬ではないでしょうから、混ぜ合わせればどうなるのでしょう。ちょっと見てみたいかも」

「見たくない」

 レウィシアはうつむき、額を押さえた。

「男は、来ないのか」

「来るでしょうけれど、令嬢に邪魔だ、どけ、となるでしょう」

 容易に想像がつく。

「まぁ、ヴィリロ国内の話も聞けますよ。個人の見方は様々ですから」

 セレーネがちらりと見たのはアルーラ。なぜアルーラを見たのか。

「セレーネは、行かないのか」

「正直言えば、行きたくないですけど、一緒に行くことになるでしょう」

 はぁぁ、と大きな溜息ためいき。顔にも乗り気でない、いや、行きたくないと。

「バディドは」

主役シアがいるのに、相手にされませんよ」

 アルーラは大きく頷いている。ガウラも行きたくないのだろう、渋面。

「今日は大人しくしているんでしょう。考えておいてください。場所はここです。地図で確かめたいのなら、使用人に頼んで、図書室から持ってこさせます」

 セレーネは封筒をテーブルに置く。

 レウィシアとしては、だるさもない。自分の足で行きたいが、二人が黙っていない。

「頼む。返事は夕食時に。考える時間はあるからな」

「わかりました」

 そう言うと立ち上がり、部屋を出て行った。

 アルーラ、ガウラと話していると、使用人が地図とその地に関連する書物を持ってきてくれ。見ながら話し続けていた。



「なぜ、私まで馬車に。馬に乗って駆けたかった」

 馬車には四人。セレーネは髪を整えられ、普段はつけていない髪飾り、イヤリング、ペンダントも。服もドレス。黙って大人しくしていれば令嬢に見えるのに。口を開けば今のように。

「どこかに逃げると思われているんじゃないのか」

「何度も逃げていたので、行動が読まれるようになりましたか」

 本当に逃げていたのか。

 レウィシア達は茶会のおこなわれる邸へ。今回断っても、次々に来るだろう。断り、城に乗り込んでこられ、迷惑をかけるのも。それなら。それに来るのは令嬢だけではない。

「今日はその貴族の邸に泊まるんだな」

「ええ。帰るのなら、着くのは夜中になりますから。夕ご飯の時間までに解放してもらえるといいですね。最悪、私も泊まります、な~んて」

 覚えがあるだけに、少々うんざり。アルーラは苦笑。ガウラは渋面のまま。

「あら、もしかして、部屋に押しかけてこられた、泊めた経験が」

「ない」

 力一杯否定。

「う~ん、フォローになるかはわかりませんが、城とは違い、それぞれ部屋を用意してくれているようですよ。わからないように入れば。それに狙いはシアだけでは」

 城では三人同じ部屋。寝室はそれぞれ別。

 ガウラはますます渋面。アルーラは上手くあしらうだろう。

「セレーネは」

「面倒ごとに巻き込まれたくないので、離れた部屋を用意してもらいました」

「それなら、邸の主に頼んで部屋を変えてもらおう」

「そんなことしたら、この部屋にいると言いらしますよ」

 笑っているが、目は笑っていない。セレーネの場合、本気でやりかねない。

「冗談ですよ。あまりに鬱陶うっとうしい、迷惑なら朝まで結界張るなり、シア達の部屋に近づけないよう、魔法をかけますよ。おじい様に言われましたから」

 国王はどこまで見通しているのか。セレーネをつけたのは護衛も兼ねてか。

 昼休憩をとり、茶会の開かれる邸へ。

 馬車を降りて目に付いたのはつたからまった門。植物には詳しくないのでなんの蔦かは。所々に花が。その門前には二十代後半の男女の姿。邸の主、夫婦だろう。傍には二人の子供。

「お久しぶりです、セレーネ様。初めまして、グラナティスの王子殿下」

 頭を下げてくる。

「初めまして」

 レウィシアも頭を下げる。セレーネも「お久しぶりです」と挨拶。

「皆、待っていますよ。早い者は朝から来て」

「いい迷惑ですね」

 セレーネははっきり。

「それほどお会いしたかったのでしょう」

 主は苦笑。

「これは二人にお土産です」

 セレーネはかがみ、持っているバッグの中から紙袋を二つ。

「ケンカにならないよう、同じお菓子です。量も同じですよ。違うのはリボンの色だけ」

 二人は母親の傍から、セレーネの傍へ。

 どっちにする、とセレーネの手に乗った袋を見ている。中身は同じなのに。母親は礼を。

「ご案内します。こちらへ」

 主の案内で邸の中へ。整えられた庭には季節の花が咲いている。邸の中にも花が飾られ。

 案内された部屋に着くと、周りを見る前に囲まれた。



「それで、何か困りごと、ですか」

 セレーネは囲まれているレウィシア達とは離れた場所で、邸の主を見上げた。部屋には令嬢の親も。セレーネには見向きもせず、レウィシアだけを見ている。

「おじい様に体調を崩さない限りは行け、と。仮病けびょうはきかん、とも言われました」

 なにがなんでも行かせたい様子だった。

「すいません。私どもでは精霊と魔獣の区別は難しく」

 申し訳なさそうに。

「つまり」

「ええ、畑が荒らされまして。魔獣なら退治しますが、精霊ですと」

 退治できない。魔法使いでも見分けるのは難しい。

「今は畑で済んでいますが」

 それ以上になれば。

「わかりました。着替えて、すぐ出ます。あの状態なら私がいなくても気づかないでしょう」

 何重にも囲まれている。男もいるが、女性の迫力に負けていた。

「何も起こらないよう、目は光らせています」

「あっても惚れ薬を盛られるだけですよ。あの様子だと、香水もそれっぽいものをつけているかもしれませんね」

「セレーネ様に気づけば男性陣は」

「一生気づかなくていいです。私より美人はいっぱいいますから」

 主は苦笑。その美人達はレウィシアしか目に入っていない。

「ですが、勘繰かんぐる者はセレーネ様を彼の元、グラナティスに嫁がせるのでは、とささやいていますよ」

「グラナティス国内の令嬢全員に睨まれますね。もしくは刺される」

「セレーネ様」

 主は困ったように。

「出ます。夕食までには戻りたいですから」

「案内の者をつけます」

 セレーネは頷き、

「こちらはよろしくお願いします」

 部屋を出た。



 一度に話されるので、誰が何を話しているのか。れしく腕をからめてくる者も。ガウラ、アルーラは傍にいない。それぞれ囲まれているか、ガウラはどこかに逃げているかも。こういう場は苦手。レウィシアも好きではないが、王族として社交性は身に付けておかないと。セレーネは。

 囲んでいる令嬢達より頭一つ高いので、周りは見える。というか、ようやく見る余裕が。

「どうかされました?」

「連れと、セレーネは、と」

 令嬢達は顔を見合わせ、

「大丈夫ですか? あの方に何かされているのでは」

「ご両親と弟をなくされて、病んでいるのでしょう」

「それに、あの髪。染めればいいのに」

「仕方ないでしょう。二年前に王族になったようなもの。それまでは好き勝手に」

 口々に。

「身分はありますが、このような場に出られるような教育は」

「城では大変でしょう。私の邸で残りの数ヶ月を」

「あなたの邸では。それより、わたくしの」とグラナティスと同じことに。

 レウィシアそっちのけで争っていた。


「お疲れですね」

 夕食の席、セレーネはレウィシアの顔を見て。アルーラの顔も見ていたが、何も言わず。

「そう言うセレーネは」

「私も疲れました」

 わざとらしい溜息。

 ガウラもあのような場は苦手なはずだが、疲れた様子はない。

「明日、町を見て帰ろうかと考えていたんですけど、まっすぐ帰ります?」

「行く顔ぶれによる」

 令嬢付きでは。

「大丈夫ですか。護衛は」

 邸の主は心配顔。

「二人がいるから大丈夫です。王子も強いですよ。私は言わなくともわかるでしょう」

「どっかーん、だよね」

 八歳と六歳の兄弟。弟がフォークを持ち上げている。

「子供にまで」

 知れ渡っているのかと、少し呆れて見た。

「町は破壊しません。加減はわかっていますから。町から出れば」

 ふっと笑っている。冗談だと思いたいが、主の硬い笑い。

「少し早く起きて出ます。私は大丈夫。起きられます。気に入った令嬢がいて、その方と話がしたいのなら残っても」

「起きる。俺よりセレーネだろう。いつも眠そうに」

「さすがの私も令嬢に囲まれて動けなくなるのは。私の場合、漁夫の利狙いで令息がくるでしょう。囲まれたら、シアをほって帰ります」

「帰るな」

 セレーネなら本当にやる。

「その場合は抜けるのを手伝ってやるから、俺も連れて行け」

「ガウラ」

 裏切り者、と意味を込めて。

「というか、国に婚約者とかいないんです?」

 小さく首を傾げている。

「いない。ガウラはいるが」

 セレーネは意外そうにガウラを見ていた。

「セレーネは」

「いるように見えます?」

「セレーネ様」

 主は苦笑。

「容姿よし、地位もある。王妃は無理でも愛人、側室にでもなれば。もう一つ言えば、期待しているのは貴族だけじゃありません。一般人も。もし目に留まれば、と考えています。色々大変なのに」

 小さく息を吐いている。

 確かに。令嬢、身分の高い者は幼い頃から教育される。しかし、そうでない者はいちから。貴族に嫁いだが耐えられず、体調を崩す者もいるとか。

「それで、町を見て帰ります? それともまっすぐ」

「……見て帰る」

 来たことのない場所。見られるのなら。


「疲れた」

 本音が。部屋には気を許している幼なじみだけ。だからこそ話せる。

「どこへ行っても、もてもてですね」

 嫌味か、とアルーラを見た。

 茶会の終わりも揉めた。

 令嬢、付き添いの親は時間が短い、泊まらせろ、と言っていたが、主は断り。それでも文句を。これだけ大勢の令嬢、親を泊まらせるのは無理。

「そのうち、また開けばいいじゃないですか。それともヴィリロの貴族は遠慮もない、と王子に呆れて見られたいのですか」

 響く声。見た先にはセレーネ。

「祖父にも伝えましょうか。無理を言って、主にも王子にも迷惑をかけていた、と」

 親は顔色を変え、令嬢は苦々しい顔。

「王子も、好印象の方は覚えられたのでは。無理を言ってその印象を悪くしたいのなら、もう何も言いません。次の茶会を開いても」

 脅し。

 渋々帰る令嬢達。男とは話せなかったが、セレーネに挨拶していた。

 二人はどうだった、と見ると、アルーラは疲れもせず、ガウラも。珍しいとガウラを見ていた。アルーラも同じだったのだろう「珍しいな。疲れていないし、不機嫌じゃないなんて」と。

「ここから出ていた」

「はぁ? どういうことだ」

「苦手なのは知っているだろう。抜け出して、どう時間を潰そうか考えていれば、姫が着替えて、歩いていた」

「着替えて?」

「いつもの動きやすそうな服だ。どこへ行く、と尋ねれば、魔獣が畑を荒らしているかもしれない、と。こちらにいるよりはいいと、そっちに一緒に行っていた」

 レウィシアもそちらが。

「出た、のか」

「いや、被害を確かめていた。魔獣か動物かの確認も兼ねて。魔獣かと思っていたら動物だった、というのはある。逆も。魔獣だったら、を考えて行ったそうだ。腕は知っているだろう」

 剣はともかく、魔法の腕は。

「つまり、魔獣は出ず」

「ああ、被害の確認。動物はともかく、手強い魔獣なら国から兵を出す」

 レウィシアも何度か行った。なぜか城周辺に魔獣は現れず。

「結果、魔獣の仕業しわざだと。周囲を見回って。えば暇潰ひまつぶしになったが」

「……」

 気を取り直し。

「つまり、セレーネは茶会ではなく、被害の視察に」

 ガウラは肩をすくめている。

「それはなんとも。被害を少し見て、戻れば茶会には出られる。だが入念に見ていた。判断を間違えれば」

 国王の責任にも。

「セレーネ様は茶会に出られないようですよ。ガウラと一緒で時間潰しもあったのでしょう」

「よく知っているな」

 アルーラを見た。

「聞いてもいないのに、令嬢が話してくれました。いつの間にかどこかに消えている。行儀作法、話しがわからないのでは、と笑ってもいましたよ。男も、セレーネ様が来ていると聞いて、あの部屋から出て探していました」

 国内では有名なのか。のちにバディドからも同じような話を聞いた。苦手で三十分もいない。臣下も最後までいてください、と言っているのに。困り顔で。

「最後は助かったが」

「それもわかっていたのでは」

 帰りたがらない、泊めろと騒がれる、迷惑をかけることを。

「令嬢が部屋に来ることもないですよ」

 アルーラはにやにやと。

 グラナティスでは宿泊する令嬢が夜、訪ねてくることも。丁重に帰した。

「休む」

「明日の朝、早いですもんね」

 面白がる口調。

「お前だけ残るか」

「身代わりとして置いていくか」

「二人とも、ひどい」

 わざとらしい悲しみ方。レウィシアは小さく笑う。ガウラも。

「それじゃ、おれ達は部屋に戻ります。寝坊して置いて行かれたくないので」

 アルーラはソファーから立ち上がる。ガウラも。

「おやすみなさい」

「おやすみ」


 一番寝坊しそうな人物は城と同じ、眠そうな目をこすり、朝食の席に。夫婦はいたが子供達はおらず。

 朝食が終わると、裏口から歩いて町へ。なんでも正門には馬車が三台止まっており、レウィシア達が出てくるのを待っているそうだ。

 朝早いため、開いている店は少ない。

「いいのか」

「何が、です」

 レウィシアとセレーネはかぶりものをし、顔を隠している。レウィシアの場合は目立つから。セレーネも髪の色が。見えない邸の方角を見た。

「あ、もしかしてお妃候補でも」

「違う」

「そんなにはっきり、強く言わなくても。ムキになっている、図星を指されたようにもとれますよ」

 レウィシアは息を吐き、

「迷惑をかけたのでは」

「あのままいれば突入、もしくは道をふさがれ、うちへうちへと引っ張られ、連れて行かれますよ。そちらが余程迷惑です」

 言葉もない。

「それに彼でなければ、欲深貴族なら、茶会、知らん。王子は来ていない、と他の貴族を帰し、そこの娘と二人きり。結婚の約束をするまで邸から出してもらえない、かもしれません」

 軽く言うがレウィシアはぞっと。確かに、そういう者もいる。

 歩いていると店が開く。通っていた時に、ここの店といくつか決めていた店を見て、昼食にして、町の外に待たせている馬車へ。

 戻った次の日からは手紙や訪ねてくる令嬢達。グラナティスと変わらない。

 だがグラナティスほど窮屈きゅうくつではなかった。セレーネ、バディド達と馬であちこち駆け、町を見ることも。一緒に城から抜け出し、一緒に叱られて。訓練場ではセレーネにいたずらされ、仕返ししましょう、とアルーラと一緒に仕返しすれば、倍返しされ。謁見の見学ではいた時間に質疑応答。時間が足りなくなれば、仕事終わり、別の日に執務室で続きを話す。セレーネが一緒の時も。セレーネの意見も交え、話していた。謁見だけでなく、ヴィリロを訪れていた他国の王族、貴族から話を聞くことまで。



 ヴィリロに来て十ヶ月は経ったか。今日も今日とて、我らの殿下はヴィリロ国王に質問している。毎日毎日飽きもせず。いや、毎日謁見の見学はしていないが。訓練場、町、遠乗り、と充実した日々なのだろう。ここに来てから表情も。

 子供の頃は表情豊かだったが、父親を失ってからは、自分達の前でも無理をしている、作ったとわかる顔。それがここに来てからは。

「うわぁ、今日も舌戦を繰り広げているんですか」

 この姫のおかげでもあるのだろう。グラナティスの令嬢と違い、媚びもしない、遠慮ない。何の魂胆もなく、手を引いて、あちこち連れて行ってくれた。

 アルーラは苦手だった。大抵たいていの女性はまっすぐ見れば恥ずかしそうに目を逸らすのに、この姫はまっすぐに、じっと見て。見透みすかされているような気がして。実際、見透かされていたのだろう。国のためでなく、殿下のため、自分達の安全のためにそれとなくヴィリロの内情を探っていた。

「舌戦、というのでしょうか」

 アルーラは苦笑。ガウラは訓練場。命を狙われることがないとわかってからは、交代で護衛についている。

「おじい様も対等に話せる、意見が聞けるので、楽しいんでしょうね」

「楽しい、ですか」

「私は途中で飽きて、はいはい、そうですね、と言って、睨まれ、呆れられて終わり。バディドは言い負かされています。シアのようにはっきり尋ね、言う者は臣下でも少ないですし、かみついてはいませんけど、似たようなところまでは」

「部屋に戻って、反省していますよ。失礼ではなかったかと」

「ないですよ。楽しんでいます」

「それなら、いいんですけど。それはそうと、セレーネ様を王に、と推す者もいるでしょう」

 アルーラ達の前でははっきり言わないが、こそこそと話していた。

 姫はわかりやすく顔をしかめ。観察していれば、わかりやすいことが判明。まっすぐに見られるのは困りものだが。

「バディドがいます。私は王にならないと大きな声で言っています。おじい様もバディドにとはっきり。火種になるつもりはありません」

 自分が争いの種となることをわかっている。だから、王として相応しくない言動をとっているのか? 性格か?

「あまりにうるさいなら、どこかへ嫁ぎますよ」

「相手は」

 婚約者がいないのは情報収集して知っているが、好きな者がいるかどうかは。茶会もそれほど出ない。訪ねてくる令息はいるものの、長々と話はしない。

「なんの相手です」

「結婚相手、ですよ。条件、とか」

「……容姿はとくに。条件なんて言っていたら切がないので、とりあえず、国のことに口出ししない人、ですか。出すような、地位狙いの人とは結婚しません」

 姫を王にして自分もそれなりの地位、もしくは王になられたら。

「それなら、うちに嫁いできても」

 妹や弟がいればこんな感じなのか、と殿下は言っているが。

「……」

 呆れて、だろう。見られている。

 そういう話も出ている。そして令嬢達は姫より自分が優れていると売り込み。令息は突然現れた殿下に取られてなるかと。

「待たせたな。セレーネも来ていたのか」

 見学はここまでらしい。笑顔の殿下が近づいてくる。

「何か話していたのか?」

「アルーラ様に結婚してくれと」

「言っていません」

 即座に否定。殿下は笑顔のまま固まっている。

「おっと、私も行かないと。では、失礼します」

 姫は姫で否定せず、去っていく。そうだ、そういう人だ。殿下が女性に囲まれ、困っていても助けない。遠くから見ていた。いたずらを仕掛けることも。

「言っていません。本っっ当に言っていませんから」

 必死に弁解した。

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