第32話
「初めまして、と言うべきか」
男は表情を動かさず、レウィシアを見ている。
「これは陛下。何かご用ですか」
椅子に座り、立ち上がりも、頭を下げもしない。護衛として連れてきたのはガウラだけ。ハロートがいれば無礼な、と表情で語っていただろう。
「用があるから来た。なければ来ない」
レウィシアは苦笑。
「まず謝罪する。何度も足を運んでくれた。それなのに会えず、すまなかった。誰が、いつ来たか記録しておけば。俺の不手際だ」
レウィシアは頭を下げる。
「こうして来るのが正しいと。セレーネの名を使い、呼び出してもよかったが」
レウィシアでは来ない。だがセレーネなら。
「それで、ご用件は」
「率直に言う、ナハスを治めてくれ。あそこはこの地で一番大きな町。そして荒れようは知っているだろう」
貧富の差が大きい町。貧民街では多くの者が暮らしていたとか。
「イソトマ山へ送られた者は兵を派遣して、それぞれ町へ帰した。帰せる者は、だが」
レウィシアは一度目を伏せる。
「あの山は閉山。命知らずの個人が入るのは止められないだろう」
抜け穴はある。常に目を光らせるのは無理。
「なぜ私に。私は貴方の叔父に従わずにいたため、中心地から離れた、この小さな町を任された。この町で手一杯ですよ」
「よく言う。叔父に逆らい、我を通し続けた。頑固であるが良き領主だと、聞いている。そんなお前とトゥンバオにこの地を任せたい。トゥンバオにもややこしい地を治めてもらう」
「嫌がらせですか」
叔父の治める地で反発、抵抗した数少ない貴族達の代表がファイアーリヒとトゥンバオ。叔父を言い負かしていたとか。
ファイアーリヒは心底嫌そうに顔を
「それはそちらだろう。セレーネに息子を預けておいて。何度絞めてやろうと思ったか」
「あんな息子でも唯一の後継。絞められては困ります。無事なのでしょうね」
「ああ、数日前から俺の
「……陛下の下で」
レウィシアは笑った
「領主の交代も考えている。だが俺はこの地に
ガウラに向けて手を出すと、分厚い封筒を手に乗せてきた。
「貴族が多すぎてわからん。没落した貴族を復活させ、叔父の手の者は失脚させる。俺の考えている者をこの書類に記している。各地の領主に
叔父は金さえ払えば貴族の位を簡単に与えていた。領主の座も。金を多く払った者に。色々な意味でいなくなった貴族もいるだろう。
レウィシアは封筒をファイアーリヒに差し出した。
「国境の件は」
「アルーラが釘を刺してくれた。セレーネには頭が上がらないが、セレーネは教えてくれた者に感謝しろと。がっかりしていたのは期待していたから。していなければがっかりも、訪ねても来ない、と」
「息子を預けて正解でした。それがいつの間にか陛下の下、とは。出世した、と言うべきでしょうか」
そこで手を伸ばし、封筒を取る。
「王妃様でなければ、息子の嫁として迎えたかったですよ」
フェガ・ペトラも同じことを言っていた。
「しかし、王妃でなければ会えなかった。全く、ままならない」
レウィシアが使えなければ、セレーネを味方につけ、ヴィリロとこの地の貴族、近隣の国と協力してレウィシアを討つ、まで考えていたのかもしれない。
「トゥンバオと話し合い、結果はお持ちしますよ」
「答えが出たのなら、息子に知らせてくれれば、こちらから出向こう。来客中と断ってくれてもいい」
ファイアーリヒは小さく、ふっと笑う。
親子でも全く違う。セレーネにクリサムを紹介された時はつい睨んでしまった。セレーネに尊敬の念以外のものを抱いているのは目を見ればわかる。
「そんな顔して睨まなくても」とセレーネは呆れていた。どうして本人は色恋に疎いのか。フィユカスもあれだけわかりやすく好意を表していたのに。
自領に帰る際、セレーネと話していた。手を握っている姿を見て、何を話している、と傍へ。
「睨んでいない。その頭は」
クリサムは前髪を大きなリボンで結んでいた。
「髪留めがよかったです?」
犯人はセレーネか。
「邪魔だろうと、結んだり留めたり」
セレーネが結んでいるのか。つい顔に不満が。クリサムは
「シアも伸びましたね。伸びた分だけ切りましょうか?」
レウィシアの頭を見ている。
「嫌なら留めても。お揃いで」
手には髪留め、リボン。遊ばれる、と瞬時に覚り、これでいいと断った。あんな頭で客の対応をしていたら、どう見られるか。
当初、このようなので仕事になるのかと疑っていた。初日はセレーネが傍に、次の日は半日、次の日はお茶だけ、と時間を短縮していき。
セレーネの言葉通り、クリサムはしっかり仕事をこなしている。記憶力もよく、計算も早い。ただ態度が。
そのセレーネは相変わらず別の部屋で仕事。一日一回は顔を見せているが、部屋で寝落ちすることも。次の日には必ず不機嫌顔でセレーネを見てしまい。セレーネはわけがわからない、とばかりに首を傾げて。セレーネの元にはレウィシアが会いたいと考えていた貴族、領主が訪れていた。もっと早く気づいていれば。
手が荒れていたのは庭の手入れをしていたから。寒いのは苦手なのに。庭まで頭が回らなかった。特に雪で埋もれるこの時期に手入れしても。邸を使えるように、危険物がないかを調べるだけで。
夕食前にセレーネが部屋に来て、
「はいはい、今日も不健康に
部屋の外へと追い出され、ガウラ、ハロートを連れて走っていた。寒い上に、雪に足をとられ、思うように動かせないが、外の空気、体を動かしたことで気分も変わってくる。城にいた時は書類、謁見をしながらも、暇を見つけ、時間を作り、体を動かしていた。ユーフォルも行き詰まっていれば、忙しくとも、気分転換をされてはと。
最近は書類仕事ばかりで全く。動いても厨房や資料を置いている部屋の行き来だけ。
なるほど、動いていないから、それほど食欲もわかなかったのかと、一人で小さく頷いていた。セレーネが気分転換に庭の手入れをしているのも納得。
「明日は剣でも振るか」
ガウラ、ハロートは暇を見つけて体を動かしていたのだろう。レウィシアは全く。
この後、温かい風呂に入るか、食事にするか迷ってしまう。
体も動かし、セレーネも傍にいてくれたので、その日は久々夢も見ず、夜中に起きることもなく、ぐっすり眠れた。
その日から暗くなる前に走りこみ、時には兵達を相手に剣を振っていた。庭の手入れを手伝っていた兵からセレーネの話を聞くことも。セレーネと雪合戦もした。
あの領主と女は来ていない。一日はとっくに過ぎ、二日、三日と。叔父派の貴族、領主は相変わらず来ている。来客中に誰か訪ねて来たら、名前を聞いておけ、急を要するなら来客中でも扉を開けろ、もしくはセレーネに話を聞いてもらえ、と扉前にいる兵に伝えた。
ハロートが確認すると、それまで扉前にいた兵は城からついてきた兵ではなく、叔父派の貴族が
忙しさはあるがなんとか領主候補を絞り込んで、こうしてファイアーリヒを訪ねられた。
先に町の様子を見て、領主であるファイアーリヒの話も聞いた。セレーネへのお土産も。
セレーネは留守番。いつものように書類整理、来客の対応も。暇なら庭の手入れ、菓子作り。庭の手入れを手伝っていた兵に作った菓子を差し入れていたようで、話を聞き、
「陛下」
ファイアーリヒの声に思考から戻る。
「私もまだ完全に信用したわけではありません。これからの働き次第では」
「わかっている。肝に
レウィシアは一旦言葉を切る。
「不満を持つ領主、貴族、隣国と協力して俺を討ちにくればいい。俺がしてきたことの結果だ」
レウィシアがそうさせた。
「とはいえ、叔父のお気に入りの領主は不満だらけ。いつ手を組んで俺を始末しにくるか」
「一握りですよ。すべてではない。そして、あの王妃様が傍にいる限り、大丈夫では」
「そうだな。殴ってでも俺の間違いを正してくれる」
恐れもせず、まっすぐレウィシアを見て。たとえレウィシアに斬られようと。
「そうそう、陛下は気が強い、はっきり言う、叱ってくれる方が好みなのですか」
真面目な顔で。
「? なんのことだ」
「聞いた話ですが、王妃様を怒らせたが、満面の笑顔だったとか。尻にしかれている、とも」
「……」
指輪の件。
セレーネに「
「死んでも外れないようにしてもらった」
「……誰に、です」
低くなるセレーネの声。
「セレーネの友人」
「なに、馬鹿しているんです」
胸倉を摑まれた。久々のやりとり、近いセレーネの怒り顔。嬉しくなり、つい笑顔に。
「なぜ笑っているんです。やったことがわかっているのですか」
「いや、かわいいな、と」
「はぁぁ!」
さらに怒らせた。本気で怒っていないのはわかっている。
そのやりとりはガウラ、ハロート、クリサムも見ていた。そこから知られたのだろう。
「お預かりします。三日ほど時間を」
ファイアーリヒは椅子から立ち、小さく頭を下げた。レウィシアは気取り直し、頷き、用を済ますと邸から出た。
一つの大仕事は終えた。それでもやることは山積み。次の大仕事はファイアーリヒ、トゥンバオとの話し合い。彼らは叔父の治める地で自分のやり方を通した。彼らだけではないが。そのため叔父や叔父に味方する貴族、領主に敬遠、嫌われていた。
ファイアーリヒの邸から戻った翌日。
「失礼します、陛下」
アルーラが部屋へと。客はおらず、ハロート、クリサムと仕事中。
「ここから離れた村のなのですが、村の者がばたばた倒れている、と報告がありました」
「病、か」
「詳しくは、なんとも。ですが一斉に倒れたと」
「毒、ですか」
アルーラの背後から高い声。ひょっこりと顔を出したのは、セレーネ。
「いつの間に」
「アルーラ様が入った後すぐ。順番待ちです。できたものを渡すだけ、ですけど」
セレーネは執務机まで歩いてきて、仕上がった書類をレウィシアへと差し出す。
「それで、調べに行くのですか」
「倒れたのはその村だけか」
「今のところ。もし病なら広がる可能性が。毒なら、どこかに原因が」
「どこの村です」
「セレーネ」
興味を持つな、という意味を込めて呼ぶ。
「聞いてしまった以上、興味は持ちますよ」
レウィシアは大きく息を吐いた。
「先に進めますね。村の場所は」
アルーラの話を聞きながら、地図を思い浮かべる。
「この辺りで流行り病は」
「ないですね」
「毒なら、原因は」
「自然、魔獣、魔法使い。大まかに分ければこの三つですね。う~ん、この地はイソトマ山に近いですね。近いとはいえ、それなりの距離がありますけど。風に乗って有毒ガスが流れた、とか」
セレーネはいつの間にか手に地図を持っている。
「そういう話は今まで聞いた覚えはありませんけど」
クリサムの控え目な発言。こういう時、地元の者がいるのはありがたい。
「叔父の手の者が嫌がらせに魔法か薬をばらまいたか。持ち逃げしようとして、危険物として捨てていったか」
「十分にありえますね。調べに行きます」
「勝手に行くな」
「え~」
セレーネは不満顔と声。
「病だったらどうする」
「その村だけなら、その村に原因があります。もし、広がれば」
この地域、いずれは国全体、隣国へ。
「王直々はまずいでしょう」
「王妃直々も、だ」
「でも私なら、魔法や魔法道具、魔獣ならわかりますよ。薬は微妙ですけど」
「不安しかない」
レウィシアは眉間を揉む。
「病気でも、あの女にかかった方の血を送れば、十日で原因を突き止め、運がよければ薬も作ってくれます」
低く呻いた。
「……暇なら仕事を増やしてやろうか」
「なんの嫌がらせです」
セレーネは顔を顰めた。
「おれがついて行きます。あと魔法使いを何人か。村に医師は」
アルーラはクリサムを見た。
「います。どんな小さな村でも一人はいた、はずです」
叔父の政に耐えられなくなり、逃げ出していなければ。
父は小さな町や村にも一人は医師を置いていた。いなければ、城から何年間かいてくれ、と派遣させて。給料は城から。
アルーラもセレーネが行くことが早く片付くと。レウィシアもそれはわかるが。
「馬で行けば一日ですよ。馬に乗れない魔法使いは馬車で」
アルーラの言葉にレウィシアは再び大きく息を吐いた。
「セレーネ以外の魔法使いで、と言いたいが」
原因を突き止められるか。
「十分注意して、兵も何人かつれて行け。アルーラ、危険と判断したら、セレーネを抱えてでも帰って来い」
「できますかね」
「やれ」
魔法を使われては無理かもしれないが、それでも。
「わかりました。セレーネ様、兵と魔法使いの用意がありますので、出発は明日です。今日は大人しくしていてください。さもないと明日は行けず、陛下に一日中抱えられていますよ」
「……仕事の邪魔でしょう」
「器用にこなす方ですからね」
セレーネはなんともいえない目でレウィシアを見ていた。
「装備が少ないと心細いですね」
なんとか許可をもらえた外出。出る際も小さな子供かというくらい、あれこれ言われ。
「心細いんですか?」
意外そうに。セレーネ、アルーラ、兵は馬上。魔法使いは馬車で村へと向かっていた。
「ええ。何か起こっている、起こった地は準備万端で行っていましたから」
各種薬に魔法道具を揃えて。詳しい状況がわからなければ特に。
「今回は一人ではありませんから、まぁ、大丈夫でしょう」
いざとなれば誰かを
ついてきている兵は四人、魔法使いは二人。大勢で動けば何事かと思われる。特に戦が終わったばかりのこの時期は。
「魔獣や魔法道具なら簡単なんですけどね」
魔獣は倒せばいい。魔法道具は回収。一番厄介なのは病。簡単にレウィシアの元へは帰れない。とにかく行ってみなければ、何もわからない。
休憩を取りながら進み続けること一日半。朝出て、夕方着いて動くのは、と途中の町で一泊。
移動中、セレーネは鼻を動かす。
「この近くに村か町はあります?」
「え~と、どうでしたっけ。目的の村まで、一時間かからないですけど」
昼前には辿り着ける予定だった。
「どうかしました?」
「一度止まり、魔法使いを外へ」
アルーラは首を傾げながらも馬を停めるよう指示。馬車に乗っている魔法使い二人を外へ。
「わかります?」
セレーネは魔法使い二人に尋ねた。一人は黒ローブの男、一人は白ローブの女。どちらもセレーネやアルーラと同じ年頃。
二人は周りを見て、黒ローブは少し首を傾げ、白ローブも傾げかけて、
「空気が、
「どういうことです」
アルーラはセレーネを見た。
「村人が倒れた原因はそれ、でしょう。近づいてみないとはっきりとわかりませんが、毒の可能性が高いです。う~ん、毒を発する、持つ魔獣が封印されていて、封印が弱まり、毒がもれでているのかもしれませんね」
クリサムに尋ねたが、この辺りで有毒ガスが発生するものはないと。あるのはイソトマ山。地図では近く見えるが、実際は離れている。しかも立ち入り禁止。お宝があるとはいえ、危険な場所。
「ん?」
どこかで覚えが。
「セレーネ様?」
「ああ、すいません。進みましょう。ルクスは村の手前で結界を張り、身の安全を、と言っていましたが、ここから結界を張りましょう。と、その前に昼食にしましょう」
これくらいの汚れなら影響はないはず。アルーラは二人の魔法使いに指示。二人は話し合っていたが、アルーラの指示に返事をし、少し早めの昼食。その後、結界を張り、進んだ。
問題の村へ辿り着いたのは太陽が真上、昼頃。村は静か。この時間、昼食を作り、食べている。それなのに、物音はしない。人の姿も見えない。
馬を降り、村の中へ。
「静かですね。適当に家の扉を叩いてみましょうか」
木造の平屋が並んでいる。
アルーラ達は魔法使いの結界に。魔力温存のため固まって歩いていた。交代で結界を張る。セレーネは一人。
「結界、解かないでくださいよ」
アルーラの注意。
「解かないと、どうなっているかわからないでしょう」
「陛下に危険なことはするな、とうるさく言われたでしょう。セレーネ様に何かあれば、おれ達はただでは済みません」
大きな声で話してはいなかったが、かたんと物音。そちらを身構えて見ると、家の扉が開かれ、中から顔色の悪い子供が。
「だれ?」
十歳は過ぎているだろう。
「国王陛下の
セレーネは笑顔で尋ねた。子供は弱々しく首を左右に振り、
「みんな、倒れてる。大人も、ぼくたちも、家畜まで」
そう言う子供も今にも倒れそう。
「少し、結界を解きます」
「セレーネ様!」
アルーラが怒鳴る。子供はびくりと肩を震わせ。
セレーネは結界を解いた。
「うぉう、これは」
子供の傍まで行き、結界を張り直した。
「すごいですね。強烈ですね。これは倒れますね」
「陛下に報告して、怒ってもらいます」
「そんなことまで報告しなくても。それに体験してみないと。あ、君、試させてもらいますよ。上手くいけば村の人は元気になります」
「ほん、とうに」
子供は大きく目を見開き、セレーネを見上げている。
「はい」
セレーネは大きく頷いた。
「たすけて、父ちゃんも母ちゃんも、妹、じいちゃんや友達も苦しんでいるんだ」
細い手首。手首だけではない。頬もこけ。食事も喉を通らないのだろう。水すらも汚されている。外だけでなく内からも汚れたものを取り込んでいれば。
「では、ちょっと大人しくしていてくださいね」
セレーネは子供の額に手をあて、詠唱。
「どうです。体調は」
「苦しく、ない。体も軽い。父ちゃん、母ちゃん」
家の中に戻ろうとしたのだろう。結界に当たる。
「ごめんなさい。でもここから出れば、また同じようになりますよ」
「えっ」
「どういうことです」
「浄化魔法を試しにかければ、この通り、元気に」
セレーネは子供の両肩に手を置く。
「つまり、浄化すれば、村は元通り」
アルーラは二人の魔法使いを見た。二人は村を見回している。どれほどの広さか目測しているのだろう。浄化できる範囲か、否か。
「元通りですが、元を断たないと、浄化しても一時凌ぎです。今、この子が外へ出れば、また体調を崩します」
「……どうしましょう」
アルーラは困り顔。
「うーん、魔法使いがもっといれば、村全体に結界を張って浄化。元を探す、こともできますが」
三人。
「結界を張り続けるのも魔力を使いますからね。せめて魔法道具があれば」
道具を核として結界を一日二日張り続け、その間に元を探す。
「どこかに弱っている者だけを集め、その者達だけでも浄化するのは」
白ローブの魔法使いが手を上げる。
「今は、それしかないでしょうね」
セレーネは息を吐いた。
「村の代表者に会いたいのですが」
子供を見た。
「こ、こっち、です」
子供はある方向を指す。指した方向に歩き出した。
村の代表者の家はそれまで通ってきた家より広い。どこもそう。領主、代表者の家は広いか、派手。
玄関で呼びかけるも、誰も出てこない。「失礼します」と声をかけ、勝手に入らせてもらった。
「村長、国王陛下が派遣してくれた人が来たよ。助けてくれた。村長」
子供は声をあげ、進む。
がたん、と音がした方向を一斉に見た。開かれた扉から這って出てくる男が。
「村長!」
子供は駆け寄ろうとして、結界に再びぶつかった。
「お話はわかりました。元はどれほどで断てるので」
村長の邸全体に結界を張り、浄化。その後、部屋に集まり、話していた。
「一日、あれば見つけられるでしょう。しかし、元を断つには、元を見ないと。なんとも」
村長は難しい顔。
「でも、それ以外方法が」と魔法使い二人は説得。
「でしたら、村にいる魔法使いと医師を先になんとかしてもらえるでしょうか。その魔法使いに頼み、浄化、結界の維持を。水、食料は」
「浄化すれば大丈夫でしょう。元を断ち、この辺り一帯を浄化すれば元通りです」
白ローブの魔法使いの言葉にセレーネも頷く。
「わかりました。こうして回復したのなら、お話を信じるしかないでしょう」
「いつからこのような状態に」
「……今日は何日です」
セレーネはアルーラを見た。日付など気にせずレウィシアの手伝いをしていた。
アルーラの答えに、
「六日前ですね。たった六日。もっと長いかと思った」
村長一家は深々と息を吐き、子供も頷いていた。
村長は背後の息子、か。大人と子供の間の年、の者を見て、
「お前も手伝ってやれ。弱っている者達をここへ。部屋は整えておく」
「では、私達も別々に動きましょう。危険はないはずです」
「運ぶのなら力仕事でしょう。一人一人浄化してここへ連れてくるのは」
魔力の無駄遣い。集めて一気に浄化するほうが。
「ですね」
アルーラの言葉に頷いた。
まず村にいる魔法使いの元へ。白ローブの魔法使いが兵と村長の息子を連れて訪ねる。その間にセレーネはアルーラと弱っている村人運び。子供のおかげでスムーズにいった。見知らぬ者が突然現れ、説明したところで信じてもらえるか。
途中からはアルーラに結界を張り、アルーラと子供二人で行動。セレーネはアルーラ達と別れ、馬を走らせていた。
セレーネが邸を出て三日目の朝。
「お久しぶりです、陛下」
数日ぶりに姿を見せた、領主と女。
「答えは出たか」
「いくらなんでもこれは。エルエットは陛下の傍にいて、尽くしていたのですよ。エルエットだけでなく、私も」
「数日、な。尽くされた覚えはないが、人の考えなどそれぞれ。お前達はそう思っている」
特に領主には何かを手伝われた覚えはない。余計な口出しはされたが。まるでレウィシアの代理だと言わんばかりに口を挟まれた。おそらくレウィシアの名を勝手に使い、好き勝手している。叔父の代わりに。
「それで、答えは」
「陛下!」
女は一歩、一歩と進んでくる。
「その紙を渡したのはお前だけではない。失敗したと知ると、次を紹介しに来た者達にも渡した」
内容を見て、声を上げる者が大半。そして署名もせず、紙を置いて帰る者ばかり。部屋を出て娘を説得している者もいれば、悪態を吐く者も。
女が紙を出す。レウィシアは受け取ろうと、手を出すと、紙が振り上げられた。振り上げた手には、紙に隠されたナイフ。
レウィシアはとっさに机にある書類の束を女へと投げた。
目隠し。女の振り上げられた手がどこを狙っていいのか迷っている。その隙にレウィシアは机から離れ、ガウラが女の手からナイフを叩き落し、両手を封じる。
「エ、エルエット!」
領主は驚き、慌てた声。ハロートはレウィシアの前へ。クリサムは起こったことに理解が追いつかないのか、固まっている。
「何をしたかわかっているのか」
レウィシアは女を見た。顔を上げた女は迫力のある眼差し。こんな目をする女だったか。
女は再び顔を俯けた。
「なんてことを。陛下、違うのです。これは、これは、私の指示ではなく、エルエットが」
「取り込み中ですか?」
窓から入って来た、小さな白い鳥からセレーネの声。白い鳥は執務机へ。きょろきょろ見て、
「痴情のもつれ」
初めて見る領主とクリサムはぎょっとしている。
「違う。それよりどうした。何かあったのか」
「へーかー、帰ったら怒ってくださいよぉ」
アルーラの声に。
「あ、ちょっと、ここで言わないでください」
セレーネの声に戻る。
「まずいことになっています」
焦りもしない
「まず結果から。村の人達が倒れたのは、魔獣の毒に当てられたからです」
「魔獣の毒?」
「ええ、イソトマ山に封じられた魔獣の封印が弱くなっています。そのため、その魔獣の毒がもれでて、風に流され、広がった。弱まるごとにもれでる毒は多くなり、広がります」
「つまり、イソトマ山の有毒ガスは」
「魔獣、ですね」
重さを感じさせず、あっさり。
「今どうしている」
「元を断たないと、いくら浄化しても無駄です。あ、浄化が効いたので、村の二ヶ所に結界を張り、弱りきっている、危ない、体力のない人達を集めて浄化しました。体力のある者には悪いですけど。とはいえ時間の問題です。結界も張り続けるのは」
魔力の問題か。
「さらにさらに問題が。そのためこうしてシアに
相変わらず軽い。本当に問題なのか。
「魔獣を倒せば有毒ガスは出ません。しかし、宝石を採りに人が来ます。おそらく、宝石は採れて二年」
「はっ、馬鹿な。何を根拠に」
今まで驚きに固まっていた領主が口を開く。
「魔獣や精霊の棲み処では珍しい植物や鉱石が採れます。しかし、その元を倒すのですから」
「採れなくなる、か」
「封印し直せば、採れますが。まぁ、もう十分に危ないですけど」
「どういうことだ」
「採掘の穴だらけで、一歩間違えば崩落。倒しても別の意味で危険な山、ですね。さて、どちらを選びます。あ、封印するなら定期的にし直さないと、今回と同じ状態になりますよ」
「イソトマ山に魔獣、馬鹿馬鹿しい」
領主は鼻で笑っている。
「一般人は今、行かないことをお勧めします。毒性が強くなっていますから。イソトマ山の入り口へ行く前に、ばったり」
「だが行かないと封印できないのだろ。そんな所へ」
「一般人、と言いましたよ。どちらにしろ、魔法使いをさらに何人か送ってください」
一般人と魔法使いの違い。わかりきっている。
「山は危険なのだろ」
「それも魔法使いなら大丈夫ですよ。気づかないうちにどこかに落ちても、慌てず結界を張り続けていれば救出できます。落ちる前に浮遊の魔法を使えば落ちずに済みますし」
レウィシアは低く唸る。
魔獣を倒すにも封印し直すにも山へ行かなければならない。それも兵では使いものにならず、魔法使い。
「ずいぶん詳しいが、まさか山に行ったんじゃ」
「そーなんですよ。昨日、姿が見えない時間がありまして。こっちも人手が足りなかったので、気づくのが遅れて」
だから帰れば怒れと。アルーラの呑気な声を聞く限り、無傷なのだろう。
「山まで行っていません。行きたかったですけど、途中、その山に棲んでいるものに会って話を聞いたんです。あの山、良質な鉱石が採れるはずです。ノッカーがいるのですから」
「ノッカー? 住んでいる? 人は住めないんじゃ」
「人は住めなくても精霊は棲めますよ。毒が強くなったから逃げてきたと。中の状態も聞きました。人が来て滅茶苦茶掘っていった。だから地盤はもろく。生き埋めになったものもいたとか」
白い鳥は息を吐く。セレーネが吐いたから。
「封じられている魔獣のことも聞きました。倒せなくはありませんけど、地盤がもろいのなら、山自体崩れる、かも」
低い笑い声。
「エルエット?」
領主は訝しげに女の名を呼んだ。
「さすが王妃様」
今まで俯いていた女は顔を上げ、白い鳥を暗い目で見る。
白い鳥は机から移動。女の傍を飛ぶ。
「おい」
ガウラは女を捕らえたまま声を上げる。
「本当は王妃様を狙ったんだが。王妃様を始末してやろうか、と囁けば、この通り。だが、いない。いないから王様に狙いを変えれば。そっちへ行っていたか」
白い鳥は机へと戻り、
「バルログ?」
女は口の端を吊り上げた。
「……手荒なことはしないほうが」
「なぜだ」
レウィシアの声は低く。
「たぶん、操られているのでは。姿を変えているのなら失敗した時点で姿を戻し、逃げるはず。それが捕まった。私かシアを傷つけようとした。傷つければ罪は重い。捕らえられたら終わり。それなら誰かを操り、傷つければ、罰されるのは、その人。自分は逃げられます。今の私のように。これも握り潰せば、元となっている紙に戻ります。私自身に傷は一つもつきません」
「つまり、あの女を捕らえても意味はないと」
「今離せばシアに殴りかかるかもしれませんが、身体能力は本人のもの。軽々避けられると思いますよ。ですがバルログから解放されるまで離さないのがよいかと。バルログが彼女の体を傷つけないとも限りません。彼女を傷つけても、バルログの肉体には何一つ傷はつきません」
セレーネを傷つけようとバルログに
そのまま捕らえておけ、とガウラに目配せ。ガウラは頷いた。
「まさか、とは思いますけど、イソトマ山の封印を
一斉に女へと視線が集中。
「さすが王妃様。解いてもよかったが、ゆっくり解けたほうが面白そうだったからな。徐々に解けるようにした」
「仕事を増やしてくれて」
怒ってはいない、呆れたような口調。
「封じられているのは、タラスクスだ。王妃様は聞いて知っているだろう」
「タラスクス。まさか、だってあれは」
「知っているのか」
クリサムを見た。
「は、はい。本、絵本というか、物語で知られています」
「あ~、実話を元にしたのでしょう。後世に伝えるために。あるいは子供にこういう危険なものがいるから、危ない場所に行っちゃいけません。という教訓、脅し」
「ほ、本ではお話の通り、毒を口から吐き出すと。え、ええと、ワニに似た姿をしていて、足は六本、人間をひと呑みできるほど巨大で強固な鱗に覆われている、だったかな」
「正確に伝わっていますね」
「……そんなものを相手にすると」
「決めるのはシアですよ。私が勝手に決められないから、こうしているのです。そちらに戻って話し合えば出してもらえないかもしれませんし、毒は広まります。村の人達だって」
「こうしている間にも封印は解け、そいつの吐き出す毒は広がっている。完全に封印が解けたら、あの一帯は」
女の高笑い。
「さあ、どうする王様。俺は高みの見物させてもらう」
にい、と迫力のある笑みを浮かべ、目を閉じた。女の体は力が抜けたように。両手はガウラにより捕らえられているので、床まで倒れはしなかった。
「精神系の魔法なので、魔法使い、治癒師に診てもらうのをお勧めします。十分注意して」
気絶、離れたふりをして、油断させようとしているかもしれない。
「医務室へ連れて行ってくれ。説明して十分注意しろと。兵もつけろ」
ガウラは頷き、女を抱え、領主も引っ張り、部屋を出た。
「むー。増員は諦めます。こちらでやるだけやってみます」
「何人か送る」
「だめです」
はっきり、きっぱり。白い鳥は片翼をレウィシアへと向ける。
「なぜ」
「バルログは私がこちらへ来ている、シアと別行動しているのを知りました。どちらかに来るかもしれません。私の所なら」
「山と一緒に埋めるなよ」
埋めてほしいが。
「……考えを読まないでください。とにかく、私より優先すべきはシア、ですよ」
ハロートは大きく頷いている。
「二人送る。魔獣は封印しろ」
「いいんですか」
この地に残っている魔法使いは十人。うち二人はセレーネに。さらに二人送っても六人は残る。
「かまわない。それより、その封印はどのくらいの期間もつ」
「全力を出したら二百年近く、手を抜いて五十年。定期的に二百年、五十年は忘れるかもしれませんね。私も五十年後来られるかどうか」
セレーネなら何年後だろうと。
「十年にしろ。十年ごとに封印し直す。直しているその期間だけ採掘を許可する」
採掘の期間も決めなければ。
「なるほど。考えましたね。わかりました。封印し直します。ただし」
「解けていたら、身の危険を感じたら倒す。山ごと埋める」
「だから、考えを読まないでください!」
まったく、とぶつぶつ。
「あ、それとルクスはそっちに置いといてくださいよ。ルクスならこの方法を知っています。何かあればこの方法を使って知らせてくれます。ただ、先ほどのように操られる、魔法で姿を変えられたら、私でも見破るのは難しいです。自ら白状しない限り。身近な人なら癖などでわかるでしょう。ですが、ここの領主、貴族は」
「わからない、な」
癖などがわかるほど時間を共にしていない。
セレーネにわからないのなら、ルクスにもわからないだろう。しかし邸にいる魔法使いの中では城の魔法師長に次ぐ実力の持ち主。
「十分気をつける。セレーネも気をつけろ」
「おれがついて行きたいんですけど。毒の中じゃ自由に動けませんし、足を踏み外し、崩落に巻き込まれても」
レウィシアとしても足手まといはわかっている。無理について行け、とは言えない。
「精霊から山で採れた宝石を分けてもらったので、これを使って結界を広げてみます」
大人しくしてはいないようだ。
「あ、来るなら、途中で結界張って来てくださいよ。でないと来る途中でばったり」
送っても使いものにならなければ。ミイラ取りがミイラ。セレーネの負担に。
「わかった。伝えておく」
話が終わると、鳥は紙に。
戻ってきたガウラにルクスを呼びに行かせ、午前中は魔法使いの手配。午後からはファイアーリヒ、トゥンバオと領主についての激しい意見交換。
半日で終わるはずもなく、客室を用意した。二人ともセレーネのことを聞いてくる。クリサムもいる。嘘を吐けるわけもなく、魔獣の件を伏せ、説明。セレーネは危険な場所、レウィシアは安全な場所。何か言われる、責められる、と覚悟したが責めることもなく。もしかしたら呆れているのかもしれない。レウィシアとて行けるのなら行きたいが、行ってもアルーラ同様足手まとい。邪魔にしかならない。それにセレーネにしかできないだろう。それならレウィシアはレウィシアにしかできないことをやるだけ。そしてセレーネの無事を信じるだけ。
話し合いは三日間続き、その間バルログが乗り込んでくることはなく、セレーネからの連絡も。魔法使い、兵には緊張感を持って警備にあたれ、とハロート、ガウラが伝えている。突然何が起きても対応できるように。
バルログは人の姿なのか、竜か。半分竜で半分人かも、とセレーネは話していたが。人の姿なら目立たないが、そうでなければ。そして魔法で姿を変えていれば、他人を操っていれば。
叔父派の貴族、領主は毎日代わる代わる訪れてくる。
「これは近いうちに挙兵されるな」
レウィシアは苦笑。大半の領主は入れ替え、貴族の位も剥奪。
「どれだけの民がつくでしょうね」
トゥンバオの馬鹿にした口調。
「各地の領主は決まった。招集して任命するだけだが、どう邪魔が入るか」
「邪魔をした者、傷つけた者の処分についても決めたでしょう」
ファイアーリヒの言う通り。新領主を暗殺しようものなら、当たり前だが罪人扱い。最悪極刑。
「狙うとしたら、任命するために集まる時間、場所」
レウィシアを含め、一度に始末できる。それとも決まった後か。レウィシアの目が離れた時。
ここで領主、貴族だけを集めて任命するか、大勢の民の前でおこなうか、迷っていた。
集まれば集まるだけ危険が高まる、巻き込まれる。だが何もわからず、領主が交代したことも知らないよりは。危険はあるがファイアーリヒ達の言う通り、大勢の前で任命することに。
そこからは警備の話。レウィシアとファイアーリヒ、トゥンバオ、信用できる貴族から兵と魔法使いを。それでも万全ではない。しかし、いる者、信用できる者で対処しないと。
明日すぐに任命をおこなうのではない。まず新領主を任命すると、各地に布告し、この地で一番大きな町、ファイアーリヒが治めることになる町でおこなう旨を広く知らせる。領主、貴族、民も見聞きできるよう任命をおこなうのは十五日後。さすがにセレーネも帰ってきているだろう。そして一緒に行くと。
明日からは手分けして、触れを広く出すことに。邸にいる者の手も使うので、警備は手薄。腕利きはレウィシアの元。触れを出すにも十分に注意しろと、ファイアーリヒ、トゥンバオだけでなく、兵にも伝えた。快く思わない領主、貴族もいる。その者達が邪魔することは簡単に予想できる。
打ち合わせが、話し合いが終わったのは夕方。今日も泊まっていくかと思われたが、
「話が決まれば、こちらも色々準備しなければなりません。何より、
帰っている途中、誰に襲われるか。乗り込んできた領主、貴族もいた。何を話していたかまではわからないだろうが、触れを出せば、勘のいい者は。
「気をつけて帰ってくれ。そして来る時も」
二人と会うのは領主任命をおこなう前日。
「それは陛下、そして他の者も同じでしょう。しかし誰が領主になるかは」
「ああ、知られていない。知られるとしたら」
レウィシアの手元には何度も書き直した紙。清書して、あれこれ書き込んだものは燃やして処分。新領主を記した書類はレウィシアの手元。そして三人の頭の中。
「狙われるのは、いい意味でも悪い意味でも俺、だな」
「私達以上にお気をつけください。もし私達に何かあっても、別の者を任命できます。しかし陛下に何かあっては」
任命する者がいなければ。
「俺としてもお前達二人を失うのは痛い。はっきり言ってくれる数少ない者だからな」
「口うるさすぎるのでは」
そういう部分もあった。今まで会えなかったこと、考えの甘さ、他にも指摘、注意、愚痴も入って。トゥンバオには会った早々、睨まれ「ファイアーリヒ様も甘い」と嫌味を。
「いい意味で。今まで訪ねて来たのは保身を考え、売り込み、のようだったからな。以前セレーネが言っていたが、皆同じ意見、王になんでも、はいと従うのは怖いと」
ファイアーリヒは顎を撫で「ふむ、確かに」と呟き、トゥンバオも頷いている。
「俺はまだまだ未熟だ。だからといって意見をすべて聞き入れるわけにもいかない」
レウィシアの考えもある。
「陛下のしっかりとした意見を聞けたのです。こちらも時間の無駄、まぁ無駄な部分はありましたが、になったのではありません」
レウィシアは苦笑して二人を見た。
二人を門まで見送り、執務室へ。
セレーネが戻って来たのはそれから二日後。
「ただいま戻りました」
ぐったりとした姿で執務室に現れた。
「大丈夫か」
傍へと駆け寄る。
「大丈夫です。大丈夫ですけど」
レウィシアはアルーラを見た。
「イソトマ山が大変だったようです。山から戻ってきた時は今よりぐったりしていましたよ。ついて行った魔法使いも」
「なんです、あの山。あの無茶苦茶な掘り方。おかげで何度足を踏み外しそうになり、落ちそうになったか。連れて行った魔法使い三人は何度も落ちていましたけど」
「……」
「辿り着くまでが大変でした。封印は楽にできましたけど。バルログが待ち構えているかも、と身構えてもいたんですが、現れず。現れて争っても相討ち、もしくは共倒れ。一緒に山に埋まりましたね。あの場合、心中みたいで嫌です」
セレーネは顔を顰めている。
「魔法使い達はルクスに報告しています。私とアルーラ様はシアに。別行動の間の報告もありますし」
「そうですね。ついた初日に早くも単独行動」
「う、解決したから、もういいでしょう」
レウィシアはセレーネに抱きついた。
「これで説教は」
「チャラじゃない。無事でよかった」
力を込めると「うっ」と呻かれた。
「封印はできたんだな」
気を取り直し、ソファーへかけて、報告を聞くことに。
「ええ。そういえば邸に人が少ないような。クリサムも」
セレーネは部屋の中を見回している。
「追い出していない。それぞれ仕事している。後で説明する。俺がいるのに他の男の話か」
「シアが誰にも何も言わず、ここからいなくなっていれば大騒ぎしていますよ。ルクスが手紙を飛ばしてきます」
アルーラも頷いている。
「それで」
「はい、魔獣は封印。以前と同じにしました。以前封じた人は毒だけ微量にですけど出るようにしていたようですね」
「なぜそんなことを」
「うーん、ノッカーもいましたからね。良質な鉱石は採れます。でもそれは魔獣の、ん? 元々良質な鉱石が採れていた、そこへ魔獣が封印されたから、さらに」
「一人で納得しないで説明しろ」
レウィシアはセレーネの頬をつねる。右手はセレーネの手を握って。
「ノッカーという精霊は良質な鉱石の場所を知っています。人とそう変わらない姿なので、運が良ければ、鉱石の場所を教えてくれます。イソトマ山は元々良質な鉱石が採れていたのでしょう。そこへ魔獣を封じた。封じたことにより、鉱石もさらに珍しいものに変化。それはさておいて。変な封じ方するな、と思ったんですよ。やろうと思えば毒をもらさず封印できるのに」
「毒がもれるよう封印していた」
「はい。封じた人は山を休ませようとしたのでしょうか?」
「それまでも鉱石を採っていた。その時、有毒ガスは出ず、しかし採りすぎた、か」
「ええ。もしくは封じる場所があそこしかなかった、かもしれませんが。バルログがいじったせいで封印は弱まりました」
「その精霊はよく無事だったな」
「耐性がついたのかもしれませんね。姿は人と同じでも、人とは違います。毒の耐性も。ですが今回は一日一日と濃くなっていたので山から離れようとしていた。そこで私とばったり」
「そもそもなぜ山へ」
「元を辿っていたんですよ。濃いほうへ。山に行ったのは新たな魔法使いが来てからです。それまでは精霊に話を聞き、持っていた宝石をおど、譲ってもらい、村へと戻りましたから」
脅し取ったのか。
「それを使って結界を広くしました。おかげでさらに数人助けられました。返そうかとも思ったのですが、そのまま持ってきてしまい」
セレーネはポケットからレウィシアの拳大ほどの宝石を取り出した。
「……大きいな」
「なるたけ大きいものを持ち逃げしていたようですよ。これ以上のもありました」
赤い石。高値で取引される。もし採掘できなくなると、さらに値は上がる。
「いります? 返して来い、というのなら、山まで」
「持っていろ。今回の報酬だ。セレーネなら悪いようには使わないだろう。脅し取ったものでも」
「脅したなんて言っていませんけど」
「言いかけただろう」
レウィシアは小さく笑い、セレーネはぷぅ、と小さく膨れる。
「封印は言われた通り、十年もつようにしました。次は十年後。バルログみたいなのに封印を弱められる、解かれなければ、ですが」
「ああ。その封印はセレーネにしかできないのか」
「できますよ。金に目がくらまなければ」
金に目がくらみ、魔法使いが眠っている鉱石を持っていかなければ。
「毒も封じられるのなら何日間か宝石の採掘を許可しようと考えている。最初は何人かの魔法使いを同伴させて」
「いい考えですが、足場が」
ふっとセレーネは遠い目。相当苦労したようだ。
「十年もすれば自然に崩れているかもしれない」
「封印場所に行くのに苦労するか、楽か。どちらになるのでしょう」
ぽんぽん、と握っていたセレーネの手を軽く叩く。
「村は」
アルーラを見た。
「元通りです。幸い死者はいません。人に限っては、ですが。家畜の類は。魔法使いに言わせると、発見、処置が早かったからだと。あと二、三日経っていたら、どうなっていたか」
弱い者から。
「もし、セレーネ様がいなければ、原因不明でどうすればいいか、対処すればいいかわからなかったでしょう。もしくは、おれ達もばったり」
「魔獣が封じられているとわからなければ、魔獣の
「経験の差。まるで長年魔獣と戦ってきたような口ぶりだな。なぜ目を逸らす」
セレーネはレウィシアを見ず、どこかを見ている。戦ってきたのだろう。
「ヴィリロも一部の魔法使いはわかりますよ。進んで修行に出る魔法使いもいますから。そういう者は体も鍛え、体力もあります。戦はないほうがいいし、魔獣と争わない、手を出さないのが一番ですけど」
そうとは限らない。いざという時のため。
「落ち着いたら、ヴィリロと魔法使いの交換でもするか」
魔法師長あたりは大喜びしそうだ。戦になる前は友好国と交換留学という名目で魔法使いを招いたり、送ったりしていた。
「話がずれていますよ~」
アルーラの言葉にはっとする。
「ああ。すまない。村は元通りなんだな」
「はい。念のため、魔法道具、薬の類がないか調べましたが、ありませんでした。もし、また異常があれば知らせろ、と村長に言っています」
「封印した魔獣に悪さされないよう、仕掛けもしてきました。バルログが行けば破られるかもしれませんが。というか、よく行けましたね。あんな足場の悪い場所。私としては埋まってくれていれば」
確かに。失敗していれば苦労せずに。
「ご苦労だったな」
「いえ、苦労したのはセレーネ様と魔法使い達ですよ。おれ達はそれほど役に立っていません。報告書は書きます。ルクスからもあると思いますが」
アルーラと魔法使いでは視点が違う。
「わかった。こちらだが、各地の新領主が決まった。任命は大々的にやる。危険は承知で。そのため、兵やクリサムにその触れをあちこちに配ってもらっている」
「いつです」
アルーラは表情を真剣なものに。
「十三日後。民衆に新領主。騒ぎを起こすなら」
「その日」
頷いた。
「詳しい警備はハロートと話し合ってくれ。ガウラは俺の傍、と勝手に決めている。セレーネもついてくるだろう」
レウィシアはセレーネを見た。
「行くのは決まり、ですか」
「留守番していてもいいが、向こうで騒ぎが起こるのは簡単に予想できる」
むぅ、とセレーネは顔を顰める。
「行きますよ。バルログは」
「来ていない。来ていれば邸の一部か、庭の一部が荒れているか壊れている」
「「ですよね」」
セレーネとアルーラ、声を揃えた。
「彼女、エルエット様は」
「あの日から来ていない。領主は相変わらずだが」
弁明。必死に機嫌を取ろうと。
「どこかで接触しているはずなのですけど。そうでないと操れません。どこで接触したか、どんな姿をしていたか、聞きたかったですけど」
「ルクスもそう言っていた。接触しないと、と。治癒師、医師も尋ねたらしいが覚えていない、と首を横に振るばかりだった」
嘘か真か。しかし、あの女は来なくなった。女の持っていた紙は白紙。結局決められず、巻き込まれ。
「狙うとすれば任命する場、か」
「もしくは終わって油断した時、ですか」
レウィシアとアルーラは難しい顔をして互いを見る。
「どのみち、今までの領主は黙っていない。最悪、挙兵もあり得る」
どれほどの領主、貴族が反抗するか。そして民がその領主、貴族につくか。兵は民から集められる。もしくは流れの傭兵を雇うか。傭兵を揃えるにしても時間がかかる。金があれば私兵団がいても。
「私も下見で町を歩きたいです」
「却下。セレーネの場合は下見だけで済まない。下見はハロートやルクスがしてくれる。特に魔法は離れた場所からでも攻撃できるからな。セレーネの心配はそこだろう」
「ええ。まぁ、狙うなら民衆に
事実だが嫌なことを。
「狙われるのは俺だけではない。新領主も同じ。就任したからといって狙われないとはいえない。その場合でも次は考えている。決めたからと、すぐに城へ帰れないが」
「わかっています。しっかりシアを護るので」
「逆だろう」
「ですよね」
帰って来た時の疲れはどこへ。セレーネははりきっている。レウィシア、アルーラは呆れていた。
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