第39話

 昨日は両親と一緒に町を回り、はしゃぎ、おいしいものも。自分とガウラ、アルーラ、ユーフォル家族のお土産も兄と相談して買った。グレイルと双子、ユーフォルの娘リコットとはよく遊んでいる。時々、アルーラの子供も。特にリコットには幼い頃から。今はラシーヴィ、ルセオの面倒を見てもらうことも。妹、弟がいないのでいたらこんな感じなのか、大変だけど楽しい、と言っていた。

 両親より早く寝て、起きれば母の姿はない。そんな遅くまで寝ていたのかとあわてたが、

「セレーネなら朝早くに出た。遅く出ると帰ってくるのも遅くなるかもしれない、と言って」

 父の言葉にこの国の次期女王に怒らせた森の主をなんとかしてほしい、と頼まれたのを思い出した。ここに来たのもそのためといっていい。母も一昨日、昨日話していた。

「父さまはどうするの」

 兄や弟達と朝食を食べながらたずねた。

「話し合い。ルセオは父様が見ている。セレーネが森へ行ったと伝えれば、納得してくれる」

「それじゃあ、わたし達は? ケット・シーが遊んでくれるの?」

「いや、レネウィは嫌かもしれないが、この国の貴族、臣下の令息、令嬢がお前達に会いたいそうだ」

 兄はわかりやすく顔をしかめている。

「令息、令嬢だ。男の子もいる。他国の王族の子も。ラシーヴィをどうするか」

「「見ています」」

 兄と声をそろえる。

「ラシーヴィを理由に抜け出せるから、でしょ」

「そこはセレーネに似て」

 父は苦笑。

「父さまの子供の頃はどうだったの。やっぱり囲まれた?」

「ああ、目の色変えて囲まれたよ。大人にまで。一人だったからな」

 父に弟妹はいない。血縁はセリア達だけ。母にはいとこが。

「母さまは」

「セレーネは、ちょっと顔を出して、逃げていたようだ。セレーネは王の血は引いていたが家を出て、王族ではない暮らしをしていたからな。色々あり、王族として暮らすようになった。レネウィやセリアくらいの年はそういう場所には出ていなかったらしい」

 色々。以前クロノスが言っていた母の弟もその色々に入っているのか。

「母さまも父さまを囲んでいたの?」

「いや、囲まれて困っている父様を遠目に見ているだけだった。時にはガウラ、アルーラと一緒に笑って」

「それなのに母さまと結婚したの」

「セレーネは父様を一人の人として見てくれた。王様という身分関係なく。どんな時でも、離れている時でさえ、支えてくれた」

 セリアが生まれる前に戦があったらしい。母は戦場までついていき、父を支えた、かつやくしたと。臣下、兵、魔法使いも話していた。だから父は母に頭が上がらないとも。

「アルーラについていてもらうから、何かあれば言えばいい」

「気分が悪いと言って抜けても」

「抜けてどうする。部屋にいるか? それよりは」

「あいそうをふりまけばいいの?」

「お菓子も用意しているそうだ」

「母さま達と食べたほうがおいしい」

 兄も小さく頷いている。

「でも、行かないと、父様の立場が」

 大人には大人の事情、付き合いがあるのはセリアにもわかる。兄はさらにわかっているだろう。一つしか違わないのに。

「そんなに嫌ならかまわない。部屋にいるのなら」

「行きます」

 そう言って兄はセリアを見る。

「行きます。兄さまだけでは不安だし、一人で部屋にいるのもつまらないから」

 猫がいれば触っていればいい。一昨日は子猫にも触らせてもらえた。本来なら親猫が怒る、人の匂いがつけば育児ほうきする猫もいるらしいが、ここの猫は触れてもそんなことはしない、と。もし、ほうきしても人が面倒見てくれる。ケット・シーがそう話していた。ケット・シーがいるのなら、話を聞いていても。カーバンクルのように。

 母はこの国ではすごうでの魔法使いらしい。この国の魔法使いにできないことができるのなら、すごいのだろう。遠い国にいる母をさがし、頼みに来たのだ。なんとかできていればさがしていないし、来ない。家の魔法師長も母とよく話している。魔法を教えてもいた。戦っている姿は見ていないので、どうすごいのか、強いのかセリアにはわからない。


 朝食を終えると身支度をととのえ、この国の者に案内されて、どこかの部屋へ。

 部屋には兄やセリアと近い年の子達が。置かれているテーブルも低く、上に何が置かれているかよくわかる。女の子は一斉に兄の元へ。セリアはラシーヴィの手を引き、兄から離れる。家でも、建国祭、父の誕生日、貴族達が集まる時によく見る光景。少し前まで、兄は母や父の後ろへ逃げていた。今は逃げずになんとか対応。

「シアと同じね」と母は笑いながら。父も女の人に囲まれている。笑顔で対応してるが、家族だけになると、母に抱きつき。セリアは呆れ、兄はうらやましそうに。父の気が済み、離れれば「レネウィもお疲れさま」と母は兄を抱き締め。もちろんセリアも。

 セリアの元にも男の子達が。年上の子から下まで。親と思われる大人も何人か部屋に。

 外ではないため、猫はいない。がっかり。ケット・シーも。片手には父から渡されたウサギのぬいぐるみ。もし落としても、後をついてくるよう、母の魔法がかかっている。以前、大人を小さな体で倒していた。片手はラシーヴィの手を握り、傍に来た男の子達と話していた。

 時間が経てばセリアも女の子達と話せると思っていたが、経っても入れ替わることはなく、兄の傍には女の子達が。一人、どこかの王族? 兄より年上の男の子が傍で大きな声で名乗っていたが、女の子達は相手にせず、セリアの傍に来て、

「国が大きいとちやほやされるな。あんな細くて白い、顔だけいい奴なんて」

 周りの男の子達は「失礼だろ」と声をそろえ。文句を言ってきた男の子は、

「本当だろ。お前達だって、取り入りたいから。そんな女ちやほやして。うちにはもっと美人がいる」

 胸を張り。

「相手にされないからと、か弱い女の子に八つ当たりはよくないな」

 大人といってもいい男の人が、セリアと男の子の間に。男の子の従者と思えば、膝を折り、セリアと目線を合わせ、自己紹介。この国の貴族らしい。

「大人になれば素敵な女性になる。是非、ぼくの元へ」

「失礼します」

 十歳以上は離れているだろう。家でも、年の差なんて、とセリアの元へ縁談が持ち込まれている。父が握りつぶしているが。

 ラシーヴィは部屋の中を歩き回り、テーブルの上のものを手づかみ。自由。幼いので、大人も大目に見ている。セリアは兄ほど囲まれていないので話しながら、ラシーヴィの汚れた手と口をふき、テーブル上のものを食べ、飲んでいた。ヴェルテ姉さまから、こんなふうに話せば、断ればいいのよ、と色々教えてもらっている。だが兄は。

 人をかき分け、兄の元へ。

「兄さま、少し席をはずします」

 お手洗いに。手洗いは部屋の外。そのためラシーヴィを見ていてくれと。アルーラにも、こそっと声をかけ、部屋を出た。


「お庭で猫と遊びたい」

 手洗いを済ませ、部屋へもどる廊下から外を見ていた。

 母の用事が終われば明日は猫と遊べるのか。兄と一緒に抜け出していれば、このままお城探検。真面目な兄は怒りそうだ。迷いました、と言えば。

 人のあまり通らない廊下。行き先では一人の女の人が外を見ている。行く時にはいなかった、はず。赤茶色の長い髪、真っ白なドレス。戴冠式に結婚式もあるので、他国の王族、貴族も来ているとか。この国はグラナティスほど広くはない。城は真ん中。城から端まで行っても馬で一日かからない。そのため、にぎやかになるのは式の一日前。他国の者はそれ以上かかるから、セリア達のように早めに来ている者もいる、と父が話していた。

 白いドレスが風にゆれている。女の人はじっと外を見て、動かない。猫か精霊でもいるのか。一昨日も猫の中に小さな精霊がいた。

 セリアも足を止め、同じ方向をじっと見る。見るが何かいるとは。もう少し上なのか、とぴょんぴょん飛んでいた。それでも何も見えない。

 もどりたくはないが、部屋にもどろう、と歩き出そうとすれば、ぶつかった。

「え?」

 目の前には白い布。そんなものはなかった。顔を上げると、女の人がセリアの前に立ち、見下ろしている。

「ごめんなさい」

 前を気にせずにいた。頭を下げる。

 女の人は何も言わない。頭を上げると変わらずセリアを見下ろしている。

 紫色と目が合った。

「あの?」

「ここにいたのか」

 背後からの声にびくりと背を震わせる。

「探したよ。とても、心配した」

 男の人が女の人に駆け寄り。両親より若い。

「この子は」

 男の人はセリアに気づき、じっと見て。

 なんと言うべきか。失礼しますと言って、部屋にもどればいいのか。母の渡してくれたウサギはラシーヴィに。もどるのが遅ければ、アルーラがさがしに来る。母の魔法もあるが、かしんするな、と言われていた。

「どうした?」

 伸ばされてくる細く白い手。セリアの頬に触れた手は冷たい。思わず身を引いた。

「このお嬢さんが気に入ったのか?」

 女の人は何も答えない。ただセリアを見て、手を伸ばしている。

「お嬢さん、妻の話し相手になってくれないか。妻は体が弱く、人見知りもしてあまり人と話さない。お嬢さんのことは気に入ったようだ」

「え」

「少しの時間でいい」

 笑顔で言うが、目が怖い。

「あの、わたし」

 無意識に一歩下がる。

「さあ。おいしいお菓子も用意しよう。何か欲しいものがあれば、話し相手となってくれたお礼に」

 男の人の手も伸びてくる。白い手袋をした手。その手から逃れようと、さらに下がる。

「仕方ない」

 男の人は左右を見て、息を吐きながらセリアに手の平を向けて。

 魔法。思ったがどうすればいいかわからず、声が出ない、動けない。

「逃げな」

「うわっ」

 新たな声と男の人の驚いた声。女の人の声は相変わらずしない。兄達のいる部屋の方向には男女が。逆方向に走った。


 走って、走って。誰かに会えば助けてもらえる。でも、あの男の人の仲間なら。

 ここでねらわれることはない。何かあれば国の問題になる。だがセリアを知らない者なら。

 走っても走っても誰にも会わない。さすがにおかしい、とセリアも気づき、足が遅く。

「おかしいね」

 声にびくりと再び震える。恐る恐る後ろを見ると、そこには誰もいない。

「これは、もしかしたら」

 頭上から声。見ると、何かが飛んでいる。

 くるくる回り、廊下に着地したのは、空色の鱗をした小さな竜。

「空間を作って、閉じ込められた?」

「空間を作る? クロノスがいるの」

「おや、クロノスを知っているのかい。残念だがクロノスはもっと緻密ちみつな空間を作る。これはクロノスの足下にも及ばないよ」

 竜は長い首を左右に振っている。

「それなら、母さま?」

「母さま? 母親は空間を作れるのかい?」

「クロノスほどのはできないって」

 以前話していた。共通の知り合いがいるのなら敵、ではないだろう。

 竜は翼を動かし、セリアの顔をじっと。

「な、なに?」

「お嬢ちゃんの母親って」

「セレーネ」

「セレーネ、セレーネの子かい」

 竜はセリアの周りをくるくる。

「母さまを知っているの?」

「知っているよ。グラナティスって国の王の妃だろ。白髪で薄紫の瞳。お嬢ちゃんの瞳と同じ色。もしかして、お嬢ちゃんはあの時の赤ん坊かい。大きくなったねぇ」

 くるくる。セリアは首を傾げた。

「おや? お嬢ちゃん一人? そのセレーネは」

「母さまはこの国の女王に頼まれたことを片付けに。父さまはこの国の人達と話し合い。わたしは兄さまと弟と一緒にいたんだけど」

 一人で大丈夫だと、部屋を出た。誰かと一緒なら、こんなことには。じわりと涙が。

「とにかく、今はここから出ることだね。空間っていうのは作り主の領域だから」

「りょういき?」

「作った奴の自由にできるってこと。さて、どうやって出ようかねぇ」

「出られないの?」

「出口では作った奴が待ち構えているだろうね。もしくはお嬢ちゃんが疲れるのを待っている。壊せれば一番いいけど」

 竜はセリアの左肩にとまる。

「魔法なら使えるよ。力加減ができないから、あまり使っちゃだめって。でも危なくなれば」

「それで壊せればいいんだけど。魔力を使い切ったところで……というか、お嬢ちゃんはなんであの男に狙われているんだい」

「わからない。妻の話し相手、とか言っていたけど」

「話し相手ねぇ。相手の狙いがわからない以上、無駄に使わないほうがいい。お嬢ちゃんがいないって気づけば、兄や弟が探すだろう」

「でも、兄さまに魔力は」

 アルーラも。魔力がないのに気づいてくれるのか。いないことに、もどってこないことには気づいている、はず。騒ぎ出せばこの国の魔法使いも動く。それまでに母が帰ってくれば。

「セレーネが何もせずに行くわけない。何か護りの魔法をほどこしているんじゃ」

「うん。わたしをまもってくれる結界の魔法をかけているって。何かあればすぐに来てくれるようになっていて。でも、かしんしちゃだめって。それにこの国にはケット・シーがいるから猫が見ていれば」

「なるほど」

 竜はセリアの頭に移動し、周囲を見回している。あと、ウサギのぬいぐるみ。あれもお守りの一つ。

「竜さんだけでも逃げられないの」

 この竜だけでもここから出られれば、助けを呼んでもらえる。

「残念だけど、戦う力を持っていないんだよ。さて、どうしようかね」

 セリアとしては一人でないことが心強い。しかも母の知り合い。体に入っていた力が、恐怖が少し薄れる。



 お手洗いに行くと言ったセリアがなかなか戻ってこない。

 国内の者同士、仲の良い者もいるのか、いくつかのグループになっている。

「アルーラ」

 ラシーヴィの手を引き、アルーラの元へ。ラシーヴィがあちこち行くので、レネウィは女の子の輪からのがれられている。

「セリア様、でしょう。遅いですね」

 アルーラも気づいていたようだ。

「セリアのことだから途中で猫を見つけて遊んでいる。追いかけて迷子」

「ありえますけど」

 考えているのか、アルーラは顎に手を当てている。

「見てきましょう。迷子になっても廊下には誰かいるでしょうから、尋ねれば」

 戻ってこられる。その前に一本道。

「殿下達は」

「うーさん」

「ラシーヴィ?」

 見ると、ラシーヴィが持っていたウサギのぬいぐるみがラシーヴィの手から離れ、とことこ歩いている。

 アルーラと顔を見合わせ、後をついていった。


 どこまで歩くのか。お手洗いまでの一本道にもセリアの姿はなかった。お手洗いも、レネウィが声をかけながらのぞいたが、いなかった。

 このぬいぐるみはセリアの居場所を知っているのか。ついて行けば会えるのか。

 セリアに何かあれば両親が悲しむ。レネウィが池に落ちた時のように。母は真っ青な顔をしていた、あんな顔初めて見た、とセリアは話していた。父も。痛いくらいに抱きしめられて。その日の夜は両親、妹弟達と一緒に寝て。気恥ずかしかったが、温かく、うれしかった。それからも父はひまを見つけてレネウィの部屋へ。母は余程がない限り、一緒にいた。

 エホノの姫が帰ってからはこれといった事件は起こっておらず、捕らえた魔法使いもエホノの者だったこともあり、エホノの仕業だったのでは、と臣下達がささやいているのを聞いてしまった。

 セリアが疑われ、クロノスという精霊に助けられ、イルヤの王女が去った後、父は母の名を怒鳴るような、悲しむような、そんな声で呼んでいた。あんな声、聞いた覚えがない。臣下を怒鳴ることはあり、その時はレネウィも父が怖いが、母を怒鳴る、ケンカをしている姿など。両親は「喧嘩ではなく、意見の食い違い」だとレネウィ達の前では。きんじゅ、とはよくないもの、というのは理解できた。

 ここはレネウィの国ではない。気をつけてくれてはいるが。

 とことこ歩いていたぬいぐるみは止まる。だがそこには誰もいない。なぜ止まったのか。

 ぬいぐるみは手を腰に構え、突き出す。

 レネウィには何をやっているかわからない。ラシーヴィは「う」と反応。

 ぬいぐるみは廊下に、くたっと。

 何をやったのか、やりたかったのか。ラシーヴィはぬいぐるみを拾わず、歩き出す。

「ラシーヴィ」

 レネウィは手を離さず。ラシーヴィは気にせず進む。

「ラシーヴィ、セリアをさがさないと」

「ねーさま」

 ラシーヴィにすれば走っている。セリアはラシーヴィに「姉さま、姉さまよ、ラシーヴィ」と教えていた。両親やレネウィがセリアと呼ぶから「リア、リア」と。ちなみにレネウィのことは、レネ。セリアほど兄様と教えていない。が、セリアが「兄さま、こっちは兄さま」と。

 ラシーヴィは進み続ける。その先に、

「セリア!」

 さがしていた姿を見つけた。

「兄さま、ラシーヴィ」

 セリアも気づいたのか、駆け寄ってきた。ラシーヴィはセリアに抱きつく。

「何をしていたんだ。戻ってこなから」

「ごめんなさい。空間に閉じ込められて。こわれたって言うから、母さまが帰ってきたの?」

「閉じこめられた? こわれた?」

 レネウィは首を傾げる。

「母さまが帰ってきたんじゃないの?」

「言っていた兄弟かい」

 セリアとは違う声。

「大人もいるから大丈夫だろう」

 セリアの左肩には空色の鱗の小さな竜。

「あなたは」

「知っているの」

 セリア、レネウィはアルーラを見た。

「以前に一度。それより何が」

「よくわからないの。知らない人に声をかけられて、魔法を使われそうになったから、逃げたら、空間に閉じ込められて」

「何かした、とか」

 レネウィは疑いの目を向ける。

「していません」

 セリアはぷぅと頬を膨らませている。

「魔法を使われそうになった時に、逃げろって、この竜さんが」

 助けて、一緒にいてくれた。

「母さまが空間をこわしてくれたんじゃなければ、誰がこわしてくれたの?」

「うーさん」

 ラシーヴィはアルーラの手にあるぬいぐるみを指している。

 何かしていた。レネウィには何をしているかわからなかったが。

「ウサギさん?」

 今は全く動かない。

「とりあえず、会場へ戻ります? それとも部屋」

「「部屋」」

 セリアと声をそろえた。



「……なぜ、ラベンダーがここに」

 アンスリウムに頼まれた、森の主の説得に成功。報告は後、夕食時に。そう考え、部屋に戻れば、ルセオを除く子供達とラベンダー・ドラゴンが一緒に。レウィシアは女王、アンスリウムと交渉中。

「娘の危機を助けてやったんだよ」

「危機?」

 ラシーヴィが駆け寄って来る。

「母さま、その手のものは」

 目ざといセリア。

「お土産のおやつ」

 手にしていた箱を持ち上げる。

「むう、わたしが困っていたのに、おやつを選んでいたの。町を見て回って、遊んでいたの」

「何があったかわからないけど、こちらも色々あって」

「色々って」

 むくれている。セレーネは背後を見て、手を振った。背後から出てきたのは、銀髪、青銀の瞳の美少女。

「サーリチェ、なんでここに!」

「リチェ姉さま!」

 それぞれ驚いている。

「森でばったり」

「私もびっくり。さわがしいな、と思って行ったら、セレーネ母さんが精霊と戦っていて」

「たおしたらだめなんでしょう」

 セリアは半眼。

「倒していません。説得のためどついていたというか、なんというか。まぁ、最終的には説得できたから、結果よし」

「それで、なぜサーリチェがここに」

 ラベンダーは鋭い目でサーリチェを見ている。

「見たところ一人のようだね。一人で出歩くのは危ないと」

「私はだめで、兄さんはいいの」

 サーリチェまでセリアのようにむくれている。

「まさか、話を聞いていたのかい」

 サーリチェは頷いている。

「詳しい話はお茶でも飲みながら。こちらもこちらで何かあったようですし」

 部屋にいるアルーラを見た。

 部屋に戻ってくる途中、お茶は頼んできた。レネウィ達が戻っているかはわからなかったが、いなくてもサーリチェから話を聞こうと。サーリチェと一緒に選んで買ってきたケーキもある。


 依頼は昼頃に終わった。セレーネが封じに来たと勘違いした森の主は攻撃してきた。話を聞いてもらうため、セレーネも攻撃。そこにサーリチェが。偶然会ったサーリチェを放っておくこともできず、理由を聞くのも長くなりそうなので、とりあえず、町へと戻ってきた。

 サーリチェは住んでいる場所から外へはあまり出ない。出ても小さな村に買い物。聞いたところ、そこでも美人の母娘おやこで有名になり、来るのを待っている人がいるとか。町を見て回るのなら、とサーリチェにヴェールを買い、菓子店を見ていた。

 テーブルに買ってきたケーキ、城で用意してもらった菓子とカップを並べていく。サーリチェは目を輝かせて見ていた。

「リチェ姉さまはなぜここに」

 用意している間にセリアが尋ねる。

「この町で事件が起きているって父さんが精霊と話していたの。まだ大事おおごとにはなっていないから、兄さんに行かせるかって」

「ということは、精霊も関わっているんですか。人だけならスカビオサは動きません」

 セレーネはそれぞれのカップにお茶をそそいでいく。

「えっと、父さんの話だと、精霊が何体か行方不明になっているって」

「小さい精霊だけどね」

 ラベンダーは早くもカップを持っている。

「あたしが様子を見に行くってことになって、来てみれば、そこのお嬢ちゃんが男とめていてね」

「揉めていた? とりあえず、先にサーリチェの話を済ませましょう」

 セリアとサーリチェは皿に好みのケーキや菓子を取っていく。ラシーヴィも手を伸ばしているが届かず、レネウィが「これ? 」と聞いて、取っていた。

「私でも解決できると見せようと」

「まさか、黙って出てきたんじゃないだろうね」

「……」

 答えない。

「ネージュさんが必死で探していますね」

 スカビオサは好きにさせておけ、となだめていそう。

「すぐに連絡しましょう」

 どう連絡するか。急いでいるなら精霊。考えに考えた結果。

「ウンディーネ」

 コップの水に呼びかけた。

 セリア達はお菓子を食べ、お茶を飲み。十分経ったくらいか。

『何の用です。今忙しいので』

 コップの水が噴き上がり、女性の形に。

『忙しい理由はあの子じゃない』

 セレーネはサーリチェを見た。ウンディーネもセレーネの視線を追う。

『サーリチェ! サーリチェ』

 ウンディーネはサーリチェの傍へ。

『探していたのですよ。シルフ、ノームまで呼ばれて』

「うわぁお」

「母さま、何を話しているの。あれは」

「あれは水の精霊ウンディーネ。シルフ、ノームも呼び出して、サーリチェを探していたみたい」

「精霊の頂点ともいえる三体を使うとは、さすがだね」

「それだけ必死なのでしょう。サラマンダーを呼ばなかった理由はわかります」

 真面目に探さないし、炎の傍でないと見つけられない。

『ウンディーネ、ネージュさんかスカビオサにここにいると連絡を取りたいのですが』

 ウンデーネはサーリチェに詰め寄っていた。

『わかりました。ネージュはとても心配しています』

 出てきたコップの中にするりと戻る。レネウィとセリアは目を丸くし、ラシーヴィはきゃっきゃっと喜んでいた。

「帰されるの?」

 サーリチェはがっかり顔でラベンダーを見ている。

「さあね」

 ラベンダーは器用にフォークを使いケーキを食べる。

 再びコップから水が噴き上がる。今度は人の形はとらず、円形に。

「サーリチェ!」

 水から響く必死な女性の声。

「サーリチェ、あなた今どこに、何をしているの、心配しているのよ」

 珍しく焦り、早口。いや、親なら当たり前。止まらない言葉。

「落ち着け」

 落ち着いた男の声。

「一人ではないのだろう。ウンディーネの話では、ラベンダーとあいつが」

「セレーネ、そう、セレーネと一緒だと。どういうこと」

「落ち着け、一人じゃない」

「スカビオサの言う通りですよ。落ち着いてください。ネージュさん。私と子供達も一緒です。今はお茶していますよ。ねえ」

「セレーネの言う通りだよ」

「一緒です」

 ラベンダー、サーリチェが返す。ほう、と息を吐く音。円形の水面はサーリチェの方向。顔は見えないが、安心したのだろう。

「私もここに用があり、来ていた所、ばったり」

「そう。よかった。でも、サーリチェ」

「説教は帰ってからにしたらどうだい。ここにはセレーネの子供達もいる。この子達は何も知らない、悪くない。それなのに近くで聞かされ続けたら」

 再び息を吐く音。

「そうね。そうするわ。もう、心配したのよ」

「ごめんなさい」

 サーリチェは項垂うなだれている。

「帰らないと、だめ?」

「そもそも、どこにいるの。なぜ、そんな所に」

「いるのはイルヤ。父さんの話を聞いて。兄さんじゃなく、私でもできることを見せたかったから」

「カイはもうあちこちに出ているのですか」

 ラベンダーに尋ねた。

「修行も兼ねてね。だがそんなに出ていないよ。やることも簡単なもの。封印の見回り、精霊の確認。ウンディーネかシルフがついている。もしくは別の精霊が。手に負えないと判断したら、付いている精霊が強制的に家に送る」

「カイは十一歳、でしたか。十一で」

「スカビオサは十の年にはあちこち行っていた。そこであんたの父親に会った」

「魔力が大きいので力押しできなくはないでしょうけど」

 子供でも自分の身に危険が迫れば無意識に魔力、魔法を発動。辺りは。精霊の護衛も同じ。

「帰らないと、だめ?」

 サーリチェのしょんぼりした声。

「いや、いたければいろ」

「スカビオサ!」

 ネージュの叫び声。セレーネは嫌な予感。

「ウンディーネを護衛につける。足りなければシルフも」

「あの、スカビオサ」

「ラベンダー、引き続き調べろ。何かわかれば、そいつに」

「スカビオサ! 今回私は王妃として来ています。丸投げされても」

「何も出てこないかもしれないだろう」

「そんなことないでしょう。怪しいと思ったから誰かに下調べを頼んだ。ラベンダーが来ましたが」

「退屈しのぎにね。来てよかったよ。美味しいお茶を飲めて、セレーネの娘も助けてやった」

 ラベンダーはカップを傾けている。

「お前が来ていなければ、サーリチェの魔力によりその町は」

「脅しですか」

「わかった。ラベンダー、何かわかればサーリチェに。本人もその気で行った」

「さらに脅すんですか!」

「あ、あの、私なら大丈夫。父さんの言う通りだから。セレーネ母さんの迷惑には」

「そういうわけにはいきません。見たところ何も持っていないようですし。私と会わなければどうなっていたか」

「あ」

 サーリチェは手ぶらの自身を見ていた。八歳でこの美貌。一人で歩いていれば。

「なら、面倒見てくれるのだな」

「ふぐぅ」

「帰ってきたければ、魔法かラベンダーに乗って帰ってくればいい」

「スカビオサ、これ以上セレーネに迷惑かけるのも」

「サーリチェは自分の意思でそこへ行った。違うか」

「……父さんの言う通り」

「それならやれるだけやってみればいい。さいわい面倒を見てくれる者はいる。サーリチェがサポートしても」

 つまり、子供同士遊んで、セレーネにその面倒を押し付ける。

「力の小さな精霊がそこら辺で行方不明になっている。体も小さいから、魔法使いに捕まった可能性、もしくは契約、したかもしれないが」

 小さな舌打ち音。体が小さく、魔力も小さい精霊は珍しい動物として見られ、売買されることも。姿や声がよければ、観賞用に高値で。力の大きな精霊を捕らえるのは難しいが、小さなものは。そして気まぐれな精霊もいる。シルフ、ケット・シーのように。

「何体かわかります?」

「わかっているのは五体。最近姿を見ていない、と精霊達が囁いていた。捕まっておらず、そこから遠く離れた地へ移り、連絡が取りにくいだけかもしれないが。そこは人も行方不明になっているのだろう。念のため。五体のためにシルフ、ノーム、ウンディーネを使い、探してくれ、と言うのも」

 サーリチェは。……ネージュが頼んだのか。冷静になれば、スカビオサに聞けばすぐ居場所はわかる。ネージュもわかるはず。それだけ混乱していた。

「わかりました。こちらで調べるだけ、調べてみます。ですが、ここへ来たのはグラナティス王妃としても来ているので」

「なるほど、何か面倒ごとを押し付けられたな。そこで、サーリチェに会った、か」

「詳しいことは聞かないでください。ネージュさん、ウンディーネにサーリチェの着替えを。あとシルフは寄越さないでください」

 ウンディーネとシルフ。もしサーリチェに何かあれば二体によりこの国は沈められる。

「「いいの?」」

 母娘の声が揃う。サーリチェは嬉しそうに。ネージュは困惑をにじませ。

「ええ。すぐに帰すのも。精霊の件はやれるだけやってみますが、私のいる間に解決、わからなければ」

「カイも送るか」

「スカビオサ!」

「何度脅すんです」

 セレーネはうんざり。カイにも精霊がついてくる。シルフなら断った意味がない。

「解決できなければ、こちらで引き受ける。それでいいだろう」

「当たり前です。まったく」

 ネージュと同時に息を吐く。

「ごめんなさい、セレーネ。荷物はすぐに送るわ。少しの間、サーリチェをお願い。ラベンダーも」

「ああ。といっても護衛はウンディーネがやるんだろ。あたしは情報収集」

 セレーネは宙に浮いている円形の水に近づき、水面の向きを変える。水面にはネージュのうれい顔。さらに近づき、

「ホームシックになって、一日二日で帰るかもしれません」

 小声。

「私としてはそちらが迷惑かけずに済むから」

「いや、面白がって、五日六日と」

「それはスカビオサの希望でしょう」

「セレーネ達はどのくらいそこにいるの」

 戴冠式は明後日。翌々日には帰る予定。話が上手くまとまれば。

「五日、くらいでしょうか」

「わかったわ。それじゃあ用意するわね。サーリチェ、迷惑かけないように」

「はーい」

 元気の良い返事。宙に浮いていた水はコップへ。セレーネは上げていた腰を下ろす。

「さて、お待たせ。セリアは何があったの」

 忘れていたのか「あっ」とセリアは声を上げた。

「えっと、お手洗いに一人で行ってもどろうとしたら、女の人がいて、庭をじっと見ていたの。そうしてたら、男の人が来て、女の人に話しかけて。けど、女の人は何も答えず、わたしに手を伸ばしてきて。とても冷たい手をしていた」

「冷たい手」

「そうしたら、男の人が気に入ったのか、とか妻は体が弱くて、人見知りして人とあまり話さない。話し相手になってくれないかって、手を伸ばして。怖くなって、逃げようとしたら、魔法? を使われそうになって」

「そこへあたしが現れたってわけだ。お嬢ちゃんはおびえているように見えたし、何かしようとしていたようだからね。顔を翼ではたいてやったよ」

「それで逃げていたら、空間作られて、閉じこめられたって」

「空間を作った? それはまた、腕のいい魔法使いがついていたのか、どちらかが魔法使いだったのか」

 そこらの魔法使いにできる魔法ではない。

「この竜さんと一緒に閉じこめられて、どうしようか困っていたら、突然空間がこわれたから、母さまが帰ってきてくれたと思ったんだけど」

「近くに誰か」

 控えているアルーラを見た。

「いませんでした。こちらもセリア様の帰りが遅いと、レネウィ様と相談していたところ、ぬいぐるみが動き出したので、ついて行くだけでした。もし、どこかの部屋、もしくは陰に隠れていたら」

 気づかない。魔法で目を誤魔化した、というのも。

「母さまじゃなければ、誰がやったの」

「セレーネ、だろ」

「え、でも母さまは」

「いなくてもできるようにしていた。違うかい」

「うーさん」

 ラシーヴィはウサギのぬいぐるみを片手に。

「何かあっても大丈夫なように、そのウサギのぬいぐるみに魔力を込めた核を埋め込んでいたけれど。まさか、空間を作られるとは」

「え、じゃあ」

 セリア、レネウィはラシーヴィの手にあるぬいぐるみを見た。

「簡単な魔法も使えるようにしていたけれど、空間を壊すのに魔力すべてを使い切ったみたいね。そんなことなければ一年くらいは込め直さなくとも動いていたのに」

 また少しずつ込め直さなければならない。余裕のある時に核となる石に少しずつ魔力を込めていた。

「名前とか呼んでいなかった」

 セリアは首を左右に振る。

「女の人は赤茶髪に紫色の瞳で、白いドレスを着ていた。男の人は緑の髪、だったような」

「うーん、私達の他にもあちこちから来ているから」

「何かあるのかい」

「女王の交代と結婚式。そのためここへ来たんです。まぁ、本命は森の主、ですけど」

「どういうことだい?」

「この地と近隣では行方不明者が多数出ているのはラベンダーも知っているでしょう。この地にはワーウルフの伝説があり、ワーウルフのせいでは、と勘違いした者が狼狩りをしたようで、森の主が怒り、森へ入れないように」

「なるほど。あんたになんとかしてくれ、と。元気だったかい、エントは」

「元気でしたよ。条件付きで許してくれました。後で女王に詳しい報告をしないと」

「あたしも後で会いに行こうか」

 セレーネの愚痴ぐちをラベンダーに話し、それをラベンダーが話す。想像できる。

「話を戻しますね。その後は」

「部屋にもどって、じっとしてた」

「誰か訪ねて」

「来ていません」

 アルーラは首を左右に振っている。

 部屋で大人しくしているところにセレーネが帰ってきた。

「男の人は話して、女の人は話さなかったの?」

「うん」

「手は冷たかった」

「うん。目も、なんていうか、ぼんやりしていたような」

「ぼんやり」

 セレーネは顎に手を当て、

「何か心当たりが」

「あるにはあります」

「え」

「アルーラもあるのでは」

「おれも、ですか」

 アルーラは腕を組み、考えている。セレーネは真っ先に疑った。

「ここはイルヤ。近くには」

「近隣……あ、シーミ」

「正解です。ですけど、セリアがわかるかどうか」

「調べれば遠くの国でもわかりますよ。隠さない限り」

 隠していればグラナティス国内で怪しまれる。あら捜し、醜聞は貴族にとっては退屈しのぎ、話題の一つ。

「シーミ。前に言っていた? えっと、シーミの王子が」

「それはもういいの。終わったこと」

「終わったのに、ねらわれるの?」

 セリアは小さく首を傾げ、セレーネを見ている。

「う、ちょっと因縁というか、なんというか」

「シーミは力のある者を欲しがっていたんですよ。その頃うちは国内でごたごたしてて。セレーネ様に力があるとわかると、最初は口説くどいていましたが、実力行使されまして」

 アルーラは小さく肩をすくめる。

「あとはセリア様も知っての通り、陛下がさらわれたセレーネ様をシーミまで迎えに行って、取り戻した。のですけど、シーミの王子はしつこく、諦めなくて」

「最後には諦めてもらいました」

「ぼこぼこにしたの」

「どこでそんな言葉を」

 間違ってはいないが。セレーネは眉間を揉み、アルーラは乾いた笑い。

「当時の恨み、でセリアを狙った。もしくはセリアをシーミに」

 何もわからない赤子ならともかく、自我はしっかりある。二の舞もいいところ。もし、そうなら相当しつこい。

 調べたところ、シーミは取り戻していた地を再び取られ、以前より領土は小さくなっているらしい。

 もう一つ。考えたくはないが、そうなれば行方不明の理由も。

 コップから水がゆっくり湧き出る。今度は人の姿をとり、サーリチェの傍へ。ウンディーネの手には荷物。ネージュが用意した着替え。荷物を置くと、サーリチェの影にとけるように姿を消す。

「明日からは私もいます。サーリチェが傍にいれば……魔力の制御は」

 ラベンダーを見た。

「訓練中」

「……つまり、サーリチェもセリアと同じ」

「スカビオサが半分ほどに封じているよ」

「それでもセリアより大きいでしょう」

「すべて封じるわけにはいかないからね。成長と同時に少しずつ解いていく。あんたも昔やっていただろ」

 セレーネは大きくはなかったが、少量の魔力で上手く魔法を扱えるように。

「猫でもつけてもらいましょうか」

「猫?」

 サーリチェは首を傾げている。

「ケット・シーがいるの。一昨日だけど猫に囲まれて」

「ケット・シー、ケット・シーがいるの? ここに」

 セリアは大きく頷いている。

「リチェ姉さまは精霊に囲まれて暮らしているのでしょう。見たことないの?」

「ないない。すべての精霊を知っているわけじゃないから」

「サーリチェの寝る場所はどうするのです」

「う~ん、レネウィかセリアと一緒。大人用の寝台だから、子供二人が寝るくらい」

「えっ」

 発言したレネウィが驚いている。

「私はこのソファーでいいよ」

 サーリチェは座っているソファーをぽんと叩く。

「だったら、ぼくがこのソファーで寝ます。サーリチェはぼくが使っている寝台を」

「ここでいいよ。寝る場所とか考えずに来たから」

「少しは考えてきな。どうせお金も持ってきていないんだろ。食べ物とかどうするつもりだったんだい。そこらのものでも食べるつもりだった? 変なもの食べればどうなっていたか」

「……ごめんなさい」

「わたしは一緒でもいいですよ」

 広い部屋には寝室が二つ。一つはレウィシアとセレーネ、下二人の子供が使い、一つはレネウィ、セリアが

「セリアの寝相が悪くなければ」

「悪くありません」

 セリアはぷう、と頬を膨らませている。

「それにしても、さっきのレネウィ」

「ええ」

 セレーネとアルーラは小さく笑う。

「ぼくがどうしたんです」

「シアに、お父様に似ているなぁ、と」

「それは、父様の子供ですし、母様もよく」

 似ている、と言っていた。

「父さまが兄さまくらいの年に何かしたの」

「いえ、そうではないんです。反応が同じで」

 アルーラはまだ笑い続けている。レネウィ、セリアは首を傾げ。

「おれ達は一年間ヴィリロにいた頃がありまして。ある日、夜遅くまで話していて、セレーネ様は寝る、といきなり床に」

「自分の家です。床だろうと物置だろうと、庭、屋根でも寝られます」

「やね」

「ここで寝るな、寝るなら部屋へ戻ってから、もしくは寝台で、と陛下はセレーネ様の肩をゆすっていたのですが」

「眠気に負け、ばったり」

「陛下は寝台に運ぼうとしたんですが、そうなると陛下の寝台は。おれの、ガウラの寝台どちらか譲るかと、無言で考えていたんですが、バディド様もばったり。もういっそのことここで全員で寝ますか、と言ったら、陛下はさっきのレネウィ様と同じ顔をしていたんですよ」

「私はそのあたりは覚えていないけれど、まぶたが落ちる寸前、シアの困ったような、照れているような、なんともいえない顔は覚えていますよ。そこがレネウィに重なって」

 年は違うが。

「結局、枕と掛け布団を持ってきて、全員床で寝ました。次の日、体が」

「私は平気でしたよ。バディドも慣れていなかったのか、翌日体が、と四人揃って」

「母さまって」

「セリアと同じ寝台でいいのなら、ここで寝なくても」

「かまいません」

 サーリチェははっきり頷く。

「夕食を頼んでこないといけないですね」

 一人増えた。

「セレーネ様がいるのなら、おれが行ってきます」

「お願いします」

「では」とアルーラは部屋を出て行く。

「カイをここへ、と言っていましたけど、魔法と剣の腕は」

「魔法は力押し、カイも魔力はあるから半分に封じている。剣はまだまだだね」

 ラベンダーは首を左右に振っている。

「それなのに一人で来させようと」

「さっきも言ったが誰かつける。それに少しずつ慣らしていかないと。いきなり、行け、は無理だろ」

「ですね」

「セリアも魔法を勉強しているんでしょ」

「力加減ができないから、あまり使うなって」

「部屋を丸ごと焼く、水浸みずびたしにしたら、セリアの部屋はなくなるわね。そうなったら部屋の修理が終わるまでレネウィの部屋」

「ああやっておどすの」

「本当のことです。ここで魔法の見せ合いはやめてね」

 二人の手加減なしの魔法を見せ合っていれば。

「私も同じ。家で魔法は禁止って。もっと幼い、制御が効かない頃は家に魔力封じの魔法かけてた」

 カイ、サーリチェの大きな魔力を感情のまま使う、暴走されたら。

「でも、魔法で遊びましょう」

「さっきまでやめてって言っていたのに」

「攻撃魔法はね。解く魔法をやりましょう」

「とく?」

 サーリチェ、セリアは首を傾げている。

「ここに買ってきたお菓子があります」

 セレーネは袋からクッキー、アメ、チョコを取り出し、三つに分ける。二つは魔法をかけ、

「はい、できた。解ければこのお菓子は食べられます。解けなければ食べられません。別々の封印をしたから、解呪の方法も違います。好きなほうを選んで、解いてください」

 セリアは菓子に手を伸ばすが、菓子に直接触れられず。菓子を包むように球形に封じてある。二人は触れて球形とわかり、手に取る。

「レネウィはこっち。今日、サーリチェと町を歩いていて見つけて、面白いと思って買ってきたの」

 セレーネの片手に乗るくらいの箱。その中に菓子を入れ、蓋をして箱に触れる。

「からくり箱、ひみつ箱といって、この模様みたいなのが動くの。正しい位置になれば蓋は開く。はい」

 レネウィへと渡す。

「その箱はレネウィにあげるから、正しい位置を覚えたら、中に何か入れておく、部屋に飾る、好きに使って」

 レネウィは箱をじっと見ている。

「私は正しい位置を覚えていないから、開けられなければ中のお菓子は大変なことに」

「母様」

 呆れているのか。

「セリアなら、やっていられなーいって、魔法使って壊すかもしれないわね。ただの箱だから剣でも壊せるわよ」

「こわさず開けます」

 レネウィは真剣な表情で箱を見ている。

「ちなみにセリア達のは魔法で壊そうとしても壊せません。きちんと解かないと」

 サーリチェは壊せるだろうが、部屋の一部が焦げる、かも。

 ラシーヴィには家族で町を回っている時に買ってきた、飛び出す絵本を読んでいた。


「俺の目がおかしいのか。子供が一人多いような」

 部屋に戻って来たレウィシアはルセオを片腕に抱えたまま、ソファーにいる子供達を見ている。

 レネウィは仕掛けを一つ一つ動かし、セリア、サーリチェは封印を解こうと。ラシーヴィはレネウィ、セリア達を行ったり来たり。

 ルセオはセレーネへと手を伸ばしてくる。

「ええ。レウィシアには黙っていたんですけど、あの子は」

「サーリチェ」

「早いですね。私の隠し子、とでも言おうと」

「ばればれだ」

 レウィシアは笑っている。セレーネはルセオをレウィシアから受け取る。

「ルセオは大人しくしていましたか」

「時々むずがられたが、レグホーン殿が相手をしてくれて」

「女王とアンが押し付けましたか」

 女王の息子であり、アンスリウムの兄。交渉の場にいても邪魔するな、黙っていろ、話すな、と押し付けたのだろう。余計な話をされては、まとまるものもまとまらない。

「どうです。交渉は」

「なんとか。それで、なぜサーリチェが」

「いるのはサーリチェだけじゃないんですよ」

「父親、はこないな。カイ、か」

 レウィシアは部屋を見回している。

「はずれです。正解は」

「お久しぶり」

 セレーネの頭にとまるラベンダー。

「ラベンダー」

 レウィシアは目を丸くしている。

「覚えていてくれたのかい」

「一度会えば忘れません。それでサーリチェがいるのと関係が」

「偶然、でしょうか。サーリチェは私とばったり。ラベンダーはセリアとばったり」

「どういうことだ」

「どちらから話しましょう」

 レネウィ達とは別の、窓際の小さなテーブルへとレウィシアを招いた。


「つまり、サーリチェは親の話を聞き、自分の実力を見せ付けようと、身一つで出てきた」

「両親には連絡とりました。父親に押し付けられたようなもの。面倒ごとと一緒に」

「ラベンダーが来た理由は、精霊が行方不明のため調べに」

「ええ」

 脚の長い小さなテーブルにはお茶の入ったカップ。ラベンダーはテーブルの上でカップを傾け、セレーネ、レウィシアはそれぞれ脚の長い椅子に。子供では足が床に届かない。

「そしてセリアとばったり。娘がお世話になったようで」

 レウィシアはラベンダーに頭を下げる。

「それにしても、その男は」

「シーミの王族関係かとアルーラと話していたんですけど」

「隠していないからな。調べれば」

 容姿はすぐにわかる。実力をためそうと魔法を使ったのかもしれない。空間はやりすぎだが。

「子供達の前でははぐらかしたけど、他にも心当たりがあるんじゃないのかい」

「さすが」

「シーミの他に」

「あるにはあるのですが、こちらは。ですが、もしそうなら、行方不明にも説明がつきます」

「禁呪、か」

 レウィシアは声を小さく。子供達は手元に夢中。ルセオはまだ理解できない。

「蘇生」

「蘇生?」

「もしかして、生き返らせたって言いたいのかい」

 ラベンダーも声をひそめる。

「空間を作るほどの魔法使いがついています。この国、近隣の者なら猫に気をつけることも知っているでしょう。誰にも気づかれず」

「蘇生と行方不明、どう関係が」

「正規の方法は生き返らせたいと強く想っている者の命を代償とします。しかし、そうでない場合は他人の命。ただ、他人の命では長く動けません。動いても、喜び、悲しみ、怒りといった感情はなく、温もりも。そこにいるだけ」

 生き返らせたい者になんの感情も持たない者の命を使っても。

「会っていないので、なんとも言えません。本当に体が弱く、気分が悪かったのかもしれません」

「もし、生き返った者だとしたら、なぜセリアに」

「……魔力、でしょうか」

「それなら、もっとでかいのが傍にいれば」

 レウィシア、ラベンダーと揃ってサーリチェを見た。

「蘇生、時間、不老不死。これらはいつの時代でも求める者が出てくる」

「関係する書物は処分しているんですけど。確か、数百年前にも不老不死の実験をしようとして、国ごと滅んだ、とか」

 ほとんどが魔法として成功しないが、五百冊に一冊は成功するのではないか、というものが。

「ああ、サラマンダーの棲み処だよ。あそこも五百年前、いやもう少し前か。その時代は緑豊かな国だった。だが当時の王が不老不死を望み。失敗して砂だらけの地に」

「馬鹿なことを」

 レウィシアは苦々しそうに。

 そんな実験をしなければ今も国としてあったかもしれない。だが人は挑み続ける。自分は成功するのでは、と。

 レウィシアはセレーネの背をぽん、と叩き、笑みを向ける。

「ウンディーネがついているんだろ。サーリチェに何かあれば黙っていない」

「ウンディーネも、ですが、サーリチェも黙ってやられませんよ」

 国自体が危うい。押し付けたとはいえ、両親も黙っていない。

「そうならないよう動くのが、俺達の役目、だろう」

「ですね」



「……セレーネの子、じゃないわよね」

 夕食の席、アンスリウムはサーリチェを見て。

「全然似ていないから、当たり前だろ」

 兄は遠慮なく。

「知り合いの子です。森の件は解決しました。もう一度こんな真似したら二度と入れない、だそうです。ただし、森のものが迷惑をかければ別。その場合は必ず知らせる、と。狼達はいまだ気が立っているので、森の奥には一ヶ月ほど足を踏み入れるな、中ほどまでなら許可する。奥まで踏み入り、何かあっても責任は持たない。そうです」

「わかりました」

 女王は重々しく頷いた。アンスリウムは兄を睨んでいる。

「まさか、とは思うにゃ、その子供は」

 ケット・シーは離れた床からサーリチェを見ている。

「スカビオサの子」

「にゃっぱりぃぃぃ」

 二本の尾をぼふん。

「ついでにウンディーネが護衛についている」

「にぁぁぁ。沈むにゃ、にゃにかあれば沈められるにゃぁぁぁ」

 ラシーヴィ、ルセオはケット・シーの混乱を見て笑っている。

「ウンディーネ。ウンディーネってあの水の精霊の」

「ええ」

「そんな子と知り合いなの」

 アンスリウムは目を丸くしている。

「ケット・シー、頼みが二つ」

「にゃぁぁぁ」

 聞きたくない、とばかりに首を大きく左右に。

「一つはセリアに猫をつけてください」

「猫?」

 アンスリウムは首を傾げている。

「今日、会った男の人に怖い目に遭わされそうになったようで。少しの間、と目を離したこちらの責任もあるのですけど」

「ケット・シー」

 アンスリウムの鋭い声。

「わかったにゃ。今晩中に話してしっかりものを送るにゃ」

 この国の者なら猫がついていれば下手に手出ししないだろう。護衛にならなくとも、鳴いて周りに知らせ、聞いた猫がケット・シーかセレーネに。

「もう一つは、ラベンダーに協力してあげてください」

「にゃ? ラベンダー? ラベンダーとは、あのラベンダー・ドラゴンにゃ?」

「その通り」

 窓からサーリチェの肩へ。

「にゃ、にゃんでラベンダー・ドラゴンまで」

「小さな精霊がこの辺りで行方不明になっているらしくてねぇ。調べに」

「え、精霊まで」

 アンスリウムと女王は顔を見合わせている。

「人に捕まった、契約した、かもしれないけど、大きくならないうち、念のために、ね」

「この地ならラベンダーより詳しいでしょう。猫の情報網を使って」

「わかったにゃ。今晩の話し合いの場に来てくれにゃ。精霊の一大事とにゃれば」

 決まれば夕食。

 女王はラベンダーと気が合ったのか話し、セレーネはレウィシア、アンスリウムと。兄はレネウィに。この国はどうだ、楽しいか、あんな美人な子がいるのなら、うちの貴族の子供なんて、と笑っていた。サーリチェはケット・シーを膝に抱え、にこにこ。抱えられたケット・シーは体を硬くしていた。


 翌朝、ケット・シーに頼まれ、部屋に来たのは、右は水色、左は金色の瞳の白猫。セリアははしゃいで白猫を抱いていた。

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