第35話

「いよ、久しぶり」

 声をかけてきた男を見た。

「お前も来ていたのか。久しぶり、というが、二年ぶり、だろう」

 にやりと変わらぬ笑顔を見せるセドナ。

「細かいこと言うなって」

 気安く肩を叩いてくる。出会った頃と変わらない。

「一人、で来たんじゃないよな」

 レウィシアがいるのは邸の広い庭。グラナティスではなく、他国。グラナティスから離れた小国。セドナの国に近い。王族はレウィシアだけではない。セドナや他国の王族、貴族、商人の姿も。

 親睦、商売の幅を広げる、交流の場。

「ああ、どこか目の届く場所に」

 アルーラがついている。レウィシアの傍にはガウラ。

 会場のあちこちにテーブルが置かれ、立食。隅に椅子もあるので、座って話しながらも食べられる。テーブルの上には食べ物だけでなく、商人が持ってきた商品も。

「父様」

 さがし始めてすぐ響いてきた高い声。金髪、蒼い瞳の男の子と赤みがかった髪、薄紫の瞳の女の子が傍に。

「うぉう、いつか見た王妃様そっくり」

「娘、だからな」

 レウィシアは小さく笑う。

「息子のレネウィ、七歳。娘のセリア、六歳。こっちは知り合いのセドナ。リーフトの国王」

「友人と言ってくれ」

 セドナはレウィシアの脇をつつく。

「初めまして、ではありませんよね」

 レネウィは頭を下げ、セリアも。

「ああ、二年前に、な。覚えているとは」

 セドナはぐしゃぐしゃとレネウィの頭を撫でる。

「まだ下がいるんだろ」

「ああ、二歳と一歳の男が」

「はぁ~、お前のことだから、もう十人は子供がいるかと」

「結婚して九年だ。どうすれば十人など」

 四人の子供に恵まれた。

 レネウィが生まれた時は、ちょっとした騒ぎが。

 生まれて四日後にはヴィリロ国王と時期国王が揃って城を訪れ。早すぎる訪問にセレーネと二人して驚いた。セレーネが産気づいた時にレウィシアが慌てて手紙を出していた。それが早く訪れた理由。

 ひ孫を抱いたヴィリロ国王は幸せそうに。そして、

「陛下似でよかった」

「どういう意味です」

 セレーネは口を尖らせていた。バディドは笑い、たくさんの贈り物も。

 来たのはセレーネの友人も。

「絶世の美人を嫁にもらえます」とセレーネは笑いながら、来ていた子供二人にレネウィを紹介していた。

 同時に叔父の子を生んだ、という女性も来た。本物なら剣にさわれるはず。れさせて確かめようとしたが、剣を前に叔父の子だという一歳くらいの子供は大泣き。逆に生まれて数日のレネウィは静か。笑ってもいた。

 セレーネとも話していたが、叔父のあの姿ではオリヴィニと一部の魔法使いしか傍にいられなかったのでは、と。戦場にいた者は叔父の姿を知っている。レウィシアの姿でさえおびえていた令嬢達。叔父の、あの姿では。

 子守歌の練習をしていたセレーネの歌声を聞き、とりことなった者にさらわれる、という事件まで。

 セレーネはよく「シア似の女の子」と言っていた。おしゃれのしがいがあると。レウィシアをにこにこと見ながら。レウィシアとしてはセレーネ似だろうと自分似だろうと、男でも女でも、家族が増えるのならどちらでもよかった。心配していた精霊の力もなく。

「お前のところは」

 セドナの結婚式にはセレーネと一緒に出て、一日は観光。

「五つの息子と三つの娘。あと一人増える。どっちかは」

 小さく肩をすくめている。

「それで、王妃様は。二つと一つの子がいるんだよな。どっかに座っているのか」

「いや、セレーネは」

「別行動です」

 セリアははっきり。

「だから、父さまと兄さまは、がっかり?」

 例え方が違うと思ったのか、セリアは小さく首を傾げている。

「がっかり?」

「母さま達は今、町を観光しています。父さまも兄さまも、母さまと一緒に町を歩きたかったのです。え~と、へんな男に声をかけられたらどうする、と昨日話していました」

「「セリア」」

 レネウィと声を揃える。

「ほぉ~、相変わらず王妃様一筋か」

 セドナはにやにや。

「悪いか」

「いんや。それにしてもしっかりしてるな。さすが王妃様の子だ。息子の嫁にこないか」

「……」

「おーい、親子揃って、だんまりか」

「そういう話は何人も言われました。でも、セドナさまの国には精霊がいるのですよね」

「ああ。つーか、その年で、早くも縁談」

「兄さまも、ですよ。母さまは、父さまに似たから、もてもてよ、と」

 セドナはなんともいえない目でレウィシアを見てくる。

「なんなら娘を嫁に」

「いえ、大丈夫です」

「父親が断らず、息子が」

「そういうのは本人に任せている」

 背後から、ぶっと噴き出す声。

「兄さまは父さまと同じで母さま大好きだから」

「セリア」

 レネウィはセリアを睨んでいる。

「あ~、大人の話もつまらんだろ。おい」

 セドナはどこかに向かい声をかけた。来たのは、子連れの女性。

「オレの妻だ。覚えているだろ。こっちは友人のレウィシア。結婚式にも来てくれていた。大国グラナティスの王さま」

 軽い紹介。女性はレウィシアを見て微笑み、というか笑いをこらえている。何を話しているのか。

「悪いが、この子達も見ていてくれるか。しっかりしているから大丈夫だと思うが、念のため。大人の話はつまらんだろ。仕事の話も多い。それより、美味そうなもん見つけて、子供同士遊んでいれば」

 女性は頷くと「こちらへ」と手招き。二人はレウィシアを見上げている。

「行ってこい。レネウィ、セリアをしっかり見ていてくれ」

「はい。ではセドナ様、またあとで」

「父さまはわたしをなんだと」

 むぅ、とむくれていたが、セドナの妻について、テーブルを見ている。

「心配か。誘拐、はないと思うが」

 どこの誰だがばれなければ。子連れはレウィシアとセドナだけではない。庭のあちこち、目立たない場所に兵が配置されている。

「その前に一角が吹き飛ぶ」

「どっちだ」

「娘」

 宿を出る前にセレーネがお守りを渡している。

「これをつけていれば、何かあった時、結界が数分あなた達を護ってくれる。その間に誰か呼ぶなり、逃げなさい。お父様か私が駆けつけるから」

 レネウィにはブローチ。セリアにはペンダントを。

「わたしも作りたい」

「その前に魔力の使い方を覚えなさい。そうでないと作れません」

「そうだよ。この前も部屋を焦がしかけただろ」

「兄さま!」

「あらあら、初耳ね」

 おっとりと言っているが、目は笑っていないセレーネ。

「どうりで焦げ臭いと。魔法の練習をするなら訓練場へ行きなさいとあれだけ」

 魔法を使うな、とは言わない。使うなら何があっても大丈夫な訓練場に。人もいる。何かあれば。

 セリアは魔法に興味があるようで、魔法を習い。レネウィに魔力はなく、剣を。

「それはそうと、なんでさっき噴き出したんだ」

 セドナはレウィシアの背後、アルーラを見た。

「あ~、あれはですね。レネウィ様が何歳、だったかな。何歳かの時、大きくなったら母様、セレーネ様と結婚すると言われまして」

「ああ、あの事件か」

 ガウラも頷いている。

「子供のかわいい、他愛ない言葉。それなのに陛下はムキになり」

「子供と張り合ったのか」

 呆れた目。

「しかも周りも。うちの娘を、幼いうちに婚約者を決められては、とまあ、押し寄せてきまして。陛下の元だけじゃなくて、レネウィ様の元にも。幼いのに現実突きつけなくてもってくらい言われていましたよ。レネウィ様は泣いて、セレーネ様に数日べったり」

 セレーネもレネウィの味方をしていた。

 レネウィの遊び相手はセレーネが多かった。レウィシアも相手していたが。ガウラ、アルーラの子供達は遊び相手というには幼い。

 貴族、臣下がレネウィの遊び相手に、と言うので、城の一角を貸したのだが。三十分もしないうちに執務室に半泣きで駆け込んできた。セレーネは慌て、レネウィはセレーネに抱きつき。

 話を聞けば、うちの娘と仲良くしてくださいと、年の近い女の子ばかりか、大人にも囲まれ。

 後から使用人に聞けば、来ていたのは女の子ばかりで、レネウィと年の近い男の子はいなかった。

「かあさまは、ぼくのことすき?」

 セレーネに抱かれ、そんなことを。

「ええ。大好きよ」

 向けられる笑顔にむっとし、

「俺のほうがセレーネを愛している」

 レネウィはくしゃりと顔を歪め。セレーネには睨まれ、アルーラ、ガウラには呆れられた。

「ぼくも、だいすきです。だから、かあさまがいちばん。おおきくなったら、かあさまとけっこんするといったら」

「できない。母様は父様と結婚しているのだから」

 レネウィはますます顔を歪め、泣き出す寸前。

「シアは黙っていてください」

 セレーネはレネウィの背を優しく撫でている。

「何を張り合っているんです」

 アルーラにはさらに呆れられ。

「とうさまとぼく、どっちがすき」

 ……なぜ、そんなことを。

「う~ん、さすがシアの子。答えにくいことを」

「セレーネの子でもある」

「同じくらい好きよ」

 セレーネはレネウィの小さな額に額を合わせていた。

「あなたの世界は狭いものね。ね、レネウィ、世界が広いのは知っているでしょう」

 セレーネはレネウィを抱えたまま、飾られている世界地図に。

「重くなったわね。それだけ成長した証拠でしょうけれど」

「おります」

「いいの。こうして抱き上げられる期間は限られているから。レネウィはシア、お父様そっくりだから大きくなるわ。さすがにあれは抱き上げられないもの」

 セレーネはレウィシアを見た。セレーネに抱き上げてもらおうとは。

「でも、とうさまが、かあさまはひだりうでをけがしているから、おもいものは」

「お父様は何を言っているのかしらね。レネウィとセリア、二人を抱いていました。大丈夫。さっきも言ったけれど、今しかこうして抱き上げられないから」

「おおきくなったら、ぼくがかあさまをこうしてあげます」

 口を開こうとしたが、アルーラ、ガウラに口を塞がれ。ユーフォルは何も言わない。

「ほら、これが世界地図。絵にすると小さいけれど、すごく、すごーく大きく、広いの」

 レネウィは頷いている。わかっているのか。

「レネウィが知っている世界は小さな世界。大きくなれば自分の足であちこち行って、世界が広いことを知る。そこで色んな人と出会って、仲良くなって、喧嘩して。いつか私より好きな人も」

「かあさまよりすきなひとなんていません」

「今は、ね。今は限られた人にしか会えていない。もっともっと多くの人にいつか会う。その時が来るまで」

 レネウィの一番はセレーネ。レネウィの世界はグラナティスの城の中。ヴィリロにも年に一度は行っている。世界が狭いのはわかる。その狭い世界で長い時間接しているのは。

 レウィシアに母の記憶はない。面倒を見てくれた人はいたが。父は王で忙しく、遊べる時間は限られていた。物心つけば、我がままなど言えるはずもなく、父を手伝えるよう。跡を継いで立派な王になれるよう、勉強に武術に。

 母親が欲しくありませんか、と臣下、貴族に尋ねられ、懐柔しようとした者も。欲しくても決めるのは父。今なら魂胆もわかる。父の気持ちも。

 子供の頃、アルーラ、ガウラは母親の話をレウィシアの前ではしなかったが、他の者はそうでもない。口うるさい、誰の母親が優しくうらましい。色々言いながらも、誕生日には何を贈ろうと。羨ましくなかったといえば嘘になる。

 もし母が生きていればレウィシアもレネウィのように甘えていたのか。大好きだと言い、父を困らせていたのか。今のレネウィのように。家族で食事、遊んで。どう接していいか戸惑ったことも。そんな時はセレーネが手を引いてくれて。父はどうしていただろうと、思い出してもいた。

 落ち着いたのか、レネウィはセレーネの腕の中で眠っている。セレーネはソファーに。

「どうした?」

 セレーネは小さく笑っている。

「いえ、ちょっと思い出して。私もこの子と同じことを言っていたなぁ、と」

「お父上と結婚する、ですか」

 アルーラも小さく笑っている。

「ええ。あの時は母が、ふっ、くく」

 大きな声で笑えばレネウィが起きるため声を抑えて笑っている。

「シアと似たような反応して」

「どんな反応だ」

 ふてくされた口調に。

「父様は私と結婚しているから、だめ。父様の一番は私で、私の一番も父様。父様のような男はそうそういないでしょうけれど、頑張って見つけなさい」

「……」

「弟も大きくなったら母様と、と言っていましたけど、これまた同じことを。私よりショックを受けていましたよ」

 ぶふっと思い出したのか、また笑っている。

「セレーネ様の初恋はお父上ですか」

「かもしれませんね。憧れもあり、大きな背中を追いかけていました」

 憧れ、大きな背。レウィシアも一緒。いつか父のように、と追いかけていた。

「シアの小さい頃も同じだったのでしょうか」

「そこまで甘えていない」

「外見はそっくりですよ」

 アルーラの言葉にユーフォルは頷いていた。

 翌日、今度はレウィシアが囲まれ、

「レネウィ様はどうです。うちの娘を気に入っていただけたでしょうか」

「いや、うちの娘」

 押しのけ合いに。

 これは逃げ出したくなる。

 夜は夜で眠れなかったのか、レネウィはレウィシア達の私室にまで来て。レネウィには部屋がある。セリアも。二人を寝かしつけてから、セレーネは部屋に戻ってくる。戻ってこず、子供達と寝ることも。そんな時はレウィシアも一緒に寝るか、セレーネを部屋まで運んでいた。

「久々に皆で寝ましょう」とレネウィ、セリアを挟んで眠った。レウィシアは甘やかしすぎでは、と思ったが。

「トラウマになって、誰かみたいに女嫌いになったら。私の子でもあります。家出したら」

「俺はセレーネ一筋だ。セリアもいるが。もう二、三人いても」

 呆れた目で見られた。

 今日は朝からレネウィはセレーネにべったり。落ち着くまで好きにさせては、と周りは言うが、このままべったりでいられるのも。しかし、この状況も。

「次はいつ呼びましょう。陛下さえ許可してくだされば、こちらに住まわせて」

 レウィシアは息を吐き、

「息子は昨日のことが余程怖かったらしい。王妃にべったりだ。これ以上怖がらせたくない」

 これ以上セレーネに張り付かれては。

 お前のせいだ、と責任のなすりつけあいに。

「そういうわけだ。当分はいい」

「当分とは」「次はいつ」「それなら一対一で」

 レウィシアも逃げ出したい。逃げてセレーネに抱きつきたい。仕事が終わればそうするつもりだ。

「当分は当分だ。これ以上息子を怯えさせるな。女嫌いになる、お前達の娘は相手にされなくなるぞ」

 口を閉ざし、青くなる者も。

 一旦は下がったが、諦めきれなかった者は隙を見て、レネウィの元へ娘を。ますますセレーネから離れなくなり、どこへ行くにもセレーネの後をついて。

 鳥のひなみたいですね。もしくはもっと幼い頃に逆戻り、とアルーラ。

 よたよたと歩き始めれば、セレーネの後をついてまわっていた。覚えた言葉も、セレーネ。レウィシアが呼ぶから。舌足らずな言葉で、レーネと。

「母様だ。か、あ、さ、ま」

 レウィシアがそう言うと、小さな手でぱちん、と叩かれ。見ていたセレーネが笑うものだから、レネウィはぺちぺちと。

 セリアはセリアであっちいけ、といらぬ言葉を覚え、レネウィに近づいてくる父娘おやこをぽかぽかと。

 アルーラ、ガウラ、ユーフォルにはなついている。特にユーフォルの娘にはレウィシアとセレーネが忙しい時に遊んでもらっていた。フィオナ、アルーラの妻は自分の子のことで手一杯。見てもらう余裕など。それでも時々来て、セレーネとお茶をしながら息抜き、話していた。


「息子も言ってんな~。どこからか花摘んできて、母上大好きだなんだと。娘には、オレのような男を選べよ、と言っている」

 思い出から今に。

「おれのとこも、ですよ。おれのところは上が娘で、下が息子ですけど、娘は大きくなったら、父様と結婚すると、かわいいこと言ってくれて。妻も笑って見ているだけ。それが」

 セドナとアルーラ、揃ってレウィシアを見る。

「本気にとるか」

「うるさい」

 ちなみにガウラは男三人。下は双子。男ばかりでフィオナは手を焼いている。

 レネウィとセリアは自分で自分のことができつつある。下二人は目が離せない。上二人が見てくれるので助かっている部分も。

「何はともあれ、幸せそうでよかったよ」

 セドナはレウィシアの肩を軽く叩く。起こった事が事だけに。

「色々あったが、な」

 結婚して九年。色々あった。レネウィが生まれ、翌年はセリアが。セリア誕生の数十日後にはセレーネの祖父でありヴィリロ国王の崩御。

 レネウィが生まれた時はすぐ来たのに今回は十日経っても手紙すらこなかった。おかしいと思ったセレーネはヴィリロへ。そこでセリアが生まれる二ヶ月前から床に伏していたと知らされ。まつりごとはバディドがおこなっていたようだ。二人目のひ孫を見た五日後、眠るように。葬儀にはレウィシアも駆けつけた。セレーネ同様体調が思わしくないとは少しも。バディド、臣下によれば、セレーネの負担にならないよう、黙っていろと言われていたらしい。

「私はグラナティスの人間ですから、政に口は出せません」

 しかし、整理は許されているようで、祖父の私室を片付けていた。

「欲しい本があれば、持って行っていいそうですよ」

「しかし、バディドにも」

「先に譲られていますよ。残っているもので。それと、これを」

 渡されたのは手紙。封は開けられていない。

「シアに渡せと言われたので、開けていません」

「開けてもよかったのに」

 セレーネにも見せる。

「泣いて、いないのか」

 頬に触れた。

「泣けば、あの子達も泣きますから」

 レネウィとセリア。母親が泣いていれば、悲しんでいれば。

「俺が見ている」

「大丈夫ですよ」

 寂しそうな微笑み。当たり前だ。両親、弟を失った日から親代わり。

 セレーネを抱き締め、背を優しく撫でる。しばらくそうして、離れ、渡された手紙を見た。

 セレーネとひ孫を頼む、と力強い文字で一言。国を頼む、ともバディドの力に、とも書かれていない。この国はこの国の力でやっていく。そしてセレーネはグラナティスの者。

 セレーネに見せると「心配のしすぎです」と苦笑。

 葬儀が終わればバディドの戴冠式。近隣、遠くの国の王族、貴族まで来ていた。狙いは若い国王、だろう。独り身、しかも従姉であるセレーネはレウィシアの妻。繋がりが欲しい国や貴族は山ほど。

 頼られないだろうが「困ればいつでも力になる」とバディドには直接。

 あれから何か頼ってこられてはいない。そのバディドも二年前、妻を迎え、半年ほど前には男子が生まれた。結婚式にも子供が生まれた時にもヴィリロを訪れ、祝福し、喜び合った。


「王妃様は幼い子供と三人で観光、となりゃ心配するわな」

「いや、この二人の妻子も一緒だ。人通りの多い場所を歩くと言っていた」

 護衛としてついてきたアルーラ、ガウラを見た。

「ああ、明後日にはセドナの国を訪れる。どこかお勧めの場所はあるか」

 このパーティーはついで。本当の目的は家族旅行。

「そういうことは、もっと早く言え!」



 町を観光しながらその場所、多くの船が泊まっている場所へ。

 フィオナ、アルーラの妻とは別行動。元気一杯の子供達は珍しさからあちこちへ。アルーラの子供は四歳の娘と二歳の息子。フィオナの子供は男ばかり、上が六歳で下が四歳の双子。

 知人に会う、と二人とは別れ、港に。子供は背負い、手を繋いで。預かりましょうか、と言ってくれたが、二人も自分の子供で手一杯。笑って、大丈夫と断り、連れて来た。レネウィかセリアがいれば面倒を見てくれるが。

 並んでいる船のなか、一隻の大きな船の前で止まる。

「何か用か」

 日に焼けた体格のよい、いかにも海の男、といった者が不機嫌そうに。

「ええ、船長は」

 男はセレーネを不躾ぶしつけにじろじろ。

「さあね」

 取り次ぐ気がないのか。

「イザーク!」

 大声で名を呼ぶと、男はぎょっとし、

「てめぇ、何言ってやがる! さっさと帰れ、ここはお前のようなやわな女が来る場所じゃ」

「久しぶり」

 空から降ってきたのは、カーバンクル。見事な一回転で着地。

「久しぶり。近くまで来たから挨拶と商売の話を、いる?」

「ぼくがいるからいるよ。君の子供?」

「そ、下の子。上二人は父親のお供」

 別れる間際、父と息子はそっくりな顔。娘は「ほらほら、行きましょう」と。

「カーバンクル様、この女は」

「古くからの知り合い。追い返していたら、イザークに船から海に放り込まれて、魚のエサ、だったね。ついてきて」

 カーバンクルは船へと上がる渡し板の上を身軽に。セレーネはその後をついていく。残された男は真っ青。

 注目されながら船内を歩く。

「イザーク、セレーネが来たよ~、子連れで」

 扉が内側から開く。開けたのは女性。セレーネより若い。

「久しぶりだな。つっ立ってないで入って来い」

 カーバンクルは定位置なのか、机へ。部屋の中は所狭しと、紙の束、年代物の像、花瓶、絵画、色々なものが。

 中へ入ると、女性が扉を閉める。

「そいつは後継、になるかもしれない奴。ほれ、挨拶しろ、グラナティスの王妃だ」

「もう後継でいいだろ。アタシ以外誰がいるって」

 女性はむっとし、言い返している。

「こいつに聞け」

 イザークはカーバンクルを指した。

 この海賊の頭は代々カーバンクルが決めている。見込みなし、と見るとカーバンクルは去る。海賊だった、というのが正しい。この五年ほどは荷運びを仕事とし、世界中を航海。海賊に運んでいる荷物を狙われることもあるが、年季が違う。狙った海賊が痛い目、全財産奪われ、船は沈められ、踏んだり蹴ったり。

「エテスだ。よろしく、王妃様」

「セレーネでいいですよ。よろしく、エテス」

 握手。上の子、ラシーヴィはカーバンクルが気になるのか、現れた時から目は釘付け、手を伸ばしていた。

「それで、今日はどうした。子連れで来るとは」

 椅子を見つけ、腰かける。

「近くに来たので」

「だったら娘連れて来い」

「そーだよ、君そっくりの娘連れてきてよ~」

「明日でよければ連れて来ますよ。今日はこの町で一番大きなお邸のパーティーに父親と一緒に出ています。招待されたので」

 近頃、観光、遊びで旅行していなかった。パーティーはついでで、旅行しようとレウィシアが。

「パーティー? ああ、腹の探り合いか」

 間違ってはいないが。

「うちに任せてくれれば、広く、早く、色んな商品届けてやるのに」

 エテスまで。

「ええ。そのことで私がこちらに」

 長男はレウィシアに、長女はセレーネにそっくり。しかも魔力まで受け継いだ。生んだ翌日、精霊が部屋に。

「これがセレーネの子? 」「ちいさいわね」「赤ん坊だもの。すぐ大きくなるわ」

「……子供ならこっちにもいますけど」

 セレーネは寝台。寝室の窓は開けられており、精霊達はそこから出入り。

 セレーネは生まれたばかりの子を抱き、傍には一歳になったレネウィ。

「こっちは旦那似。でもそっちは」

「セレーネ似」

 精霊の声が揃う。

「ラベンダーまで」

「いいじゃない。あんたの子供見たかったの」

 レネウィもセレーネの子なのだが。

「弱い精霊はこの地に寄り付かないのでは」

「好奇心が勝った。それに長居しない」

 じっくり代わる代わる赤ん坊を見ている。やはり肝がわっているのか、レネウィは泣かない。精霊に手を伸ばしていた。気が済むと出て行くが、次々と訪れてくる小さな精霊達。大きいのは目立ち、人に驚かれるので、セレーネがそのうち連れて行く、と約束。

 夜にはぐったりしていた。その様子を見たレウィシアは、

「大丈夫か、どこか痛いのか、医師を」

 おろおろと慌てている。

「いえ、違います。落ち着いてください」

「だが」

「疲れただけです。どうやら、この子は私に似て、魔力があるようです。精霊が見に来ていました。今も」

 閉められた窓の外は精霊の放つ淡い光が。

「……見せてやれば、いいのか」

「そうですね」

 見るまで帰らないかもしれない。

「いたずら好きなのもいますので、連れ去られるかもしれません。こうして抱いていないと」

 レウィシアは言葉もない様子。

「交代で食事にしましょう」

「そう、だな」

 これが五日続いた。

 その後生まれた次男は金髪、薄紫の瞳。三男は父親、長男と同じ色。三男が生まれる前、セリアが「妹、妹がいい。妹よ」とセレーネの腹に語りかけていた。

「それなら、シア似の女の子」

 セレーネも。レウィシアは呆れていた。


「商売の話か」

「ええ」

 揃ってにやり。



「お帰りなさい。お疲れさま。楽しかった?」

 子供より先にレウィシアが抱きついて来る。

 子供、というよりレネウィに張り合っている。レネウィが庭師から花を分けてもらってくるとレウィシアも。母親と過ごした時間が少ないのはわかるが、これでは子供が五人いるようなもの。

「疲れた」

「はいはい。ご苦労さま」

 レウィシアの背をぽんぽん。気が済むと離れる。セリアは呆れて見ていた。

 子供二人に向けて腕を広げると、二人が。レネウィは少し恥ずかしそうに。

「潮の匂いがします」

「港町だから。少し休んだら外で夕食だから、あまり食べないでね」

 離れて、ソファーヘ。長いソファーではレウィシアが次男のラシーヴィと三男のルセオを見ていた。名前を考えたのはレウィシア。

「明日はシア達も観光するのでしょう」

 明日一日観光して、セドナの国、リーフトへ。

「ああ、そのつもりだが」

 対面のソファーに三人で座る。歯切れの悪いレウィシア。

「仕事で行けない、ですか。それなら五人で行きましょう。仕事の話ならつまらないでしょう。ちょうど知り合いがこの港町にいるので、船に乗せてくれますよ」

「本当!」

 食いついたのはセリア。

「ええ。約束したから」

「乗りたい!」

「明日ね。今日はご飯にして、寝るの」

 大きく頷くセリア。

 レネウィは手を焼かなかった。焼かなかったとはいえ、夜泣きはした。はいはいができるようになればあちこちに。今のところ一番手を焼いたのはセリア。セレーネも赤ん坊、幼い頃はこんなのだったのか、と母の苦労をしみじみ。

「行かないとは言っていない。そして知り合いが来ていたとも」

 今一番手を焼いているのは。

「私も港へ行くまでは、いるかどうかわからなかったんです。行けばいたので、ラッキーでした」

 むぅぅ、とレウィシアは不機嫌顔。

「父さまは母さまといっしょじゃなかったから」

「でも笑顔で話していたでしょう。女の人に囲まれて」

「うん」

「好きで囲まれていたんじゃない」

「子供を連れていれば囲まれない、話すにしても仕事の話、男ばかり、と考えて連れて行ったのでしょう」

「社会見学も兼ねて、だ」

 上二人をフィオナ達に任せて、下二人の子供とセレーネを連れて出ることも考えていたが、セレーネは子供を見るのにいっぱいで、レウィシアの傍にずっといるのは難しい。

「さあ、そろそろ三人は外へ行く用意をして。その服じゃ目立つから」

 よそ行きの服で港町を歩くのは目立つ。離れた他国とはいえ、王が少数の護衛で町を歩くのだから。気軽に来られない場所。地元の幸を堪能たんのうしたい。

 三人はソファーから立ち上がり、それぞれの部屋へ。セレーネとレウィシアの部屋は一緒。下二人の子供も。レネウィとセリアは同室。城では二人とも部屋がある。宿でも別々となると、別の一室を借りることになるので、旅の間だけ同室に。

 着替え終えると、ガウラ、アルーラ家族が来るまで部屋で話していた。



 子供のはしゃぎ声が甲板に響く。どのくらいの間響いているか、元気でいられるか。今は珍しさにはしゃいでいるようなもの。セレーネ、ガウラ、アルーラの家族と一緒にイザークの船へ。

 船にはいかつい、もとい、体格のよい男ばかり。最初は子供達もひるんでいた。

「うわ、うわ、うわ~、小さい君だね」

 カーバンクルはセリアの周りをくるくる。

「精霊?」

 セリアはレウィシアの傍。レネウィも。何かあれば頼るのは。どこの子供も父親に張りついていた。

「会ったのは何年前だ」

 セリアはイザークに驚き、レウィシアの足にしがみつく。

「生まれたばかりですよ。この子は一歳」

 セレーネはレネウィの頭を撫でる。レネウィはレウィシアの服を握って、イザークを見上げていた。

 年をとっても迫力ある風貌のイザーク。

「今のこの子と一緒」

 抱えている三男のルセオを見た。次男のラシーヴィはレウィシアが。

「おじい様の葬儀で。あの時は大変でした」

「大変だったなぁ」

「ねえ」

 一人と一体も思い出しているのか、しみじみ。

「何か迷惑をかけたのですか」

 レネウィは申し訳なさそうにセレーネを見上げる。

「二人は何も。精霊が、ね」

「精霊が迷惑かけたの?」

 セリアはセレーネの足に移動。

「精霊が泣いていたんだ。そんでお嬢ちゃんもぎゃんぎゃん泣いて。つられてそっちの坊ちゃんも」

 セリアは精霊に同調し、レネウィは妹が泣くので。

「おじい様は精霊に好かれていたの?」

 正確には曾祖父そうそふ

「そう、ね」

 祖母の影響が大きいのだろう。祖父が精霊と触れ合っていたかはわからないが、好かれていたのはよくわかった。そうでなければ、葬儀であれほど泣きはしない。

「君は精霊見たことないの?」

 カーバンクルはセリアを見上げている。

「バディドおじさまのお家では。お家では見たことない、です」

「お家? 君の家って……ああ。あそこは特殊だからね。力の小さな精霊は行かないよ。その点ヴィリロは」

「それより、船走らせるだけか。釣りもできるが」

「釣りでもしていたほうがよさそうですね」

 子供達は父親にべったりで景色どころではない。

「この辺りじゃ珍しいもんは見れないからな。もう少し進めば、イルカにクジラに」

 イルカとクジラに子供は反応。釣りの準備を始める頃には船の甲板を走り回り、親を困らせていた。

 イザークはレウィシアと昨日のパーティーの話、いや仕事の話。相場やグラナティスで人気、必要なものを聞いていた。そのためセレーネが昨日のように一人は背負い、一人は手を繋ぎ。レネウィが「ぼくが見ていましょうか」と言ってくれたが「釣りを楽しみなさい」と返し、今は皆と同じ、釣り糸を海に垂れている。海で釣りなどあまりできるものではない。グラナティスにも港、海はあるが城から離れており、気軽に行ける身分でもない。できる時にやり、楽しまないと。

 時折、イルカが跳ね、クジラが潮を噴くので、子供達は釣りより海を見ていた。

「うわぁぉ」

 カーバンクルの声。

「さすが、セレーネの子」

 嫌な予感。カーバンクルの傍にはセリア。それぞれの傍には船員がおり、魚が食いついけば補助してくれる。

「何を釣り上げた」

「ホグフィッシュ」

 釣り上げたのは豚によく似た頭部に魚の胴体、豚の前脚。重い体重のため五人がかりで釣り上げたようだ。

「精霊? お魚?」

 セリアは首を傾げ、船員達は顔を見合わせていた。

「美味しいらしいよ。重いからなかなか釣りあがらないし、ひっかからない」

「なぜ普通の魚を釣らない」

「君の子だから」

「私は普通の魚を釣りました。釣って、さばいて、美味しくいただいて」

「君のお母さんはね、クラーケンを釣り上げたんだよ」

「人の話を聞け」

 知っている船員は頷き、知らない船員はぎょっとしている。エテスなどは「はぁ!」と声を上げて。

「クラーケン?」

「魔獣だよ。大きいイカ。船を沈めることもできる」

「余計な話はするな」

「たおしたの?」

 セリアは目を輝かせ。

「勝ったよ。その後はイカ釣り大会」

「わたしもつりたい」

「やめて」

 腕はおとろえていない。セリアに魔法を教えるかたわら、自らも研究。フェンリルとの戦いでついた左腕の傷痕は今もくっきり。少し腕力が落ちたが、日常生活では困らない。魔法で補助もしている。

「あの~、これは」

 甲板ではホグフィッシュがばたばた。

「食べましょう。極上の豚肉の味だと聞きました」

「これが」

 船員は疑いの目。

「それなら私一人で」

「ずるい、つったのはわたしなのに」

 セリアはセレーネの体をぽかぽか。

「ずいぶんなもん釣り上げたな。料理してやるから調理場へ持って行け。何十年か前に一度釣り上げた覚えがある」

 イザークはまだレウィシアと話している。

 五人がかりで船内に。セリアは釣り糸を海へ。他の子供達は普通の魚を釣っているのに。変なものをひっかけなければいいが。ガウラとフィオナの子供達は「負けてられない」と真剣に海、釣り糸の先を見ている。レネウィを見ると難しい顔。

「レネウィ?」

「ぼくも母様の子供なのに」

 ねている、のか?

「変なもの釣らないで。もう一度言うけど、レネウィのように普通の魚も釣っていました。食べられる魚を。それは、たま~に変なものも釣れたけど」

 レネウィも魚を釣り上げている。補助付きで。

「レネウィの釣った魚も美味しいわよ。でも、食べられる?」

 城では食べやすいよう骨は取られているが、ここでは。

「食べられます」

 しっかりした答えだが怪しい。セレーネはこれといって嫌いなものはないが父、息子、娘は苦手なものが出ると、同じ顔をする。セリアははっきり「きらい」と言い、父と息子は渋々。植物を育てさせたことも。セレーネがマンドレイクを育てている姿を見ているので、嫌がりもせず。育てたものを採り、食べさせたことも。さすがにセレーネの父と同じことはできない。その前に止められる。

「ぼくも母様に似れば。ラシーヴィみたいに目だけでも似ていれば」

「お父様と同じは嫌? 私は好きよ。陽に当たればきらきら光る金の髪も。空や海のような蒼い瞳も」

 子供特有のぷにぷにした頬も。色が白いので強い日差しには注意している。

「レネウィは私の子供に違いないわ。セリアもラシーヴィ、ルセオも」

 レネウィはカーバンクルを見ている。もしかしたらカーバンクルがセリアをセレーネの子と連呼するから。

 セレーネはレネウィの頭を撫でた。

 渋々か。レネウィは「はい」と頷いている。その顔がレウィシアそっくりで笑ってしまった。

「母様はイカが好きなのですか」

「イカも好きだけど、クジラも美味しい。取るのは大変だけど」

「あんな大きなものを食べるのですか」

「レネウィも昨日食べたでしょ。お鍋に入っていた」

「……あれがそうだったのですか。お肉とばかり」

「ウツボも美味しかった。タコも」

 セレーネは思い出し、うっとり顔。

「全部おいしかったのですね」

「美味しくなかった?」

「……おいしかったです。全部じゃないけど」

 再び笑ってしまった。


 その後、おかしなものは釣り上げず、釣った魚を焼く、煮る、刺身で。子供達は魚の骨に大苦戦。ホグフィッシュは大好評だった。

 船を降りる時、

「母さま、わたしも精霊を飼いたい」

「……飼えるものじゃないから」

 セリアの腕にはカーバンクル。

「また来ればいいよ。ぼくは海のどこかにいる、はず」

 護る者がなくなれば、私利私欲に走られれば。

「それに家は他と違って特殊だから、精霊は」

 家というか土地か。

「どう違うの。どうしてお家には精霊が来ないの。わたしも精霊と一緒に遊びたい」

 質問責め。カーバンクルと別れる時も渋々、名残惜しそうに。

 しかし、翌日訪れたリーフトでは遊んでいた精霊にさらわれかけ、恐ろしさを、身をもって知ることに。レネウィも巻き添えを食い。撃退したのはセレーネだったのだが、レネウィとセリアはレウィシアにべったり。

 セレーネにとっては久々の旅行。楽しかったが、レネウィ、セリアにとっては楽しくもあり、恐ろしくもある旅行になったようだ。



「エホノの姫?」

「ああ、一ヶ月前にリーフト方面を旅行しただろう。一日別行動で、俺は仕事、セレーネは観光。そのパーティーで知り合った、というか紹介された」

 そういえばリーフトでセドナに会った時に、

「エホノの姫が興味を持ったようだ。当の本人は全くだったが」

 笑いながらレウィシアを見ていた。

 セドナも忙しい中、セレーネ達をあちこち連れて行ってくれて。

「エホノから仕入れている物もある。グラナティスに商売の話で来たから挨拶に、もっと仲良くしたい、と」

 その最も仲良くしたい人物を見た。本人は意図いとに気づいていない。相変わらず。

「天然」

 レウィシアは若い。二十代の頃とはまた違う色気が、しかも本人は気づいていない。さらに大国の王。心惹かれるのも。火傷痕も薄く。だが一生消えないだろう。

「どうかしたのか」

「いいえ。それで城に滞在すると」

「ああ」

「なぜ私に」

 商売の話をするなら、レウィシアだけでも。城に滞在といっても二、三日かもしれない。

「家族を紹介するのは、当たり前だろ」

 そうだった。他国から客が来ると、レウィシアは自慢するように家族を紹介する。牽制しているのか、ただ見せびらかし自慢したいのか。大半の者は苦笑。今回も、だろう。今回は久々睨まれる、かも。


 紹介されたエホノの姫は十八歳と若く美人な姫。栗色の髪、勝気そうな大きな碧の瞳。

「妻と子供達だ」

 レウィシアは自慢げに。

「初めまして」

 セレーネが頭を下げると、レネウィ、セリアも頭を下げる。

「初めまして、クラシー・エホノです」

 丁寧に返してくる。

「ご苦労されているようですね」

 姫はにっこりと笑い、セレーネを見る。

「いえ、特には」

 レウィシアと違い、息抜きしている。レネウィ、セリアが生まれた時は仕事に子育てに、と大変だった。が、今はその二人が弟達の面倒を見てくれるので助かっていた。

「ですが、その髪色。ああ、陛下の前では話せませんわね。お聞きしたところ、王妃様は人質として、こちらに嫁いでこられたのでしょう。相手も決まっていた。それを政治上仕方なく」

 レネウィは息を呑み、セレーネを見上げている。セリアは平然。レウィシアは小さく表情を動かしただけだが、心穏やかではないだろう。

 落ち着け、とレウィシアに触れた。下二人はわかっておらず、ラシーヴィはレウィシアの腕、ルセオはセレーネの腕で眠っている。

「どこからお聞きした話か知りませんが、人質などとは思っていません。そのように扱われた覚えもありません。髪は、子供の頃に色々ありましたので」

 レウィシアはラシーヴィを抱え直し、片手でセレーネの背に触れ、気遣わしい目を向けてくる。セレーネはレウィシアに向かい、微笑む。

「それは、失礼しました」

 頭を下げる姫。表情は見えない。上げられた頭、顔には自信に満ちあふれた笑み。

「私がお聞きしたところ、嫁いできてからそのような髪色になったとか。余程決まっていた相手の方がお好きだったのでしょう。それが」

 そうでない相手と嫌々結婚したと思っている。思い込もうとしている? 子供達も聞いている。上二人は理解できる年齢。不安にさせたいのか。

「どこからそのような話が出たのでしょう。披露宴やその後、貴族の方々にお茶に誘われ、顔を出していたので、皆知っているはずなのですけど。からかわれもしましたし」

 セレーネは小さく首を傾げる。

「なんだと、初めて聞いた。誰にからかわれた」

 レウィシアの低い声。

「……忘れました」

「本当か、かばっているんじゃ」

「あの時、何人が来たと。会話すべては覚えていません。それに」

 レウィシアの許可はとっていた。思い出したのか、レウィシアは、むぅぅと小さく呻いている。

「陛下、仕事の話をしたいのですが」

 分が悪いと思ったのか、話を変えてきた。

 姫はグラナティスに来たばかり。誰に聞いたのか。来る前に調べていなければ。

「では、失礼しましょう。ラシーヴィを」

「ああ」

 レウィシアは納得していない顔。

「ぼくが預かります」

「大丈夫か」

「それなら、わたしが片方の手を握ります」

 離したらどこを歩かれるか。レウィシアはレネウィとセリアの間にラシーヴィを下ろし、二人はラシーヴィの手を握る。

 セレーネはレウィシアを見上げ、微笑んだ。気にせず仕事をしろ、と意味を込めて。

「それでは、失礼します」

 セレーネは姫とレウィシアに頭を下げ、玉座の間を出た。


「なんなのですか、あの方」

 子供三人の歩調に合わせ、ゆっくり。離れた場所でセリアのむくれた声。

「ぼくは母様の髪色、好きです」

「ありがとう。でもレネウィやセリアくらいの年はセリアと同じ色だったのよ」

「バディドおじ様も言っていました。セリアは母様の幼い頃にそっくりだと」

「む、そういえば私も母様の幼い頃に似ていると」

 父や祖父に言われた覚えが。

「母様の幼い頃?」

 レネウィは首を傾げている。

「私の母様。あなた達のおばあ様。あの方と会うことはないでしょう。お仕事の話はお父様とだし」

 客室とセレーネ達の生活している部屋は離れている。セレーネはともかく、子供達が会うことはない。嫌な言葉をかけられることも。長くて五日くらいだろう、と考えていた。


「兄さま、遅い。だから、兄さまのぶんも食べましたよ、母さまの手作りおやつ」

 レウィシアの私室でおやつ。いつもなら時間通りに来るレネウィは来ず。セリアは「食べたい、待てない、食べる」と手を伸ばし、口へ。

 しょぼしょぼと来たレネウィはさらにショックを受けたような顔。

「レネウィの分もちゃんと取っています。何かあったの」

「……父様とお茶をしていました」

「「二人で」」

 セリアと声が揃う。セレーネ、セリアも誘うはず。親子二人、なくはないが。

「クラシー様にさそわれて」

「さそわれたから、のこのこついて行ったの」

 どこでそんな言葉を。

 レネウィは首を左右に振り、

「ここに来る途中に会って、父様もさそったからご一緒に、と言われて」

 ……おそらくレネウィは人質? レウィシアも同じことを言われ、念のため行った。そして行った先に息子の姿。驚いたに違いない。

「ぼくも母様の作ったおやつ、食べたかったです」

 しゅん、と。レウィシアの姿に重なる。幼いのに。

「ちゃんと取っているから大丈夫。明日にでも食べましょう」

 レウィシアにも持って行こうかと考えていたが、こちらも明日にでも。

「それと、お花」

「花?」

「庭師がお部屋に飾ってください、とくれたのですけど、クラシー様に」

 渡したか、取られたか。

「まだ大丈夫。明日、明後日までもつから」

 傍に来たレネウィの頭を撫でると、ようやく笑顔を見せてくれた。


「疲れた」

 すべての仕事は終わり、家族との夕食も。部屋に戻ると抱きついて来るレウィシア。

「お疲れさまです」

 セレーネはぽんぽん、とその背を軽く叩く。

「はぁ。落ち着く、癒される」

 レウィシアはすりすりと、すり寄ってくる。

「クラシー姫のお茶の席にレネウィがいたのは、驚きました?」

「知っていたのか」

「終わった後に。レネウィが誰かと同じで、しょぼしょぼ来ましたから」

 レウィシアは息を吐く。

「姫の臣下に王子と仲良くなり、姫とお茶をしている。陛下も是非、と言われ。レネウィは誰彼ついていかない。半信半疑、念のため行ってみれば」

「いた、んですね。二人は目を離せませんけど、レネウィとセリアは自由にあちこち。セリアは止めても聞かないことも。レネウィは父親に追いつこうと」

「まだまだ負けない」

「や、そういうことじゃなくて」

 セレーネは苦笑。

「レネウィと仲良くなって花をもらったと笑いながら話していたが、レネウィは浮かない顔をして」

 正直に言えず、しかし表情には。

「彼女の祖父は商人、豪商、だそうだ。娘が王族に嫁いだ。祖父から商売の話をよく聞いていたらしい。王である父親の話も。邪魔はしない、自国との違いを見たい、と言うから謁見の見聞きを許可した。重要な話は除いて」

 レウィシアは再び息を吐く。

「何か口出しされました?」

「いや、何も。大人しく話を聞いているが、執務室に来て、感想を言うことも。仕事、商売の話も織り込んでくるから、下手に断れない」

 エホノからでないと仕入れられない物はない。万が一の場合は考えている。それはエホノだけでなく別の国も。

「一体何を考えているのか」

 目的の一つは予想できるが、それを言えばレウィシアはクラシー姫を遠ざける、避けるだろう。

 レウィシアはセレーネを抱えると寝室へ。


 姫が来て十日。家族での夕食やお茶の席にも時々顔を出すようになり、レウィシアは家族の団らんを邪魔され、内心うんざり。しかし表面は穏やかに。退席し、家族だけになると親子揃って、むぅ~と顔を顰め。それがおかしく、笑い、睨まれたことも。

 姫は貴族の家も回り、商売やこの国の話を仕入れているようだ。

 二十日経っても帰る気配を見せず、臣下の中には首を傾げる者も。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る