第37話

「本当に」

「ええ、本当です。目撃した者にも一緒に来てもらっています」

 クラシー姫の発言に玉座の間は騒がしく。最近は騒がしくなる事件が続いている。

「そんなことはしない」

「陛下はそう思いたいだけでしょう。しかし、私は実際に攻撃されたのです。そして、それをこの者達も見ていた」

 姫の背後には城の使用人が三人。レウィシアを見ると、頭を下げる。

「本人の話も聞きたい。ここに連れて来てくれるか」

「陛下」

 ユーフォルの困惑した声。

「俺は信じている。あの子がそんなことするはずないと」

「……わかりました。私がお迎えに」

「ああ」

 ユーフォルは部屋を出て行く。見張りにつけていた者の話も聞くために。

 玉座の間は控えている臣下達がこそこそ、ざわざわと。


「父さまがお呼びだと。なんです」

 ユーフォルにともなわれ、現れたセリア。

「母さまに魔法を教わっていたのに」

 その手にはウサギのぬいぐるみ。

「すまない。聞きたいことがあって。午前中は何をしていた」

「午前中はお部屋にずっといました。あまり出るな、と父さま、母さまが言うので」

「そうか」

 言いつけを守って。

「父さま?」

 セリアは小さく首を傾げている。

「見張りの者もはっきり見ていないそうです。突然、姫の悲鳴が聞こえたと」

 ユーフォルはレウィシアに耳打ち。

 距離をとって見張っていたのだろう。ばれないよう。こんなことなら、何かあったら困る、と兵を傍につけておけば。

「我が国の姫を傷つけておいて、白々しい」

「なんのことです」

 冷たい発言をしたクラシー姫の臣下を見るセリア。

「とぼけるおつもりですか。私もこの者達も見ているのですよ。姫に怪我をさせ。これは問題ですよ」

 セリアはわかっていないのか、きょとん。

「廊下を歩いていたら、突然セリアが現れ、姫に向けて炎を放った。姫は左手に軽い火傷を負っただけで済んだが」

「だけ、ですと。我が国の姫を傷つけておいて。先ほども申しましたが、これは問題です。どう責任を取るおつもりです」

「知りません! わたしはずっと部屋にいました。母さま達に聞けば」

「娘でしょう。母親として、かばうのは当たり前」

「本当に知りません。わたしはずっと部屋にいました」

 セリアはウサギのぬいぐるみをぎゅっと抱き締めている。セドナから贈られたものよりは小さい。腕のぬいぐるみはもぞもぞ動き、セリアの頭を撫でている。セレーネの魔法か。

「見ている者もいたのに。どういう育て方をしたのか」

 レウィシアは両手を強く握る。大半はセレーネに任せていた。

「王子の将来も心配ですね。別の方に任されては」

 責任を取り、姫を迎えろ、と言いたいのだろう。

「レネウィ王子の件もあなたがやったのでは」

 姫はセリアを見ている。優しげな微笑みを浮かべて。

「魔法が使えるのでしょう。それなら池を深くしたのも」

「やっていません!」

 セリアは、きっと姫を睨んでいる。

「怖くなり、言えないのでは。大事な大事な第一王子。あなたより大事にされているから」

「父さま、わたしは何も知りません。やっていません」

 今にも泣き出しそうな顔でレウィシアを見ている。

「それとも、父さまはわたしがやったと。この人の言うことを信じるの」

「セリアを信じている。しかし」

 両方の言い分を聞かないと。

「……信じてないのね」

「そんなことは言っていない、思っていない。セリアのことは信じている」

「それなら我々が嘘を吐いていると。目撃者もいるのですよ」

 セリアを信じているが、どう嘘をあばくか。

「母さまなら、信じてくれるのに」

 こらえ切れなくなったのか。セリアの瞳からは涙が。

「信じないとは言っていない」

 玉座から立ち、セリアの傍へ。

「泣けば済むと。その涙も本物かどうか」

 姫の臣下が聞こえよがしに。

 セリアはレウィシアから離れるように。

「セリア」

「信じてくれない父さまなんて嫌い!」

「セリア」

 レネウィの声。見ると部屋の入り口にはレネウィとセレーネ。ラシーヴィ、ルセオはいない。

「兄さま、母さま」

 セリアは二人に駆け寄り、セレーネに飛びついた。

「母さま、父さまったらひどいの。わたしは何もしていないのに」

「どうしたの? 何があったの」

 セレーネもレネウィも困惑している。

「我が国の姫を魔法で傷つけたのですよ。全く、どのような教育をしているのか。ああ、王子が誤って落ちた池も」

「していません。わたしは何も」

 セリアはセレーネにしがみついて泣いている。セレーネはセリアをなだめ。レネウィも「妹はそんなことしません」とかばっている。当たり前の光景。なのに、違和感が。

「セレーネ?」

 セレーネはレウィシアを非難するような目で見ている。

「セリア、レネウィ、離れろ!」

「え?」

 レネウィはきょとん、セリアはびくり、と小さく肩を震わせている。

「誰だ、お前。セレーネじゃない」

「「え」」

 レネウィはレウィシアとセレーネの姿をしたものを交互に見ている。セリアはじっと見上げ、

「母さまじゃ、ないの?」

「セリアにはどう見える」

 レネウィは動かず、セリアは傍でじっと見上げている。セレーネの姿をしたものはセリアのれた頬を優しくぬぐって。

「セリア」

 傷つけた。レウィシアの言うことを聞かないのも頷けるが。もしセリア、レネウィを傷つける者だとしたら。

「母さまに見える。でも」

 セリアはちらりとレウィシアを。

「お父様に酷いことを言われたのでしょう。いえ、疑われたから、辛かった」

 優しくセリアを撫でる姿はセレーネそのもの。

「疑っていない。セリアのことは信じている。セリアの口から話を聞きたかっただけ。だから、セリア」

 膝をつき、自分の元へ来い、と両腕を広げる。

「我々を疑うのですか。それなら相応そうおうの責任を取ってもらいますよ」

「父さまはあの人がいいの? 母さまより好きになったの? だからわたし達がじゃまになったの? ヴェルテ姉さまも男は若い美人に弱いって」

 何を吹き込んでくれている。

 ぷっと小さく噴き出したのは、セレーネの姿をしたもの。

「わたし達、追い出されるの?」

「セリア、お前達は大事だ。セレーネのことは誰より愛している」

 いつものセレーネなら「なに恥ずかしいことを言っているんです! 」と言い返してくる。

「追い出されても行く所には困らないわよ」

 セレーネの姿をしたものは笑顔。レネウィは「え」と驚いている。

「この前行ったリーフト、イザークの船、ヴィリロ。ああ、スカビオサの家も。あそこは誰も来られないから」

「来られない?」

「スカビオサが入らせないようにしているの。だから精霊以外はあそこに辿り着けない」

「そんな所にどうやって行くの?」

「それは秘密」

 人差し指をたて、唇にあてている。

「どこに行きたい? どこへでも行ける」

「セリア! だまされるな」

 再びセリアの肩が小さく震える。

「……もし、行くのなら、わたしと母さまだけ?」

「いいえ。お父様以外、レネウィ、ラシーヴィ、ルセオも。ここにいれば危ないから」

 セレーネの姿をしたものが笑顔で見たのは、クラシー姫達。

「何が言いたいのですか」

「失礼な」

 二人は口々に。使用人はうつむいている。

「もし、セリア達が出て行くのなら、父様も一緒に行く。それに、出て行けとは口が裂けても言わない。エホノと仲が悪くなっても」

「陛下!」

 声を上げたのは控えていた臣下達。

 もし、仲が悪くなる、国交断絶しても戦になるわけではない。こちらから攻める理由は……レネウィのことがエホノの仕業なら。

 攻めてくる、攻めるにしても距離がある。エホノにしても、グラナティスにしても不利すぎる。エホノと仲の良い国から仕入れているものの値は上げられるかもしれないが、取引停止にまではならないだろう。

「母さまじゃ、ないの」

 セリアは再び見上げている。じっと。

「どうして、そう思うの」

「父さまが、母さまじゃないって言うから。父さまは母さま大好きで、まちがわないから」

 まっすぐにセリアは見続けている。

「う~ん、どうしてばれたのかな? 何が違うんだろ。何から何まで同じだと思ったんだけど。それとも愛ってやつかな」

 セレーネの姿をしたものは首を傾げている。

「母さまは、どうしたの」

 それはレウィシアも知りたかったこと。だが、それより、

「セリア、こちらへ」

 セリアは迷うように。レネウィも動いていない。

「君のお母さんなら、世界を護りに行っているよ」

 一瞬静まる場。

「は? 世界。はは、これはこれは」

 クラシー姫の臣下は笑い、姫も小さく笑っている。

「あれ? 君達は笑わないの? てっきり笑うのかと」

「うそ、ついたの」

 セリアは顔を歪め、見上げている。

「ううん、本当。でも話が大きすぎて笑われるかと。あの人達みたいに」

 見たのはクラシー姫と臣下。

「ヴェルテ姉さまとカーバンクルから母さまの大かつやくは聞いています。世界をまもっていると言われても笑いません」

 セレーネの姿をしたものは目を丸くし、

「そうか。くく、さすがセレーネの子。そしてヴェルテ」

 楽しそうに笑っている。

「どんなことをしているの。そしてあなたは? どうして母さまの姿をしているの」

 セリアは興味津々。レウィシアは気が気でない。

「どんなことからしている、から答えよう。それと、そんなに心配しなくても大丈夫。危害は加えないよ。そことは違って」

 見たのはクラシー姫達。

「魔獣の封印だよ」

「封印?」

「その魔獣はとても危険な魔獣なんだ。ぼくは生まれた瞬間を見た。その魔獣が暴れれば、どうなるかも視た。危険と判断して、仲間達とすぐに封印した。その封印をしに行っている。数年に一度、封印し直さないといけないのは」

「知っています」

「うんうん。それで今がその時。なのにさぁ」

 はぁ~と盛大に息を吐いている。

「ここもごたごたしているんだろ。セレーネは渋って。世界の危機と家族の危機、どっちが大事って聞けば、家族って即答された。君達がとても大事なんだね」

 セリアの頭を撫でている。セリアは嬉しそうに。

「封印強化しに行っている間、ぼくが君の家族を護るからってなんとか説得して。あ、家族といっても子供だけ。君は入っていない」

 レウィシアに向かい、追い払うように手を振っている。

「そう言ったからには、しっかり護らないと。戻ってきた時に何されるか」

 再び、はぁ~と息を吐いている。

「母さまが怖いの?」

「怖い、というか、頼みを聞いてくれなくなるのが困るというか。本来ならスカビオサの一族の仕事なのだけど、あそこは一人、じゃないか。子供二人いるから、三人。あの子達も大きくなれば」

「わたしは」

 セリアはセレーネの姿をしたものの服をつんつんと引いている。

「……」

「母さまもやっているのでしょう。だったら、わたしは」

「血族で選んでいるわけじゃないんだ」

 苦笑している。

「心の強さ、とでも言うのかな。そういうので選んでいる。あ、もちろん魔法の腕もね。それゆえ、慎重になるんだ」

「どういうこと?」

「さっきも言ったけど、本来はスカビオサの一族の仕事。彼らはその封印している魔獣の番人でもあった。そんな彼らの数が減った。このままでは封印は弱まるばかり。そこで腕のいい魔法使いに協力を頼んだ。腕がいいだけでは、もちろんだめ。私欲のない者。どんな場面でも冷静に対処できる者を」

「しよく?」

「そうだな。封印を任せるのは選ばれた者といっていい。慢心、天狗になる、言い触らされても。逆に封印を解かれても困る。だから私欲のない、秘密を守れる、度胸に根性。ま、言っていたらきりがない。そういう魔法使い達に代々頼んできた」

「母さまは、その条件にあっていたの?」

「うん。ばっちり。日々魔法の勉強しているだろう。あれは腕が落ちたら困るからだよ。今、封印に携わっているのは三人。子供二人が成長したら、彼らにもやってもらう。彼らは協力ではなく定め、なんだ」

「さだめ」

「そう、君のお兄さんが国王になるように、ね。決まっていること」

 セリアとセレーネの姿をしたものはレネウィを見た。

「わたしでは、できないの」

 セリアはしゅん、と。

「それはなんとも。強制したら、ぼくが君のお母さんに怒られるよ。ぼくを怒れる人なんてそういないけどね~」

「だったら、わたしもがんばって勉強する」

「頑張れ~」

 軽い口調でセリアの頭をぽんぽんと。

「番人代わりに精霊を置いている。もし解こうとするなら、そいつらがばくり、か遠くへ、ぽい。根性つけて、どんな精霊がいても平常心でいられるようにね」

「……」

 リーフトでは精霊にさらわれかけ、怖い思いを。精霊にすれば、ふざけていただけだと、セレーネは言っていたが。

「封じている魔獣にしたら、精霊も人もその他の魔獣も関係ない。精霊もこの世界に生きている。人と同じに、ね」

「そんなに怖い魔獣なの」

 セリアはぬいぐるみをぎゅっと胸に。

「ああ、封印が解ければそこにいる精霊もかなわない。サラマンダー、ノーム、シルフ、ウンディーネでさえも。知っている?」

「精霊の頂点だって、母さまが」

「教育が行き届いているなぁ。その通り。だから必死になって封じている。なぜそんなものを大地が生み出したのか。知らない者は鼻で笑うか、笑い話で終わる話。現実味がないから、御伽噺おとぎばなしとでも」

 セリアは頭を左右に振っている。

「母さまはその封印をしに行っているの」

「そう。ついでにそれは君のお母さんが君のために作っていった。君が暴走すれば、君のお兄さんが止めてくれるけど、念のため。クマのぬいぐるみは弟達のため」

 セリアは胸に抱いているウサギのぬいぐるみを胸から離し、見ている。ウサギのぬいぐるみはセリアに見られ、首を傾げていた。

「お前は誰だ。セレーネの知り合いだろうが」

 子供達を傷つける存在ではないのだろう。

「ごめんね。ぼくの本来の姿はとても目立つんだ。それに人に捕まるわけにもいかない。捕まったら、精霊とスカビオサが来て、どかん」

「精霊なの?」

「正解。この姿が気に入らないなら、変えようか」

 セレーネの姿がぼやけ、背が高く、体格も。

「これは君達のおじいさん。セレーネの父親。あれ、引いているね。大きいと引かれるのかな」

 レウィシアより背は低いが、体格は似ている。セリアは二歩ほど下がっていた。

「だったら、こっちなら」

 再びぼやけ、小さく。

「これはおばあさん、だね」

 おばあさんにしては若い。セリアと同じ髪と瞳の色の女性。セレーネの母。

「同じくらいがいいなら」

 さらに縮んでいる。子供の姿。髪や瞳はセレーネの父親と同じ色。気弱そうな表情。レネウィより年上だが幼さが残っている。

「それは誰?」

「君達のおじさん」

 声も、高い子供の声。

「バディドおじさま?」

「違う違う。バディドは従弟いとこ。セレーネの弟だよ」

「でも子供の姿。おじさまなら大人に」

「この子の時間はここで終わった。だからセレーネの記憶はこの姿までしか覚えていない。今となってはぼんやりとしか覚えていないだろうね」

 意味に気づいたのか、セリアは黙る。

「とはいえ、君の弟」

「ラシーヴィ? ルセオ?」

「末っ子。大きくなれば、こんな姿だよ。瞳と髪の色は違うけど」

「……ルセオが大きくなればこんなになるの」

 セリアは再び近づき、じっと見ている。

「なるよ。あ、ぼくが言ったことは内緒ね。セレーネには大きくなってからのお楽しみ、ということで」

「内緒なの?」

「そう、ぼくと君達との」

 セリアは嬉しそうに頷いている。どこまで守れるか。そして、それを知ったセレーネは。

「さて、この姿もお気に召さないようだから、元に戻ろう。父方のおじいさんでもいいけど、背は高いし、体格もいいからね。君達の父親のように。怖がられそうだ」

 姿はセレーネの姿に。

「クロノス」

「覚えてくれていたのか」

 セレーネの姿をしたものはレウィシアを見た。

「知っているの? 父さま」

「ああ。以前に一度だけ」

 あの時もセレーネの父や母の姿に。

「それなら、この姿もわかるだろう。ここは人が多い。誰が見聞きしているか」

「聞かれちゃいけないの」

「ぼくは特殊な精霊だからね。欲に目がくらんだ人間からすれば」

 未来を知っている。過去を変えられる。代償も必要だが。

「ぼくは戦うすべを持たないんだよ。まぁ、軽々と避けられるけど」

 未来がわかるのなら。

「さてさて、何の話をしていたのだったかな」

「父さまが若い女にゆうわくされて」

「いない」

「君が疑われているのだったね」

 クロノスはセレーネと同じ笑みを作り、セリアを見ている。

「君はやっていないよ」

 ぽんぽんと、セリアの頭を軽く。

「そんな得体の知れないものの話など」

 姿を変える度、姫達は小さく声を上げていた。臣下も驚いていたが声を上げるほどは。色々あったから、慣れもあるのだろう。

「王子を池に落とし、毒をもった者は帰して、この国にはいないよ。城中に知れ渡ったからね。ばれる前に帰した」

 クロノスが見ているのは姫達。

「池を深くした魔法使いはまだいるけど。ふふ」

 何がおかしいのか。

「その火傷は自分でやった。魔法の炎でその程度では済まないよ。魔法使いの魔法を見ればわかると思うけど。セレーネまだしも、加減のきかないこの子がやれば、左手だけでなく腕丸々。彼女は自分で自分を傷つける限界がそれだった」

 レウィシアも何度も見ている。特に魔法の加減ができないセリアなら、軽い火傷で済んだのは。

「何を」

「目撃者は金で買収した。あと、王妃になれば相応の地位、使用人の中で偉い地位を与えてあげるって言ってね。部屋を調べてごらん。大金がある。金額や隠している場所も当ててあげようか」

 姫の傍にいる使用人は真っ青。金額や隠し場所も合っていたのか、さらに青く、その場にくずおれたり。

「勝手なことを言わないでもらおうか! 姫はそこの娘に攻撃された。何を証拠に、そのような。我が国を愚弄ぐろうする気か!」

「あはは、謝るなら今のうちだよ。君達、誰を敵に回したかわかっている」

「なんだと」

「バンクル商会は知っているよね。海のことなら詳しく、どこも味方にしたい相手。今やあちこちに顔が利く。この国も、君達の国も少しは関わりがある」

 イザークの船。海賊だったが、今では荷運び専門の仕事を。他の商船より早く、なにより海に詳しい。

「あそこの頭とこの国の王妃は仲がいい。向こうは娘のように思っている。もし、ここや君達に酷い目に遭わされた、と言えば」

「ふ、ふん、そんなはったり」

「本当だけど。まぁ、急に取引停止にはできないだろうから、徐々に。もしくは値を上げられるかもね」

「バンクルしょうかい?」

「船に乗っただろう。君はカーバンクルに気に入られたから、カーバンクルに泣きつけば。大抵のことは頭が決めるけど、カーバンクルにも発言力はある」

「どこかの海にいるから、いつでもおいでって」

「それが気に入られたってことだよ。カーバンクルも欲深い人間に狙われている。だから契約者に護ってもらう。そして、そうそう人前に姿を現さない。仲間以外は。あと、ヴェルテとも仲がいいのだろう。彼女もある意味顔が広い。敵に回せば」

 彼女の薬で助けられたのは何度か。今回も。

「まぁ、筆頭はヴィリロだろうね。隣国だから完全に手は切れないけど。グラナティスは広い。二国だけの取引でもやっていけないことはないだろう」

「勝手なことは言わないでくれ。わかって言っているだろう」

 グラナティスとエホノは離れている。この二国だけで取引など。イザークに手を切られれば。ヴィリロを通らせてもらえないなら、さらに遠回り。損しかない。

「セリアのことは信じている。セレーネ以外を迎える気はない。エホノと手を切ろうとも」

「陛下!」

 控えている臣下の悲鳴のような声。

「そんなことを言っていいのかい」

「減らしても補えるよう、手は打っている。セレーネがいたから俺は今、この場にいる」

「いなければこの国はまだ戦中、だよ。君の叔父が勝っても、あの体では長くもたなかった。後継もいない。それなら自分が王に、という者が出てくる。そして近隣の国も黙っていない」

 叔父は体を作り変えた。そのせいで長くはもたなかった、と言いたいのだろう。そして国内は不安定。さらに王がいないとなれば、戦が長く続けば、近隣の国は少しでも領土を広げようと。

「ん? いや、君がなんとかヴィリロまで逃れて、セレーネと会っていれば今と同じようになっていたかも」

「結局、セレーネと会わなければ、俺は」

「言わずともわかっているだろう。子供達とも会うことはなかった。ヴィリロは巻き込まれていい迷惑。ぼくはセレーネがぼくの手足になってくれていれば」

 心底残念そうに。

「手足?」

 セリアは首を傾げている。

「ぼくの代わりに厄介ごとを片付けてほしかったんだよ。セレーネはヴィリロにいると思っていた。義務で結婚して、義務で子供生んで。それが、君達の父親に惹かれて、取られて。スカビオサはネージュに取られるし。ぼくが会わせたとはいえ、はぁ、上手くいかない」

「……」

「だけど」

 それまでのふざけた口調とは、がらりと変わる。雰囲気も。

「出会うべき者は必ず出会う。どんなに遠く離れていようと、邪魔をしようと、過去を変えていようとも」

 つまり、セレーネとはどんな形であろうと出会い、今のように。

「というわけで、すべてはあの人達が君達や君達の母親を排除して、その後に収まろうと、企んだことだよ」

 何が、というわけか。話が繋がっていない。

 クロノスはその場から三歩下がる。何が、と見ていると、それまでいた場所に突然セレーネが。

「母さま」

 セリアが飛びつく。

「セリア?」

「や、お疲れさま。封印は」

「きちんと強化してきたけど。ばれたな」

「子供達にはばれなかったよ。ばれたのは君の旦那。なぜ見破られたのか不思議。というか、大丈夫?」

 セレーネの服はあちこち裂け、焦げ、顔には傷も。

「久々会った精霊達に腕は落ちていないだろうな、と勝負を挑まれて」

「負けた?」

「引き分けました。失礼な」

 セレーネは頬をぷう、とふくらませている。

「セリア? どうしたの」

 しがみついているセリアの頭を撫でているセレーネ。

「父さまが若い女のゆうわくに負けて、わたしをうたがったの」

「何度も言うが、負けていない。確認したかっただけだ」

 セレーネは冷たい視線。周りを見て、

「ラシーヴィとルセオは」

「「あ」」

 セリアとレネウィの声が揃う。セレーネの視線はクロノスに。

「大丈夫。しっかり護っているよ。部屋に一歩でも入れば別空間。今、その空間を一人、さ迷っている」

「つまり」

「うん、狙われてた」

 あっさり認めた。

「君を呼び出して、無防備な子供達を狙って、魔法使いが動いていた。君が子供を見ていなかったせいにしてね」

「ぶっとばす」

「ちなみに、その魔法使いは池を深くした犯人」

「死ぬより辛い目に遭わす」

「気持ちはわかるが落ち着け、セレーネ。ラシーヴィとルセオは無事なんだろ」

 レネウィは青い顔。兄であり、責任感が強いから。レネウィの傍に行き、大丈夫だと肩を叩く。

「無事だよ。護ると約束したからね。ぼくの作った出口のない空間をうろうろしているよ」

「作った空間?」

「君の母親に教わるといい」

「できるの」

「簡単なものは。誰かのように複雑なのは無理」

 セレーネは首を左右に振っている。

「それも鍛え方次第、だよ」

 クロノスはセリアに向かい微笑んでいる。

「変なこと吹き込んでないでしょうね」

 セレーネは半眼でクロノスを見ている。

「うん、何も」

 レウィシアすら見たことのない満面の笑顔のセレーネ。中身はクロノスだが。

「何か吹き込んだな」

「あはははは、これ以上追及されないうちに戻るよ。君も戻って来たしね。ああ、出口はここに作ろう。出てきた魔法使いは煮るなり焼くなり、好きにすればいい。君の子供達を狙った言い訳はされるだろうけど」

 出てきたところを捕まえろ、とユーフォルを見た。ユーフォルは頷き、控えているハロートの元へ。

「セリア?」

 セリアはセレーネから離れ、クロノスの元へ。一礼して、

「まもってくれて、ありがとうございます。わたし、いっぱい勉強するね」

 クロノスは目を丸くし、

「頑張って。成長した君に会える日を楽しみにしているよ。好かれると、ああなる」

 セリアの頭を撫で、セレーネを見て、笑っている。

「がっかりすることはないよ。君もセレーネの子。君は父親の血を色濃く継いだだけ。だから、それを抜ける、扱えるのは君だけ。君も頑張って」

 細い指で指したのは、レウィシアの腰にある剣。

 レネウィは「はい」と力強く返していた。

「じゃあね」

 姿がすっと消える。入れ替わるように、その場には黒ローブの者が。

 フードは頭からはずれ、顔はあらわ。四十代ほどの男。走っていたのか、息が荒い。

 セレーネはセリアの傍へ。

 男は周りを見て、一点で視線を止める。

「あなたの所の魔法使いですか」

「いいえ、知りません」

 クラシー姫の硬い声。男は無言。

 ハロートはレウィシアの傍へ。距離的に男に近いのはレウィシアとレネウィ。しかし魔法を使われたら距離など。

「この国の魔法使いでは。第一あのような得体の知れない者の言葉など」

 臣下は馬鹿にしたように。

「クロノス、でしたか。陛下はあのような得体の知れない者と付き合い、信じているとは。この国は」

「クロノスだと!」

 声を上げたのは魔法使いの男。

「どこだ、どこにいる」

 男は部屋を大きく見回している。

「どこにいる。クロノスが手に入れば、未来も、過去さえも変えられる。すべてを見通せる。魔法のすべてが、大陸の王になる術さえ。どこにいる!」

 気迫にされたのか、レネウィはレウィシアの服を握り、セリアもセレーネに抱きついている。姫とその臣下も引いていた。

「どこにいる、どこに隠した。ここにいる、ということは王族に関わっているのか」

 ぎらついた目はレウィシアをとらえる。

「その前に聞きたい。池を深くしたのは、お前か」

「知らんな。クロノスはどこだ。クロノスさえ手に入れば、つかえる必要がなくなる」

 男が見たのはクラシー姫達。

「教えないのなら」

 男はレウィシアから向きを変え、セレーネ達に。

「こうなるだけ」

 男の手がセレーネ達に向けられる。魔法か。セレーネはぼろぼろ、とまでいかないが、精霊達に勝負を挑まれたと。

 レネウィと一緒に一歩踏み出す。男は突然、体を折り。しかも呻いている。セレーネが何かしたのか。続いて吹っ飛んだ。

「ウサギさん」

 見ると、セリアの抱いていたウサギのぬいぐるみが動いている。

「さすが、ガウラ」

「ガウラ?」

 この場にいないのに、なぜガウラ。

「あのウサギのぬいぐるみにはガウラの動きを真似まねできるようにしてたの。クマはシアだから、別の人にしようと思って。さらに魔法も使えるように改良して」

 恐ろしいことを。

 男は床に倒れたまま動かない。ガウラは時に手加減しないことも。

「セリア暴走防止用。レネウィでも手に負えなくなったら、落ち着くまで結界を張って」

 セリアはむくれてセレーネをぽかぽかと叩いている。

 傍にいるハロートを見ると、警戒しながら男に近づいて行く。ウサギのぬいぐるみは役目を終えたのか、セリアの元へ行き、抱き上げて、といわんばかりに両手を上げていた。

「本当に、この魔法使いは知らないのですか」

 クラシー姫を見た。

「え、ええ、知りません」

 先ほどより勢いは弱く。

「連れて行け。詳しく話を聞き、身元も調べろ」

 息を呑むクラシー姫の臣下。

「正直に話していただけませんか」

 できるだけ冷静に。この者達がレネウィを。

 レネウィだけではない。セレーネも。レウィシアの大事な家族を。レウィシア個人としては剣を抜きたい。しかし、剣を抜けば国が黙っていない。

「ここで正直に話していただけるのなら、今まで通り」

「な、んのことです。取引を停止されて困るのは、そちらでは。こちらは近隣の国にも影響力はあります。私が一声かければ」

 気を取り直したのか、顔には徐々に笑みが。レウィシア側の臣下も騒がしく。

「失礼します。陛下、お客様が」

「客?」

 こんな時に。

「突然のご訪問、失礼いたします。わたくし、アンスリウム・セラフィ・イルヤ。今回伺ったのは」

 桃色の髪、水色の瞳。二十歳ほどの女性が丁寧に頭を下げる。

「見つけた。やっと、やっと」

 女性は早足。レウィシアを意味ありげに見ながら、

「会いたかったわ。セレーネ」

 セレーネの元へ。

「相変わらず、ぼろぼろね。今度は何をしたの。魔獣と戦った? それとも精霊?」

「母さまの知り合い?」

「母さま? 聞き間違い?」

「私の子」

「……」

 女性はセレーネとセリアを交互に見て、

「はぁぁぁ! どういうこと。グラナティスに嫁いだのは調べたけど、形だけでしょう。何人も妻がいて、その一人。王の護衛しているだけだと」

「……」

「この子一人?」

「あっちに上の子と部屋に下二人」

 セレーネはレネウィを指すと女性の顔も動く。

「四人も」

「だから言ったでしょう。グラナティス王の妃は一人」

 傍にいる青年は呆れたように。

「噂でしょう。あてにならないわ。本当にセレーネの子? 面倒見ているだけじゃ。それにその姿。夫婦喧嘩」

「セレーネ様をここまでの姿にできる人間がいるのでしょうか」

「母さまは世界をまもりに行っていた、てクロノスが」

「クロノス、クロノスがいたの!」

 女性は勢いよくセリアに迫る。セリアは驚き、セレーネに飛びついた。

「驚かせてどうするのです。すいません」

 青年は冷静に女性の後ろ襟首を摑み、引き戻していた。

「まだいるの」

「アンが来る前に帰りました」

「あー、もう。もう少し早く来ればよかったぁ」

 女性は地団駄じだんだ

「そ、そんなに珍しいの」

 セリアは少し引き気味。

「珍しいわよ。クロノスは時間と空間を操る唯一の精霊。未来を知ることも、過去を変えることもできる。知っている者なら誰でも欲しがる。人前に滅多に姿を現さない。レア中のレア」

 女性は悔しがっている。

「そんな精霊と知り合いなの? 母さまは」

「知り合い、だけど。一方的に現れて、面倒ごとを押し付けていくだけ」

 セレーネは遠い目。色々押し付けられたのだろう。

「クロノスだけじゃないけれど、契約していない精霊に頼みごとをする時は代償、代金を払わなければならないの。クロノスは誰とも契約しない。特殊な能力だから」

「セレーネの言う通り。誰も彼も未来を教えてくれ、過去を変えてくれってきたら、色んな意味で大混乱」

 簡単に未来がわかれば、過去をころころ変えられれば、現在は。

「笑わないの」

「何を」

「母さまが世界をまもっているって言ったこと」

「笑ってほしかったの? それとも信じられないから? どちらにしろ、笑わないし、信じているわよ。そう言われても不思議じゃない。そもそもの出会いだって、魔獣退治だもの」

「魔獣退治?」

「そ、うちの国でね、竜の姿をした魔獣が大暴れしていてね。うちの魔法使い、兵も役に立たない。困り果てていたところに颯爽さっそうと現れて、一撃で倒してくれたの」

 セリアは目を輝かせて聞いている。

「一撃で倒していません」

 セレーネは否定。

「記憶が美化されているんですよ」

 青年が補足。

「フェンリルも倒したんでしょ。噂で聞いたわよ」

「フェンリル?」

「これまた恐ろしい狼の魔獣よ。一日で町を簡単に滅ぼせる力を持っているっていう。シーミに封じられていたものを、どうしてセレーネが倒したのか不思議だったけど」

「シーミ」

「お、なにか知っている? 知っているなら教えて、教えて。これあげるから」

 女性はかがみ、セリアと目線を合わせ、紙包みを。

「アンスリウム様」

 青年は呆れたまま。セリアは受け取っていいのか迷い、セレーネを見ている。

「ヴェルテ姉さまから聞いたのですけど」

 受け取らずに。

「うんうん」

「シーミの王子が母さまによこれんぼして、連れ去ったって」

「セリア」

 セレーネの慌てた声。色々吹き込んでくれて。レウィシアは顔をしかめた。

「それで父さまが戦中なのに戦ほっぽり出して、シーミまで一人で母さまをむかえに行ったって」

「……そういえばシーミの顔だけはいい何番目かの王子が結婚式するとか言って、中止になったような。フェンリルはシーミが倒しただなんだと大嘘言い触らして。実際、フェンリルを目撃している人達もいたし。え、あれ、結婚相手、セレーネだったの。中止になった理由は詳しく明かされていなかったけど」

 女性はにやにやしながらセレーネを見上げてる。

「アンスリウム様、そろそろ本題を」

「そうね」

 女性はセリアに紙包みを押し付けると、立ち上がり、セレーネの真正面に。

「わたし一ヶ月後に女王になるの。それで戴冠式に出て欲しくて、グラナティスまで来たわけ。手土産もあるわよ。来てくれるのなら、こことも繋がりが持てる」

 女性は青年に手を出すと、青年は丸めた紙をその手に。はい、とセレーネに渡している。

「わたしが来て欲しいのはセレーネだけ。だけど夫婦で来てくれてもかまわないわ。近隣の国からも来るから、グラナティスの国王夫婦と知り合い、繋がりがある、と自慢できるもの」

「……」

「すいません。アンスリウム様は腹の探り合いは苦手で」

「正直者と言って」

 これほどはっきり言われると。

「戴冠式がついでで本命は別でしょう。何が本命です」

 セレーネはレウィシアを手招き。レネウィと一緒に傍へ行くと、渡された紙を渡してくる。

 見ると書かれているのは商品名と値段。手土産、グラナティスとの繋がり。取引するのならこの値で、ということ。だがそれにしては、

「ずいぶんな値だな。本気か」

 疑いたくなる。

「本気ですよ。詳しい話は戴冠式、国に来ていただいてから。上げても五十。それ以上は上げません。あちこちと商売、取引しているのでしょう。だったら他と差をつけないと。とはいえ、自国優先。不作、豊作時は話し合い。もちろん現女王の承認済み。最後に現女王と時期女王のわたしの名と印があるでしょう」

 言葉通り。二人の直筆の署名が。

「行かなければ」

 セレーネは女性、アンスリウムを見ている。

「その取引はなし。まぁ、これだけの大国、痛くもかゆくもないかもしれないけれど。そうね。来てくれるまで、まとわりついてやる」

「……」

「もしくは」

 アンスリウムは再び屈み、

「お嬢ちゃん達、うちに来たくない。こことは違うわよ。楽しいわよ」

 子供に狙いを変えた。

「行っていいの」

 食いついたのは好奇心旺盛なセリア。

「いいわよ。戴冠式が終われば、続けて結婚式。さっきも言ったけど、近隣の国も招待しているから来る。商売、国同士の繋がりが持てるわよ。こちらに繋がりがある、というのなら別だけど」

 最後はレウィシアに向けて。イルヤはシーミに近い。あの国から何か言ってこられてはいないが。近づきたくない相手。避けていた。

「結婚式。結婚するの?」

「ええ、こいつと」

 指したのは傍に控えている青年。雑な言い方。セリアも気になったのか、

「好きじゃないの?」

「王族の結婚は好き嫌いで決められないの。まぁ、私は選べたから、好みの顔で選んで、あとは自分好みの性格に」

「大喧嘩しましたけどね」

「そうね。それで別の貴族、臣下の男に選び直しては、となったけど。どいつもこいつも、わたしの言うことに、はいはい頷くだけの根性なし。で、わたしに正面きって、ぽんぽん言う根性のあるこの男にしたの」

「言うことを聞いてくれるのは、よくないの?」

「王がすべて正しいとは限らないわ。間違うこともある。その時に止めてくれる、正してくれる人でないと」 

 言っていることは正しい。

「わたしは選べたからいい方よ。国によっては生まれてすぐ決められる所もある。権力のある貴族、臣下とね。年は関係なし。それだけ王族の権力が弱いってことね。そして実権を握っているのもそいつら。ここは知らないけど、大体は国のため、ね」

 セリアはわかっているのか。レネウィは真剣な表情。

「この国の王子と姫が来てくれるのなら、皆目の色変えるわ」

「それは逆効果ですよ」

 セレーネまで呆れ。

「え、どういうこと」

「兄さまは幼い頃、女の子に囲まれて怖い思いをしたから、女の子に囲まれるのは苦手なの」

「セリア」

 レネウィは恥ずかしそうに。

「もう目の色変えて、飛びつかれていたか。でも大丈夫よ。女の子だけじゃない。この子狙いの男の子も来るから。そこそこ話して、入れ替われば」

 他国と繋がりを持てるのはいいが、嫁に来られたり、いかれたりすれば。臣下達は複雑そうな顔。

 レウィシアは持っていた紙をユーフォルに渡す。

「見ても」

 小さく頷く。一覧をぱっと見たユーフォルも驚いていた。そこまでして。何が目的か。

「損しているわね。わたしなんて今も子供から話し聞いて、情報仕入れているわよ。子供って聞いていないようで聞いているのよね。お菓子で懐柔かいじゅうできるし」

 セリアに渡したのは菓子か。

「わたしが子供の頃も王族だからちやほやされて、それとなく聞き出して、お母様、女王陛下に、こう言ってたんだって~と子供らしくげ口していたわ」

「付き合うほうは大変でした。置いていかれたことも度々たびたび

「あんたがトロかっただけでしょう」

「そんなことをしなくても、あれがいるのでは」

「あれは気まぐれなの。知っているでしょう」

 あれ? セリア、レネウィも首を傾げている。

「本当の目的を話してくれれば、行ってもかまいませんよ」

「セレーネ」

 何を、とレウィシアは名を呼ぶ。

「回りくどいことをするから」

「うっ」

 観念したのか、アンスリウムは息を吐いて立ち上がる。

「行方不明が、続出しているの」

「行方不明」

 セレーネは繰り返し、眉を寄せている。

「二ヶ月前くらいから。最初は女性が多かった。でも最近は老若男女関係なく。近隣も出ているけど、数はうちが一番。兵や魔法使いには昼夜問わず見回りさせている。最初は夜が多かったけど、これまた最近は昼夜を問わず」

「人攫いの仕業では」

「それも考えた。だとしたら、凄腕の魔法使いが何人かついているとしか思えない手際てぎわ。見回りしていた兵や魔法使いまで行方不明に。なにより、うちにはワーウルフの伝説があるでしょう。ワーウルフの仕業だと言う者まで出て」

「ありえません」

 セレーネははっきり。

「セレーネがそう言うなら、そうなのでしょうね。でも勘違い、先走った馬鹿で間抜けな兄がさらに事をややこしくしてくれたのよ」

 がつっと床を苛立たしそうに蹴っている。

「アンが女王ということは、あのお兄様は、王には」

「なれると思う」

 小さく肩をすくめ、鼻で笑っている。

「兄はワーウフルのせいかもしれないと狼狩りを始めた。不安な住人、兵を集めて。わたしも母も止めたわ。もっと調べてから動けと言ったのに。あんの間抜け、仕事増やしてくれて」

 余程腹立たしいのか、再び床を蹴っている。

「そして罰が下った。当たり前よね。罪のない狼達を狩ったのだから。兄にだけならよかった」

「つまり、他の者にも?」

「者。というか、うちで一番大きな森は知っているでしょう。季節になると、キノコ、木の実、狩り。狩り過ぎない程度、だけど。そこでしか採れない薬草も。その森に入れなくなった。入ろうとすれば精霊が出てきて、追い出すの。軽い怪我程度で済んでいるけど。森の主を怒らせたのよ」

「民も困っているのです。城の魔法使いでは途中まで進めても、それ以上は進めません。行方不明に森の主と二重に」

「しかもわたしの戴冠間近で」

 アンスリウムはこめかみを押さえ、顔を顰めている。

「二つをなんとかしろと」

「森だけでもなんとかして。これ以上頭の痛い件は増やしたくないの。兄は寝台から動けない。それだけが救いよ」

 セレーネは腕を組んでいる。

「森の主は本気で怒っていませんよ」

「えっでも、森に」

「入れない、軽い怪我人で済んでいるのでしょう。本気で怒っているのなら、帰さないし、軽い怪我で済みません。時間が経てば入れるようになるでしょう」

「どれだけの時間?」

「十年。もしくはそれ以上」

「待てるか!」

「アンスリウム様」

 落ち着けと青年はなだめている。アンスリウムは深呼吸を繰り返し、落ち着いたのか。

「理由は正直に話したわ。返事は明日、同じ時間に聞きに来るから。それまでに考えといて。夫婦で来るならこっちも用意があるから。セレーネだけだと……わたしか、女王陛下の部屋でも。とっととお兄様追い出そうかしら。そうすれば」

「宿取ります」

「どこもいっぱいよ」

「母さまが行くのなら、わたしも行く」

 セリアはセレーネの右手を引いている。

「ここに泊まるのでは」

「城下町に宿取ってる。商売するなら何が売れているか、流行している、価格なんかを見ておきたいの。仕入れのためにも。それと、女王になれば気軽に歩けなくなるからね。自由を満喫まんきつしたいのよ」

 セレーネに向けてウインク。

「付き合うほうは大変です」

 先ほども聞いた言葉。

「良い返事を期待しているわ。それでは、失礼します」

 優雅に一礼して、部屋を出て行く。

「本物か」

 姿が見えなくなってから、レウィシアはセレーネに。

「本物ですよ。二人で来たのではないでしょう。どこかに待機しています」

「母さま、ワーウルフってなに?」

「狼男、人狼、とでも言うのかしら」

「狼男? 魔獣、精霊」

「魔獣、かな。凶暴だから」

「それがあの人達の国にいるの」

「いない、はず。私が行った頃はいなかったし、いたとしても」

「しても」

 セリアの耳を塞ぐ。レウィシアを見て、レネウィを。耳を塞げ、聞かれたくない話。

 レウィシアはレネウィの耳を塞いだ。

「痕跡がない。ワーウルフならもっと痕跡を残すはず。例えば鋭い爪で、牙で襲われれば、悲鳴を上げられれば」

「誰かが気づき、飛んでくる。兵や魔法使いが見回っているのなら」

 セレーネは頷く。何の痕跡もない。鋭い爪や牙で襲われれば、その跡が。

「ワーウルフがいたのは三百年以上前。退治された、と文献には残っています。ですが」

「ですが?」

「人がワーウルフのせいにして、人を傷つける、さらう、というのは何度も」

 セレーネは小さく息を吐く。

「人の仕業だと思うんですけど。悲鳴も上げない。痕跡も残さない。魔法で人を操ることはできます。魔法をかけて、意のままに操り」

 連れて行く。

 セリアの耳から手を離す。レウィシアも離した。

「だが、なんのために」

「う~、考えられるのは禁呪、でしょうか」

 セレーネは顔を顰めている。

「きんじゅ、てなに?」

「使ってはいけない魔法のこと。大抵は代償、しっぺ返しがくるから、自分に返らない、代償を他人に押し付けている。もしくは実験台」

 レウィシアも顔を顰めた。子供に聞かせたくないが。セリアはいずれ。

「母さまは禁呪を知っているの」

「知っているけど、自衛のために、ね。使うことはしない。さっきも言ったけど、失敗すれば術が自分に返ってくるから」

「返ってくる?」

「セリアが放った魔法がそのまま、もしくは倍になってセリアに返ってくるってこと」

 セリアはウサギのぬいぐるみを抱く腕に力を込めている。

「でも、もし、あなた達に何かあれば」

「セレーネ!」

 使う、と言いたいのだろう。だが、セレーネの場合は正しい方法。自分を代償にして。

 そんなこと許さない、とレウィシアはセレーネを睨んだ。

「父様?」

「ごめんなさい。私が悪かったです」

 セレーネは寂しそうな笑み。その時がきたら、選ぶのは。

大袈裟おおげさな護衛をつけるのは、やめてくださいよ。身動きとれなくなるので」

「何も言っていない」

「顔に書いていますよ。過保護って」

 セリアとレネウィはレウィシアの顔をじっと見ている。レウィシアは顔を顰め、セレーネは先ほどとは違って、楽しそうに小さく笑っている。

「あの方はお兄様が嫌いなのですか」

 レネウィは顔を曇らせて。

「本気で嫌ってはいませんよ。子供の頃から色々迷惑かけられて、巻き添えを食っていたから」

 レネウィだけでなく、セリアも首を傾げて。

「言っていたでしょう。勘違いで先走る、て。昔からそうだったの。こうと思ったら、それが正しい。だったらそれを実行する。例えばレネウィが真実を確かめもせず、噂だけを信じて動くってとこかな。さらにはそれにセリアを巻き込んで騒ぐ」

「今回の父さまと同じ」

「? どういうこと」

「同じじゃない」

 まだ根に持っている。

「女王陛下も第一子、しかも男だから甘やかしすぎたかもしれない。今からでもどこかにやって少しは厳しさを知ってもらいましょうか、と本気で悩んでいました。それを聞いた兄は妹に泣きつき、なんとか回避。成長しても変わっていないようですね」

 セレーネは思い出しているのか、苦笑。

「若い女王だな」

「二十三、四、ですよ。シアも治めていたでしょう。それに彼女は私と同じで、女王陛下の手伝いをしていました」

「同じ?」

「彼女も兄が王に就き、自分はその補佐を、と考えていたんですよ。ですが女王が次に選んだのは」

 彼女、アンスリウム。王の手伝い、という点ではセレーネに似ている。

「兄妹で王位争い」

「にはなりませんよ。誰がどう見ても彼女がしっかりしています。女王陛下も臣下もそれはわかっているようでした。言ったでしょう、アンは女王の手伝いをしていた、と。兄は真剣にはせず、臣下に任せていました。そして、こいつがやってくれたと馬鹿正直に」

「……」

「王族だからちやほやされていた、とアンが言っていたでしょう。兄も同じ。そして図に乗っていたというか、胡坐をかいていたというか。今回の件で彼女も堪忍袋かんにんぶくろの緒が切れたのでは」

「追い出されるのですか」

 他国の王族のことなのに、レネウィは心配そうに。

「う~ん、どこかの邸を与えられ、そこで大人しくしていろ、でしょう。生活できるだけは支給されるでしょうから」

「結婚していないのか」

「どうでしょう。アンはセリアぐらいの年に有力な貴族、臣下の中から五人選び、その中から本人、アンが選んだようです。初めて会った時は今と同じように従者のようにぴったりと。まさか彼がその婚約者だったとは」

 聞かされるまで知らなかったようだ。

「おそらく、兄も同じだと思うんですけど」

 はっきりとはわからないらしい。セレーネは顎に手をあて、小さく首を傾げている。

「悪い人ではないのですけど、思い込みが」

「二人だけなのか」

「はい。従姉妹はいましたけど。あの国は長子が王になります。現女王は下に妹が二人。誰が就いても女王になっていたでしょう」

「夫となる者も相応の身分の者、なんだな」

「ええ。ですが現女王は夫を早くになくされて。兄は覚えているでしょうけど、アンは全く。シアのお父様と似ていますね。色々言われたようですが、二人の子供がいます。誰も迎えず、一人、ではないですけど、国の頂点に」

 確かに、父に似ている点はある。

「従姉妹も女ばかりだったような。そんな中での男、ですから」

「甘やかされ、ちやほやされるな」

 レウィシアは苦笑。自分も甘やかされたのだろう。だが、図に乗る、胡坐をかくことはなかった。

 争いのない戴冠。

「私は行ってもいいですよ」

「一人で、か」

「条件はいいじゃないですか。というか、行かないと戴冠式ぎりぎりまで、ここで粘られますよ。戻っても毎日のように手紙が来ます。居場所がわかっているので」

「……」

「シアは明日まで考えてください。説得くらいなら大丈夫ですよ。アンのことだから、運がよければ行方不明も何か手掛かりを、くらい考えているでしょうね」

「それはそれで心配だ」

 セレーネのこと、余計なことに首を突っ込みそうだ。

「部屋に戻ります。大丈夫でしょうけど、いい加減ラシーヴィとルセオが」

「「「あ」」」

 レウィシア、レネウィ、セリアが声を揃える。

「ぼくが先に戻っていれば」

 レネウィはおろおろ。

「一緒に戻りましょう。なぜ二人がここにいるのかも、じっくり聞きたいですし。運動してお腹も空きました」

 運動というには。その話もじっくり聞きたい。

 セレーネはレネウィに左手を伸ばす。右手はセリアの手を握っている。

 レネウィはレウィシアを一度見上げて、セレーネの元へ。手を繋いで部屋を出て行く。

 セリアは色々セレーネに言う。セレーネに弱いことをよく知っている。子供は聞いていないようで聞いている。アンスリウムの言う通り。

 一つ息を吐き、玉座へ。

「陛下、これは」

 ユーフォルに渡した一覧を見ていた臣下が口を開く。

「余程困っている、頭を悩ませているのだろう」

 イルヤからグラナティスはリーフトと同じくらい離れている。方向は正反対。そうまでしてセレーネに頼みたかった。

「そして言葉通り、夫婦で出席すれば大国と繋がりがある、と近隣に知らしめることができる」

 その近隣にはシーミも。

「それにしてもこれは。破格すぎます。本当にこの値で取引してくれるのでしょうか」

「最低価格を示したのだろう。それ以上は下げられない。上げても言う通り、五十。自国優先は当たり前。れもしないのによこせ、とは言えない。そして本格的な交渉は向こうの国へ行ってから。考えたな」

 行かなければ交渉も何もない。そしてあの姫は自らの目でグラナティスの市場を見に行っている。どう交渉されるか。

「さて、まずは今まで放っておいたことを謝罪しよう。申し訳なかった。突然、妻の客の来訪で」

 目的はセレーネ。レウィシアは眼中になかった。子供の手懐てなずけ方もあちらが上。

「いえ、それより」

「ええ、私は娘を信じます。すべての取引停止は致し方ないでしょう。近隣も。しかしリーフトの王とは友人。手を引かれることはないでしょう。圧力をかけるのなら、責任はこちらにある。そちらと取引していたものは少々安くリーフトへ。もし販路拡大できたのなら、それもリーフトに回ることになるでしょう」

 停止になるのだから、送ってこない。こちらから送るだけは損。

 リーフトでイルヤのものを売れるようになれば。逆も。セドナは大喜びだろう。近隣にはないものを真っ先に売れる。運ぶのはイザークの船。あの船もイザークが頭でいる限り、見限られはしない。セリアはカーバンクルと仲良くなり、カーバンクルもセリアを認めている。発言力があるのなら、レネウィ、セリアの時代も。

 運び方も工夫、考えている。腐らないものはいいが、生ものなどは氷の魔法を使い運んでいる。どのくらい保つのか試している、とも会った時に話していた。動物など、その地域の生態系を崩すかもしれないものは運ばないとも。人身売買などもってのほか。わかった時点でその国に通報している。

「新たな国と仲良くなれそうだから、我が国は不要だと」

「そうは言っていません。こちらとしては今まで通りの付き合いをしたいが、そちらは納得しないでしょう」

 自作自演だとしても認めない。近隣に顔が利く、と言っていたが、どこまで利くか。臣下達も今度は黙っている。エホノ、その近隣がだめになっても、イルヤ、近隣と取引できるようになれば。そして提示した通り、ではないだろうが、それに近い金額なら、イルヤと取引したほうが余程。こちらも足下を見られるかもしれないが。

「近隣の国でないのが残念です。近隣だったら、今回の件、調べつくし、攻めた、滅ぼしたでしょう」

 感情のない、冷たい声。ぎょっとしている臣下もいる。しかし家族に手を出したのだ。それ相応の覚悟は。取り返しのつかないことになっていれば、遠く離れていようと。

「失礼しましょう。こんなに侮辱されたのは、初めてです。戻って、お父様とおじい様に話しましょう」

 クラシー姫は顎をつんと上げ、出て行く。取り残された使用人は姫を追いかけようと、

「待て、お前達の話も聞きたい。誰か別室へ」

 控えていた臣下の一人が使用人の傍へ。逃げようとしても暴れても兵がいる。

 観念したのか、三人は大人しく。

「陛下」

 臣下達は困惑顔。

「何か言ってくるだろうが、それは来てから対処しよう。今は明日の返事をどうするか。詳しい日程は明日、聞くとして。一ヶ月後に何か重要なもの、視察は」

 もし行くとなれば、グラナティスは出せるものをこれくらいの金額で、と示さなければならない。

 臣下達も切り替え、話し合い始めた。

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