第28話
姿を変え、こっそりついて行く気でいたが「来るんだろ」とレウィシアから手を差し出され、ヤマネの姿となり、その手に乗った。本気を出すのなら姿は戻さなければならないが、いざという時までこの姿でいるつもりだ。
レウィシアはビタールのようにセレーネの力を当てにしていない。自分の力で、戦術で勝とうとしている。
曇り空の下、進む。
「おじい様から送られてきた本は役に立ちました?」
まだ戦になっていない。目的地に向けて進んでいる。戦になれば話など。
「人は本の通りに動かない、とシャガル様が書いていたが、その通りだ。指示しても思った通りには」
いかなかった。
「だが勉強にはなった。世話になったから、終われば色々送らないと」
「役に立ったなら、よかった、で終わりそうです。世話になったと言っていますが、ヴィリロ国内優先ですけど」
「自国を優先するのは当たり前だ」
「う~ん、色々送ってくれていますが、おじい様のこと。後々を考えて、かもしれませんね」
「後々?」
「恩を売る、ではありませんけど、バディドが治めるようになって攻めようものなら」
「そんなことはしない。第一セレーネがいる。攻めようものなら、グラナティスの城を爆破される」
「私は怪獣ですか」
人をなんだと。
「それもシアが勝ったら、ですよ。色々送っているのはばれているでしょう。言い訳は私がシア側にいるからいくらでもできます。ただ、おじい様がいれば大丈夫ですが、バディドが即位してすぐ、を狙われれば」
「何度も言うが、負けはしない。民のためにも、セレーネのためにも」
「なぜ、私?」
負ければレウィシアはセレーネを
「言っただろう。家族であちこち行きたい」
「気が早い。そして恥ずかしげもなく。さらにはプレッシャーを」
「セレーネが来て、ごたごたしていたのは皆の知るところ。
三年、という期限もつけている。セレーネは、はぁぁぁ、と大きく息を吐いた。
「ところで、叔父上の住んでいるのは町中ですか」
市街戦になるのか。住人を盾にされれば。
「いや、王家所有の土地、別荘だ。周囲に町はない。静養地のような場所だ」
「周囲を気にせず暴れられる、んですね」
「暴れるのか」
「見物です。あの、オリヴィニ、ですか。出てきたら、場合によっては」
魔獣はともかく、精霊がいれば。
「暴れるのはシア達でしょう」
「無理はするな。勝ってもセレーネがいなければ」
「その言葉、そっくり返します」
レウィシアの右頬にすり寄り、
眠っているのか。懐に入ったセレーネは静かに。
もう少し。少し進めば叔父がいる。今度こそ本物の。逃げる準備をしているかもしれないが。逃げられないようアルーラと隊を分けている。そのためアルーラの隊はレウィシア達より先に出た。
父ならどうしただろう。どう言うだろう。悲しむだろうか。レウィシア自身、叔父をどうするか決めていない。討つのか。どこかへ
「どんな選択をしようと、私はシアの味方ですよ」
迷いを見透かしたようにセレーネはそう言ってくれた。セレーネも目の前で身内同士の争いを見た。再び見せようとしている。それでもついて来てくれた。
息を吐く。感傷も、迷いも吐き出そうと。
幼い頃、父と来た場所。ガウラ、アルーラも一緒に。広い邸の中を探検、父と馬に乗り、広大だと思っていた地を駆けて回った。
叔父のいる邸の前には兵がずらり。バルログもいれば、叔父に従った貴族の姿も。
馬は止めず、
「進め!」
号令。
止まらないと思った叔父の兵達もレウィシア達に向かってくる。剣と剣、槍のぶつかる音。レウィシアも剣を振って兵を倒し、退け、前へ。
「王妃様は連れてきたか」
言葉と共に剣が。かわし、レウィシアも剣を振る。
「なぜ、そんなことを聞く」
「なぜ。わかりきっているだろう。あの女が一番厄介だからだ。守護妃、と噂されるだけはある」
レウィシア陣の兵も話していた。フェンリルの件は多くの者が見ている。そして作られた魔獣を倒したのも。セレーネ一人で倒したのではないが。
「それに目の前で王様を倒せば、どんな顔をするか」
歪んだ笑み。周囲を見るが、魔獣の姿はない。
「悲しむか、国を乗っ取れる、と喜ぶか」
「セレーネはそんなこと」
「しない、と。王様は女を知っているか。ころりと態度を変える。表と裏の顔」
「よく知っている」
話している間も剣を振る手を
「王妃様も女だ。王様が倒れれば」
セレーネが来たばかりの頃に倒れた。あの時助けなければ。その後も。レウィシアを見捨てる機会はあった。しかし見捨てず、支えてくれた。力になってくれた。今も。
聞いているだろう。聞こえないが文句を言っているかもしれない。レウィシアはその姿を想像し、笑った。
「笑うとは余裕だな」
「ああ。約束した。ここで負けられない。ここまで来た」
二年かけて。
「そう、かよ!」
力一杯剣を振ったからか、風が鳴る。魔法も込められているのか、剣は青白い光を放ち、ぱちぱちと音がしている。
「叔父はここにいるのか」
「ああ。あの女と一緒に」
レウィシアはバルログと一対一。他の兵もそれぞれ争っている。この男さえ倒せば。
突然、邸から火柱が上がる。誰かが魔法を使ったのか。まだ勝負はついていない。火を放ったのではないだろう。もしくは叔父が逃げたからか。
火柱の次に邸の屋根を壊し、現れたのは。
「竜?」
真っ白な何かが上空へと舞い上がる。
コウモリのような、コウモリより大きな翼。前脚、後ろ足に備わる鋭い爪。長い尾。
竜は上空へと上げていた顔を地上へと向けた。レウィシアと同じ蒼い瞳。大きな口が開く。
「―――」
近くから聞き慣れた声。地上を見下ろしていた竜の顔は上空へ。吐き出される炎。
声のした方、右肩を見ると、ヤマネ姿のセレーネが上空の竜を見ている。セレーネが何かして、竜は上空へと炎を吐いたのか。
「精霊? 魔獣?」
竜は頭を左右に振り、下りてくる。近くにいた兵は慌てて場を空けるように散らばった。
下り立つと、地面が小さく揺れる。
「レウィ、シア、か」
しゃがれた声。まっすぐにレウィシアを見ている。
「話せるのは精霊だと言っていたな」
それならあの竜は。
「ええ。でも、あれは」
はっきりしないのか、戸惑った様子のセレーネ。
「レウィシア」
今度ははっきりと。一歩近づいてくる。
「精霊に知り合いはいないが」
一歩、一歩と近づいてくる竜。バルログは、にやにやと嫌な笑みを浮かべている。
「お前がいたから」
「……まさか」
「お前さえ、いなければ!」
大きく口を開く。舌打ちするセレーネ。
竜が炎を吐くより、セレーネが魔法で竜を地面へと倒した。いや、押し潰した、というべきか。
右肩から地面へと飛び降り、元の姿に。
口笛が響く。
「やっぱり来ていたか」
バルログの楽しそうな声。
「王妃様は気づいたか。それともまだ気づいてないか、王様と同じで」
セレーネはじっと竜を見ている。竜は起き上がろうと、じたばたもがいていた。
「セレーネ!」
知っている、わかっているのなら教えてくれ、と叫んだ。
セレーネはレウィシアを悲しげに見上げる。
「おそらく、ですが」
見上げていた視線は地面へ。
「あの竜は、シアの、叔父上かと」
「っ」
再び口笛。
「さすがだな」
面白がる口調。
「あれが、叔父上」
レウィシアも竜を見た。
「だが、どうして。叔父上には」
なんの力もなかった。そして竜の姿になった者、人間など。
「禁呪で、魂を入れ替える、というものがあります。それかと、思ったんですが」
「違う、のか」
「ええ。あれは、シアの叔父上本人でしょう。精霊でも魔獣でもない」
人間。
「だが、なぜ」
「……宝物庫」
「宝物庫?」
「グラナティスは歴史があります。そして竜の作ったものも残されている。以前調べた時にいくつかなくなっていた、持っていかれた、と話していましたよね。詳細はわかります?」
レウィシアも宝物庫に入ったのは片手の数ほど。叔父が治めてからは全く。城から出た後も内容を詳しく調べていない。
「つまり、持っていった何かを使い、あのような姿に」
「おそらく。私の知らない魔法、というのも。私もすべての魔法は知りませんので。あの杖もあります。ですが可能性として考えるのなら」
レウィシアも馬を降り、竜へと近づいていく。
「シア」
セレーネの責めるような声。
「叔父上、ですか」
竜はレウィシアを見上げ、
「お前がいなければ」
このような声だったか。瞳は蒼い炎のように。レウィシアと、父と同じ色。
「お前さえいなければ、この国はわたしのものだった。お前がいたから、兄上がいたから。兄上、そう。皆、兄上ばかり。父上も母上も。わたしだって頑張ってきた。兄上に負けまいと。それなのに」
地面がさらに沈む。セレーネが魔法の力を強めたからか。それとも叔父の力か。
叔父は上げていた頭を下げ、兄上が、と繰り返し呟いている。
「シア、離れて!」
「兄上、あなたがいたから!」
同時に響く声。竜は勢いよく顔を上げ、身を起こす。大きく開けた口には真っ赤な炎。近すぎる。よけても。とっさに両腕を顔の前へ。
吐かれる炎。しかし、レウィシアの体に炎は届いていない。護られているように、炎が避けていく。
「結界?」
「正解です。なぜ、すぐ離れなかったんです」
背後からの声。背中に抱きつかれている。
「抱きつかないといけなかったのか」
「どれだけの威力かわからないので、小さく防御力の高いものにしたんです。サラマンダーの炎でも三分はもつでしょう。この程度なら、吐き終えるまで余裕です」
「つまり、サラマンダーより弱い」
「炎の精霊の頂点ですよ。そんなのと比べないでください」
炎の勢いは弱くなっていく。
周囲が見えるようになると、
「陛下! 」「陛下は無事だ! 」と歓声が上がる。
竜はさらに炎を吐こうとするが、突然、氷に包まれた。氷中花ならぬ氷中竜。
「距離をとりますよ」
セレーネはレウィシアの腕を引き、竜、叔父から離れる。
「さすが、王妃様。竜を倒したことは」
「……」
セレーネは答えない。レウィシアはバルログからセレーネをかばうため、前へ。
「沈黙は肯定。あるな。竜を倒すなんざぁ」
「厄介極まりない」
高い声。バルログの背後から。
「お久しぶり、レウィシア陛下、王妃様」
バルログは馬を操る。いつの間にか背後にはオリヴィニが。
「どうだい、陛下は立派な姿になっただろう。陛下の望んだ姿」
「望んだ、だと。お前が
「いいや、陛下自身が望んだ。力も地位も手に入れた兄。対して弟は」
父には力があった。叔父にはなかった。
「知らないって幸せですね」
セレーネの哀れみのにじんだ声。
そう、短命だと知らない。もし、叔父にも力があれば、今頃叔父は。
「どうする、お優しいレウィシア陛下。唯一の身内を討てる?」
オリヴィニの哄笑が響く。
「残念ですが、あの姿では長く生きられないかと」
「はぁ? 何を言っている。陛下はあの姿で精霊や魔獣と同じ、数百年生きる。この国を治める。初代国王のように」
「いえ、それは無理でしょう」
静かに語る。
「体を無理に作り変えたのです。おそらく、ああなる最中も苦しんだはず」
セレーネは氷中の竜に哀れみの目を向ける。
「それも陛下の選ばれたこと。何百年も治めるのだからね。この国だけでなく、いずれ大陸全土を」
「どんな方法を使ったか知りません。しかし何百年も、は無理ですよ。精神にも影響が出てきます。もう出ているかもしれませんが」
どこまでも静かに。
「シアができないのなら、私が倒します。あれもいつまでももちません」
いつまでも閉じ込めておけない。止めないと、倒さないと。
「それは、身内の、俺の役目。セレーネは下がっていろ」
セレーネの右肩に手を置く。
「……わかりました。飛ばれたら打つ手はないでしょう。上空から炎を吐かれても。翼は封じておきます」
氷は水に変わり、いつの間に唱えたのか、左の翼には大きな穴が。
痛みか、怒りか、叔父は後ろ足で地面を蹴っている。蹴る度に揺れる地面。
「叔父上」
そんな姿になってまで国を治めたかったのか。父を、レウィシアを憎んでいたのか。
剣を握り直し、竜を見た。
「兄上がいたから」
再び同じ言葉を聞くことになろうとは。セレーネの叔父も同じことを言っていた。もちろん姿は人のままだったが。祖父母は叔父も母も、もう一人の叔父も平等に愛していた。それなのに、どこかで。
小さく息を吐いた。
「王妃様が相手してくれるのか。王様はあっちで手一杯だろう」
馬から降りたバルログは剣で肩を叩いている。
「そうですね」
ガウラが傍に。
「私はいいので、シアの補助に」
「だが」
「私よりシアが苦戦しますよ。魔獣退治はしていたでしょうが、姿が変わっても身内。手心を加えるかもしれません。私なら加えません。誰に憎まれようと」
嫌われようと、どんな目で見られようと。
「生き残るべきは誰か、わかっているでしょう。ルクスとも協力して、シアの援護を。治癒力が高まっていれば翼に開けた穴も塞がります。魔法使いには翼を集中攻撃しなさい、と伝えてください」
その分寿命は短くなっていくだろう。
ガウラは舌打ちし、
「手の空いた兵を寄越す」
レウィシアの元へ。とはいえ、兵も自分のことで手一杯。レウィシア側が押していたが、竜が主だとわかると、士気が高まり、押し返してきた。
「まったく、余計なものを残してくれて」
城に戻れば宝物庫に何が収められているか、危険物なら壊してやる、と決めた。
「お嬢ちゃん一人で私達を相手にすると」
女性、オリヴィニの勝利を疑っていない笑み。
「そうなるでしょうね。私としては戦に手を貸したくなかったのですが。あなたが相手なら、それも仕方ないでしょう」
右手に持っている杖。そして、あの竜。
「ちなみに、あの姿にはどうやって」
オリヴィニは少し考え、
「宝物庫で初代のものと思われる鱗を見つけた。それを粉状にして、少しずつ飲ませた」
何を残してくれていやがる! 心の中で叫んだ。
それとも初代の子か孫がこっそり持っていたのか。もしくはお守りとして精霊が初代に渡した? 経緯はわからないが、今まで残っていた。そして悪用された。
城に戻れば宝物庫の隅から隅まで見てやる、事細かに調べてやる、と再び心に決める。
レウィシアはガウラ、ルクス達、魔法使いと協力して竜の相手。苦戦しているようだが。
「昔から竜を倒せば英雄だと」
「悪い竜ばかりではありません」
バルログを見た。
「竜は力の象徴のようなもの」
「倒したことがあるのですか」
バルログは小さく肩をすくめただけ。
ないのか、挑んだが負けた、か。
「竜を倒した王妃様を倒せば、竜を倒したことになるのかね」
片手に持った剣先をセレーネに向け、片手は顎を撫でている。
「有名ではありませんので、女一人倒しただけになるでしょう」
「どのみち王妃様を倒さないことには」
「ああ、お嬢ちゃんさえいなくなれば、あの男も」
「王さえ生き残っていれば」
負けても再起を
「王妃様は自分の価値がわかっていないな」
呆れたように、大きく一歩踏み込んできた。
ガウラ、ルクスがレウィシアの加勢に。
「俺はいい。セレーネを!」
「他人より自分を考えろ!」
「そうです!」
二人から怒鳴り返される。苦戦しているのは誰の目を見ても明らか。セレーネを見る余裕もない。
傷つけても数分経てば傷は塞がっていく。魔力が大きいと傷の治りも早いと。
ルクスと強力してくれている魔法使いは竜の翼を狙い、魔法を放っている。
「早く助けに行きたければ、こちらを片付けろ! 先に王妃が片付け、こちらまで面倒かけさせる気か」
返す言葉もない。
叔父は「兄上」と呼び続けている。レウィシアではなく、父を、兄の姿を見ている。もういないのに。叔父もそれはわかっているはず。楽にしてやる。解き放つのはレウィシアの役目。
剣は得意ではないが、剣を手に向かってくる賊の相手は何度も。剣より切れ味鋭い爪や牙を持つ魔獣の相手も。最近ではフェンリル。あれに比べれば、この二人など。
向かってくる魔法や振られる剣をかわし、時には魔法をぶつけ相殺。やられてばかりでなく、やり返してもいた。バルログはともかくオリヴィニは。あの杖が厄介だ。時々味方の兵がバルログに向かっていくが、魔法で飛ばされ。周囲に誰もいなければ大きな魔法一発で決めるのだが。二人は離れていない。まとめて攻撃するほうが魔力を多く使わずに済む。
「近接戦は苦手か。魔法使いは離れて攻撃するからな。剣士と組んでいる魔法使いも多い」
バルログがセレーネの前へ。腕を伸ばせば届く距離。
「いいえ」
身を護る土壁を地面から出現させる。剣は土壁に当たり。幅を広げ、オリヴィニの放った魔法も防ぐ。さらに広げた土壁を二人へと。距離を取り、ついでに、と土壁に目隠しさせ、炎の魔法を放つ。防がれるのを予想して、もう一つ、炎の魔法を遅れて放った。
剣と魔法で土壁はあっさり崩される。防がれると思った炎の魔法は予想に反し、二発とも二人に直撃。
「ったく、大した腕だ。王妃辞めて俺のところへ来ないか」
髪や服はあちこち燃え、火傷も。オリヴィニはすぐに治癒魔法を自分にかけている。
「やっぱ、奥の手を使うしかないか」
「奥の手?」
バルログは懐へと手をやり、小さな紙包みを取り出した。それを口元へ。薬か。
「お前、まさか」
「そのまさか、だよ。少し分けてもらった。あの王様は慣れるのに、竜の姿になるのに一ヶ月以上かかったが、俺なら」
「陛下は竜の血を引いているから適合した。竜の血も引かないお前が飲んだとしても」
「どうかな」
大人しく見ずに攻撃していればよかった、とすぐに後悔。
「ぐっ」
バルログは喉をおさえ、短く呻く。オリヴィニは言わんことじゃない、とバルログから離れ、セレーネへと向く。
「女同士、決着をつけようじゃない」
治癒魔法により傷を癒したオリヴィニ。ドレスはぼろぼろだが、みすぼらしくは見えない。白く長い右足、右肩を大きく出し、色っぽい姿。兵はちらちら見ていた。
しかしセレーネはオリヴィニではなく、背後を見ていた。変化していくバルログ。セレーネの偽物が変化した時のように。手足は太く、白い鱗に覆われていく。体は大きくなり、背からはコウモリのような翼が。
オリヴィニの放った魔法を、無意識に結界を張り、防ぐ。
大きく吠える竜。オリヴィニ、兵達も新たに現れた竜に注目。
「ま、ほう、はつか、える、か?」
前脚を動かし、試している。鋭い爪先に灯る炎。
「馬鹿な」
オリヴィニも驚愕の表情で竜を見上げていた。
「本当に面倒なもの、残してくれて」
グラナティスの王と契約した精霊。愛していたとはいえ、残しすぎだろう。
バルログは翼や尾、手足を動かしている。準備運動か。
的は大きくなった。
「どう、だ、おうひ、さま。おれと、せかいを、てにいれ、ないか」
たどたどしい言葉。
「いりません」
「そう、か。ざんねん、だ」
大きな口を歪ませている。
「そこ! その周辺! 巻き込まれたくなければ、そこからどきなさい!」
新たに現れた竜に呆然としていた兵達はセレーネの声で我に返る。味方の兵は顔を見合わせ、セレーネの言葉通り、離れる。しかし敵兵は。笑っている者もいる。
「なにを、しようと、しているかしらない、が、いいだろう、やってみ、ろ」
詠唱を始める。忠告はした。巻き添えは知らない。バルログは邪魔もせず、その場に悠然と。
バルログに向けて放つ、炎の魔法。フェンリルを倒した魔法より劣るが、強力な炎の魔法。
バルログは両前脚を体の前に出し、受け止めようとしているのか、結界でも張って防ごうとしているのか。
黒い炎は防ぎきれず、バルログの前脚を燃やしていく。吠えるバルログ。
「は、はは、やった。たえた」
とはいえ、両腕はだらりと垂れ、使いものにならないだろう。胸から腹あたりも焼けている。
「つぎは、おれのばんだ」
一歩踏み出して来る。さらに一歩。セレーネは動かず。いや巻き添えをさけ、逃げようとしたオリヴィニに向かい魔法を放つ。防ぐこともせず、背後から襲われ、ばったり前へ倒れる。生きている、気絶させただけ。
バルログに向けて放った魔法の巻き添えを食い、オリヴィニもあちこち火傷を負っていた。
「あ?」
セレーネの傍まで来て、大きな体が、がくりと崩れる。地面へと音をたてて倒れた。
「なにをした」
「何も」
「していないわけないだろ」
セレーネは息を吐き、
「体がついていかなかったのでしょう」
「ついていかなかった?」
「あちらは時間をかけて
慣らしもせず、魔法を使おうとした。動こうとした。体や視線の高さも人であった頃とは違う。じっくり慣らさず、いきなり全力を出そうとした。体がついていかないのもだが、魔力が乱れてもおかしくない。レウィシアの叔父に魔力はなかった。だから魔法は使えず。だが炎は吐いた。
「ばかな、そんなこと」
起き上がろうとしているのだろう。体を動かしているが、顔が少し地面から上がるだけ。
「時間が経てば回復するかもしれませんね」
「っ」
体を引きずるように下がるバルログ。
セレーネは詠唱を開始。
「まりょくかいふくの、ほうほうをしっているか」
「食べて、寝る。永久にお休みなさい」
風の魔法を放つ。風が刃となり、竜の体を襲う。
「そう、たべてかいふくする」
攻撃されながらも尾を動かし、顔の近くへ。尾に引っかかっているのは、気絶しているオリヴィニ。その手には杖が握られて。バルログは大きく口を開け。
「させるか!」
その前にとどめ、と首を狙い、強力な風の刃を放つ。
オリヴィニは竜の口の中へ。その竜はバルログではない。バルログの尾に別の竜が食いついている。その竜もぼろぼろ。バルログはセレーネの放った風の刃が首へと命中。上げていた首は地面へ。
「……」
「セレーネ!」
駆け寄って来るレウィシア。致命傷は負っていないようだが、鎧にひびが。顔も泥や自らの血と汗で汚れている。
「すまない。とどめを刺そうとして」
「刺せなかった、ですか」
冷静に。
「いや、往生際悪く、逃げ回られた」
ガウラも。いつの間に合流したのか、アルーラもいる。
「まずいですね」
「何がまずい」
竜はこちら、レウィシアを見る。レウィシアと同じ蒼い瞳は炎を宿しているように。
閉じていた口が開く。セレーネは氷の魔法を唱え、吐き出された炎にぶつけ、相殺。
「魔獣は魔力あるものを食べて魔力を大きくします。魔獣ではありませんが」
竜の体の傷は癒えていく。
「しかもあの杖。あれまで取り込んでくれて」
魔力が宿るのか。宿ったとしても魔法をいきなり使えない、はず。人が竜になるなど。物語でしか聞いた覚えがない。知らないだけで、方法はいくつもあり、失敗、闇に葬り、表に出てこないだけかも。
レウィシアは剣を構え、竜へと向かう。竜は翼を広げている。翼は無傷。セレーネは翼に向けて魔法を放つ。誰かも、翼に魔法を放っていた。
「はぁ、厄介なものを残したばかりに」
護りたかった人の子孫が争っている。レウィシアの振る剣を見た。
レウィシアは竜の振る前脚や尾をかわしながら剣を振り、竜を傷つけていく。今までもそうしていたのだろう。ガウラ、アルーラも竜の攻撃を見切っているように剣を振り。兵も竜に踏まれないよう、無造作に振られる尾に当たらないよう、動いている。
竜は時々「兄上」と叫んでいる。混乱しているのか。それほど似ているのか。
バルログは倒した。オリヴィニもいない。いるのは。
竜の顔目掛けて炎の魔法を放った。
「以前より鱗が硬くなっていません?」
鱗、というより防御力。レウィシアの傍に。
「ああ」
吐き出す炎の威力も上がっている。回復も早く。あの杖の効果か。
踏み出そうとした足下の地面をへこませると、竜は体勢を崩した。そこを見逃すレウィシア達ではない。首を、目を狙う。
「わたしを誰だと思っている。グラナティスの王。グラナティスだけではない。いずれ大陸を」
「大きく出ましたね」
大陸全土を統一した者はいない。しようとした者は何人も。
「わたしは力を手に入れた。誰よりも強い力を。そんな剣など」
「井の中の蛙」
ぼそりとセレーネは呟く。スカビオサなら瞬殺。
「叔父上!」
レウィシアは剣を振り、竜を傷つける。しかし、傷つけても瞬く間に塞がる。攻撃魔法で傷つけても同じだろう。それなら。レウィシアが傷つけた場所にすかさず魔法を放つ。あの杖はどう作用するのか。
レウィシア達は肩で大きく息をしている。対して竜は余裕といった様子。
戦が始まり、どのくらい経っただろう。まだ日は暮れていない。レウィシア達は休まず動いている。敵兵を倒した味方の兵も竜へと剣を、槍を振っていた。
「う~ん、効いていないのでしょうか」
セレーネも魔法で攻撃していた。
「何かしたのか」
レウィシアはセレーネを見ずに。
「毒攻撃です。内からじわりと。あれから時間が経ちましたけど、効いている様子が。あの女の作った毒があれば」
勝利を確信したように高笑いしている竜。狂っているようにも見える。
「私はまだ余裕がありますけど」
レウィシアやガウラ達は疲れ切っている。セレーネの余裕も長く続かない。
突然、がくりと体勢を崩す竜。竜自身もなぜ崩したのか不思議そうに首を傾げている。隙を逃すレウィシアではない。竜へと斬りかかる。
毒が効いたのか、限界がきたのか、両方か。動きは鈍く、傷の塞がりも遅く。
ついには翼を封じられ、魔法使いにより地面へと縛り付けられる。
「陛下」
将軍、ガウラ、アルーラ、兵達が見ている。レウィシアは叔父である竜を見ている。
「元には戻れません。あの杖がどう作用しているか、わかりません。力を取り戻すかもしれませんし、弱っていくかもしれません」
杖を吐き出させれば、と腹へ重い攻撃を何度か。それでも吐き出さず。今も体内に。
このままにしておけない。
「レウィ、シア、か」
弱々しい声。
「わたしは、あの女に、騙された、だけ。あの女の、言葉に従っただけ。だから」
「悪くないと」
レウィシアの低い声。
「民を苦しめておいて、悪くないと。どんな暮らしをしているか知っているか!」
「それも、あの女が。わたしは部屋の一室に閉じ込められ」
「まだ言い訳を続けるか」
レウィシアの叔父は必死の言い訳。にしか聞こえない言葉。おそらく時間稼ぎ。レウィシアは迷っているのか。竜は弱々しくレウィシアへと右前脚を伸ばしている。
「シアができないのでしたら、私がやりましょうか」
淡々と感情なく語る。レウィシアがとどめを刺せないのなら。
体を変化させた。限界は一度きていた。それを魔力の込められた水晶玉で補っていた。剣で、魔法でつけられた傷は塞がる様子もない。
「レウィシアぁぁ」
叫びながら、最期の? 力を振り絞り、向かってきたのはセレーネ。セレーネを食べ、魔力を補おうと。
その場から飛び退くが、執念か。竜の顔が迫ってくる。
舌打ち。ただで食われてやるか、と短く詠唱。牙がセレーネの胴に触れる、前に竜は地面へ。
レウィシアが竜の首を斬っていた。
「無事か」
頷く。
「そうか」
なんともいえない顔のレウィシア。
「叔父の支配は終わった! 俺の勝ちだ!」
レウィシアの声が響く。一拍置いて、歓声。力なく地面へ座り込む兵も。
「大丈夫です?」
レウィシアの傍へ。顔をのぞきこむ。
「ああ。セレーネこそ」
「私は大丈夫です」
はっきり。
「燃やして、骨の一欠片持って帰ります?」
セレーネは地面に倒れて動かなくなった竜を見た。
「いや、塵も残さず燃やせるのなら燃やしてくれ。両親と同じ場所には眠らせられない」
「わかりました」
それなら、バルログも一緒に、と周りを見た。
「?」
「どうした」
「いえ、竜がもう一体倒れているはずなんです」
大きい体だから見失うはずはない。それなのに。
「どういうこと」
セレーネは目を
「まさか」
とどめを刺し損ね、逃げた? 倒したと思い込み、レウィシアの叔父に集中している隙に。
「探させようか」
「いえ、危険なので、以前やった、目を飛ばします。今は」
残っている竜を見た。こちらだけでも。詠唱を始め、炎が竜の体を包んでいく。
レウィシアは「いつものように怪我人を」と指示を飛ばしていた。
戦場を片付けると、野営地には戻らず、屋根が一部壊された邸へ。セレーネとレウィシアには無事な部屋が用意され。
先に休んでいてくれ、と。レウィシアはなかなか部屋に戻ってこない。まだ働いているのか。
セレーネは部屋を出た。夜中であるため静か。おまけに寒い。見回っている兵もいる。バルログが見つかっていないから。
竜から人の姿に戻り、倒れているかも、とセレーネも戦場を歩いたが見つからず。魔法で小石を小鳥に変え、四方に飛ばした。まだ見つかっていない。
レウィシアにしても。疲れているはず。それなのに戻ってこない。まだ話しているのか。
暗い廊下を歩いていると、窓辺でじっとしているレウィシアを発見。
「寒くないです?」
レウィシアの傍へ。邸の屋根の一部は焼かれ、竜が突き破ったので、ない。冬の冷たい空気が中へ流れ込んでくる。明日、応急処置するらしい。
「後悔しています? それとも悲しんでいるんですか」
「いや、考えることが多すぎて、悲しむどころじゃない」
レウィシアはセレーネを見て微笑む。
唯一の身内だった。その身内を自ら討った。セレーネは話に聞くだけで、どんな叔父か知らないが、レウィシアにしてみれば。事後処理で一杯一杯だから考えずに済んでいた。やることもなくなれば。かといって働き続けられても。
明日からも忙しい。戦が終わったからといって、すべてが終わってはいない。これから。
「体を冷やさないようにしてください」
一人になりたいなら邪魔だ。朝までこうしてはいないだろう。セレーネは先に休もうと、羽織っていた肩掛けをレウィシアにかけ、背を向けた。
「セレーネ」
「はい?」と振り返る。
「ありがとう。セレーネがいたから」
「私だけの力ではありませんよ。それと手伝えることがあれば、手伝います」
手伝えるのは一部。少しでも背負っているものが軽くなるのなら。
再びレウィシアに背を向けた。背後から遠慮がちに右手に触れてくる。触れているのはレウィシアしかいない。
小さく首を傾げて後ろを見た。
「嫌じゃないか」
「何が、です?」
「その、俺の手は汚れている」
セレーネは向きを変え、レウィシアの両手を取り、月明かりの下、見る。
「傷はありますが、きれいですよ」
セレーネより大きな手。レウィシアの負った傷は邸に着いてすぐ治した。
「そういう意味じゃない。戦とはいえ、俺は多くの人を、叔父を、この手で」
「それなら、私も、ですけど」
向かってくる兵を、バルログを倒すために放った魔法に何人も巻き込んだ。
「私の手も汚れて」
レウィシアの両手がセレーネの両手を握る。
「嫌じゃなければいい」
「嫌ならとっくに振り払っています。その前に探しに来ていませんよ」
「そうだな」
レウィシアはほっとしたように。手をにぎにぎと。
「シア?」
「ああ。休むんだったな」
手を離すと、セレーネの両脇に手を。今度は何をしたいのか。
ひょい、と肩へと担ぎ上げられる。
「あの、感傷にひたっていたんじゃ」
「セレーネのおかげで元気が出た」
「は?」
意味がわからないが、元気が出たのなら。
「それに、早く家族を増やさないと、うるさいからな」
嫌な予感。今日は激戦。セレーネは疲れている。セレーネより動き、働いたレウィシアはさらに疲れている、はず。
「……休む、寝るんですよね」
「ああ」
なぜか弾んだ声。大股で部屋へと進んでいった。
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