第40話

 翌日は戴冠式ということもあり、城は慌ただしく。交渉は大詰め。午前中に終わらせ、午後からアンスリウム、女王は戴冠式の打ち合わせ。ケット・シーはラベンダーと共に外へ。レネウィはレグホーンと訓練場に行き、剣を振っていた。護衛にアルーラ。

 セレーネ達は庭で猫に囲まれ。サーリチェはこれほどの猫に囲まれたことも、子猫を間近で見る、触れる機会がなかったのか、大喜び。セリアと一緒に猫とたわむれていた。セレーネは周囲に注意を払って。

「うわぁ、懐かしい光景」

 昼近くになったので、レネウィを迎えに訓練場へ。

 ラシーヴィはセリア、サーリチェと手をつなぎ、ルセオはセレーネが抱えて。そこで見たのは、訓練場には不似合いな着飾った女の子達。

「何がなつかしいの? 訓練場?」

 セリアは首を傾げている。

「いいえ。昔、シア、お父様がヴィリロに滞在していた時も同じように着飾った令嬢が来ていてね。年齢はもっと上だったけど。こんなふうに見ていたから」

「それを陰から見ていたんでしょ」

「巻き込まれたくなかったから。セリアは昨日どうだった」

「……近づけなかった。女の子とは話せないし、空間に閉じこめられるし」

 散々だったようだ。

「家でもレネは女の子に人気なの?」

「うん、すきあらば、ていうの。あと目の色変えて」

 いつの間にそんな言葉を。

「でも兄さまはぜんぜん。一番仲がいいのは、グレイル。二人でよく剣の練習してる」

「前に紹介してくれた男の子」

「そう」

「さて、どうやって声をかけましょう」

 レネウィの相手はアンスリウムの兄、レグホーンだけでなく、年上の貴族の男の子も。見る限りへばっていない。

「時間があるのなら、わたしの魔法も見て」

「ラシーヴィとルセオはどうするの」

「結界を張っておけば大丈夫。私が張るから、私も見てもらってもいい?」

「サーリチェの両親が私より強いけど」

「父さん、母さん、兄さんの知っている人とばかりやるのも。手の内? が読まれていて」

「ああ」

 カイはともかく、スカビオサ、ネージュは教えている。

「私も剣は習い始めたばかり。魔法が使いやすいから。兄さんは、半々かな?」

「リチェ姉さま、剣も習っているの」

「うん。後でレネと手合わせしてもらおうかな」

 もしレネウィが負けるようなら。一歳違いだが、背はサーリチェが高い。

 セリア、サーリチェに押され、訓練場のすみへ。途中、ラシーヴィはレネウィの元へ足を向け「にーさま」と声を。

「心配しなくても大丈夫。訓練、練習だから。家でもよくやっているでしょう」

 納得できないのか「うー」と不満そうに。

 ラシーヴィ、ルセオ、ついてきた猫達を結界内に。

「それじゃあ、簡単なっ」

 ものから、と言おうとしたが、火球が飛んでくる。防ぐと、再び火球と風を切る音。

 魔法を見る、とは言ったが実践、攻撃しなさい、とは言っていない。防ぐと次の魔法を放ってくる。

「全く。誰に似たのか」



 話し合いは午前中に終わり、昼食にしようと移動。途中、レネウィは訓練場にまだいるか、と足を向ければ、

「父様」

 訓練場についた途端、レネウィが駆け寄ってくる。理由は聞かずとも一目で。

 炎、雷、水が訓練場の一角で舞っている。グラナティスの城よりここの城は小さいが、訓練場の広さは同じくらい。

 話を聞きつけて、だろう、魔法使いの姿が。魔法使い達は「おお」と感嘆の声。訓練中の兵達も手を止め、見ていた。

「子供相手に何をやっているんだ」

 注目のまととなっているのはセレーネ、セリア、サーリチェ。セリア、サーリチェが組んでセレーネを攻撃しているように見える。

「ラシーヴィとルセオは」

「訓練場のすみに」

「セレーネのこと、結界は張っているだろう」

 我が子を傷つけないよう。セリアにしてもラシーヴィが言うことを聞かず喧嘩はするが、本気で傷つけようとは。サーリチェも同様。城に来た時はラシーヴィ、ルセオの相手をしてくれる。ユーフォルの娘同様、弟、妹がいないから。

「止めなくていいのですか」

「どう止めるか、入るか考えなければ」

 剣で魔法は斬れる、セレーネのお守りがあるとしても。

 地面から人の形をしたものが何体も現れ、セレーネへと向かって行く。セレーネは向かって来ているものをかわす。セリアが魔法をはなつ。それすらかわし、水の魔法か。大きな蛇の形をした水が人型を壊していく。その中の一体、無傷なものが魔法を唱え終えたセリアを押さえつけた。

「セリアは脱落、か」

「父様、冷静に見ていていいのですか」

「サーリチェは本気ではないのだろう。本気ならセレーネも本気になって、どうなっているか」

「そうですね。ぼくはウンディーネという精霊の力は知りません。父様は」

「知らないが、ケット・シーの騒ぎようを見れば」

 沈められると叫んでいた。

「お」「あ」

 レウィシアとレネウィの声が揃う。飛び交っていた魔法は止まり、サーリチェも地面へ座り込んだ。

「決着はついたか」

 セレーネの傍へ。念のためレネウィはレウィシアの後ろ。

「セレーネ」

 声をかけると、

「あ、シア、話は終わりました」

「終わった。終わったから来てみれば」

 あははは、とセレーネは乾いた笑い。

「むー、リチェ姉さまとなら母さまに勝てると思ったのに」

 セリアのむくれた声。

「書き換えられたか。さすがです」

「書きかえ?」

「さっき土から人型を作ったけど、一体だけ途中セリアに向かってきたでしょ。私の魔法を瞬時に書き換え、セレーネ母さんの言うことを聞くようにされたの」

「魔法対決するとは言っていません。魔法を見てくれ、と言うから」

 セリア、サーリチェが先制攻撃し、セレーネは仕方なく反撃。魔法対決となったのか。

「けど、アドバイスするなら、二人とも魔力量考えて使いなさい。あと、体力もつける」

「魔力量?」

 セリア、サーリチェは首を傾げている。

「サーリチェは魔力があるから力押し、セリアは大きな魔法で一気に決めようと。魔力量を考えて使っていないでしょう。だから、すぐに魔力が尽きる。体力もないから魔法をかわしつづけていたら、ばてる」

「母さまは考えて使っているの」

「そうじゃないと長期戦になれば負けます。もしくは役割分担。攻撃、防御と分ける。二人は、今はまだ護ってくれる人がいるし、勉強中だから、魔力が尽きても……時と場合によるか」

 昨日のセリアの件か。魔力を使い切り、空間を壊していても、そこで倒れれば。魔法が使えなければただの子供。

「魔力量を考えて、その場その場にあった魔法を使いなさい」

「魔力量、わかる?」

 セリアはサーリチェを見ている。

「え~と、以前父さんがおもいっきり魔力使ってばてたら、それが限界だから、そこから考えて使えって」

「……間違っていないけど、場所を考えないと大惨事」

「魔力講義はそこまで。動いてお腹がすいただろう。お昼にしよう」

 セレーネの肩を叩く。

「そうですね。レネウィを迎えに来ただけなのに」

 セレーネはぐったり。

「母さまが本気になったから」

「なったのはあなた達でしょう。セリアはともかく、サーリチェまで本気になるとは」

 セレーネは額に手を当てている。

「本気になっていたの?」

 サーリチェは笑い。

「表情に出さないようにしていたのに。出したら、余裕のあるなしがわかるから」

「剣にしてもそうだな。苦しそうに顔を歪めていれば。油断を誘う手、ともいえるが」

 レネウィ、セリアが「そうなのですか」「そうなの」とレウィシアを見上げていた。

「レグホーン殿に礼を言ってくる」

 セレーネ達から離れ、レグホーンの元へ。礼を言うと、

すじがいい。あんたが教えているんだろ。暇ならあんたとも手合わせしたいが」

 午後からはレグホーンも明日の用意。もう一度礼を言って、セレーネ達の元へ。

「レネは昼からも剣の練習をするの?」

「レグホーン様は午後から明日の準備があるから相手は無理だと。父様がひまなら」

「だめだったら、私が相手してあげる。私も父さんから剣を習い始めたの」

「今度はシアが二対一の対決」

「……。セレーネのようにはならないだろう」

 剣。炎や水が舞うことはない。

「わかりませんよ。本気になったサーリチェが魔法で」

「魔力は使い切ったのでは」

「ませんよ。そうなれば二人ともぶっ倒れて、今頃部屋に運んでいます。魔力切れというより、動き続けたので、体力切れ」

 使いきる前にセレーネが二人を負かした。

「年のこうか」

「何か言いました」

 顔は笑っているが目は笑っていない。悪い意味ではないのだが。

「リチェ姉さまのお父さまは強いの?」

「うーん、どうなんだろ」

「強いですよ。シアも剣の腕は勝てませんでしたから」

「父さんより強そうに見えるのに」

 サーリチェはレウィシアをじっと見上げている。

「スカビオサは細いですからね。顔も、どちらかといえば女顔」

「でも、母さまは好きだったのでしょう」

「ヴェルテか」

 セレーネの低い声。

「そうだったの。う~ん、父さんより男らしくて、かっこいいと思うけど」

「父さま。リチェ姉さままで」

「セリア」

 なんともいえない声に。セレーネは小さく笑っている。

「人は見かけによらない、のいい見本です。声をかけた男が冷たい目で見られる、叩きのめされるのを何度も見ました。もちろんネージュさんに声をかけた男も同様。三人で歩いていても声をかけられるのは二人で、私はかけられませんでした」

「そういえば、兄さんもお嬢ちゃんって呼ばれて、魔法使っていたような」

「あ~、容姿のはっきりしない時期もありますからね。特に子供は」

 セレーネは抱いているルセオとレネウィに手を引かれ歩いているラシーヴィを見た。

 急ぐ昼食でもない。子供の足に合わせて。

「そうだな。レネウィがラシーヴィくらいの頃、髪飾りをつけて遊んでいたな」

「母様」

 覚えていないレネウィはなんともいえない顔でセレーネを見ている。

「大丈夫。大人になったお父様にもやっているから」

 セレーネは笑顔でレネウィを見返す。今も遊ばれている。レウィシアの髪はセレーネが切っている。切る前に派手なリボンで結ぶ、セリアの可愛らしい髪留めまで使い。

「父さまと兄さまは知らないでしょうけど、二人が寝ている時に猫に姿を変えて、猫の親子~、て」

「セリア」

 セレーネは焦り、レウィシアはレネウィと揃ってセレーネを見た。勝手に何をやっているのか。

「レネは父さんに似ているんでしょう。大きくなったら」

 レウィシアと同じようになるのか。サーリチェ、レネウィ、セリアの視線がレウィシアに。

「外見は似るでしょうけど、中身はどうでしょうね。それに努力しないと、剣の腕は」

「あ、それ父さんも言ってた。何もせずに強くはなれないって。遺伝はあるけど、それだけじゃだめだ、強くなりたければ日々学び、きたえろ、て」

もっともだな」

 何もせずに手に入るものなどない。

 セレーネが傍に。

「それで、午後からは」

「これといってやることは。女王一家は明日の準備。書類の見返し、くらいか。最近、レネウィに付き合ってやれなかったから、な」

 リーフトから帰れば留守中に溜まった書類、謁見。エホノの姫の滞在、レネウィが池に落とされる、毒がもられる等の騒ぎが。

「それなら大丈夫ですね」

「何が」

「サーリチェがレネウィと手合わせするのなら、さらに人が集まります。セリアより注目されますよ~」

 こそっと。

 確かに。八歳にして整った美貌。レネウィ、セリアが注目されるのはグラナティス王族だから。

「何をこそこそ話しているの」

 セリアが服の端を引いている。

「午後からの予定。サーリチェとレネウィ二人で訓練させるわけにはいかないでしょう。セリアも加わるとしても」

「父さまか母さま、二人一緒に見てくれるの?」

「目の届く場所にいてくれれば、俺としては安心だな。セレーネは無意識に人を惹きつける」

「ひきつける?」

「セリアが最近父様によく言う」

「惹きつけていません」

 セレーネは笑顔でレウィシアの右頬をつねる。

 昼食、休憩してから、今度は家族で訓練場に。


 レウィシアはレネウィ、サーリチェの相手。まず訓練用の木剣で素振り、準備運動。セレーネはセリア、ラシーヴィ、ルセオと離れた場所に。ラシーヴィはおもちゃの剣を振り回している。傍にはアルーラ。ユーフォルは部屋で休むと言っていたが、書類を見返しているのだろう。

 椅子に座りっぱなしであちこちの骨が鳴っている。鍛錬はしているが、以前、戦時ほどはできていない。あの頃に比べれば国内は落ち着いて。

 レネウィ達の素振りが終われば。

「まず二人で打ち合うか。俺よりサーリチェの方がレネウィと背丈が近い。グレイルのようにやりやすいかもしれない。グレイルとは癖が違うから動きが読みにくいだろう」

 慣れていれば動きは読みやすい。逆に慣れていなければ読みにくい。

 サーリチェはそのあたりはわかっているらしい。剣の持ち方も正しい。振り方も。

「剣が手から抜けていく、ということは」

 サーリチェは首を左右に振る。

「母様のことです?」

 レウィシアは苦笑。

「レネウィの歳くらいから武道、馬に乗っていたらしいが、武道は全く。馬には乗れるが」

 相手の動きを見て、剣や槍をかわしているので、訓練は無駄ではなかったのだろう。

「訓練場でもよく走っていますよ。体力作りとストレス解消だと言って」

 レネウィの言う通り。王妃業に子育て。時間を作り、走りこんでいた。最近はないが、城の屋根を魔法を使い、走っているのを見た覚えも。

 レウィシアもラシーヴィ、ルセオを背負い、または抱えて走っている。遊びであり鍛錬の一環。レネウィ、セリアが幼い頃も同じように。

「向かい合って」

 長々話していては。レネウィ、サーリチェは木剣を構え、向かい合う。

「怪我しても自分で治せるから大丈夫。レネも治してあげるから」

「大丈夫だよ」

 少しむっとして言い返している。

「始め」

 合図すると、様子見か、互いに動かず。

 先に動いたのは、レネウィ。打ち込んでいく。


「母様は剣を振らないの? 家の訓練場ではよく走っているけど」

 傍にはセリア、ラシーヴィ。ルセオは背負っている。

「なぜか剣が手からすぽっと抜けるの。それに、こっちは腕力がないから」

 左腕を上げた。日常生活に支障はないが、剣を握り、振る、受けるとなると。どこかへ飛んでいく。レウィシアは傷を見る度、すまなそうに。「そんな顔しない」と笑顔で両頬を引っ張っていた。

「剣はお父様に任せて、私は魔法専門。セリアも剣を習いたい?」

 セリアはむ~ん、と難しい顔。

「私は魔法が使えるとわかってからは、剣はあきらめて魔法に集中したけど。あ、体力作りは別」

 すぐにばてては。が悪くなれば逃げる。そのための体力も必要。生きていればなんとかなる。

「……わたしも。今は魔法だけでいいかも。他にも色々勉強しないといけないし」

 レネウィは帝王学を。セリアより勉強の量が多い。武道もその一つに入っている。

「それにしても、思ったより集まってきたわね」

 訓練場を見回すと、レネウィ目当ての女の子とサーリチェに注目している男の子。子、という年齢以上の者もいる。注目の二人は周囲の目を気にせず、木剣を打ち合っている。

「昨日はわたしのところへ来て、色々言っていたのに。ヴェルテ姉さまの言う通り、口だけの男なのね」

「……」

 間違ってはいないが。

「でも、リチェ姉さま、大丈夫かな」

「いざとなればウンディーネが出てきて威嚇いかく、もしくはまとめて水の中」

「母さま」

 呆れて見上げている。

「大丈夫でしょう。サーリチェにはかわす方法を教えたから。シアもいるし。さて、セリアはどうする」

 ラシーヴィは兵が剣を振る練習用の棒をおもちゃの剣で叩いている。

「母さまみたいな体力作りは無理だから、魔法」

 予想通りの答え。


「負けた」

 サーリチェはがっくり肩を落とし、レネウィは勝ったにもかかわらず、微妙な顔。一つ違いとはいえ、女の子に勝っても、というところか。

「少し休憩してから手合わせするか」

 レネウィの頭を撫でる。

「はい。父様は」

「少し走るか。動いていないから」

 体を伸ばす。

「わかりました」

 レネウィは頷くと、他の兵の邪魔にならない場所に。レウィシアは訓練場を走る。


「はい」

 水筒をサーリチェに渡し、レネウィは別の水筒の水を飲む。訓練場の一角には水筒が置かれ、自由に飲めるようになっている。からの水筒は中身の入っている水筒とは別の場所に。

「レネはいつから剣の訓練しているの」

「去年、かな。アルーラや将軍が代わる代わる訓練してくれる。父様もひまな時は。母様も剣は振れないけど、受けるだけならできるって」

 右より左が弱いと話していた。レネウィが生まれる前に城下町に現れた魔獣を一人で退治したから。父は離れた場所にいたため、何もできなかったと。それでも母は訓練に付き合ってくれる。セリアに魔法を教える時間が多いが。

「私は半年くらいかな。もっと早く習っていれば」

「十分強いよ。カイは」

「兄さんは五歳くらいから。父さんが剣持たせて。母さんはまだ早いって。兄さんもまず魔法から教わってた。私達は魔力が大きいから。ちょっとしたことで魔力が漏れるの。たとえば、怒ったり泣いたりするとコップが割れる、本棚に並べていた本が飛び出してきて散らばる」

「セリアは、そんなことないかな。たまに怒って魔法使うくらいで」

 サーリチェは笑っている。

「おい」

 近くからかけられた声。サーリチェと一緒にそちらを見た。

 昨日も会った、他国の王族の子。レネウィより年上の男の子。男の子はじっとサーリチェを見ている。

「?」とサーリチェは首を傾げて。

「お前、そいつのごえい、なのか」

 男の子はレネウィを指す。サーリチェは首を左右に振る。

「だったら、その、きさき、なのか」

 サーリチェはきょとん。レネウィも。

「そんなひ弱そうな奴のどこがいいんだ。そんな奴より、おれの所にくれば、剣なんか振らなくても一生きれいな服着て、おいしいもの食えて、ほしいものがあれば」

「……」

「大丈夫ですか、お嬢さん」

 大人といっていい男の人がレネウィと男の子の間に入る。レネウィというより、サーリチェか。

「昨日もだが、居丈高いたけだかに言われては。次は私と手合わせ願えますか」

 膝をつき、サーリチェへと右手を出している。まるでダンスにさそうように。

「でしたら、わたし達に国や王子のことを聞かせてください」

 どこからともなくレネウィの周りに女の子達が。サーリチェの周りには男の子。


「やっぱり血は争えないわね」

「見ていていいの」

 セリアは呆れ、レウィシアは息子を放って走っている。

「助けに行きます?」

 アルーラは苦笑。

「放っといたらどうなるでしょう」

「母さま」「セレーネ様」

 揃ってしかられた。

「シアが助けに行くよりは、私達がってラシーヴィ?」

 目を離した隙にラシーヴィはレネウィ達の元へと走っていた。


「やー」

「いて」

 サーリチェを囲んでいた男の子、人達が次々に声を上げる。

「ラシー」

 サーリチェの言葉通り、おもちゃの剣を振り回しているラシーヴィ。母は近くにいない。面白がって離れた場所で見ているのか。そういう人だ。

「なんだ、お前」

 ラシーヴィはおもちゃの剣を振り回し続けている。

「ラシーヴィ」

 レネウィは女の子の間を抜け、ラシーヴィの元に。偉そうな男の子の手がラシーヴィへと伸ばされる。突き飛ばすつもりか。サーリチェも気づいたのか、ラシーヴィの傍へ。レネウィは二人の前に。

 男の子の手が当たり、よろける。

「弟が失礼しました」

 体勢を整え、頭を下げた。

「ラシーは私がいじめられていると思って助けに来てくれたんだよね。ありがと。とってもかっこいいよ。レネは別として、ここにいる人達より」

 がっかりしている子もいれば、むっとしている子も。ラシーヴィは得意げな顔でおもちゃの剣を握っている手を上げている。

「ラシーヴィ、もう大丈夫だから、母様の所に」

「母親に泣きつくのか」

 にやにや笑いでレネウィを見ている。

 以前はなぜ、あんな目で見られ、嫌なことを言われるのかと。レネウィと年の近い男の子が多かった。両親がいる前では仲良くしてくれていたが、いなくなれば。グレイルは言わず、というか言いたいことをはっきり。両親がいようといまいと態度は変わらなかった。レネウィの代わりに怒ってくれて。父親に似たな、と父は笑って。

 誰になんと言えばいいのかわからず、落ち込んでいると、母が、

「王族だからこれからも嫌なこと言われる。気にしない、と言っても無理でしょうね」

 頭を撫でてくれて。

「母様も言われていたのですか」

「今も言われているわよ」

 あはは、と笑って。

 知っている。両親を悪く言う臣下がいることを。

「どうしても我慢できなくなったら、母様に話して。セリアやお父様に話せば何をするか」

 母は頬に手をあて、ほう、と息を吐いている。母の言う通り。セリアに話せば、しかえしすればいいの、と魔法を。父は大人気なくにらみ。

「いずれ自分で対処できるようになるから。その時まで」

「でも、どう言えばいいか」

 わからない。

「かまわないわ。言いたいことを話して。自分でわからなくても、話がめちゃくちゃでも。話せばすっきりする。話さないと」

「ないと?」

「童話にあった蛙のように、溜め込んでお腹が大きくなって、最後には」

 あの話の最後は。レネウィは思い出し、大きく頷いた。

「母様は関係ない。弟を好きにさせている責任はあるけど」

 本当に危険ならすっ飛んでくる。

「レネはセレーネ母さんを巻き込みたくないんだね」

「母様に何かあれば父様が来るから。父様がくると」

「面倒くさい、でしょ」

 サーリチェは笑っている。ラシーヴィはサーリチェに手を握られ、とりあえず大人しい。だがいつ暴れだすか。気分を変えるか。

「同じ、だよ。父さんも母さんがからむと。私達はほっとかれてる。自分でなんとかしろ、て」

「でも、ごえいは付いているんだよね。ぼくはアルーラとかガウラだけど」

「母さんが頼んでね。父さんは、やっぱりほったらかし。母さんはものすっっごく心配性」

「……わかる。サーリチェの母様は会ったことあるけど、父様は」

「父さんは人嫌いだから。子供でも平気でにらむよ。態度も冷たいから、親しい知り合いは、セレーネ母さんとヴェルテ姉さんだけ」

「おい!」

「「あ」」

 声をかけられるまで忘れていた。

「君達の仲が良いのはわかった。両親公認なのも。しかし、この国のことは国の者がよく知っている。このような所にいるより、私と町へ遊びに行こう」

 白い歯を見せて笑っている。気障きざ、とはこのことなのか。

「だったら、おれが案内してやるよ。欲しいものがあればなんでも買ってやるぞ」

 こちらは腰に手をあて、えらそうに。

 いや、ぼくが、おれが、わたしが、と周りから次々に声が上がる。

 どうやって逃げようか、考えていると、

「えい」

「え?」

 いきなり抱きついてきたサーリチェ。

「そういうわけだから」

 どういうわけだろう? とレネウィは小さく首を傾げた。

「えいっ」

 ラシーヴィも背後から抱きついてくる。

 レネウィとサーリチェを囲んでいる男女がじっと見てくる。その目が怖い。

「困ったら、こうすればいいって、セレーネ母さんが」

 母は何を言っているのだろう。

「ラシーヴィ、いい加減に戻ってきなさい」

 その母の声。

「やー」

「でも、兄様は動けない、お父様も準備運動が終わって、こちらに来ているわよ」

 母の指す先、父はこちらに向かって来ている。

「待たせたな」

 サーリチェは離れ、両親が来たことで集まっていた子達も離れて行く。離れたことに安心、納得したのか、ラシーヴィも離れる。

「さて、遅くなってしまったが、レネウィ」

「休まなくていいのですか」

 レネウィの相手をしてくれるようだが。

「大丈夫だ」

 父は笑ってレネウィの頭を撫でる。

「それなら、私達はおやつにしましょうか。頼んで用意してもらうのに時間がかかるから。シアとレネウィも一勝負したら来るでしょう。サーリチェはどうする。レネウィと一緒にシアにいどむ?」

 サーリチェはうーん、と悩んでいる。

「部屋か、庭か」

 どちらに行けばいいか父が尋ねている。

「庭、庭がいい。猫と一緒がいい」

 セリアは母の服を引いている。余程猫が気に入ったらしい。

「猫と一緒だったら、私もそっちに行こうかな」

「だ、そうですよ」

「わかった。レネウィと勝負したら向かう」

 母がラシーヴィの手を取る。訓練場を出て行く母達。その後をついて行く者も。

「大丈夫だ。セレーネがまく」

「魔法を使って、ですか」

「それなら、セリアとサーリチェが協力して」

「心配していないのですか」

 呆れながら父を見上げた。

「言わないとわからないか」

 していないはずはない。サーリチェの父親と同じ、父は母が一番大事。

「心配なら早く終わらせよう。三人が暴れていたら、止められないが」

 大きな手で再び頭を撫でられた。


 父との手合わせを終えて、母達の元へ行くと、母達以外誰もいない。来た道もここも焦げても凍ってもいない。

 セリア、サーリチェは猫に囲まれ楽しそうに。ラシーヴィ、ルセオは母の傍。ルセオはレネウィに気づくと、よたよたと歩いてきた。

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