第33話
新領主の件が片付いたので、レウィシアの仕事は少し減ったものの、来客は相変わらず。
あの布告は。私は民のために尽くしてきた。なんなら今からでも町の様子を。もちろん私ですよね、と自信過剰な者まで。セレーネの元にまで来ていた。半分以上は
陛下のお考えを教えてください。王妃様お一人では大変でしょう。娘を、私を陛下の傍に。そういう
「セレーネ、書類はいいから、こちらを仕分けしてくれ」とレウィシアに案内された部屋には大小の箱が。どれも丁寧に包まれている。
「これは?」
「贈り物、という名の賄賂。贈り主がわかっている物は返したが、名が書かれていないものが多くて。安全なものか、ルクスにも見てもらっていたが」
領主任命で忙しくなり、手が足りなくなった。
「ルクスも最終的にはセレーネに見てもらえば確かだと」
「私も絶対、とは言えませんが」
「セレーネ宛のものもある。ドレス、宝飾品、お茶、菓子、花。花は部屋に飾っているだろう」
「ドレスと宝飾品はどうでもいいですけど、お茶と菓子は気になりますね。何か入れられているでしょうけど。一部」
すべてに入っていないと信じたい。
「花は毒があるものもあったので、注意して取り扱っています」
「捨てろ、そしてすぐ言え」
レウィシアに両頬をつねられた。
「贈り主の目の前でオークションしたいですね。文句を言ってくれば、私に贈ってきたもの、どうしようと私の自由でしょう、と言い返して」
「売上金は」
「どこかの町に寄付。もしくは学び
「なるほど。それもいいが、危険物は出さないでくれよ。危険物と判断したら、燃やせるものは燃やしてくれ」
「わかりました」
その日からセレーネの仕事は贈り物の仕分け。
時々訪れてくる貴族達。ある時、浮気現場を作り、押さえようと企んだのだろう。仕分けていると、男が来て、
「王妃様。ぼくは一目見た時から貴女の
「嘘くさいですよ」
「どう言えば信じてもらえます。僕は貴女を」
「今まで何人も同じことを言って、陛下に睨まれていました。ああ、実力に訴えようとした者もいましたが、すべてこの子に負けていました」
指した先には大きなクマのぬいぐるみ。
「はは、ご冗談を」
「やれ」
一声かけると、座っていたぬいぐるみは立ち上がり、両手をぼふん、ぼふんと合わせる。
「陛下の動きを
男を見もせずに。
「ふっ、ぬいぐるみごとき」
そのぬいぐるみに一発くらっただけで部屋の外へ。扉は開けっぱなし、書類と違い、見られて、盗られて困るものはない。
「きゃっ」と高い女性の声。「またか」と呆れた低い男の声。
「それで、王妃が男と仲良くしていた、と言っていたのは、この男か。どこが仲良くしている」
「え、あの、でも、先ほどまで、楽しそうに」
「していたのか」
不機嫌な声。そこでセレーネはレウィシアを見た。傍には女性。
「いえ。一人でべらべら話していました。いつも通り、この子に勝てばお茶くらいは、と言いましたが」
「負けた、か」
「この子に勝てば、シアに勝てるかもしれませんよ」
護衛を作るので動いているところを見せてください、とぬいぐるみを
「変なものを作るな、と言いたいが、忙しいからな。護衛にはちょうどいいが」
「セドナ様に感謝、ですね」
「待て、セドナが贈ってきたものなのか」
「はい、とりあえずの戦勝祝い、だそうです。オレだと思って抱き締めてくれ、と手紙の最後に」
別の手紙には、他の女に
「斬っていいか」
レウィシアの手は剣に。
「自分対自分、ですか。面白そうですけど、護衛がいなくなりますよ」
レウィシアは剣から手を離し、
「これはつまみ出しても」
「いいですよ。どうせ今回も浮気現場を見せつけようとしたのでしょう。これで何度目です?」
「数えるのも馬鹿馬鹿しいほど」
「考えることは皆同じ、ですか」
「だな」
揃って息を吐いた。セレーネから情報を聞き出そうと、探ろうとしている者も。
男はぬいぐるみの柔らかな手の一発で倒され、女性は「確かに見たのです。王妃様とその男が仲睦まじくしていたところを」と必死。レウィシアは冷たい目を向けていた。
これはまだいいほう。レウィシアに冷たくあしらわれ、化け物、心のない氷の王と叫んだり、何か投げつけたり。セレーネも男女問わず、その容姿でよく陛下に取り入れましたね、と馬鹿にする言葉の数々。
レウィシアもセレーネも聞き流していた。仕事も一時期に比べ落ち着いてきたので、夜はお疲れさまです、とレウィシアを撫でたりしていた。聞き流していてもセレーネよりレウィシアが傷ついている。少しでも気持ちが晴れれば、浮上すれば、とやっていたが、レウィシアが図に乗り始め。
「これ、素敵ですね。このような物を贈られるなんて」
女性が手にしたのは、仕分けした贈り物の一つ。派手な、というか色とりどりの宝石がついた、重そうなネックレス。
「あ、それは」
「なんです」
冷たい目で見られた。お前にこんなものは似合わない、と目が語っている。欲しいのだろう。
「陛下」と猫なで声。レウィシアはセレーネの傍。耳元に口を寄せ。
「いいのか」
近い距離。見せつけたいのだ。女性は顔を
「悪夢を見る魔法がかけられています。宝石も。言ってはなんですが、見栄えはいいですけど、安物」
派手に、豪華に見せているだけ。
「処分するものだから、好きにしろ」
女性は顔を輝かせ、レウィシアに飛びつこうと。
「ただし、もう来るな。来るならこれに署名しろ」
持ち歩いているのか、どこからともなく、例の条件が書かれた紙。聞いて知っているのだろう。
「持ち帰って、考えても」
「好きにしろ」
女性は紙を受け取ると、部屋を出て行った。これ以上問答して、もらったものを返せと言われるのが嫌なのだ。
「いいんですか」
そんな女性の背を見ていた。今夜から悪夢にうなされる。
「俺はかまわない。他の物も命の危険がないものはくれてやるか」
「被害増やすんですか」
「命の危険がないものと言った。命に関わるものなら処分する。何か気に入ったものはあるか」
「特に。まだすべて見ていませんが。もし、あったとしても、シアがそれ以上のものを贈ると、張り合いそうですね」
「休憩にしよう。お茶を淹れてくれるか」
答えない。ということは、当たり。あれほど何も贈れないと言っておいて。呆れながらも、
「わかりました」
頷いて一緒に部屋を出た。
あれやこれやの雑用をこなしているうちに日は過ぎ、邸から領主任命をおこなう町へ。
アルーラは数人の兵を連れ、先に町へ、町の様子見、下見。町へ入る前に合流して、レウィシアに町の様子を報告していた。
「あの~、なんです、この体勢」
宿の一室。ソファーではレウィシアの膝の上。
「こうしていないと抜け出すだろ」
読まれている。
「少し、少しですよ。二時間だけ」
「却下」
「一時間」
「大人しくしていろ」
膝にセレーネを乗せて書類を見ている。
「三時間」
「なぜ増える」
「許可してくれないのなら、増やします」
「増やしても抜け出せなければ意味ないだろ。下見ならアルーラや他の兵、魔法使いが今もしている。セレーネも見ただろう」
馬車の小窓から覗いた町は、お祭り騒ぎと言わんばかりににぎやか。
任命をおこなう場所、どこまでなら遠距離の魔法が届くか、も馬車の中から確かめていた。ルクスとの話し合いも馬車。ルクス達も下見して、離れた場所のどこに兵と魔法使いを組ませて配置すると。
「各地の貴族達だけでなく、俺を見ようと、話を聞こうと民達も集まっている。バルログもどこかに
「それは、わかっていますが」
色々気になる。あの貧民街はどうなったのか。こうなったら。
「一緒に行きます?」
可愛らしく小首を傾げてレウィシアを見上げた。
「任命は明後日。明日はファイアーリヒ様達と一日打ち合わせ。行くなら」
今。
「誘惑するな」
もうひと押しか。
「シアも行きたいでしょ。どうなっているか自分の目で見たいでしょう。任命が終われば、新領主と話し合い。長引けば長引くだけ滞在は伸びます。座りっぱなし。話し合いが終われば、邸へ直行」
うぐぐぐぅ、と迷っているのか、変な声。
「……いいだろう」
よし、とセレーネはガッツポーズ。
「ただし、俺の言うことも聞いてもらう」
「……」
今度はセレーネが迷う番。
「難しいことじゃない」
レウィシアは笑顔。嫌な予感のする笑顔。
「行くんじゃないのか。格好はどうする。ハロート達をどう説得する」
「言うこと聞く、決定ですか」
「セレーネの我が
「本音は行きたいくせに」
「行くなら早くしろ。日が暮れれば夕食を持ってこられる」
昼食は済ませ、茶はテーブルの上にある。つまめる菓子も。将軍達も今日は部屋で明日、明後日の準備、と考えている。扉の外には護衛の兵。
見て回れるのは三時間くらい、もう少しいけるか。
指をぱちん、と鳴らすと、視線が低く。レウィシアは首を傾げている。
「私と同じ、猫になっています」
セレーネは白猫。レウィシアは体格のよい毛長の茶トラ。
「狸にします?」
猫レウィシアは顔を顰めている。
「財布は」
「手に持ってポケットに入れる感覚で。それできちんとポケットに入っていますよ」
猫姿のレウィシアは部屋を歩き、置いてある服から財布を手に。
「あ、その服にも魔法をかけます。人に戻った時、顔が見えるのはまずいでしょう。その服のポケットに必要なものを入れてください」
顔をさらし、人に群がられたら。抜け出したことがばれれば、アルーラ、ガウラ、将軍、ルクスから説教。
「その剣に魔法はかけられないので」
レウィシアがいつも下げている、傍に置いてある剣。レウィシアは剣を見ていたが、尾を一振りすると、準備に戻った。セレーネも必要なものを手に。
準備を終えると、窓から外へ。
「すごい人ですね」
狭い路地で一休み。
尻尾をふりふり道の隅、屋根の上を歩き、町の様子を見ていた。
「ああ」
「今以上の人が集まるとなると、警備は大変ですね。今のうちに満喫しておきましょう」
当日はセレーネも大変。今のうちに自由を満喫しておかないと。
「どこか行きたい場所があれば、そちらへ行きましょう」
「そう、だな」
レウィシアは尾を振り、視線は上。空を見ているのではない。
「あそこは、どうなっただろう」
あそこ? セレーネは首を傾げた。
「貧民街」
レウィシアはセレーネから話を聞いただけで、実際見ていない。
「ああ、噂では住んでいる人は減ってきた、とか。行きましょう」
狭い路地から、人の通っている、にぎわっている道へと出た。
以前は進むにつれ、家は古く、誰も住んでいなかった。だが今は、所々修理中だが人の住んでいる家も。
辿り着いた場所は、小さな天幕や粗末な小屋はまだあるものの、以前より隙間が。
「ここって、今領主はどうなっているんです」
セレーネはレウィシアにぴったりくっついて囁く。傍から見れば、猫二匹が寄り添っているように。
「何度も領主が変わり、俺が
領主を追い出してから一ヶ月も経っていない。その間に何度も領主が変わった。
「一日一回は炊き出しをして、職探しもしていると。それでもすぐに住む場所を変えられるほどでは」
金は貯まっていない。買うにしても借りるにしても、元の家を直すにしても。それに家だけでなく、服や身の回りのもの。色々。何をするにもお金がいる。
炊き出しも、レウィシアが費用を出しているのだろう。
「悪徳金貸しにカモにされないといいですね」
「そうだな」
しばらく眺め、気が済んだのか、背を向けた。このままここにいても、何もできない。見ているだけ。
にぎやかな町に戻ると、屋根の上、塀の上、時には子供に追いかけられ(レウィシアが
レウィシアも人と違った視点で見られて楽しそうだった。
「はぁ、楽しかったです。
宿に戻り、夕食中レウィシアに向かい、任せておけ、と胸を叩いた。
「何度も言うが大人しく護られろ」
「何が起こるかわからないでしょう。いざとなれば」
「セレーネを抱えて逃げる」
「即答しないでください」
本当にやりかねない。アルーラ達も、そうしろと言う。
「今日行ったんだ、明日は抜け出すなよ。ファイアーリヒ達もセレーネに会いたがっていた。出ていた理由も調べているだろう。領主を任命しても、セレーネを置いて行けと」
「心配のしすぎですよ。シアが残れと言うのなら残りますけど」
「抱えてでも帰る」
レウィシアは真剣な顔。はいはい、と適当に流したのがいけなかった。不満顔に。
「……なんです、これ」
「何、とは」
領主任命当日。レウィシアのみならず、セレーネまで髪を整えられ、送ってもらったドレスを引っ張り出してきて着せられ。色々整えてくれたのは女性の魔法使い。
「この格好ですよ。動きにくいじゃないですか」
「王妃としては当然だろう」
しれっと。
「……まさか、見せびらかそうと」
「大事な王妃を見世物にするわけないだろ」
嘘くさい笑顔。
宝飾はレウィシアの贈ってくれたペンダントと小さなイヤリングなので派手に飾ってはいないが、いざという時、何かあった場合は動きにくい。
前日はファイアーリヒ、トゥンバオとこまごまとした打ち合わせ。セレーネが顔を出すと、
「お久しぶりです。ご活躍のようで」
頭を下げられた。村のことか、イソトマ山も含めてか。この地を治めるのなら、採掘のこともレウィシアと話し合っているはず。
セレーネは
「陛下より先に会えていれば」
言葉は
二人は裏口から時間をずらし、こっそり入って来た。国王がいると知れたら、この町に来ている領主、貴族、民が押しかけてくる。
ファイアーリヒはクリサムにも新領主、自分の治める地が変わることを教えていない、という徹底ぶり。セレーネは聞かれても誰が誰だか。それぞれ治める地名も怪しい。もし、教えろと脅されても、知りません、わかりません、としか答えられない。そんな勇気のある者がいれば、だが。
「セレーネ」
レウィシアは手を差し出してくる。いつものように、その手をとって、宿を出た。
新たな門出を祝ってくれているような晴天。天気は祝ってくれていても、人々はそうではない。
厳戒態勢のなか、レウィシアが民衆の前に現れると、わぁぁぁと歓声が上がる。いつかの、建国祭を思い出させる。
前口上の後、
「これより各地を治める領主を発表する。発表後、各地にも布告し、広く知ってもらう」
領主となる者には黙ってこの場にくるように手紙を出している。国王が呼び出したとなれば予想はつく。ばれれば快く思わない者が何か仕掛けてくるかもしれない、と脅しつきで。辞退する者は別の者に。来られなければ理由を。きちんとした理由があれば任命書を送るようにしてる。
何も知らず自分が選ばれると考えている者もいるだろう。
「まず、この町から」
レウィシアはもったいぶらず、次々と地名と治める者の名を呼んでいく。
任命書はレウィシアに呼ばれた者が前へと出て、将軍が手渡す。すべてレウィシアの直筆。
歓声、拍手を送る者もいれば、誰だと首を傾げる者。なぜ、馬鹿な、ブーイングを飛ばす者も。騒がしい中、それでもレウィシアの声は響く。
「以上、大変だろうが、しっかり治めてくれ」
レウィシアは任命書を受け取った一人一人を順に見ていく。フェガ・ペトラの治める地は変わらず。
「陛下、どういうことです。我々は」
不満を持つ領主、貴族が民衆を押しのけ、出てくる。その中には毎日訪れていた、あの領主の姿も。
「ああ、今から貴族の地位を剥奪する者も伝える。こちらも各地に布告するよう手配している」
「何を勝手に! 横暴にも程があります! 我々も必死に治めてきた。それを相談もなく勝手に!」
「財産の没収は半分にしようと考えていたが、すべて没収されたいか」
レウィシアは冷たい目。半分あれば
これもファイアーリヒ達と揉めたらしい。ファイアーリヒはすべて没収しろ、とレウィシアはすべて没収すれば生活に困る。失うものは何もない、と
「もしくは民に聞くか? ここには各地から集まっている。前領主がいいか、新領主がいいか。新領主には税を元に戻せ、罰則も俺の治めている地と同じにしろ、と厳しく伝える。足りないのなら理由をしっかり書き、認めれば国庫から出そう。ただし厳しく調べる。叔父のように用途不明、湯水のように使われては」
本当か、本当に税は減るのか、どのくらいになるんだ、と民衆はざわざわ。
「新領主に何かしてみろ、きっちり調べて一生領主、貴族には、いや、グラナティスの民としても暮らしてはいけないよう罰する」
「横暴すぎますよ」
「今まで好き放題してきただろう。調べもついている」
そうだ、そうだ、と民衆からも声が。
「それなら国王と新領主、すべて倒せばいい」
民衆を押しのけ、飛び出してくる。飛び出してきた者が狙ったのはレウィシア、ではなく新領主達。振り上げられたのは剣でなく。
新領主達は身構える者もいれば、短い悲鳴をあげ、頭をかばう者も。しかし、新領主達には届かず。
「残念だったな。こうなるかも、と俺の周りには結界を張っている」
レウィシアの静かな声。民衆、怒っていた領主、貴族達はしん、と静かに。
「何か対策はとっていると、こっちも予想はしていた。なにせ王妃様、幸運の女神様が王様にはついている」
薄汚れた布をかぶっていたが、それをとると、出てきたのはバルログ。顔、体の左半分は白い鱗に覆われている。左腕も人の腕ではなく、竜の前脚のように太く、鋭い爪が。
「中途半端な姿になりましたね」
レウィシアの背後に控えていたセレーネは隣へ。
「ああ。中途半端な姿になった。だがこれでも仕事はくる」
「俺の暗殺、か」
「この領主共も馬鹿じゃない。人質はこれだけいる。中に手の者を
「逆に領主を人質にとりましょう」
「セレーネ」
軽い口調に呆れているのか。
「でも、そうでしょう。自分の命ですよ。惜しいでしょう」
「はは、これはいい、どうやって人質にとるというのか。やれるものならやってみろ、小娘!」
領主、貴族達は鼻で笑い、馬鹿にした目。
「では遠慮なく」
「馬鹿が」
バルログの呆れた声。
セレーネは石畳から同じ色をした大きな手を出し、固まっていた領主達を包む。本当にやれると思っていなかったのだろう。領主達は捕まってから顔色を変えた。
「元々見捨てるつもりでしたね。助けに動こうとも」
「助けてどうなる。自業自得。勉強不足。身の程知らずにも王妃様に喧嘩を売った。これで守護妃の名はまた広がるな」
「なんか、嫌なあだ名が勝手に」
「本当のことだろ。
「さらにおかしなことに。どこをどう見れば女神」
「見る者が見れば」
レウィシアはセレーネの肩を抱く。
「目を疑います」
問答している間に結界外では兵達が新領主達の前へ。
「今一度聞く。俺と来い。グラナティスだけじゃない。俺の力と王妃様の力があれば、大陸統一だって」
「お断りします。大陸統一など夢の夢。ここを見ればわかるでしょう」
大小の不満がそこらに。
「私はこの人の傍にいます。不要だと言われるまで」
笑顔でレウィシアを見上げた。
「セレーネ」
レウィシアは見返してくる。
「こっちはそこまで待っていられない。依頼どおり、王様とそこの領主達を始末する。王妃様を始末してくれって奴らもいたが」
自らが、もしくは娘を王妃の座に
「あっちの領主は助けないのですか」
セレーネは、領主達を握っている手に力を込めるように魔力を込める。呻き、こっちを助けろと叫ぶ領主達。
「ああ。さっきも言ったが王妃様がいる限り、勝てない。だが王妃様は関係ない民を巻き込むのを嫌う。それにそいつらがいなくなって誰が困る。民衆にそいつらの手下が紛れ込んでいるが、雇い主はああ。王様も宣言してたな。領主、貴族、民として暮らせなくなると。罪人だ。罪人から金がもらえると。そっちも民衆に兵を潜ませているんだろ」
静かだった民衆は見回し、ざわざわ。
「まるで逃げろ、と言っているようですね」
「賢い奴はとっくに逃げている。残っているのは、俺の連れて来た手勢と
「それなら関係のない方達は
「さあて、どうするかな」
バルログはにやにや笑っている。
「そう言うでしょうね。ですが私にも優先順位はあります。再びこの地を混乱させるわけにもいきません」
「だから、なぜセレーネが相手をしようとする」
ぐい、と抱かれていた肩を引かれ、背後へ。
「お前達が行動を起こせば、紛れている者も動く。多少の怪我人は覚悟の上。医師、薬師、治癒師は揃っている」
「俺達が動かなければ、どうするつもりだったんだ」
バルログは呆れたように、右手で頭をかいている。
「何事もないのが一番だ」
こうしている間に一人、一人と逃している。危険と判断した者も逃げて。
「まぁ、いいか。俺の狙いは王様。そして王妃様だ。王様を目の前で倒せば、怒り狂って本気を出してくれるだろう」
竜と化した左腕を振る。民衆からは悲鳴。この場から逃れようと。民衆の中からは、落ち着け、こちらだ、と叫ぶ声。
レウィシアの前にいた新領主達も兵に護られ、この場から離れている。逃げた先に待ち構えている一団がいても、大隊でない限り。
「セレーネが出るまでもない。そして俺がお前に負けることも」
レウィシアは剣を鞘から抜き、バルログへ。
「領主様がいるので気をつけてくださ~い。どうなってもいいのなら無視していいですけど」
軽い口調。セレーネの相手はバルログの手下と本気で敵討ちを願っている者達。バルログと争っているレウィシアを狙うだろう。もしくはセレーネを狙い、レウィシアの動揺を。
動けない領主達はやめろ、助けろ、助けてくれ、と叫んでいる。
民衆は減ってくる。その中で一人、二人と民衆に紛れたバルログの仲間とレウィシアの兵がその場に。
剣のぶつかる音。レウィシアの剣、バルログの左腕。バルログの体、左側は竜の鱗により強化されている。対してレウィシアは強化されていない。バルログは右側さえ護れれば、左側は竜の鱗が完全ではないが、防いでくれる。それだけではないだろう。力、もしかしたら体力も強化されているかもしれない。
「新たな領主達は避難した。ハロート将軍と兵の一部が護衛についている。こちらは」
ガウラがセレーネの傍に。
「アルーラ様が民衆の避難誘導。いざという時の計画通りです」
起こってほしくなかった、いざという時。
「あれを倒せば」
ガウラが見ているのはレウィシアとバルログ。
「グラナティス初代国王もこんな姿だったのか。竜から力を奪った、盗人。だったら、俺が国王の生まれ変わりとして、この国を治めても」
「ほざけ!」
よそ見していると、セレーネ達に向かってくる者達。ガウラは剣を構え、セレーネは魔法の用意。
「こちらは片付きましたが」
石畳にはバルログの仲間達が倒れてる。負傷した味方の兵は治癒師により癒され。数はバルログが用意した者が多かった。レウィシア側は民衆に新領主の護衛にと、分けて。
「時間がかかるのでしょうか。手を貸したほうが」
「大人しく見ていろ。手を貸せば、陛下ではなく守護妃が倒した、とさらなる噂が」
思い返すが言われるほどのことは……。
レウィシアもバルログも息が荒い。レウィシアはただの人。それでも互角。誰の手も借りず、戦っている。どれほどの負担が。
「決まるか」
ガウラの呟き。目はレウィシアとバルログ。セレーネは残党がいないか注意しながら、向かい合う二人を見た。
バルログの左腕はぼろぼろ。レウィシアの剣は刃こぼれ一つない。
同時に動く。相手に向かい、剣を左腕を振る。
レウィシアの剣はバルログの右肩から斜めに。バルログの左腕はレウィシアの体に届く寸前で止まっている。以前渡したお守りが働いたのだ。
「ぐ、あぁぁ」
バルログの絶叫。左手で右肩を押さえるも、石畳へとくずおれる。
「終わったな」
ガウラは小さく息を吐く。
レウィシアはとどめを刺そうと、バルログに近づき、剣を振り上げた。
建物の陰から、レウィシア達へと駆けて行く人が。
「シア! 」「陛下!」
気づいたガウラと共に声をあげ、駆けるが、先に駆け出した者がレウィシア達に近い。
レウィシアへ一直線。その手には光るものが。
レウィシアも気づき、かわそうと動こうとするも、バルログが体を張り、レウィシアの動きを封じる。
レウィシアへと向かっているのは女性。貴族令嬢には見えない。一般人?
セレーネはとっさに空気に魔力を込め、風を操り、女性へと。セレーネより足の速いガウラがかばう、女性を突き飛ばすより、女性は早く。レウィシアへと手にしたものを。
バルログは「やれ! 」と叫んでいる。
女性は両手で握っている短剣をレウィシアの胸へと。
「シア!」
間に合わない。悲鳴のような声。
しかし、その短剣がレウィシアに触れることはなく、弾かれ、直後セレーネが操った風に女性は吹き飛ばされる。
ガウラはバルログに斬りかかり、レウィシアと離す。
「シア」
レウィシアの傍へ。
「ああ。大丈夫だ。これが護ってくれた」
レウィシアが指しているのは、セレーネが贈ったブローチ。翼形の金属にはめこまれた宝石は役目を終え、割れている。
「え、でも、これは最初、バルログの攻撃を防いだんじゃ」
「それはこっちだろう」
レウィシアはポケットから小さな袋を取り出す。袋の中からレウィシアの手の平に出てきたのは、真っ二つになった水色の宝石。
初めてついて行った戦で贈ったお守り。二つとも持っていたから。
ほう、と長い息を吐いた。
「はっ、やっぱり王妃様の力、か」
レウィシアを護るものは、もう何もない。セレーネはかばうようにレウィシアの前へ。
「見たか、あの王妃、王妃を手に入れろ! そうすれば、この国が手に入る!」
いるのは身動きできない領主達。倒れたバルログの仲間。レウィシアの兵。
「入りませんよ。
「どうかな」
石畳に座り込んでいるバルログは迫力のある笑みを浮かべ、セレーネを見ている。
「王妃様が出てきた途端、戦況は王様に傾いた。すべては」
「シアの実力、ですよ」
レウィシアはバルログに近づいて行く。バルログは覚悟を決めたのか、大人しい。
「俺を倒しても次が出てくる」
「ああ。わかっている。すべての者に理解されるのは無理だ」
レウィシアは倒れている女性をちらりと見た。
「だが、今はお前を倒せば、終わる」
レウィシアは剣を上げ、振り下ろした。バルログは笑みを張り付けたまま。捕らえられ、身動きできない領主達は悲鳴をあげ、許しを、助けを
石畳へと倒れたバルログ。セレーネは炎の魔法を使い、燃やす。残すわけにはいかない。
「あの人は」
気絶している女性を見た。
「おそらく、俺が倒してきた兵の、身内」
戦、だった。ほんの少し前まで。互いに争い。
「こうなる、憎まれ、恨まれるのはわかっている」
セレーネはレウィシアの胸にすり寄る。
「無事でよかったです」
小さく呟く。
「汚れる」
「かまいません」
レウィシアはセレーネの背を優しく叩く。
「
指示を飛ばし始めた。セレーネはレウィシアから離れ、
「あれはどうしましょう。縄があればまとめて連れて行けますが。それとも用意できるまで、見せしめ」
領主達を見た。
「見せしめもいいが、いつまでもいられては困るだろう。余計なことを言い触らされても。縄なら用意しているが、数が足りるか」
「用意はする。が、この後はどうする」
ガウラも傍へ。
「まずはここの片付け、着替え。貴族の剥奪は書面と触れで、だな」
民衆の前で、だったが、こうなった以上は。
「着替えれば、任命はしたから、集まっている新領主と話し合い。まだ避難場所だろう」
どういう状況かわからないのに、勝手に歩くのは危険。
「ここは任せて、数人の護衛を連れて新領主の元へ行け。そのうちアルーラも戻って来る。新領主の元には将軍がいる。ぱっと見、大怪我をして動けない味方の兵はいない」
「急いで治します」
セレーネはレウィシアに向かい、治癒魔法をかける。ついでに何かあれば結界が発動するようにも。宝石とは違い、一日しかもたない。しかし何が起こるか。気を抜いて、先ほどのように一般人に向かってこられては。新領主もレウィシアにいい感情を持っているとは限らない。
「はい、いいですよ。どこか痛いところや動きが悪いところは」
「大丈夫だ」
確かめもせず頷き、歩き出した。
「本当ですか?」
セレーネは疑いの目。
「ああ、行こう」
「本当の本当に、ですか。後で治癒師にきちんと診てもらって」
「本当に大丈夫だ。疑り深い」
「我慢強い、他人を優先しますから」
歩きながら話していた。
レウィシアは汚れを落とし、着替えて、新領主達の元へ。セレーネはそれほど動いておらず、汚れてもいない。いざという時のために宿の別室に着替えを用意していた。
部屋で待機していようとソファーに腰を落ち着けていたが、着替え終わったレウィシアに「行くぞ」と引っ張られ。
「どうして私が。行っても立っているだけですよ」
「かまわない。バルログがあんな発言をした。誰に狙われるか。それに護衛を分けるのも」
ただでさえ手は足りない。
「ぬいぐるみを持ってくればよかったですね」
セドナからもらい、セレーネが魔力を
「行くぞ」
手を握り、部屋を出た。表情は引き締めて。
レウィシアの無事な姿に新領主達はほっと安堵の息。
「すまない。邪魔が入ったが、これからのことについて話し合おう。とはいえ、ファイアーリヒ、トゥンバオに任せることにしたから、話は二人を中心に。俺からは、こちらも俺の治める地とすべて同じにする。税金、法。父の時代と同じ。記したものを用意している。覚えている、知っている者は必要ないだろうが」
セレーネは将軍と一緒にレウィシアの背後に控えて話を聞いていた。
やはり話し合いは半日では終わらず、その日は貸し切っている宿で皆泊まることに。別の宿をとれば誰に狙われるか。それに対し、ここはレウィシアの兵が固めている。貸し切る手配をしたのはファイアーリヒ。
「また助けられたな」
宿の一室。セレーネとレウィシアだけ。レウィシアは深々と息を吐いた。セレーネは首を傾げる。
「これだ。できるだけ使わずにいたかった」
レウィシアが言っているのは、贈ったブローチ。
「また作りますよ」
石をどうするか。ノームにもらったのはまだあるが、レウィシアの気に入る色があるか。今は手元にない。あれば色々できて助かったのだが。
「大きいですけど、もらったイソトマ山の宝石で作りましょうか」
砕けば小さくなり、加工しやすく。
「できれば同じ色の石がいい。セレーネの瞳と同じ色の石」
「……なぜ」
レウィシアの身分なら、色々な宝石を見て、目も肥えている、はず。セレーネも魔法や精霊関係で見る目は養われた。偽物と本物、高価なものと安価なものを見分けられる。
「いつもセレーネに見られているようで」
「見張っているような言い方ですね」
セレーネは少し引く。
「落ち着く、と言いたいんだ。実際、こうして傍にいてくれるのが一番落ち着くし、嬉しい。離れていた時はこれを見て、元気か、皆を困らせていないか、思っていた」
レウィシアは笑顔でセレーネを見ている。
「当分は目を離せない」
「バルログの言葉、ですか」
セレーネを手に入れればグラナティスが手に入る、という
「すべてシアの力ですよ。戯言を信じて連れ去ろうとするのなら、ぶっとばします」
「勇ましいな」
レウィシアはすり寄ってくる。
「だが俺をもっと頼ってくれ。男として護られてばかりなのは」
「シアは護るものがいっぱいですからね。逆にシアを護る人もいっぱい」
セレーネだけでなく、ガウラ、アルーラ、将軍。ファイアーリヒ達も別の方法で。
「弱音なら聞きますよ。今のところそれができるのは、私だけでしょう」
「そうだな。こうして甘えるのも」
レウィシアは顔を近づけてきた。
「体は大丈夫ですか」
「何度も言うが、大丈夫だ」
近い距離。
夕食も領主達と話し合い。今日はもう休もうと、部屋へ。治癒師にしっかり診てもらっていない。
「そんなに心配なら、じっくり診ればいい。セレーネだからできる」
さらに顔を近づけてきた。
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