第27話

 勝てたがバルログには逃げられた。移動するか、ここに留まって様子を見るか、でレウィシア達は話し合っていた。

 周辺に飛ばしていた目は異常がなかったので魔力を流すのをやめ、紙片に。

 セレーネはレウィシアの天幕でいくつもの書類を並べ、唸っていた。

「セレーネ、物資が届いた」

 開いた天幕、冷たい風と届く声。書類からレウィシアへと視線を。

「会議は?」

「休憩。物資が届いたから。セレーネにも」

 ユーフォルの元に無事手紙は届いたようだ。物資、手紙をそれぞれに配っているのだろう。レウィシアの手には箱が。国王自ら。言ってくれれば取りに行ったのに。

「手紙も」

 ノラ、フィオナか。セレーネの前へと荷物を置く。早速荷解き。中には服が。どこで着ろというのか、ドレスも二着。それに合わせた靴、宝飾も。手紙はフィオナから。心配した。元気で無事にいるのか。必要そうなものは送りますと。

「早く帰って無事な姿を見せないといけませんね」

 まず返事。帰るのはレウィシアと一緒になる。どれくらいで戻れるのか。

「お茶でも淹れましょうか」

 休憩だと言っていた。レウィシアは並べている書類を見ている。

「二重取りになっている所もありますよ。民はよく黙っていますね。ヴィリロなら暴動もの」

 貴族、住人、それぞれ誰がどのくらい納めたか書かれている。誰かが嘘を書いているから違う。それにしても、よくこんなものが手に入ったものだ。

「おじい様なら数字が一でも違っていれば隅々まで調べろと、自分でも計算、見直ししています。そのため仕事が滞る、溜まりもしますけど」

「厳しいな」

「一くらいなら、と見逃すと、二、三と増えていきますからね。そこはきっちり。それでも誤魔化す者はいますけど。民も黙っていません。ここの民は我慢強いんです? 気が長いんです? 元気がない? 元気がないと暴動もおこせませんものね。そこまで絞り取っている?」

「耳が痛い」

 レウィシアは苦笑。逆に感心する。こんなのでよくやっていたと。何年こんなことを続けているのか。

 お茶の入ったカップをレウィシアへと渡す。

「最初はあちこちで暴動があったらしい。それを力ずくで抑え込み。今も、だろう。もちろん反抗、逃げる者もいるが諦めている者が多いようだ」

「シアに言っても仕方がないのはわかっていますよ。シアがこんな治め方をしていないのはよく知っていますから」

 手伝っていたから。レウィシアは息を吐く。

「バルログ達は動いていない。立て直しているようだ」

「つまり、近いうちに」

「ああ。攻めてくる」

 勝てたが、ここから進めない、ということか。バルログ達はどこに陣を構えているのか。

 レウィシアがお茶を飲み終える頃「陛下」と天幕の外から声がかかる。休憩は終わり、会議の再開。レウィシアは天幕を出て行った。



 三日後、レウィシアは戦場へ。

 バルログ率いる兵が動いている、という情報が入り、レウィシアも兵を率いて、以前争った場所へ。セレーネは留守番。魔獣が襲撃してきても大丈夫なよう、四方に目を光らせていた。

 今のところ何事もなく過ぎていく。物資と共に送られてきた書類を見ていると、

『いつまで待たせる。用意はできたか』

 いつの間に現れたのか、ノームがちょこんと。

『……もう二、三日』

『待てるかぁ!』

 体が一回り膨らむ。

 だろうね。セレーネは心の中で呟いた。

 レウィシアはいくさでいない。馬を走らせれば。だが勝手に行けば。ノームは我慢の限界。ここで暴れられたら。

『わかった。今から買いに行こう』

 納得してくれたのか、元の小さな体に戻る。

 書類をまとめ、箱の中へ。レウィシアに、取り立てにきたので町へ買い物に行きます。心配しないでください。と置手紙。今日中に戻ってこられないだろう。

 防寒着を着て、酒樽代を持ち、天幕の外、馬のいる場所へ人目を避けて進む。見つかれば止められる。そうなればノームは大暴れ。これ以上野営地を荒らされては。いずれ進むのだとしても。怪我人もいる。そのノームは防寒着のポケットの中。

 人に見つからず脱出? は成功。町へと全速で馬を駆けさせた。


 辿り着いたのは夜。酒場は開いている。今の時間が最も盛り上がり、稼ぎ時。この町はこちら側では一番大きい町、だそうだ。

 レウィシア達は野営地に戻っている。勝ったら進む。負けていたら。

 首を大きく左右に振った。一度勝てた。今回も。

 ノームがポケットから催促さいそく。セレーネは酒場巡りを開始した。


『これが限界、ですね』

 回りに回り、三十樽は買えた。酒場が軒を連ねており、短距離。ノームは目立たない路地に隠れ、そこに酒樽を運んでいた。念のため結界は張って。見つかれば大騒ぎ。

『足りんぞぉ』

 すでに五樽空にしている。樽より小さな体をしているのに。

『この町では無理。それに別の町に行けば、別の味』

『む、それもそうか。なら、あと百』

『七十だ。増やすな』

『あと百樽くらい』

『七十。つまみも付けたでしょう。用意できたら、呼ぶから』

 ノームはふぅ、と息を吐き、

『早くしろよ』

 空樽を残して、中身の入った樽と共にふっと消えた。

 残り七十。どこかで買わないと。つまみも付けて。支払いはシーミからもらってきた宝石で。高く買い取らせた。

 薄暗い路地から明るくにぎやかな道に。空樽は近くの店へ。セレーネも夕食をとるべく店を探しに歩いた。


 早く帰らなければならないが、一泊して、住人の暮らしを見ていた。夕食で入った店でも、どんな話をしているのだろう、レウィシアの評判は、と聞き耳をたてて。

 平和な町。一日行った場所では争っているのに。自分達には関係ない、と思っているのか。

「何をしている!」

 怒鳴り声にそちらを見ると、やせ細った子供が手に何かを持ち、走り去って行く。怒鳴っているのは腹の出たエプロン姿の男。飲食店の主か。片手には袋が。その袋を背後から来た子供が奪う。再び響く怒鳴り声。

「また」「困ったものね」「あそこなんとかしろよ」との声が。

 気になり、セレーネも走り出す。とはいえ、離されている。子供の姿はなく、去った方向に走っていた。ひったくり、スリか。平和そうな町に見えたが。

 進むにつれ、道は整備されず荒れていく。家も古く、汚れたものに。半壊している家も。

 辿り着いたのは粗末な小屋や小さな天幕が所狭しと。

 あちらが光なら、こちらは闇、か。

 セレーネは来た道を見て、視線を前に戻した。歩いている人々は細く、うす汚れた姿。地べたにうずくまり固まっている者達も。

 大きな町で、たまに見る光景。貴族達の住む区画と貧しい者が集まる区画。きっちり区切られている国もある。自由に行き来することは許されておらず。

「貴族様が燃やしに来たか。それとも馬鹿にしに、取り立てか」

 髪もヒゲも伸び放題、目は暗い。服はぼろ布を幾重にも巻いている男が声をかけてくる。

「いえ、この町に来たばかりの、旅の者です。あちこち歩いていたら、ここに出て」

「旅の者? ふん、だったら気をつけることだな。金目のもん持っていれば盗られる」

「え~と、背後にいる人達は盗ろうと狙っているんでしょうか」

 男の背後を指すと、十人ほどが集まり、セレーネを見ている。話している男と同じ暗い目。

「逃げ遅れたな。盗られる前に盗るか」

 男と背後の者達も動く。

「仕方ありませんね」

 男達がセレーネに触れる前に。重力の魔法を使い、地面へ。

「ぐっ」

 地面へと押し付けられ、それぞれ呻いている。

「手加減はしています。旅の者ですからね。これくらいの護身術」

「護身術ぅ?」

 男達は訝しそうに。

「これでもまだ何か盗ろうというのなら、さらに」

「わ、わかった、わかったから」

 男達はなんとか顔を上げ、かんべんしてくれ、と呻いていた。

 解くと、それぞれ、ほぅと息を吐いている。

「ここは貧民街、ですか」

「見ればわかるだろ。金のない奴はここへ来る。町で暮らしている奴らも金を納められなくなれば、貴族の機嫌損ねる、逆らえば、ここへ来る」

 男は胡坐あぐらをかいて答える。

「ですが、これほど」

 セレーネもあちこち旅をして似たような場所を見てきたが。

 倒れていた他の男達も起き上がり、去るかと思えば、離れた場所から見ている。

「ここでも取られるもんは取られる。偉そうな兵が金目のもんを家中探して持っていく。なければ女、子供を連れて行くことも。進んで差し出す奴もいる。ここよりいい暮らしができるかもしれないと、少し期待して」

「……」

「騙されてイソトマ山に行く奴も」

「イソトマ山?」

 セレーネは首を傾げた。

「貴重な宝石が採れる山。だが有毒ガスが出ることで、国王が閉山にした。したんだが。さっきも言ったが、有毒ガスなんて出ちゃいない、税金軽くしてやる、なしにしてやるって騙されて行く奴も」

「……」

「宝石店に行ってみな。金さえ持っていりゃ別室案内されて、見せてくれるかもしれないぜ。なにせ、王室にも珍しい宝石だと言って献上しているらしいからな」

「お金持っているように見えます?」

 質素な服。宝飾品は指輪だけ。

「俺達にすりゃ、持っているもんなら、少しでも金になるのならそれでいいのさ。一日を生きるのに精一杯だからな」

「それなら貴族を狙えば」

「ここの貴族はわかっているから護衛を置いている。手なんか出せば、その場でばっさり」

「つまり、国の目がないのをいいことにイソトマ山という所へ連れて行っている。行ってもばれない。知っている貴族は黙っている」

「大半の貴族は知っている。ここの領主も。国王も知ってて見て見ぬふりしてんじゃないのか。宝石欲しさに」

 吐き捨てるように。

 レウィシアは知らない。この話を聞けば。

「帰ってきた奴はいない。労働力が減れば、兵が来て使えそうな奴捕まえて送る、騙して連れていく。あいつらが言うには宝石掘り当てて、大金手にしたから帰って来ないんだと。そんなわけないのに、な」

 男は小さく肩をすくめる。

「取り立てもだが、泣いてしがみつく親子、嫁を見て楽しんでいる貴族、兵もいる」

「反抗、しないんですか」

「こんなのにどうしろと」

 男は袖をまくり、細い両腕を出した。レウィシアが握って力を入れただけで折れそうな細さ。

「ここにいる連中も同じ。そりゃ昔は逆らっていたさ。味方してくれた貴族もいた。今はここにいる。俺らと同じ、細くなって」

「……戦中なのは知っています?」

 話を変える。

「戦? なんのことだ?」

 嘘をいているようには見えない。本当に知らないのだ。ここの者も。町の者も。

「ちなみに、今の国王、知っています」

 男は「さあな」とどうでもいいように。

「町の人達は? 高い税金を納められるだけ稼いでいるのですか」

「領主、貴族も馬鹿じゃない。働き手がいなくなれば納めるものもない。自分達の生活も困る」

「選んでいる、ということですか。どう選んでいるかは聞きたくありませんが」

 セレーネは息を吐いた。

「機嫌取りや優先してくれた者。他にも色々。町に、あちらに住んでいる奴らも必死なんだよ。少しでも機嫌を損ねれば、納めなければ、貧民街送りにすると、脅して」

「色々話してくれてありがとうございます」

 セレーネは一礼。

「言葉より、物のほうがいいんだが」

 金を寄越せと言いたいのか。

「見えるように渡せばいいんですか」

 離れて見ている者もいる。渡せば、次に狙われるのは。

 男は諦めたように小さく息を吐く。

「冗談ですよ。情報、ありがとうございます」

 見えないよう、男に情報料として渡した。

「そういや、三日前にも兵が来て、何十人か連れて行ってたな。今までは二、三人だったが、今回は多くて。しかも男ばかり。俺はのがれられてラッキーだったが」


 昼食も食べず、野営地へと駆けた。

 怒っている、心配している、探している、はないか? 戻ってきたのは暗くなってから。移動はしていなかった。セレーネが出ていたからか。それとも。出た時と変わっていない。

 レウィシアの天幕をそっと開ける。そこには天幕の主が一人座っていた。

「た、ただいま戻りました」

 悪いことはしていないのに、恐る恐る声をかけた。

 レウィシアは勢いよく振り向き、ほっとした顔。

「おかえり。代償は払えたか」

「全部は、無理でしたが」

 セレーネは天幕の中、レウィシアの傍に。

「シアはどうでした? 戦は?」

 俯き、暗い顔。

「負けた、んですか」

「ああ、負けた」

 あっさり認めた。

「あの領主、卑怯な手を」

「卑怯な手?」

 レウィシアは胡坐をかいた膝の上にある手を強く握り締めている。

「戦の前に、この地を治める領主が、話がしたいと」

 戦をやめ、国を二つに分けられては、という提案。領主はレウィシアの叔父の信用も得ている。身内、叔父と甥が争うのは。見ている者も心が痛む。そして今のままでも。半分は陛下、半分はルヴォノ様が治められても、と心にもないことをべらべら。信用できないのなら姪を陛下の元へ嫁がせましょうとまで。

 レウィシアは信用せず、断り、話は決裂。

 いざ、戦となったのだが、

「今までも腰が引けている者はいたが、今回は明らかに兵ではない者達を戦場へ連れて来ていた。剣や槍を持っていたが、構えは素人そのもの。しかも鎧はなく。その者達を最前列に出し、背後にはバルログの兵」

「盾、ですか」

「こちら側が躊躇ためらって、ひるんでいる隙をつかれ。あいつらは彼らを全く気にしていなかった。彼らはおびえて、うずくまる者、混乱する者も」

 怒り、だろう。俯き、小さく震えている。

「実は、町で聞いた話なのですが」

 セレーネは町の様子、貧民街の男から聞いた話をレウィシアに語る。レウィシアは愕然とし、時には怒り、ころころ表情を変えていた。

「三日前にも何十人か連れて行ったと。おそらくその方達では」

 レウィシアは強く手を握っている。その手にそっと触れた。

「もっと、早く動いていれば」

 レウィシアの元には書類もだが、陳情書、苦情の手紙まで来ていた。ここまで酷いとは思わなかったのだろう。聞いた話だが、なぜもっと早く来なかった、と石を投げられたこともあると。

「進むのでしょう」

「ああ。だが、また同じ手を使われては」

 負ける。進めない。

「彼らは、ばらばらにいたんですか」

「いや、最前列に横一列に並ばされて」

 セレーネはその光景を想像。どう見ても兵でない者が並んでいれば。正規の兵達は。

「固まっているのなら、なんとかなる、かも」

 レウィシアは顔を上げる。

「セレーネが、か」

 上げた顔は情けない表情。

「いえ、私でなく、ルクスでも。ですが狙われたら、術者がばれたら。なんともならなくなりますね」

「どういう方法だ」

「結界、ですよ」

「結界?」

「ええ、その人達を結界で包むんです。外からは攻撃できません。もちろん彼らも結界内では」

「何もできない」

「はい。固まっていればなんとか。バラバラなら難しいですけど」

 一人一人を結界内に閉じ込めるのは。

「ただ、結界は維持しなければなりません。術者がばれたら」

「狙い撃ち」

「はい」

 セレーネは再び頷く。

「何組かに分かれて固まっていれば、魔法使い達も何組かに分かれれば」

 レウィシアは考えているのか黙っている。

「戦場のど真ん中に結界があるのは邪魔ですが」

 そこを避けて移動しなくてはならない。だが戦えない者を盾にされるより。

「明日、ルクスに話してみる。その手が使えるなら」

 先ほどまでとは表情が違う。そうかと思えば、大きく息を吐き、再び俯く。

「どうしました。私の案は駄目ですか」

「いや、そうじゃない。いい案だ。おそらくその手を使う」

 ならなぜ、がっかり。

「泣きついた、と思われ、言われそうだな」

「泣きついた? 泣きつかれていませんよ」

 レウィシアは顔を上げる。

「だが」

「負けたから、理由を聞いた。相談にのっただけですよ。泣きつく、というのは、泣きながらしがみついてきて、なんとかしてくれ、と私を戦場へぽん、と放り込むことですよ」

 セレーネになんとかしてもらおうと。

「そんなことするか! そんなことをすれば俺は、叔父やあの領主と同じだ」

 触れていたセレーネの左手を握るレウィシア。

「もし、セレーネ一人でなんとかできるとしても、それをやれと、やってくれと言えば、セレーネは俺を見損ない、見限るだろう。何より、もう傷ついてほしくない」

 握った手を額に押し当てている。

 フェンリルに負わされた傷のことか。痛みはないし、傷は塞がっているのだが。

「私としては頼られて、力になれて嬉しいですよ」

「俺は情けない」

「何も言わず、暗い顔でいられるほうが嫌ですよ」

 空いている右手でレウィシアの頬を撫でる。

「解決案もできたことですし、今日は休んでください」

「先に休んでくれ、書類を見てから」

「休みなさい。心身ともに疲れているでしょう。昨日もちゃんと休みました? 押し倒しますよ」

「それはそれで」

 レウィシアは嬉しそうに笑っている。そのレウィシアの肩を押すが、びくともしない。とりゃ、と体当たり。それでも倒れず、レウィシアの胸に飛び込む形。セレーネの腹が盛大に鳴る。

「あ、私も全部話して、安心したから、お腹が」

 昼抜きだった。

「何か食べるか」

「ええ。シアは先に休んで。……ちゃんと食べました?」

「ああ」

「本当に」

 疑いの眼差しで見た。



 昨夜は大人しく休んだ。疲れていたのか、セレーネの体温にほっとしたのか、横になるとすぐに眠れた。

 会議は朝から。集まった面々は疲れた、暗い顔。彼らをどう退しりぞけるかで悩んでいるのだろう。できれば傷つけたくない。

「次も、彼らを盾にしてくると思うか」

「……ええ。我々は怯みましたので」

 皆同じ意見。暗い顔をしながらも頷いている。

「ルクス」

「はい」

 呼ばれたルクスは緊張した面持ち。

「彼らを結界で包めるか」

「結界で、ですか」

「ああ。セレーネの案だ。正規の兵に紛れ込んで、ばらばらなら無理だが。一昨日と同じなら、兵と離れた所で結界を張り、彼らを閉じ込める」

 考えているのか、ルクスは顎に手を当てている。

「同じ手でくるとは限らない。いくつかに分けられていれば、魔法使いも何人かに分け、戦が終わるまで結界を。もちろんリスク、結界を張っている術者がばれれば狙われる。結界を張っている場所は通れないが、彼らは進めもしない。攻撃されても結界が護っている」

 理解してきた者達はルクスを期待に満ちた目で見る。

「彼らだけで固まっていれば、できます。ですが結界に集中するので」

 攻撃、治癒はできない。

「それならその手を使う。魔法使いの人選は任せる。結界を張っている魔法使いはばれないよう動くか、護衛をつける」

「はい。あの、王妃様なら一人一人に結界を張れるのでは」

「四、五人が限界、だそうだ。魔力も使うから一ヶ所にまとめて張るのを選ぶ、と言っていた」

「四、五人でもすごいですよ」

 ルクスはこめかみを揉んでいる。

 こういう場合は、とあらゆることを考え、一日中話し合った。


「行って来る」

「一日話し合っただけで出陣、ですか」

 セレーネの頭に触れる。

「向こうがこちらへ来ている。ここを襲われるのは」

「わかっています」

「ここを乗り切れば、次は叔父の元。叔父もなんとかして止めたいだろう」

「頑張ってください」

「ああ」

 セレーネの頭から手を離し、戦場へ。


 以前も見た光景。どう見ても兵でない者達に剣や槍を持たせ、身を護る鎧もない。最前列に出し、後ろにバルログ率いる兵。

 レウィシアは正面を向いたまま表情を変えずにいた。心の中では大きく息を吐いて。もし作戦を変えられていれば。彼らが出てこないことも考えたが。

 本番はこれから。結界を張る魔法使いにすべてかかっている。目配せすれば気づかれるかもしれない。バルログも馬鹿ではない。対策を考えているくらい。

 領主親子は馬に乗り、こちらをにやにやした顔で見ている。

 もし、領主親子が来ていたら、と話していたセレーネの意地の悪い笑みが浮かぶ。

「というか、くれるというのだから、もらってくればよかったじゃないですか」

「本気で言っているのか」

 セレーネが言っているのは領主の姪。

「ええ。私ならもらって、イソトマ山、でしたか、そこか貧民街へ放り込みます」

 さらりと。

 怒鳴り声。いや号令が響き、目をつぶり、または自棄になり、動く最前列。

 レウィシア達は怯むふり。タイミングを見計らう。間違えれば彼らと一緒に兵まで閉じ込めてしまう。

「今だ」

 レウィシアの号令。魔法使いが数十人を囲む、結界を張った。

 ばらばらになられたら数人に分けて閉じ込めようと考えたが、固まって動いてくれたので、一人で済んだ。とはいえ、その一人が倒れたら。戦が長く続けば。交代の魔法使いも準備はしている。

 見えない壁にはばまれ、きょとんとしている。レウィシア達が進むと、ぎょっとし目を閉じ、うずくまる者、棒立ちの者も。後ろをついてきていたバルログ率いる兵も結界に当たり、戸惑っていた。レウィシア達は結界を避け、バルログ率いる兵へと迫った。

「対策を考えてくるとは思ったが」

 バルログが馬上から剣を振る。レウィシアはかわし、剣を振った。ぶつかり、音が響く。

「もしくは王妃様に泣きついてなんとかしてもらう」

「そうだな。これはセレーネの策だ。だが魔法使いなら、いずれこの方法に辿り着くと」

「つーことは、王妃様は来ていないのか。残念だな。目の前で倒したら、どんな顔したか」

 バルログは、にやりと嫌な笑み。

「どこかで見物しているかも、な。作られた魔獣の件もある」

「まさか全滅させられるとは。おかげでこっちはあれ一体だけになった」

 バルログが言っているのは、獅子の頭に蛇の尾を持つ魔獣。ガウラが相手をしている。

「信じられると」

 そう言っておきながら、野営地を狙っているかもしれない。こうしている間も。今回は怪我人もいる。魔獣に襲われた場合も話し合っていたが、すべて上手くいくとは。

 この策が失敗した場合も考えて。だがセレーネはこれ以上、考えようがないと。

「彼らだけ穴に落として、だと上から狙われますね。どこかに移動、は大量に魔力を使いますし、移動先を考えないと。うーん、これが失敗したら、巻き添え、しかなくなりますね。そうなると、誰かは深く傷つきそうですし」

 レウィシアを見上げていた静かな薄紫の瞳。

「最悪、一人一人に結界を張るしかありませんね」

 感情的にならず、冷静に。

「王様を倒せば出てくるのか」

 倒される、倒れるわけにはいかない。帰りを待っている。レウィシアが勝つと、この作戦が上手くいくと信じて。

「シーミの兄妹はなんとか生きて、シーミに帰った。特に王子は酷いもんだ。あれじゃ嫁はこないな。相手が悪かった。そして王様。王様でもいずれ手に負えなくなる」

 鼻で笑っている。ビタールは今度こそセレーネを諦めたか。手に負えなくなるから手放せ、渡せと言うのか。

「今回の作戦、あの領主が得意になって売り込んできたが、このざまだ」

 レウィシアは無言で、バルログと剣を交えた。


 レウィシアの兵が押している。ガウラは魔獣を倒し、疲れも見せず、敵兵へと。

 バルログもレウィシアも息荒く剣を振っていた。以前と同じ、馬から降り。

「は、はは、まさか、ここまでとは、な」

「今度は逃さない。ここで」

 レウィシアは大きく一歩踏み込んだ。バルログはレウィシアの剣をかわし。

「退かせてもらう。こっちの王様がいる邸で待っている。あの女と一緒に。王妃様、幸運の女神様を連れてくるんだな」

 逃すか、とレウィシアは距離を詰め、バルログの首目掛けて剣を振るが、姿が消えた。

「魔法、か」

 レウィシアは舌打ち。兵を置いて、自分だけ戦場から。

「バルログは逃げた。こちらの勝ちだ」

 そう叫んでも向かってくる兵はいる。その兵に向けて剣を振った。


 バルログが逃げてからも一時間ほど争いは続いた。退く兵、向かってくる兵。叔父の手勢をどれだけ減らせたか。

 赤い空の下、ときの声。

 終わった、とレウィシアは深々と息を吐いた。

「へ~いか」

 アルーラの軽い声。見ると、領主親子が。領主親子はレウィシアを見ると、

「陛下、我々は脅されたのです。あの将軍に脅されて」

 言い訳をわめいている。

「領主という立場を利用して、随分好き勝手していたようだな」

「なんのことです。わたしは真面目に治めていました」

「父の時代より税を上げ、叔父に納めるだけでなく、自分達のふところに入れるため、さらに勝手に上げておいて、か」

「それは当然でしょう。我々はそれだけの仕事をしているのです。陛下、あなたも治めている者なら苦労がわかるでしょう。まぁ、直接治めているのはわたし達で、陛下は世間を知らないでしょう」

 さらりと。だが、言っていることは正しい。レウィシアは直接治めていない。治めている者から聞くだけ。

「払えなくなった、気に入らない者を貧民街送りにすることが仕事か。ああ、そこの者達からも取り立てているそうだな。さらには、騙して、イソトマ山や戦場へ送っておいて」

「貧民街? イソトマ山? はて? ああ、何代か前の国王が閉山にした。送るなど。勝手に行っているのですよ。宝石を掘り当てれば大金が手に入りますからねぇ。陛下がご所望なら、取り寄せましょうか」

 歪んだ笑み。レウィシアとしては今すぐにでも斬りたいが。

「ルクス、結界は」

「維持したままです。安全を確認してから解こうと」

「そうか。アルーラ、怪我人を」

「了解しました。陛下こそ気をつけてくださいよ。倒れたふりした兵から襲われたら」

 戦場ではよくあること。

「わかっている」

 苦笑と共に返した。

「そこの二人も連れて来い」

 近くの兵に命じた。領主親子は気を良くし、兵にうながされずともついてくる。

 レウィシアは結界で護られている者達の元へ。

「安全を確認すれば結界は解こう。領主は変える。お前達は変えても何も変わらない、と思うかもしれないが」

 結界の中では、ほっとした者や疑いの目、様々な目がレウィシアに向けられている。背後の領主は「どういうことです」と再びわめき、兵に剣を向けられ、情けない悲鳴を。腰にある剣の存在を忘れているのか。飾りか。装飾だけは立派。それは鎧も。

「この二人は好きにしろ」

 領主親子を見た。レウィシアの視線を追い、結界内の者達も領主親子を見る。

「陛下、何をおっしゃるのです。あの町はわたし以外治められません。わたしが治めたからこそ」

「この男の言う通りなら、見逃せばいい。そうでなければ、身ぐるみはいで、取られたものを取り返すのも自由。お前達の好きにしろ。どうわめこうと、領主は変える」

「そのようなことをして、ただで済むと」

「金で雇われている護衛も自分の命は惜しいようだな。現に誰もお前達を助けようと、護ろうと残っていない」

 周りはレウィシア率いる兵と動けない敵兵。

「陛下、結界を解きます」

 安全確認できたのだろう。レウィシアは領主親子へと向く。

「自業自得。これがお前達のやってきたことの結末だ。命乞いなら彼らにするんだな」

 感情を込めず。

「陛下!」

「父が勝手にしたこと。ぼくは関係ない。父より立派にこの地を治めます」

 レウィシアと年の近い息子が自信満々な態度で、そんなことを言う。

「解け。剣は扱えないだろうが、取り上げておけ」

 魔法使いと兵に命じた。

「はい」

 魔法使いは返事。傍の兵は領主親子の腰にある剣を取り上げる。

「陛下! わたしは」

 わめき続ける領主。レウィシアは背を向ける。兵と魔法使いはレウィシアの傍に。

「陛下、あの男、陛下を語る、あの男を始末すれば」

 それまで結界内にいた者達に向かい、わめいているが結界内にいた者達は暗い目で領主親子を見て、近づく。彼らの持っているものは何一つ取り上げていない。

 背後のわめき声は悲鳴に。レウィシアは野営地に戻るべく歩いた。



「今日はいつにも増してぼろぼろ」

 天幕に鎧姿で戻ってきたレウィシア。いつもなら会議をしてから戻ってくるのに。今日は直行してきたよう。とはいえ、汚れは落としている。戦場からそのまま戻って来たのなら、色々なもので汚れている。

「勝った、からな。怪我人の数を確認して今日は解散。明日から移動の準備。作戦も上手くいった。バルログには逃げられたが、叔父の元まで進む」

「おめでとうございます。お疲れさまでした」

 レウィシアは羽織っていた防寒着を脱ぎ、鎧も。

「お茶でも淹れましょうか。夕飯はまだ、ですよね」

 セレーネも食べていない。

「ああ」

 お茶を淹れるため、茶器の置かれている小さなテーブルへ。魔法で水を温め、茶葉を入れる。カップに注ぎ、レウィシアの元へ。

「熱いですよ」

「ああ」

 楽な姿になったレウィシア。顔には切り傷。

「また自分を後回し、ですか」

 むぅ、とレウィシアを見た。

「大きな傷はない。それに、セレーネが治してくれるんだろう」

 小さく笑っている。

「ここは何事もなかったか」

「ええ。静かなものでした。書類整理もはかどりましたよ」

「見られるものは見ておこう」

「休め、と言いたいですが」

「溜まる一方」

 レウィシアの言う通り。

「とりあえず、癒します。見えない場所も痣になっているでしょう。服は破れても汚れてもいませんし」

 斬られていれば破れ、赤く染まっている。

「脱げばいいのか」

「風邪ひきますよ。それとも肉体美を見せびらかしたいんですか」

 天幕の中は暖かくしているが。座っているレウィシアの胸の真ん中あたりに右手をあて、治癒魔法を唱える。

 レウィシアはほぅ、と息を吐いた。

「セレーネの声を聞いていると落ち着く」

「美声にはほど遠いですけど」

 戦場にいた。気持ちがたかぶる、とも聞いた。それは終わっても続く場合があると。

 終わったので右手を離す。

「バルログが叔父の元で待っている。セレーネを連れてこいと」

「罠を仕掛けておく、でしょうか」

 セレーネはカップを両手で持ち、首を傾げる。セレーネにしかわからない罠を仕掛けておく、という意味か。

「セレーネの目の前で俺を倒せば」

「本気を出すと考えて、ですか」

「どうしてそういう考えに。色恋で考えないのか」

 呆れているレウィシア。

「ないですよ。利用するように言っていたじゃないですか。シアこそ忘れたんですか」

「覚えている。だがビタールにしろ、フィユカスにしろ」

「フィユカス様はよくわかりませんが、ビタール王子は私というより、私の魔力目当てでしたよ」

 フィユカスはレウィシアが会議中に挨拶に来ていた。活躍を見てくれましたか、と。

「むー、言葉通りついて行ったほうがいいのでしょうか。それとも大人しく待つ。でも、あの女性が持つ杖も気になります。あれから会えていませんし。魔獣だって」

 精霊、魔獣を操ろうと作られたものもある。バルログが作った魔獣も。

「オリヴィニはフェンリルと共倒れになったと思っていただろう」

「この通り、ぴんぴんしています。バルログも報告しているでしょうね。となると警戒されますね」

「俺は大人しくしていてほしい」

「相手が許してくれます? ここからまっすぐ叔父上の元へ行くんですか? 邪魔は」

「許さないだろうな。邪魔は入らない。おそらく兵を集めて邸を固めている。どのくらいの貴族が叔父の元へ残り、集まるか」

 乗り換えようとする貴族で足止め。足止めせずとも傍観、財産隠し。

「失礼します。夕食をお持ちしました」

 外からの声。セレーネが取りに行こうとしたが、レウィシアが返事をし、取りに行った。



「セレーネ様はまた袋の中ですか」

 いつかのようにアルーラが馬を寄せてくる。

「いや、今回は」

「今回はヤマネです」

 小さなネズミがレウィシアの防寒着の中から出てきて、肩へ。

「随分小さくなって」

 アルーラは笑っている。

「この姿ならわかりにくいですし、可愛いでしょう。なごむでしょう。以前この姿で冬眠したい、とシアに言ったのですが」

「やめてください」

「同じことを言われました」

「猫よりは摑みやすい」

 肩にいる小さなネズミ、ヤマネを片手で。

「するりと抜けられます」

 言葉通り、レウィシアの手からするりと抜け出し、再び肩へ。

「町の様子を見に行っていた兵からの報告です」

 真面目な声音に変わる。

「あの親子は戦場からなんとか帰った。そして一家は夜逃げしようとして財産をかき集めていたようです。ですが財産を乗せた馬車は襲われ、財産は盗まれた。どれだけ盗まれたかはわかりません。護衛もどさくさに紛れ、もらえるものはもらい、護衛もせず」

 去った。

「馬車は叔父上の邸に向かって走っていたそうですよ。無事辿り着けたかどうか」

 アルーラは小さく肩をすくめている。

「町は混乱しています。領主不在、次の領主候補の争い、不満の溜まりに溜まった住人」

「他の町はどうなのでしょう」

 ヤマネは小さく首を傾げている。可愛いといえば可愛いが。

「陛下が勝ったと知れ渡っていれば、似た状況か、賄賂わいろで」

「金で片付けるようなら領主は変える。と言いたいが後任を探すのも苦労しそうだ」

 深々と息を吐く。

「広いと大変ですね。ここは落ち着くまで、王代理としてしっかりした人に治めてもらわないと。その人に領主の差配も任せて」

「それはそれですり寄ってくる貴族が多そうですね。セレーネ様に治めてもらえば、と言う貴族も出そうですね」

「それは、どちらの意味です? 邪魔者を排除して、シアに新しい妃を。有能さを買って」

「どちらも、ですよ」

「だがそれは」

 レウィシアは二人の会話に口を挟む。

「わかっていますよ。陛下はセレーネ様と離れたくない。ヴィリロに治めさせる気か、と文句も出る」

 アルーラの言う通り。セレーネはグラナティスの者ではない。ヴィリロから送り込まれた、と考える者も。

「治めはしませんが、手伝いはしますよ」

 セレーネは小さな手でレウィシアの頬をぺちぺちと叩く。

「もしくは陰から操り」

 冗談だろう。

「兄弟がいれば」

 少しは違っていただろうか。

「叔父上のような兄弟だったら」

 それはそれで。

「今は、その叔父上に勝つことに専念してください。勝ってから色々考えましょう」

 アルーラの言葉に頷き返した。



 休憩を取りながら進む。レウィシア達はその休憩中、どこに野営を設置するか、地図を見ながら相談していた。休憩中、訪ねて来る貴族も。近くに町があると聞けば、セレーネは姿を戻し、町へと馬を走らせ、酒樽を買い、ノームを呼び出し、渡していた。

「うわぁ、すごい数のラブレターですね」

 夜、レウィシアの天幕には周辺貴族から届いたと思われる手紙が箱一杯に。

「燃やすものに困りそうにないです」

「そうだな。早速」

「いえ、そこは読んでから、とつっこむところでは」

「読まなくても想像できる」

 レウィシアはうんざり顔。

「見ても」

「ああ。つまらない内容だ」

 セレーネは一枚取り、封を開けた。

 自分はレウィシアの味方。自分なら上手く治められる。年頃の娘がいる。

 二枚、三枚、似た内容。

「つまらないだろう」

 いつの間にかレウィシアの胡坐をかいた足の間に。セレーネの右肩に顎を乗せている。

「そうですね。もっとひねりを」

「いれてどうするんだ」

 十枚読んで、やめた。

「来る貴族も兵を、物資を支援してやる、そのかわり、と同じことを」

 それでうんざり。

 手紙に、訪ねて来る貴族の対応、作戦、送られてきた書類、と大忙し。

 兵を送るといっても前線には出ず、後ろにいて役に立たないだろう。言った本人、貴族も出るか怪しい。

「お茶でも淹れましょうか」

 今も色々考えているだろうが、休める時は休んでほしい。セレーネが天幕にいるため、兵は余程がない限り来ない。セレーネが来る前は、余程でないことでも聞きに来ていたとか。

「いや、このままで」

 レウィシアは猫のようにあちこちすり寄っている。これで休まるなら、と好きにさせていた。昨日も、その前も。そうして最終的には眠くなり、布団へ。


 邪魔が入ることなく、進む。いや、貴族が来て説得? 国を二つに。このままでも、と話していたが、レウィシアは聞く耳もたず。お供します、と兵を率いて来ていた貴族もいたが、遅れると、置いて進んだ。足を遅らせる叔父側の作戦かもしれない、と気にもせず。

 順調に進み、最後の野営地に。レウィシアはアルーラ達と会議。セレーネは野営地周辺を歩いていた。魔法使い達も、何も仕掛けられていないか注意深く見ていた。

 レウィシアを訪ねて来た貴族の中には、どうぞ我が邸をお使いください、と言っていたが断り、野営。

 何も仕掛けられていないのを確認し、天幕に戻る。戻っても中へは入らず、暮れていく空を見ていた。

 今日は晴れていた。明日は? 吹雪はしないだろう、と言っていたが、天気はわからない。吐く息は白い。

「セレーネ」

 そう呼ぶのは一人。そちらを見ず、空を見ていた。

「中に入らないのか」

「ここに来てから一年も経っていないのに、色々あったなぁ、と」

「そうだな。色々、巻き込んだ。今も」

 レウィシアはセレーネの傍に。

「この戦が終われば落ち着く。ゆっくりお茶をする、あちこち行くことも」

 事後処理に追われ、あちこちは無理だろう。いや視察でレウィシアだけ出る、というのも。お茶はできる。

 元々城で留守番のはずがここまで来た。シーミにも行った。自由に出歩けなかったが。自由に出歩けていたら。ビタールが、ローズが頭を下げていたら。

「何を考えている」

 右頬に触れてくる。

「遠くを見ていただろう」

 拗ねたような口調。レウィシアが傍にいるのに別の者のことを考えていたから。

 セレーネは小さく笑う。

「世界が広いのは知っていましたが、再確認させられました」

 レウィシアの左腕に抱きついた。レウィシアも空を見上げ、

「傍にいてくれて、感謝している。セレーネがいなければ、ここに、こうして立っていたかどうか」

「それもシアの運、ですね」

「運?」

「はい。運があったから、こうして一緒にいます。えんもあったかもしれないですね。私、もしくはシア、どちらかに運が、縁がなければ」

「こうしていない、か」

「それにしても、どうしたんです。負けてもいいようなフラグじゃありませんよね」

「負ける気はない。この先やりたいことはある。息子や娘の顔も見たい。家族でどこかに行きたい」

 セレーネと違い、叔父を討てばレウィシアの血の繋がった身内は。

「叔父上の元にも妃がいるのですよね」

「ああ。何人も。子供はいないが」

「戦が終わった途端、子供を身籠っています。認めてください、面倒見てください、とシアの元へ来たりして」

「……ありえる」

 レウィシアは顔をしかめている。

「ノームへの代償はすべて払い終えましたので、取り立てに来ることはありません」

 セレーネに何かあっても大丈夫なように。

「中へ入ろう。寒いだろう。風邪でもひいたら」

 ひいても戦は中止にならない。

「大丈夫ですけど、旦那様の言う通りにしましょう」

 セレーネはレウィシアを見上げた。レウィシアはきょとんとし、

「大事な奥さんだからな」

 笑い返してきた。

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