第42話 子供たちの会話
早く大きく、強くなりたかった。強ければ、大きければ、心配をかけることも、護ってもらうのではなく。護れた。護りたい人を。
「兄様」
声をかけられ、はっとする。
「どうしたんです。手をじっと見て」
「あ、ああ。いや、大きくなったなぁ、と」
「は? 白昼夢でも見ていました。それとも僕やルセオのことですか。大きくはなりましたけど」
話しかけてきたのは弟のラシーヴィ。父譲りの金髪、母譲りの薄紫の瞳。母の色を受け継いだのをずっと
「こんな日に体調を崩さないでくださいよ」
「レネウィ兄さま、どこか悪いのですか?」
父やレネウィと同じ金髪、蒼い瞳。気弱そうな表情。もう一人の弟、ルセオ。
「悪くない。少し、思い出していたから」
「思い出す?」
ルセオは首を傾げている。色は父に似たが容姿は母。いや、以前、子供の頃に会ったクロノスによれば母の弟にそっくりだと。
「十年前、か。イルヤに行った時のこと」
十年。あれから十年経った。強くなると、大きくなると言い、母は急ぐなと。今になって母の言っていた意味がよくわかる。もう我が
レネウィは十七歳。セリアは十六、ラシーヴィは十二、ルセオは十一歳に。
母の背を追い越した。昔は抱き上げてもらっていたが、今は抱き上げることができる。抱き上げれば、鼻が
父に似て大きくなる、と周りから言われていた。今も言われているが、父の背には追いついていない。剣の腕も。
「ああ、ニーズヘッグ、ケット・シー、ラベンダー・ドラゴン、ウンディーネ。ラベンダー・ドラゴン、ウンディーネには会えたけど」
「ケット・シーはともかく、ニーズヘッグには二度と会いたくない」
あの恐怖心は今も染み付いている。かばうように前へと出た両親。護られている小さなレネウィ。動かない体。あの時動けたのは両親だけ。他の者は迫力、気配に固まっていた。
「
「忘れてください」
楽しそうに笑う、弟とは違う声。だが兄弟のようなもの。幼い頃から、毎年、今日の日に来ている。それ以外にも父親によって母に預けられ。そして母親が迎えに来ていた。
レネウィと同じ金髪、瞳は違い水色。母親譲りの優しそうな容貌。だが見た目に反し、剣、魔法の腕は。
「サーリチェも興奮して話していたよ。母さんは卒倒寸前だった」
サーリチェの兄、カイ。
「父さんも
「クロノスにも遭ったんだっけ」
「その頃少しの時間だが、母様に化けたクロノスに面倒見てもらっていただろう」
あの後、セリアが呼び出され。
「覚えていると。ふう、兄様と年が反対だったら。う~ん、でも、王様は嫌だなぁ」
「相変わらず仲がいいね」
「それは。仲良くしないと母様が悲しむから。兄様は母様を悲しませたくない。カイ兄様だって、リチェ姉様と仲いいでしょ」
「ラシーヴィ兄さまは母さまが悲しんでいいの」
「父様が黙っていない」
そう、母を悲しませる、困らせれば父が黙っていない。仲が良いのはいいのだが、子供の前でも平気で。特に父。セリアなどはもう諦め、勝手にやってと猫の世話。
イルヤから来た猫は年なのか、よく寝ている。セリアは日当たりの良い場所に寝床を置き、面倒を見ている。来たばかりの頃はセリアの後をついて。賢い猫で言うことを聞いていた。子猫も生まれ、今はその一匹がセリアのお供。残りの子猫はリコットやアルーラ、ガウラが引き取ってくれ。サーリチェがもらった猫もイルヤには帰されなかったようだ。
「こっちも同じ。母さんを悲しませる、怒らせる、困らせれば父さんが」
カイは苦笑。
父と母は政略結婚だと言われていた。人質だとも。成長するにつれ、その意味がわかってくる。だが政略だろうが父は母が大事で、大好きで。
父は母が幸運を運んできてくれた。レネウィ達にも会えた。父様にとっては幸運の白い鳥。母様と結婚していなければ自分はここにはいない。レネウィ達にも会えていなかった、と嬉しそうに母やレネウィ達を見る。
母は無理しないでと頼んだのに、いつの間にかいなくなることが。長く留守にはしない。長くて一日。ぼろぼろ、といかないまでも、怪我をしていることも。そういう時は父と一緒に説教。セリアは「次はわたしも連れて行ってね」と。聞こえれば父はセリアにも
「それで、体調は」
「問題ない。カイは」
「問題ないよ。準備はできている」
「どう分けるか、だな」
「去年と同じでいいんじゃないか」
「僕はカイ兄様と一緒がいいなぁ」
「ラシーヴィは俺と一緒。ルセオはカイと」
「なんでそうなるの。リチェ姉様と一緒でもいいけど。今年は何ができるのかな」
楽しそうなラシーヴィ。
翌日は世話になっている人、大切な人に花や菓子を贈る日。物心つく前から、この日にカイやサーリチェ、二人の母親、ヴェルテという母の友人も来て、菓子を作っていた。作り終わった母は、ぐったりと疲れた様子。二人の母と母の友人はそうでもない。笑い合っていた。翌日は家族で母の作ったものを食べ。
サーリチェが厨房に加わると、サーリチェまでぐったり。
「父さんが母さんに料理させない理由がわかった」
何かを納得した様子。
自分の身を護れるようになれば参加してもよし。セリアは自分の身を護れる、といっても結界を張るだけなのだが。護れるようになり、加わると、セリアまでぐったり。カイと顔を見合わせていた。
判明したのは四年前。こっそり見に行ってみようと厨房に行けば、悲鳴と叫び声。包丁や皿、鍋、卵まで宙を舞い。何かの粉をぶちまけたのか、真っ白に。厨房の外にまで出てこなかったので、結界を張っているのだろうと、カイ。
カイもだがレネウィも固まっていた。ラシーヴィは笑い、ルセオは泣き出しそうに。
さらに、できあがったもの、出てきたのは、父ほどの大きさ、茶色の猫の形をした何か。その何かが動き出し、結界を壊した。
「兄さん、壊して!」
サーリチェの叫び。呆然としていたカイは、サーリチェの叫びにはっとし、魔法で壊した。甘い香りが広がる。それで終わり、と思えば、ばらばらになった何かは小さな猫の姿をとり、あちこちに。「ああ~」とサーリチェのなんともいえない叫び。
「手分けして捕まえるしかないわね」
粉だらけの母の落ち着いた声。慣れか、
「カイとサーリチェはレネウィかセリアと組んで
王族しか入れない場所もある。カイ、サーリチェだけだと。
「ラシーヴィとルセオはお茶をする場所で待っていて。片付けて、皆でお茶にしましょう。いつものように」
粉だらけの母は二人に笑いかけていた。
カイはセリアと、レネウィはサーリチェと組み、母、猫まで一緒になって、猫の形をした何かを追いかけた。
その年は母の友人、二人の母親、ラシーヴィ、ルセオ以外ぐったり。二年前はサーリチェが結界を張ったが、破られ、また厨房から逃げ出され。昨年も。
昨年からはラシーヴィ、ルセオも捕獲に加わり、母は「あなた達に任せた」と丸投げ。レネウィ達だけがぐったり。母達の作ったものを食べ、体力を回復していた。
「すまない。毎年母さんが。でも、幼い頃はぼくもこの日が待ち遠しかった。いつもは食べられない美味しいお菓子が食べられて」
カイは再び苦笑。
「楽しくていいじゃないですか。城を駆け回るなんていつもはできない。しかも騒ぎながら」
普段はできない。この日だからできる。城の者も慣れたのか、王族しか立ち入れない場所には結界を張っている。昨年、だったか。
騒いでいる、騒ぎになるのに父は厨房を貸している。それとも勝手にやっているのか。
「臣下、貴族もカイ兄様やリチェ姉様が今日来ることを知っていますから、待ち構えていますよ」
本番は明日だが、親子は今日帰る。以前、二人の母親目当てだった者は世代交代し、その息子、娘がカイ、サーリチェを狙って。この二人も城を駆け回る。その時に花や菓子、手紙、宝飾品を渡そうと。
「ぼくよりレネウィ、じゃないのか。ラシーヴィ、ルセオも」
「子供の僕でもわかる、下心見え見えのものが。僕は皆でこうして騒いで、お茶するほうが好きです」
それはレネウィも同じ。友人や家族で過ごすほうが。
「サーリチェもサーリチェで
「大丈夫ですよ。兄様は相変わらず母様が一番。父様と睨み合いも時々。というか、兄様は肩の力を抜く? 手をゆるめる? ほうがいいですよ。父様は早く王位を譲って、引退、母様と隠居、二人でどこかに引っ込みたいようだから」
「ルセオが成人するまでないだろう」
王位を譲られるのはまだ早い。レネウィにもわからないことは多い。呆れてラシーヴィを見た。
「僕達も小さな子供じゃありませんから。自分のことは自分でできる年齢」
「なら手を焼かせるな」
わからないことがあれば聞きに来る、面倒は押し付け、やりたくなければ逃げる。
「何を言っているんです。僕が優秀なら、王にと推す臣下、貴族が出てくるでしょう。そうならないために、適度に手を抜いているんですよ。ルセオも持ち上げられたくなかったら、手を抜けばいい」
ルセオの肩を叩くラシーヴィ。ルセオは困惑。
「ラシーヴィ」
レネウィはさらに呆れ。だがラシーヴィの言うことも。貴族によってはよからぬことを考えている者もいる。
レネウィが生まれる前、この国は二つに分かれていた時期があった。母は「私達が生きている間は国を分ける争いを兄弟でしないでね。いなくなれば二つだろうが三つだろうが」
冗談だろう。両親が取り戻した平和を子供であるレネウィ達が壊すわけには。
「それで、サーリチェは何を仕留めようとしているんだ。手を貸せるなら、貸すが」
兄妹はあちこち行き、精霊をなだめ、
「……」
カイ、ラシーヴィにじっと見られる。レネウィはなんだと首を傾げた。
「う~ん、
「どういう意味だ。そして疑心暗鬼の意味をわかっているか」
「ここまで言われて」
「もしかして、リチェ姉さまが仕留めたいのは、レネウィ兄さま、ですか」
ルセオは遠慮がちに。
ラシーヴィは頷き、ルセオは顔色を変える。
「レネウィ兄さま、リチェ姉さまを怒らせることをしたのですか。早くあやまったほうが」
おろおろと。怒らせるような何かをしただろうか。年に数えるほどしか会っていない。
「だって、リチェ姉さまはいつかぼくたちの家族、本当の姉さまになるのでしょう」
「……」
「土台から固めたか」
「さすがリチェ姉様」
「待て、誰が、いつ、そんなことを」
レネウィは額を押さえる。
「え、だって、姉さまも」
余計なことを吹き込んだのはセリアか。いや、母の友人かも。セリア、ラシーヴィはあの人に
「サーリチェにも好きな人がいるかもしれないだろう。勝手なことは」
「兄様、周りに被害が出る前に腹をくくるべきですよ」
「どこの誰だかわからないより、レネウィならよく知っているから。安心だよ」
だから、なぜそういう話に。
「なら、カイは。俺より年上。好きな人の一人、二人」
「レネウィと違って一人だけだよ」
優しげにさらりと。
「レネウィ兄さまは二人もいるの」
「違う、そういう話じゃない」
ラシーヴィはにこにこと笑いながら話を聞いている。面白がっている。
「セリア、か」
仲が良い。
「見ていればわかるのに」
今度は呆れているラシーヴィ。
セリアと仲が良い男は限られている。幼い子供でもない。誰と会おうと自由。両親は余程がない限り、介入しない。レネウィのことも。
「姉様はリチェ姉様より激しいかも。外見は母様に似ているけど、中身は父様。意中の相手に好きな人ができれば、ばれれば、二人まとめて」
「やめてくれ」
誰が止め、後始末、関係者に謝りに行くと。レネウィはがっくり。
「ここにいて、いいのか」
好きな人がいるのなら、そちらへ。
「本番は明日。それに母さんが迷惑かけるのはわかりきっているから」
カイは苦笑。
「連れて来ても」
「大国の王子、姫と知り合いと知ったら、驚いて気絶するかも」
納得。
「僕は見てみたいな、カイ兄様の彼女」
ラシーヴィは興味津々。
「そのうち紹介するよ。さっきのラシーヴィの話じゃないけど、父さんもぼく達に家から早く出てほしかったみたいで。父さん達の住んでいる家の隣に精霊に家を建ててもらって、サーリチェと一緒にそっちで生活している。だから料理の腕は母さんほどじゃない」
……あのようなものを三人で作られたら。
「もし、彼女と住むようになれば、サーリチェが家を出るか、別に家を建てるか」
サーリチェの行動力は知っている。時々、セリアと二人で魔獣退治、精霊に会いに出ている。そして、離れた場所で一人住むのなら、周りが黙っていないのも。
脅しか。
「兄さん達、準備は」
どこからともなく、サーリチェの声。よろよろと飛んでくる蝶? 色は
レネウィ達がいるのは庭。天気が良く、温かければ、友人や家族でお茶をしている場所。
「今回は
「ただ?」
「兄さんでも、レネでもいいから、真っ二つにして」
カイと顔を見合わせる。四人はそれぞれ剣を持っている。ラシーヴィ、ルセオは体に合ったものを作ってもらい、それを。
カイが頷き、魔法で真っ二つに。テーブルにぱたり。見ていると、半分の体が震え、羽のようなものが。体は小さくなったが、再び蝶の姿に。
「真っ二つにすると、増える」
小さくなった蝶からサーリチェの声。一つは大人しく、一つはどこかに。ラシーヴィが捕まえ。
「つまり」
「二つ以上に斬る、砕けば終わり。掃除が大変。毎回毎回」
おそらく肩を落としているのだろう。
「去年よりおいしいよ」
「食べたのか」
「うん」
頷くラシーヴィ。
「了解。こちらも動くよ」
「これの始末もお願い」
「ああ」
返すと、一瞬で粉々に。さすが。
カイは椅子から立ち上がる。レネウィも。
「ルセオはカイと。ラシーヴィは俺と一緒」
ラシーヴィは「ええ~」と不満顔。カイと一緒だったら、ラシーヴィはカイに丸投げする。去年は「カイ兄様の体力作り~」と言って合流してから背に飛びついて。カイは笑って済ませているが。
ルセオは真面目で、そんなこと言わない。体力はないが、頑張っている。
「早く片付けて、皆でお茶にしよう」
レネウィ達が動いている間に母達がお茶や菓子の用意をしている。終われば皆で、今年も大変だった、と文句を言いながらも笑い合って。
本番の明日は、家族で。どんなに忙しくとも父はこの日は空けている。
どちらも楽しい茶会。騒がしいが、いつまでも続いてほしい、にぎやかで、優しく穏やかな、レネウィの、家族の皆が好きな時間。
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