第34話

 領主達との話し合いは二日続き、終わっても邸に戻れば、書類、訪ねて来る者の対応。

 邸に戻る前、レウィシアは王として貧民街へ。反応は様々。静かにすべてを受け止めていた。

 らえた元領主達は全財産没収。その前に家族が持てるだけ持ち、逃げていた。レウィシアを害そうとしたので、当然罪人。

 城に戻れたのは雪が溶け、温かくなり始めた頃。

「お帰りなさいませ、陛下」

 城の出入り口前にはダイアンサス、ユーフォル、臣下達がずらりと並んでいる。

 城下町でも住人が「陛下」「お帰りなさい」と口々に。レウィシアは笑顔で人々に手を振っていた。中には「王妃様」とセレーネに声をかけ、手を振ってくる者も。

 セレーネはヤマネ姿でレウィシアのふところにいたのだが、町へ入る前に懐から出され、元の姿に戻れと。城に着くまでヤマネ姿で寝ていたかったが、元の姿に戻らないと進まない、と脅され。仕方なく姿を戻し、レウィシアの前に大人しく座っていた。顔をローブで隠していたが、それもとられ、人前で言い合いをするわけもいかず。馬でゆっくりと町を凱旋がいせんしながら城へ。

「ああ。留守中はご苦労だった」

「ええ、大変でしたよ」

 ダイアンサスは苦笑。ユーフォルも似たような表情。

 馬から降りたレウィシア。一人で降りられるのに、抱えて降ろされ。

 二人と魔法師長はレウィシアと直接やりとりしていたが、そうでない者は、ほっとした表情。ウンディーネの魔力のもった水はセレーネがきっちり管理。こちらも回収して宝物庫にでも。

「王妃様も大変でしたね。噂はこちらまで届いています」

「うう、ろくな噂でないような。というか噂は噂なので、信じないでください」

 馬を預け、城の中へ。

「向こうは」

 ユーフォルは表情を真剣なものに。

「とりあえずは。まだゴタゴタはあるだろうが。これからは以前、父の時同様、書面や直接こちらに来てもらってのやりとりになる」

 ダイアンサス、ユーフォルが留守中のことを報告。レウィシアは答えながら歩いていた。背後には将軍と出迎えに来ていた臣下達がぞろぞろ。他の兵は解散。

 私室に戻るのかと思えば、道が違う。レウィシアに手を握られているので一人勝手に歩けず。

 辿り着いたのは玉座の間。レウィシアはセレーネの手を握ったまま玉座まで進む。

「ちょ、シア、手、手を離してください」

 セレーネまで玉座に。小声で抗議すると、

「セレーネは王妃だから俺の隣にいるのは当たり前だろう」

 さらりと。レウィシアは座らず、部屋を見回す。

「留守中、ご苦労だった。お前達のおかげで、再びこの国は一つに戻った。一つに戻ったからといって、不平不満が消えるわけでもない」

 領主交代後も、二度、主君のかたき、と挙兵。ついた民は少なかったが。争いは完全になくなってはいない。火種はどこにでも。

 レウィシアの言葉は続く。聞きながら、マンドレイクどうなったかな、フィオナは元気かな、と考えていた。

 話が終わると、本日は終了。休んでもいいとのことなので、私室に。

「温室へ寄っていいですか。育てていたものが気になって」

 何ヶ月も留守にしていた。もう枯れているかもしれない。せっかくもらったのに。

「俺も行こう」

「え、でも」

「行く」

 レウィシアは温室に行かない。セレーネが誘えば別だが。首を傾げながら、温室へ。

 枯れているだろう、と半分諦めていたマンドレイクは枯れながらも、なんとかもっていた。水は管理人が与えてくれて。急いで魔力をそそぐ。注いでいると、枯れて茶色くなっていた部分がうっすらと緑に。急に与えても、とそこそこで。明日様子を見て、また魔力を注ぐか、何もせずにいるか。

「お待たせしました。部屋に戻るんですよね」

「ああ」

 右手を出してくる。その手に手を重ねた。


 その日は部屋でゆっくり。セレーネの荷物があるここなら、お守りが作れる。レウィシアと一緒に石を見ていた。

 翌日からは書類整理、謁見を開始。ダイアンサス、ユーフォルもいるのでセレーネは不要。今までいた地より書類は少ない。手伝いの手が多いから。だが謁見は同じくらい。

 セレーネはフィオナ、ノラに心配をかけたことを謝り、温室へ行き、レウィシアにお茶を持って行ったり、連れ去られる前のような日々。なのだが、一つ大きな違いが。

「一ヶ月後には陛下の誕生日ですね。今年はどうします。正確には一ヶ月きっておりますが」

 午後の休憩。セレーネとレウィシアはソファーに。ダイアンサス、ユーフォルも対面で休憩していた。

「そうだったか。色々あって、すっかり忘れていた」

「一ヶ月、ですか」

 何か贈ったほうがいいだろう。

「入り用だったからな。今年はセレーネと二人で過ごせたら」

 レウィシアはセレーネを見て、笑顔。

 戦は終わったばかり。収入は増えず、出費のほうが。

「ですが、あちこちの貴族から、戦勝祝いもしていない。陛下の誕生日と一緒にやるのか、と」

 ユーフォルは困り顔。レウィシアは腕を組み。

「陛下の誕生日の次の月はお二人の結婚された月ですね」

「一年、ですか。色々ありました」

 セレーネはしみじみ。嫁いできてからを思い返していた。本当に、色々あった。

「……待て、その前にセレーネの誕生日は」

「過ぎていますね」

 あっさり。

「なぜ早く言わなかった」

 レウィシアはセレーネの両肩に手を置く。

「私も忘れていました。それに言うも何も、戦に出ている状況では」

「あ」

 レウィシアの間抜けな声。セレーネも今の今まで忘れていた。祖父とバディドから手紙が届いていたが、祝いの手紙、だったかも。レウィシア不在、手伝ってくれていたとはいえ、書類整理と不慣れな謁見で後回しに。そう、セレーネの誕生日はレウィシアと別れていた時。

「今から何か贈ろう。何がいい。そうだ結婚記念日に」

「いいです」

「しかし。女性は記念日を大切にするのだろう。俺はセレーネに何も贈れて」

「もらっています。それに」

 セレーネは特に記念日など。祖父やバディドの誕生日はしっかり覚えている。これからはレウィシアの誕生日も。しかしレウィシアは人の話を聞かず、何を贈ろう、とぶつぶつ。

「それならヴィリロに戻っていいですか」

 固まるレウィシア。

「忘れていたからか。それとも何か不満が」

 おろおろ。

「落ち着いてください。以前も言いましたよね。ヴィリロに置いてきた私物。触らせられないものがいくつか」

「あ、ああ」

「いい加減なんとかしないと。ついでにここの宝物庫整理をしようと思っていたので、持ってきて放り込もうかと」

「私物を勝手に放り込むな。そして、なぜ宝物庫の整理を?」

 セレーネは深々と息を吐き、

「シアの叔父上が持ち出したものはどれも厄介なものでした。売る、譲っていれば、持ち主にどう影響を及ぼすか」

 それに対処できる者がいればいいが、いなければ。この国で何か起こればセレーネが出ることに。

「魔法師長、ルクスと一緒に厄介物の仕分けをしようかと。今なら手は空いています。それに」

「それに?」

「うーん、これは言っていいのでしょうか」

「言いたいことがあるのなら、言ってくれ」

 レウィシアの不機嫌顔、もしくは怒り顔が予想できる。今は何を言われるかと不安顔。

「こちらに戻ってから毎日、手紙、贈り物、直接会いに来る貴族? が増えまして」

 予想通り、不機嫌顔に。

 戻って五日。廊下を歩いている、部屋にいると何人も。時には先を争うように声をかけ、訪ねてくる。女性もいるが、男が多い。

「シアはどうです? うちの娘、姪を、と来ていません?」

「来ていない」

 精悍な顔をしかめ続けている。

「うーん、来ていると思ったのですが。なぜシアに来なくて、私に来るのでしょう。あれですか、向こうでもあった、浮気現場を作り、告げ口して、シアに新しい妃を」

 両頬をつねられた。

「いえ、おそらくは噂のせいかと」

「「噂?」」

 レウィシアと揃え、ダイアンサスの言葉に首を傾げた。

「戻ってこられた際にも申しましたが、先に帰ってきた兵が、陛下の傍にはいつの間にか王妃様がおり、陛下を支え続けた。そしてさらに五日前、戻ってきた兵が守護妃の名の通り、陛下を護り、勝利をもたらしてくれた」

 セレーネは頭を抱えて唸る。

「確かに傍にはいました。それは他の方々、ガウラ様、アルーラ様も同じ。てきを討ち取ったのはシアです。それなのに、なぜそんな噂が」

 バルログとは一対一で戦い。セレーネはガウラと一緒に雑魚退治。

「噂はそれだけですか」

「ええ」とダイアンサスは頷く。セレーネを手に入れれば、という戯言たわごとは伝わっていないようだ。いや、ダイアンサスの耳に入っていないだけで、知っている者は。

 レウィシアは舌打ち。

「だからあの時」

「あの時?」

 どの時かわからないが、何かあったのか。

「城に戻って来た日。それまでとは違った目でセレーネを見ている者がいた」

 いた、だろうか。

「あ、もしかして温室までついてきてくれたのは」

「今までと態度を変えた者がセレーネに何かしては、と」

 何かしてきても、魔法でどうにかするだけ。

「むー、噂が落ち着くまでヴィリロに」

「いつまでいるつもりだ」

「人の噂も七十五日、でしたか?」

「俺の誕生日は。結婚記念日は」

 さすがに王妃不在はまずいか。ここからヴィリロの城へは、単騎なら急いで三日、くらいか。荷物をまとめて、戻って来る。

「十日ほど、ですか」

「十日」

 レウィシアは繰り返す。

「わかった。俺も行く」

「はぁぁ!」

「戦中は色々世話になった。そうだろ」

 レウィシアはユーフォル、ダイアンサスを見た。

「そう、ですね。特に食料面では」

「戻って五日ですよ。また出るって」

 考え直せ、止めろ、とユーフォルを見た。

「十日ほどだ。セレーネの用が早く済めば、早く帰ってこられる」

「脅し、ですか」

「礼が手紙だけでは失礼だろう。そうと決まれば、グラナティスの特産をいくつか用意してくれ」

「行く気まんまん、ですね」

 呆れてレウィシアを見た。

「当たり前だ。世話になりっぱなし、直接礼を言わなくてどうする」

 生き生きと。書類仕事、謁見に早くも飽きたか。

「陛下の言うことも一理あるかと」

「甘やかさないでください」

 ダイアンサス、ユーフォルを見た。ダイアンサスは苦笑。ユーフォルは困り顔。

「……まさか、まだ隣国の王子とのこと疑っているんじゃ」

 最近はシーミの王子、バルログと厄介な者に目を付けられ。

「感謝を伝えに行くだけだ」

「本当ですか」

 疑いの目でレウィシアを見た。

「陛下の援護、ではありませんが、大変助かったのは事実。それに今なら我々が。十日ほどでしたら」

 仕事を分担できる、と言いたいのか。

「先に宝物庫の整理をしていてもいいんですけど。許可さえくれれば」

 さすがに勝手に入るのは。

「あそこなら突撃してこられません。魔法師長、ルクスという目もあります」

 二人ともレウィシアの信頼も厚い。宝物庫にそこらの貴族は近づけないだろう。レウィシアの私室に突撃してくるのも考えものだが。

「リストを作って、危険物は処分するか説明書を」

「集中しすぎて、俺を忘れるんじゃないのか」

 レウィシアは疑いの目で見てくる。

「だ、か、ら、魔法師長とルクスをつけるのでしょう」

「あの二人も集中すると時間を忘れるからな」

「シアが言います」

「宝物庫の件は考えておく。いい加減なにがあるか把握しておきたい。ヴィリロに行くと決まれば、それまでにやれることは片付けておこう。ダイアンサスは俺の誕生日までいるのだろう」

「ええ。その日に祝勝会をするにしろ、行ったり来たりは。それにそろそろガウラとフィオナの式の日取りも考えなければ。大きな仕事は終わったのですから」

「そうだな」

 いくさのことだろう。一区切りついた。このまま何事もなく、はないが平和な日が続けば。



「おじい様」

 一年、は経っていないが、もうすぐ一年、久々の我が家。駆け出したかったが、レウィシアにしっかり手を握られ、駆け出せず。出していても、祖父に注意されていただろう。

 ヴィリロに戻るむねしらせている。レウィシアは驚かせたいから報せるな、と言っていたが、突然来られるのもいい迷惑。部屋に食事の用意。祖父の予定もある。レウィシアは目の下にうっすらくまを作りつつも上機嫌。

「お久しぶりです。この度は大変お世話になりました」

 手が離れたので、セレーネは祖父の元へ。祖父は元の位置、レウィシアの傍へ戻れ、といわんばかりに手を振る。

 セレーネが、ぶぅーと頬をふくらませると、呆れられた。

「陛下が勝利されたことは、こちらにも伝わってきている。世話といっても兵は派遣していない。陛下自ら来られなくとも、手紙で」

「いえ、叔父がこちらを攻めたことも謝りたくて。全く気づかず、ご迷惑をおかけしました」

 レウィシアは頭を下げる。

「本来ならこちらで対処すべきこと」

「というのは建前で、私と隣国の王子をまだ疑っているんですよ。私は私の荷物を取りに来たかっただけなのに」

「……何を言っているんだ、セレーネ。俺は迷惑をかけたこと、戦で世話になったことをグラナティスの王として、謝罪と礼を」

「作り笑顔でなに言っているんです」

 レウィシアは爽やかな笑顔。だがその笑顔は作られたもの。

「セレーネ」

 笑顔だが、声が怖い。

 祖父の吐く息で、レウィシアと揃って背筋を正し、祖父を見た。

「隣国の第三王子なら、ヴィリロの貴族令嬢に婿入りするそうだ」

「なぜ、また」

 ヴィリロでなくとも。

「決まったのは最近。様子を見ていたのだろう」

「様子見、ですか」

 セレーネは首を傾げた。

「どちらが勝ってもグラナティスは一つの大国に戻る。レウィシア陛下の元にはお前がいる。だがルヴォノ殿が勝てば、ヴィリロは危険視されていた」

 実力でもまぐれでも、勝った。そしてレウィシアに物資を送った。

「お前がいたから、と言い訳はできる。攻めてきたから撃退した、とも。友好的でいたければ攻めるなどしない。いくらでも言い訳はできる。先ほども言ったが、危険視はされるが」

 祖父ならのらりくらりかわせる。どう言われようと言い訳を考えている。

「勝ったのはレウィシア陛下。危険視はされない。むしろ友好的。まあ、お前が陛下に呆れられなければ」

 祖父が呆れた目でセレーネを見ている。

「バディド、ですか」

 何か余計なことを言ったに違いない。この場にいないが。

「セレーネにも色々助けられています。呆れるなど」

 レウィシアに肩を抱き寄せられた。

「そうですね。色々ありました」

 しみじみ。

「何か繋がりがあれば、とヴィリロの令嬢を選んだ」

「政治的に、ですか」

「だろうな」

 セレーネがレウィシアに見捨てられない限り、ヴィリロとグラナティスは良い関係。それなら、とヴィリロの令嬢を選んだ。もし、レウィシアが負けていれば、国内か別の国、もしかしたらグラナティスから。

「バディドにも縁談はきているのでは」

「ああ」

 祖父は眉間を揉んでいる。

「国内はもちろん、隣国、グラナティスからも。なぜかリーフトとシーミからも」

 レウィシアと顔を見合わせた。

「バディドが言うには、リーフトはわかる。手紙でやりとりもしている。ただシーミは、会った、話した覚えが、と。もし話をしたのなら、グラナティス」

「諦めていなかったんですね」

「お前のせいか」

 祖父はセレーネをなんともいえない目で。

「ご迷惑をおかけしているのなら、グラナティス国内は私が」

 グラナティス国内から縁談が持ちかけられているとは知らなかったようだ。

「手に負えなくなったら、頼みます」

 今はまだ大丈夫、ということか。

「他人より自分、じゃないんですか。今は落ち着いていますが。む、シアがこちらに来ていると知れたら、ヴィリロ内の令嬢が」

「それはセレーネも、だろ」

「うーん、来ますかね」

「荷物を取りに来ただけだろう。迷惑をかけないうちに、とっとと戻れ」

「かわいい孫に向かって」

 祖父を見て口を尖らせる。

「戦は終わっても、まだごたごたしているだろう。さらには陛下の誕生日が控えている」

「覚えていたんですね」

 覚えていないのか、と呆れた目で見られた。

「花を贈ろうと手配はしていた。悪いが、わしもバディドも行かん。国の者も。色々言われるのはわかっているからな」

 物資は援助しても兵は派遣していない。行っても大きな顔はしない。見つかればあれこれ言われるのは確か。祖父は年。バディドは広く顔を知られていないが、知られれば、何か言われ、令嬢に囲まれる、かも。

「そうですね。誰かが馬鹿なことを言うから、それを聞いて覚えている者がいれば、バディドは令嬢に囲まれますね」

「馬鹿なこと?」

「私との間に子供ができなければ、バディドの子を養子に」

「あの時は、色々あったから」

 レウィシアはうろたえ。臣下の目は様々。呆れている者もいれば、そんなことさせるか、と睨む者まで。

 祖父は再び息を吐き、

「陛下に迷惑をかける前に荷物の整理をしろ。使用人も部屋の一部が片付けられないと嘆いていた」

 いつまでも話していては。

「わかりました。シアはどうします」

 荷物整理を見ていても。祖父が忙しくなければ話していても。

「セレーネを手伝おう」

 他人に触らせたくないから、自分で取りに来たのだが。

「夕食はバディドも一緒にとれるよう話している」

「わかりました。その時間までに片付けるだけ片付けます」

 レウィシアと揃って、祖父に頭を下げ、部屋を出た。


「そういえば、セレーネの私室に入るのは初めてだな」

「あの頃は散らかっていて、とても身内以外の誰かを入れられる状態では」

 今は片付けられているだろう。セレーネ達が来るので、泊まれるよう整えられている、はず。

「お茶でも頼みましょうか。荷物整理は私がやるので、シアはゆっくり休んでください。このところ働き詰めだったでしょう」

「手伝えることは手伝う。早く終わるだろう」

「そんなに早く帰りたいんですか」

 セレーネはレウィシアを見上げた。

「そういうわけではないが」

 手を握り、セレーネの私室に。人目はある。臣下や使用人はセレーネ達をちらちら見ていた。レウィシアは仲が良いのを見せつけたいのだ。

 部屋に着くと、セレーネとレウィシアの荷物が。滞在中はここを使え、ということか。

「荷物は運んでもらいましたが、シアは客室に」

「なぜ別々」

「私の部屋はシアの部屋より狭いですよ。寝台だって」

「それくらい我慢できる。セレーネ一人しか寝られないのなら、このソファーでいい」

「そこまで狭くないですし、国王をソファーでは。私は床でも大丈夫ですけど」

 床に本を広げ、寝そべって読み、そのまま寝ていた。

「それなら俺も床で」

「だから」

 大国の王を床で、など。セレーネは息を吐き、気を取り直して、荷物の整理に取りかかる。レウィシアは自分の荷物の中から本を取り出し、大人しく読んでいた。


「明日には片付きそうです。なので、グラナティスに帰るのは明後日かと。変なものが出てきて手間取らない限り」

「姉上、何を集めていたのです」

 夕食の席、バディドは呆れている。

「色々」

 整理していると覚えのないものもいくつか。

「処分できるもの、譲れるものは譲っていきますよ」

「変なものを残していかないでくださいよ」

 バディドの言葉に祖父も頷いている。

「それほど変なものは」

「色々ありましたね、おじい様。静かなのは姉上がいない時だけ」

 バディド、祖父は遠い目。

「ひどい言い方ですね」

 確かに魔法や魔法道具が爆発したり、魔獣を兵の訓練に使ったり。

「グラナティスでも迷惑をかけているのでは」

「いません。戦でそれどころではなかったです」

「ついている」

 レウィシアが口の端についている欠片を拭き取る。

「自分でできます。シアは自分の食事に集中してください」

 魚を一切れ、口に。久々のヴィリロの味。あちこちに手が伸びる。

「誰かが落ち着いて食べれば」

「食べています」

「別の意味でかけていますね」

 バディドにまで呆れられた夕食となった。


「狭くないです? というか私が苦しいかも」

 にぎやかな夕食を終え、部屋に戻り、のんびり。お茶をしながら話し、風呂へも入り、寝台に入れば、思ったとおり。レウィシアの、私室の寝台より狭いので、レウィシアにがっちり。

「落ちたらどうする」

「寝返り一つで落ちはしませんけど。このままなら、シアが落ちる時は、私も巻き添えですね」

 一緒に床へ。

「それほど寝相は悪くない」

 蹴られてはいないし、潰されてもいない。

「俺は落ち着く。セレーネが傍にいてくれるから」

「このところはずっと一緒ですよ。戦中も」

 シーミに迎えに来てくれた、あの日から。

「浮気を疑って、何日か顔を合わさない日があっただろう。あの時は同じ屋根の下にいたのに別々」

「しつこいですね」

 あの時は色々な意味で忙しかった。

「私は明日も整理ですけど、シアは?」

「シャガル様と話を」

 これからのことか。レウィシアとしては何かあれば力になるつもりだろう。祖父は断るが。

「片付けが終わると、この部屋はどうなる」

「私がシアにグラナティスから追い出されない限り、バディドの子供の部屋になります」

「そうか」

 話しているとまぶたが落ちてくる。いつの間にか二人して眠っていた。



 セレーネが部屋で大人しく整理している間にレウィシアはヴィリロ国王と会談。昨日はセレーネが余計な口を挟み、きちんとした謝罪と礼を言えなかった。そのためか、レウィシアに何か釘を刺すためか、話す時間を作ってくれた。

 真面目な話から他愛ない世間話まで。特に嫌味や釘を刺す話もない。そういう人でないのは知っている。だが今回は、事が事だけに。

 身内としては当たり前、セレーネの心配もしていた。返してくれ、と言われたらと冷や冷やしてもいた。そう言われないよう、心配かけさせないよう、仲良く見せていたが。

「お話し中、失礼します」

 玉座の間でテーブル、椅子を用意して話していた。そこへ現れたのは困り顔のバディド。

「姉上が」

「……」

 何をした、とレウィシアはこめかみを揉む。同じ気持ちなのか、国王も苦い表情。

「訓練場で大暴れしています」

 三人揃って、それぞれ違う意味を持つ息を吐いた。


 バディドと二人、訓練場へ。正確には二人ではない。レウィシアの護衛にアルーラとガウラ。バディドにはヴィリロの臣下が。

なつかしいですね」とアルーラは呟いていた。言う通り、懐かしい。

 セレーネの頭はいい目印。自由なさまは鳥を思わせた。本当に飛んでもいたが。

 思い出にひたりながら、訓練場に。近づくにつれ、声が。

「……」

 バディドに驚かないでください、と言われていたが、唖然。

 訓練場には三体の魔獣が。一体は犬型、一体はトカゲ、一体は鳥。どれも人より大きい。魔獣の吠え声、兵の悲鳴、怒鳴り声。

「うわぁお」

 アルーラの声に、はっとする。

「セレーネ!」

 原因を作っている者の名を呼んだ。

「あ、シア。来たんですか。話は終わりました?」

 昔と変わらぬ笑顔。レウィシアが呼ぶ、見つけると、笑顔で寄って来てくれた。

「少し目を離すとこれだ。何をしている」

 レウィシアはセレーネの両頬をつねる。

「何って、整理中に出てきた魔獣の一部を使って、鍛錬、ですよ」

 悪びれもせず、さらりと。

「どこが鍛錬だ。どう見ても魔獣に襲われているようにしか見えん」

「そうですよ、姫様!」

 セレーネの傍にいる魔法使いは泣き顔に近い顔。

「でも以前はこうして鍛えていましたよ。まぐれだろうと実力だろうと、グラナティスに勝った。天狗になる、鍛錬をおこたっていれば」

「いません!」

 悲鳴のような叫び。

「え~、でも捨てるのももったいないですし」

「捨てろ! 」「捨ててください!」

 セレーネの頬をむにむにと。

「まさか、グラナティスでも」

 魔法使いは顔色を変える。

「やりませんよ。それこそ大混乱。ヴィリロだからできること」

 それもそれで、複雑な気持ち。

「まだ残っているものもあるんですけど、どうしましょう。明日の訓練用に」

「やめてください!」

「え~」

 セレーネは不服そう。ヴィリロの兵、魔法使いが哀れになってくる。

「いいから処分しろ」

 バディド、傍にいる臣下、魔法使いは大きく頷いている。

「苦労して取ったのに。仕方ありません。あの女に送って、役立ててもらいましょう」

 誰に送るか知らないが、そんなものを送られて嬉しいのか。何の役に立つのか。

「とりあえず、あれは倒して鍛えてください」

「ひめさまぁ~」

 魔法使いの哀れな声が響いた。


「荷物整理は」

 バディドが来たのはレウィシアか祖父ならセレーネの暴走を止められる、と考えて。しかし、レウィシアにも止められず。

「やっていますよ」

「明日には帰れるのだろうな」

「……たぶん」

「その間はなんだ」

 滞在が伸びれば伸びるほどグラナティスに戻りたくなくなるのでは、という不安がレウィシアにはある。

「今日中に片付けますよ。ところで、シアはどうです。おじい様との話は」

「誰かが暴走していると聞いて」

「していません」

「あれを見て信じろと」

 むう、とセレーネは唇を尖らせている。

「セレーネの心配もしていた。あれを見ればするだろう」

「グラナティスではしていません。全く、人をなんだと」

 バディドとは訓練場で別れ、レウィシア達はセレーネの部屋へ。バディドも国王の手伝いをしており、忙しいようだ。その代わり国王は仕事の量を減らし。

「レウィシア陛下」

 声をかけられ、足を止める。

 ヴィリロの貴族、だろう。国王と話し合いに行く際にも声をかけられた。今同様、背後にはレウィシアと年の近い娘を連れて。国王と会談がある、と話せば引いてくれたが。

「こちらにいらしていると聞き、急ぎ、ご挨拶に参りました。三年、四年前ですか。滞在されていた折にも」

 足を進めようとしていたセレーネの肩に手を置き、引き寄せた。

「そうですか。わざわざ」

「戦に勝利されたとか。おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 小さく頭を下げる。

「よろしければ、ご活躍の話などをお聞かせ願えれば」

「話せるようなことは何も。それにセレーネの力あっての勝利」

「いえいえ、陛下の実力ですよ」

 セレーネもレウィシア同様、作り笑顔で見上げてくる。

「いや、セレーネが傍で支えてくれたおかげだ」

 レウィシアも張り付けた笑顔でセレーネを見返していた。

「おや、貴方も来ていたのですか」

 親子の背後からさらに男が。こちらは一人だが、年はレウィシアと近い。

「セレーネ様がお戻りと聞いて、駆けつけてきました。お久しぶりです」

 親子を押しのけ、前へ。親子は非難の目を向けている。

「そちらは」

 若い男はレウィシアを怪訝な目で見る。

「知らないのですか。あなたこそ失礼では」

 張り合うように前へ。セレーネの顔には面倒くさい、とでかでか。

「グラナティス国王ですよ」

 父親が胸を張る。

「貴方が」

 若い男はわざとらしく驚いた様子。

「噂とは違うのですね。冷酷で醜い王、とヴィリロには伝わってきていますよ。心優しいセレーネ様もついに耐え切れず、戻られた」

 セレーネは首を左右に大きく振り、否定。

「荷物を取りに来ただけで、明日にはグラナティスに戻ります」

「こちらに戻られたのでは。それをよく思わない陛下が見張りをつけているのかと」

「無礼にも程があるのでは」

「よく言いますね。貴方だって、何かしらの魂胆があって、娘を連れてこられたのでは」

 睨み合う貴族。

「セレーネ」

「はい?」

 空いている手はセレーネの顎に。意図いとに気づいたのか、セレーネが口を開こうと、だがその前に口を塞ぐ。近いセレーネの顔は驚きに目を見開いていた。

 しん、と静まり、固まる場。

 セレーネは、ぱしぱしとレウィシアの体を叩く。本気で嫌なら魔法で離せる。押さえ込める。

 顔を離し、驚きに固まっている貴族達を見た。

「そういうわけなので、失礼します」

 レウィシアは笑顔で三人に頭を下げると、セレーネを抱き上げて、その場を去る。

 三人と離れた所で、

「何をしているんです」

「何、とは」

「さっきですよ。人前で恥ずかしげもなく」

 口付けた。むくれているが頬が赤い。照れか、怒りか、羞恥か。

「仲が良いと見せつけただけだ」

「だからといって、あのような行動に出なくても」

「不仲だと思われても。それに、なかなか解放してくれそうになかった」

 あのままごちゃごちゃと言われ、さらに貴族が集まってきては、レウィシア達だけでなく、城にもいい迷惑。

「シャガル様にもセレーネとは仲良くやっている。セレーネ以外の妃など考えられないと、はっきり」

「何を言っているんです! そして下ろしてください。自分で歩けます」

 廊下を歩いているのはレウィシア達だけではない。使用人、臣下、訪ねて来たであろう貴族。

「このまま見せつけて」

「ないでください。歩けます。何事かと思われます。おじい様に知られたら、迷惑かけてと注意されます」

「一緒に叱られよう」

「叱られるのは、私です」

 注目の中、歩いた。


「なんとか終わりました。予定通り、明日グラナティスに戻ります」

 夕食の席。レウィシアとセレーネに会いに来た貴族の件は祖父の耳にも入っており、注意された。

「向こうの方々に迷惑をかけるなよ」

「はい」

 思い当たる出来事がいくつも。

「セレーネには助けられています」

 レウィシアのフォロー。だが祖父とバディドは疑いの目。

「一日も早くひ孫の顔を見せられるよう」

「って、何を言っているんです!」

 相変わらずレウィシアは涼しい顔。セレーネはこれ以上余計なことを言うな、とレウィシアを睨んでいたが、それも祖父に注意され「本当に大丈夫なのか」と呆れられ、心配もされた。



「何をむくれているんです」

 執務室を訪れたアルーラの第一声。

「むくれていない」

「鏡を見て、言ってください」

 呆れられ、そんな顔をしているか、とユーフォルを見た。ユーフォルも頷いている。

「セレーネ様がらみ、ですか。貴族が毎日会いに来ているでしょう。男女問わず。男が多いようですが。噂もありますからね」

 レウィシアも聞いている。幸運の女神、勝利の女神。さすがに王妃を手に入れれば、というのは流れていないが、知っている者は。

「結婚当初に戻りましたね。あの頃は興味、話の種で来る者が多かった。陛下は好きにしろと言い、セレーネ様は陛下の評判を落としては、と付き合って」

「耳が痛い」

 あの頃は信じきれていなかった。おびえられる、嫌悪されると。

「だが護衛すると言っておいて、できなかったのは」

「はいはい。悪かったです」

 アルーラは悪びれもせず、軽い口調。

「とはいえ、ヴィリロでも狙っている貴族はいましたからね」

「それは、この前のことか」

 荷物整理のためヴィリロに戻っていた。ほとんど部屋にいたが、訪ねてくる貴族、臣下の息子も。

「一年間滞在していた時ですよ。知らなかったんですか。て、陛下は令嬢に囲まれていましたか。セレーネ様と陛下の仲を勘繰かんぐる奴は牽制、様子見に来ていましたけど。セレーネ様はきれいに無視」

 レウィシアがヴィリロの令嬢に囲まれたことは何度も。しかしセレーネが男に囲まれた場面など。

「お茶会を開いても逃げていたようですしね」

 交流だといって何度か。セレーネはいつの間にか消えて。バディドは「姉上はこういう場は苦手なようで。最初はいても、いつの間にかいなくなっているんですよ。臣下は最後までいてください、と言っているのに」と困り顔をしていた。

「おれはばっちり見ましたよ。セレーネ様が男に口説くどかれていた所」

「よねんまえのはなしだろ」

 動揺のためか、声が。

「地位狙いでしょう。バディド様が跡を継ぐとはいえ、シャガル様、バディド様に何かあれば。バディド様が王になってもセレーネ様は宰相の地位にいるかもしれません。その夫となれば」

 セレーネの手腕はよく理解している。あの頃は婚約者などおらず。

「陛下が国へ戻る際、国内を案内すると言った時は嫁に来てくれということかと。陛下のあわ~い恋心には気づいていましたから。セレーネ様も陛下にお守りを渡していましたから、脈ありか、とも」

「そういう意味で言ったんじゃない。ヴィリロでは世話になったから」

 確かに、そういう感情もあった。

「そうですね。それが今や」

 レウィシアの隣に。

「それで、そのセレーネ様は」

「安全な場所、宝物庫だ」

「安全は安全ですが、なぜまた、そんな所に」

「危険物がないか、どんな物があるのか調べたい。リストを作って、わかるものは、こういうものだと説明をつけ、不用品は売る、または処分」

「ああ、そういえば叔父上が持ち出したもので苦労されていましたからね」

「そのことも言っていた。もし厄介なものが持ち出され、価値も知らずに売られていれば、対処は自分がするのでは、と」

 グラナティスの魔法使いで対処できないのなら。

「グラナティス国内なら仕方ありませんが、他国は知りません」

 セレーネは遠い目をして笑っていた。

「ヴィリロなら」

「ヴィリロの魔法使いがなんとかします。やわな鍛え方はしていません」

 セレーネの魔法で再現した魔獣相手に訓練していたのなら。つい納得してしまった。

「魔法師長は手がけば、手伝っている。主にルクスと信頼のおける魔法使いで、宝物庫の整理中」

 誘惑に負け、何か持っていかれては。そこはセレーネが目を光らせているだろう。

「かまってもらえないからですか。それとも王妃様に会わせろ、と陛下に直接言ってくるから、ご機嫌斜め、なんですか」

「……後者だ」

 なんとか理由をつけてセレーネに会おうと。そのセレーネは一日中宝物庫。セレーネもわかっているから、宝物庫に向かう時は気づかれないよう、廊下の隅をこそこそ。

 夕食は一緒にとっている。朝はレウィシアが早く起きて、昼は謁見もあるので時間が合えば一緒の日も。

「早ければ一ヶ月で終わるだろうと話していた。いつの間にか俺の誕生日を盛大に祝うことになっているし」

「ああ、それもご機嫌斜めの一つですか。陛下はセレーネ様と二人で静かに過ごせればいいと言っていましたものね」

 それが、昨年、一昨年と盛大に祝えなかったから、戦に勝利したから、今年は盛大に、と臣下、貴族達が。

「ただでさえ留守中の仕事が溜まっているのに。その日に向けての準備でさらに忙しく」

 アルーラは乾いた笑い。

「それはこっちも、ですよ。各地から領主、貴族が来るでしょうから、城の警備にお二人の警護」

「今度はしっかり護れよ」

「陛下が傍にいるでしょう。それに建国祭のようにはならないでしょう」

 オリヴィニにより連れ去られたセレーネ。あの後も大変だった。しかし原因オリヴィニはもういない。叔父に味方する残党はいるだろうが、オリヴィニほどの腕の者は。

 油断は禁物か。レウィシアは深々と息を吐いた。



 宝物庫整理は一ヶ月ほどで終わると考えていたが、実際は一ヶ月以上かかりそうだ。さすが歴史あるグラナティスの宝物庫。以前入った時は一部しか見ていなかった。じっくり見て、整理していると、宝物庫というより倉庫。貴重品と一緒にガラクタ、用途不明、適当に放り込んだとしか思えないものまで。セレーネの物、危険物、価値ある物、ゴミと分け、掃除も。

 レウィシアの誕生日もあり、その準備のため、宝物庫から離れることも。準備といっても当日着るドレス、装飾をノラ、フィオナ、レウィシアと話し合い。レウィシアは新しく作ればいいと言っていたが、着ていないドレスはクローゼットにいくつも。セレーネはその中から、と主張。国庫がどういう状態か知っている。無駄遣いはできない。レウィシアはそこまで切り詰めなくとも、と渋っていたが、セレーネが押し切り、持っているものの中から選んだ。

 誕生日プレゼントも考えていたのだが。

「それなら一日時間を作る。その一日を一緒に過ごそう」

「それでいいんですか。他に何か」

「物はいい。セレーネからは色々もらったからな。そして俺もセレーネの誕生日に何も贈れていない」

 胸につけているのは作り直したブローチ。ヴィリロで整理をしていると、セレーネの瞳と同じ色をした石が。それとレウィシアの瞳と同じ色の石も出てきたので、その二つをはめ込み、お守りとして渡していた。以前と同じ、二段階で結界が発動するように。

 建国祭同様、レウィシアの誕生日に向けて各地から領主、貴族が続々と。いや、建国祭より人が多い。二つに分かれていた国が一つに戻ったから。報告を兼ねて、面倒ごとも。

 噂のせいで、セレーネに会いたいという者達も。重要だと思われる者には、レウィシアと共に会っていた。

 暇を見つけ、代々の王と王妃の肖像画が飾られている場所で、レウィシアの両親を見ていた。

 肖像画の二人は仲睦まじい、幸せそうな表情。そういうふうに描いた。ぶすくれたものなど残せない。



「おめでとうごうざいます」

 レウィシアの誕生日。なんとか同じ時間に起き、一番に祝いの言葉を贈る。朝食、昼食も一緒。

 その日は夜の誕生祝いに向けて、朝から準備で城中慌ただしい。町は建国祭同様、お祭り騒ぎだとか。

 昼食後は城の広いバルコニーから国王の誕生日を祝うため、集まった人々に顔見せ。いつもは入れない城内の一部に入れるとあって、大勢の人々。

 ガウラ、アルーラは「隅々まで目を光らせておかないと、入り込まれたら」と話して。

 これだけの人。警備の目を盗み、一人くらいなら。それに正門とは限らない。目立たない裏から。そこは考えており、将軍達はそれぞれ持ち場を決め、兵を配備していた。

 セレーネも服を整え、レウィシアと一緒に離れているが、人々の前に。

「色々届いていますね。明日からは贈り物の仕分け、ですか」

「そうなるだろうな。俺としては、大人しくしているのなら」

 手を振ると、歓声が響く。きっと自分に手を振られた、目が合った、と言っているのだろう。

 数分、そうやって人々に向かい、笑顔で手を振っていた。

 昼の王妃としての仕事は終了。休憩して夜の準備。建国祭と同じ。違う部分もある。戦は終わった。それでもレウィシアを憎んでいる者はいる。あの時と同じようにはならないだろう。なればレウィシアは暴走しそうだ。


「準備はいいか」

 ノラと使用人により、レウィシアと一緒に夜会用へと着替え。それまでセレーネは私室でゆっくり。レウィシアは執務室で仕事。

「このまま部屋でごろごろ。は許可してくれないのでしょう」

「当たり前だ」

 それなら準備はいいか、などと尋ねないでほしい。

 レウィシアの手を取り、会場である玉座の間へ。

「警備はしっかりしている、と思うが」

「何事も万全はない、でしょう。大丈夫ですよ。何かあっても」

「俺が護るから、大人しくしていろ」

「あの杖は壊れました。あのようなものがない限り、大丈夫ですよ。というか、あんなもの、そんじょそこらにいくつもあっては」

 いい迷惑以外のなにものでもない。

「ダイアンサス、ラーデイ、セレーネに味方してくれる者達も目を光らせている」

「フィユカス様も、ですか」

 レウィシアは舌打ち。今回も見つかると駆け寄ってこられ。

「セドナ様は来ていないようですね」

「ああ、招待状は送った。互いの誕生日も知っている」

 何か贈ってきているだろう。真っ先に探して、レウィシアに渡そう。

 話しているうちに会場、玉座の間に。

 広い部屋には貴族、臣下、他国の王族が今日の主役を待っていた。玉座までの道はあけられており、進んでいると「おめでとうございます」と声をかけてくる。レウィシアは止まらず、笑顔で返していた。

 玉座の前に並んで立ち、広間にいる人々を見る。

「これまで色々あったが、今日を迎えられたのは俺を信じてついて来てくれた皆のおかげだ。感謝してもしきれない。中には俺を良く思わない、叔父が良かった者もいるだろう」

 静かに話を聞いている。

「ささやかだが、皆楽しんでくれ」

 ユーフォルは酒の入ったグラスをレウィシアに。セレーネには水の入ったグラス。そう頼んでいた。

 レウィシアがグラスを掲げると、臣下、貴族、領主達もグラスを掲げ、宴が始まった。


「王妃様」

 笑顔のダイアンサスが傍に。セレーネは玉座から下りて、隅に避難。レウィシアの周りに人が集まっている。セレーネの傍には誰も。建国祭同様、気配を殺していた。

「結婚式の日取りは決まりそうですか」

 この数日話し合っていた。そのためフィオナの仕事は抑えられ。

「まだ話し合い中です。それに決まっても準備があります。翌日に結婚式、とはいきません」

「……私の時は早かったですけど」

 ダイアンサスは苦笑。

「安心しました」

 セレーネは首を傾げる。

「陛下は父親を失った日から一人。叔父はいましたが、王妃様も知っての通り」

 仲が良いとはいえず、最終的には。

「王妃様を迎える際、反対も賛成もしませんでした。好きになった方を迎えるのは難しいですが、それくらいの自由は、と思っていましたので」

「それが一番いいのはわかっています」

「とはいえ、陛下の好きな方は全く。ランタナ殿とは気が合っていたようなので、てっきり」

 特定の者と仲が良ければ誰でもそう思う。

「王妃様との結婚式、披露宴でも陛下は渋面で。本来はあのようでは」

「わかっています」

 二年で色々あった。それにセレーネを護るためでもあったのだろう。仲良くしていれば、まぎれ込んでいるレウィシアの叔父の者に。

「失礼ですが、形だけの夫婦になるのでは、と心配していました。それが陛下が刺されたと聞き、駆けつけてみれば、寄り添われて」

 寄り添っていただろうか。

「息子は心配無用、王妃様ははっきりした性格の方で、結婚したくなければ他の男と結婚している。陛下も憎からず思っている、と」

 あはは、と乾いた笑い。セレーネのことは間違っていないが。

「それが今やノロケを聞くまでに」

「……ノロケは初耳です」

 何を言っているのか。

「幼い頃から知っています。家族のように想い、時には接してきましたが、本当の家族までとは。娘がいれば別だったでしょう」

「でしょうね」

 おそらく妃に。ダイアンサスは領主。常に傍にはいられない。

「ようやく一人ではなくなった。王妃様と一緒の陛下は幸せそうで。安心しました。これからも陛下の傍に。支えてやってください」

「私にできることなら」

「王妃様にしかできませんよ」

「そうでしょうか」

 他の者もいる。それに。

「失礼します」

 見ると、ダイアンサスと似た年齢の男達が。護衛は部屋のそこかしこに。傍にはダイアンサス。何かあれば。

「一つ提案がありまして。王妃様にも是非聞いていただきたく。そして陛下に」

 ダイアンサスは顔を顰めている。

「どのような提案ですか」

「王妃様」

 あまりいい話ではないのだろう。ダイアンサスの苦々しい声。

「はい。是非、後宮を作るよう、陛下にすすめめてほしいのです。以前は戦でそれどころでは。しかし国は一つに。もう狙われることはない。王妃様お一人では、なにかと大変でしょう」

 レウィシアに直接言わない、言えない。しかしセレーネから言っても。誰に何を吹き込まれた、とかなんとか長々。

「条件付きでよろしいのなら」

「王妃様、何を」

 ダイアンサスは慌て、男は満面の笑み。

「では、費用はすべてそちらで持ちで」

「は?」

 男達はきょとん。

「だから、費用はすべてそちらで出してください。それなら陛下に勧めますよ」

「費用、とは」

「後宮を建てるのなら、その費用ですよ。使用人、食費、部屋の中の必要なものすべて、そちらが出してくれるのなら」

「む、無茶を」

「何が無茶なのです。国庫の話はこの数日話し合ったのでは。聞いていなかったのですか。それとも空にしたいんです。しても税は上げないと思いますよ」

 ダイアンサスは口に手をあて、小さく震えている。笑いをこらえているのだろう。

「横暴では」

「でしたら、陛下に直接言えばどうです。そこにいますよ」

 セレーネは男達の背後にいるレウィシアを見た。

「何を話している」

 表面上は笑顔だが、目は笑っていない。背後にはアルーラ、ガウラ、フィオナが。

「後宮を作るよう勧めろと」

「ほう」

 鋭い目で男達とセレーネを見る。

「条件付きでいいのなら、と話しました」

 耐えられなくなったのか、ダイアンサスが噴き出す。

「以前も申しましたが、さすが陛下の奥様。そちらも真っ青の条件をつけていましたよ」

「それで、条件とは」

 レウィシアは不機嫌顔。答えが気に入らなければ、部屋へと戻って長々と説教もの。

「費用はすべてそちら持ち、という条件ですよ」

 ダイアンサスが笑いながら答える。

「後宮の建設、使用人、その他諸々、ですよ。あ、もちろん維持費はずっと。建てるとなると、どこか壊すんですよね。私としてはどの庭も気に入っているので、潰してほしくはないのですけど。子供の遊び場にもなりますし」

 レウィシアも幼い頃、アルーラ、ガウラと城の庭を駆け回っていたと。

 レウィシアの不機嫌顔はみるみるほぐれていく。

「ダイアンサス、後宮を建てろ、と言っていたのはこの者達ですべてか」

「何人か逃げていますが」

 言う通り。いつの間にか減っている。

「覚えているか」

「はい」

「そうか。それなら、要注意人物として覚えておこう」

「陛下、それはどういう」

 男達はますます青く。

「改築するとなると、城の内部を知られる。間者が入り込み、内部を細かに調べられては」

「わ、我々は陛下のために」

「自分達のため、だろう。もし作ったとしても、俺は一歩も立ち入らない。ああ、間者に調べられ、攻められた場合の責任もお前達が持て」

 無駄金を払い続けるのもいいところ。

「セレーネ一人で十分。第一、俺の自由に使える金は少ない。セレーネの欲しいものならなんでも買ってやりたいが」

「いりませんよ。欲しいものは……あ、でもこれからは色々欲しいですね」

「陛下、聞きましたか。王妃様は陛下ではなく、この国の財産目当て」

 そこまで言っていない。

 いつの間にか周りに人の輪が。

「生まれてくる子に裸で過ごさせるわけにはいかないでしょう」

「……」

「今、なんと」

「家族が増えますよ」

 セレーネの周囲はしん、と静かに。

「大丈夫です。いざとなれば私が稼いで」

「いやいやいや、違います。セレーネ様」

 アルーラが大きく両手と頭を振っている。

「そんな大事なことをさらりと。陛下、陛下は知って」

 レウィシアを揃って見る。見られたレウィシアは呆然? 固まって? いる。

「知らなかった、んですね」

「今、発表しましたから」

「そんな大事なこと、ここで発表しないでください!」

「でも、いつかは言わないと。あ、陛下の子ですよ。そうでなければ相手の男はどうなるか」

「それは言わなくともわかります」

 アルーラはがくりと肩を落としている。

「王妃様、子供のためなら無駄遣いではなく、必要経費です。確かに子供が小さい期間はわずかですが」

 気を取り直したダイアンサスはガウラをちらりと見た。

「もし揃えられないのなら、ヴィリロから送られてくるでしょう。そして我が国はそんなものも用意できないのかと」

「そうですよ、セレーネ様。陛下に金がなくて用意できなくとも、おれの父が贈りますよ。とはいえ、用意できないなんてないですよね、陛下」

「世話になった者は色々贈ってくる。何かしら魂胆のある者も」

 ガウラの言葉にフィオナは頷いている。

「そうですね。今日のように色々贈られてきそうです」

 必要な物も、そうでない物も。

「賢い者なら陛下に側室薦めるより、次にかけて相手を探しますよ。一番可能性があるのはガウラのとこでしょう」

 アルーラはにやにやしながら、ガウラ達を見る。

「次?」

「陛下の息子か娘、ですよ。仲が良いのは知られています。戦場まで一緒だったのも。陛下は諦め、次にかける。いつまでも陛下一人に執着していては。おれも早く相手を見つけないと」

「……」

「どうしました?」

「いえ、アルーラ様の相手となると、理想が高そうで大変そうだと」

 計算して行動している部分が。それをわかる女性でないと。

「妥協はしますよ。いつまでも独りでは心配かけます。兄がいるので家は大丈夫でしょう」

「そうなったのも俺の責任、か。最悪、俺が相手を探すか、退職まで面倒見るか」

 いつの間にか調子を取り戻しているレウィシア。

「陛下、真剣な顔してそんなこと言わないでください。自分の相手くらい自分で探します。それより、ダンスに誘いに来たのでしょう。あ、でも大丈夫です?」

「激しくなければ大丈夫です」

 レウィシアを見て、手を伸ばした。レウィシアはセレーネの手を取り、進む。国王夫婦が一番に踊らないと、他の者はいつまで経っても。なにより、レウィシアに誘ってもらえるかも、と期待している女性も。

「大丈夫か」

「大丈夫ですよ。心配しなくても」

 楽団がゆったりとした音楽を奏で、合わせて踊る。

「ノラに感謝、ですね」

「ノラに?」

「ここ最近色々あったでしょう。疲れからの不調だろうと考えていたんですけど。ノラに医務室に連れて行かれ」

「わかったのは」

「昨日、です。ですから、これからの予定ががらりと変わります。無理はできないので。すいません」

 近場の視察は体調をみて。遠方は無理して何かあれば、無理をしたセレーネのせいだと。

「名前、考えておいてくださいよ」

「男か女かわからないのに、か」

 レウィシアは嬉しそうに。

「それともわかるのか」

「わかりませんよ。両方考えるなり、男でも女でも通用する名前にすればいいじゃないですか。それと、誕生日プレゼントは一日付き合う、でいいんですか?」

 物を贈ろうにも何を贈ればいいか。レウィシアはセレーネがくれるのなら、なんでもと言う。

 明日、明後日は無理だが、五日後には落ち着いている、と言うので、その日一日は二人で過ごすことに。

「嬉しい報せを聞けた。それで十分だ」

「そう、ですか」

 それでも、その日には菓子か昼食だけでも作ろう、と考えている。城下町へ行けるのなら、お気に入りの茶葉を買いたいが。

「セレーネがいたから、今日を迎えられた」

「言いすぎです」

「俺にとっては本当のこと。見捨てず、傍にいてくれたから」

「私一人の力ではありません」

「それもわかっている。俺を見捨てず、信じてついてきてくれた者には感謝している」

 レウィシアは踊りながら、周りを穏やかな表情で見ている。

「家族になってくれて、家族を増やしてくれて、ありがとう」

「どういたしまして。私こそ、ありがとうございます」

 セレーネも微笑み返した。

「来年も再来年も、この先ずっと傍にいてくれ。愛している」


 平穏とは言いがたい数ヶ月だった。レウィシアの心配、過保護っぷりもだが、セレーネを快く思わない者が生ませてなるか、と仕掛けてくることも。それでも、無事その日を迎えることができた。

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