第26話

 小雪がちらついている。

 セレーネは毛布をかぶり、寒いと縮こまっていた。今も天幕で小さくなっているだろう。姿を想像して小さく笑う。

「余裕ありますね」

 声のした方、アルーラを見た。

「敵を前に笑うなんて。余裕ありますね」

 離れた場所に対峙しているのは叔父の軍。今までと数が違う。今まではレウィシアの率いている兵の半分以下。しかも戦う前から怯え、始まってからは逃げ出す兵も。今回はおびえも乱れもしていない。いや、オリヴィニと会った、あの時も兵の足並みは揃い、逃げ出す者はいなかった。数は少なかったが。

「本気を出してきたか。指揮官がいいのか」

 レウィシアは顔もはっきり見えない、対峙している兵達を見た。

「セレーネが寒い、寒いと小さくなっているのを思い出していた。雪がさらに降るなら」

「さらに小さく、ですか。ごちそうさまです」

 レウィシアは小さく笑い。

「それもあるが、戦況にも影響が出るかもしれない」

 もし天候が悪化すれば、吹雪けば。

「それは相手も同じでは」

 その相手は一気に突っ込んでこず、焦らすようにゆっくり進んでいる。レウィシア達は止まっていた。突っ込んでいけば、進んで、何か罠が仕掛けられていたら。止まっていても動ける、戦えるようにしている。

 止まったのは顔のはっきり見える位置。先頭は筋骨隆々とした、三十歳前後の男。にやにや笑いながら、レウィシアをじっと見ている。

「話には聞いていたが綺麗な兄ちゃんだな。隠しているものさえなければ、女には困らんだろう」

 ガウラがかばうように前へ。

「戦う前に少し話そうと思って、な」

 男は顎に手をやり、撫でている。

「時間稼ぎ、か」

 魔法か、別の作戦か。そのためゆっくり進んできたのか。

「それもあるが」

「バルログ様」

 背後の歩兵が声をかけ、男は背後を見た。

 動くか、とガウラは目で尋ねている。男の周りにも兵はおり、動けば反応する。

 バルログ、と言っていなかったか。それならあの男が指揮官。討てば。

 迷っている間に男はレウィシアへと向く。

「王様、聞きたいことがある。なに、短時間で終わる」

 男は顎を動かし、背後の兵は前へ。誰かを連れている。

「セレーネ様」

 アルーラの呟き。レウィシアは目を見張り、ガウラは舌打ち。

「間違いない、か」

 男は、にやりと満足そうに。

「それならもういいでしょう」

 さらに出てきたのは、シーミの兄妹。

「その方は私の妻。手荒く扱わないでいただきたい。それと」

「早く返せってか。そんな貧弱そうな女のどこがいいんだか。怖いか、王妃様。怖ければ助けを求めればどうだ。それとも怖くて声も出ないか」

 からかう、面白がるように。

 レウィシアは歯がみ。

 なぜ。セレーネも十分注意していると。今、感情のまま動けば。しかし。

 セレーネは一言も発さず、大人しくビタールの腕に。何かされたのか。

「兵は貸しました」

「ああ、その代わり、王妃様をさらうのに協力する、だったな」

「攫われたのです」

 勝手なことを。男はちらりとレウィシアを見て、笑っている。楽しそうに。

「おい」

 ガウラの声。ガウラを見ると、下を指している。正確には頭を下げている馬。

 なぜ頭を下げているのか。エサは与えている。レウィシアは馬が頭を下げた先を見た。そこには白猫が。白猫は馬の鼻に頭をすり寄せている。

「陛下、セレーネ様が」

 アルーラの声に視線を戻すと、ビタールに肩を抱かれ、兵の中へ。

「どうする」

 ガウラの焦った声。アルーラも気持ちは同じなのだろう。レウィシアはもう一度下、白猫を見た。白猫もレウィシアを見上げている。セレーネとは違う金の瞳。

「様子を見る」

「は?」

「様子を見る」

 繰り返した。

「いいんですか」

「ああ。だが、いつでも動ける用意はしておけ」

 戦うにしろ、後退するにしろ。

 レウィシアは眼前を見据みすえた。男は馬鹿にした笑みを浮かべ続けている。

「うわぁ!」

 誰かの声。男にも聞こえたのか、声の方、背後を見た。

「な、なんだ」「ひぃ」

 驚きと悲鳴。その一角がざっと割れる。レウィシアにも見えた。

 セレーネの腕、足が人ではないものに。黒い毛に覆われ、太さも変わる。獣の足。さらに変わり続ける。顔も黒い毛に覆われ、鼻、口が犬のように。尻からは太い尾が。

 うおぉぉん。

 セレーネだったものが吠える。

 その姿はどう見ても狼。しかも人の背丈ほどの大きさ。尾を一振りすると、周囲の兵達は軽々吹き飛ばされ。

「おいおい。まじかよ」

 男も驚きながら距離をとっている。それは兵達も。

 レウィシアは馬から降り、

「どういうことだ」

 白猫を抱え上げた。白猫は「うにゃ」と首を傾げる仕草。

「陛下?」

 アルーラは訝しげ。

「セレーネ」

 じっと白猫を見る。

「……どこで気づいたんです」

「ばれないと思っていたのか。その姿で袋の中にいただろう」

「瞳の色は違いますよ」

 そう、以前は薄紫。今は金。それはさておき、猫が戦場にいるはずない。

「まぁ、気づいてくれてよかったです。飛び出すなら、顔に飛びつこうと考えていたので」

「飛びつくなら、人の姿で飛びついてくれ。それより、あれは」

 レウィシアは暴れている狼を見た。

「何度も説明するのは面倒ですね」

 そう言うと、セレーネは元の姿に。猫を抱えていた時と同じ状態。両脇に手を入れているので、セレーネの手はまっすぐ伸びて、抱えられている。

「下ろしてください」

 地面へと下ろす。

「うう、寒いです」

 言いながらも前へ。

「それはフェンリルですよ。よく知っているでしょう」

 セレーネは右腕を上げ、人差し指で狼を指した。狼はぴたりと動きを止める。

「姫!」

 ビタール、男もセレーネを見る。

「どういうことです。フェンリルは貴女が倒したはず」

「フェンリルを倒しただぁ。あの女が」

「ある意味本物ですよ。私が再現した、本来の半分の、さらに半分の力」

 にっこりとセレーネは笑っている。

「本当はシーミの城下町にでも送ろうかと考えていたんですよ。ああ、城の中でもいいですね。倒したはずのフェンリルが突然現れたら、どんな反応をするでしょう」

 優しげに、さらりと。

「姫、セレーネ」

 ビタールが一歩踏み出して近づいて来る。

「気安く呼ぶな」

 レウィシアはセレーネの前へ。

「無関係の、何も知らない者を巻き添えにするのはやめました。あなた達と違って、私は優しいので」

 レウィシアの背後から、顔を出す。

「優しい?」

 アルーラが小さく呟く。

「だから狙いをあなたにしたんですよ」

 セレーネは再び右腕を上げ、指したのはローズ。

「あなたを狙うようにしました。あなたが仕留めるか、倒れれば終わりますよ」

 兵達は一斉にローズを見た。ローズは青ざめながらもセレーネを見返していた。

「頭を下げて頼めばフェンリルの件は相談に乗ってあげたのですが。隙をついて誘拐はやりすぎですね」

 セレーネはわざとらしい溜息。

「そうそう、これは返しましょう」

 ポケットから何かを取り出し、放り投げる。

「ナイアスを封じています。解けば戦力になりますよ。解ければ、ですけど」

 ローズは「ナイアス」と呼ぶが、何かが現れることはない。

「封じられたと信じていないようですね。契約主が呼べばどこにいようと傍に現れます。封じられていない限り。何度呼ぼうと無駄なのに」

 ローズの声が響く。

「助ける、見捨てる、裏切る、好きな行動を選んでください。勝てば半分の半分、の力とはいえ、フェンリルを倒したことになりますよ。証人は周りにいるでしょう。女王陛下」

 再びにこりと。ぞっとする冷たい笑顔。

「では、失礼します」

 セレーネは一礼すると背を向け、兵の中へ消えていく。

「セレーネ、待ってください。姫!」

 ビタールの悲鳴のような叫び。フェンリルは再び吠え、動き出す。逃げ遅れた兵はフェンリルの太い前脚になぎ払われ。

「その女から離れろ! 狙いはその女だ! 距離をとれ」

 男は指示を飛ばし、呆然としていた兵は、はっとし、指示に従う。

「あれが考えていたお仕置き、か」

 レウィシアは足下を見た。そこには白猫が。瞳は金ではなく薄紫。

「だから、どうしてすぐわかるんです。気配消して近づいたのに」

「甘い」

 レウィシアは白猫を抱き上げる。白猫は前脚にはぁ、と息を吐きかけていた。

「言った通り、ローズ姫を狙うようにしましたから、近づかない限り、巻き添えはないですよ。それとも、助けて恩を売ります?」

 ローズの周りに兵はいるが腰が引けている。ビタールは必死に指示を飛ばし。

「いや、自業自得だ。ほっておく。おくが、さて、どうしたものか」

 敵側は混乱、下手に攻めればフェンリルの攻撃の巻き添え。背後にいる兵も説明されたとはいえ、驚いている者も。

「野営地で暴れるよりは、とここにしたんですけど。う~ん、野営地近くで結界張って、その中で争わせてもよかったですね」

「それはそれで」

 残っている者が何事かと。

「ローズ姫が仕留める、もしくは倒れるまで暴れ続けるのか?」

「一時間は」

「一時間?」

「制限時間付き、ですよ。一時間もすれば消滅します。脅し、ですよ」

 ぷしっと小さなくしゃみ。

「それまでもちますかね。ナイアスはばっちり封印しましたから。解ければいい勝負。う~ん、フェンリルが負けるかな。本来の力の半分の半分、ですから。ナイアスの封印にしても。解けないでしょう。姫の実力なら」

 冷静に。

「あれで半分の半分、だと」

 ガウラの驚いた声。レウィシアも同じ感想。

 前脚、尾の一振りで兵を軽々と吹き飛ばし、鋭い歯は易々と鎧を砕きそうだ。あんなものと、しかも本来の力で戦った。

 白猫を見た。猫は「なんです」と可愛らしく首を傾げ、くしゃみを。

「うう、寒いですぅ。見物せずに戻ればよかった」

 フェンリルと争ったとは思えない情けない言葉。野営地近く、結界を張ってフェンリルと争わせていれば、最後まで見届けず天幕に帰っていただろう。

「そういえば、以前釘を刺しに来た、と言っていた精霊がいたな。これのことだったのか」

「はい。悪用しないように、です。私が再現したとはいえ、あれも本物のフェンリルですから。あ、戦に手は出しませんよ。あくまでお仕置き用です」

「そうとってくれればいいな。さらに執着されたらどうする」

「……記憶をいじりますか」

「そんなことまで、できるのか」

「やろうと思えば。得意ではありませんから、消しても戻る、かも。ここは仕返しの天才、ヴェルテに相談でも」

「それはそれで恐ろしい仕返しになりそうだな」

「あ~の~、いつまで呑気のんきに話しているんです」

 アルーラの言う通り。

「わかっているが。さて、どうするか」

 レウィシアはフェンリルの暴れている方を見た。

「仕切り直し、だな」

 バルログと呼ばれていた男が馬をレウィシアの近くに。

「あの女が警戒するのも頷ける。まさかフェンリルを出してくるとは」

 にやりと笑い、レウィシアの手にいる白猫を見ている。白猫はうんざり顔。ガウラ、アルーラはレウィシアの前へ。

「あの女?」

「王様もよく知る女、オリヴィニ、だよ。さっきも言ったが仕切り直しだ。あんなのがいたんじゃ戦もできねぇ。巻き添えはごめんだ。こっちの兵は退かせている」

 男の傍には数人。他の兵はフェンリルから距離をとり、この場から離れている。

「そう思わせて、背後から」

「あの王子様も馬鹿じゃない。巻き添えにしようと俺らの兵に向かってきている。こっちにはこないだろうよ。なんせあれは、その王妃様が作ったものだ。味方を攻撃しない」

 白猫は再びくしゃみ。緊迫感がない。

めてやるつもりがまんまと嵌められた、か。はは、あの王子様が欲しがるわけだ」

 見られた白猫は毛をぶわりと逆立てている。よい視線ではない。

「勝ったら王妃様をくれとでも言ってみるか」

 男は顎を撫でながら、にやにや。

「うう、なぜ変なのに目をつけられるのでしょう」

「大人しくしていないから」

「大人しく捕まればよかったです?」

「それはそれで」

「おい!」

 ガウラの怒鳴り声。気をゆるめてはいないが。

 男はちらり、とどこかを。何かするつもりかと警戒。

「みゃ!」

 白猫の声。体もびくりと大きく震え。

「上手くいったか」

「はい」

 男の傍にいる黒ローブが頷く。

「何をした」

 レウィシアは男を睨んだ。男はにやにやと変わらない。

「魔力、魔法封じ、ですね」

 答えたのは白猫。

「魔法封じ」

「フェンリルを魔法で操っているとでも考えたのでしょう。はい、そこのあなた、魔力、魔法封じの魔法の前提は」

 白猫はレウィシアの背後を右前脚で指す。見れば、指されたのは黒ローブを着た魔法使い。

「え、え、え」と戸惑っている。

「格上の魔法使いが格下にかける」

 答えたのはルクス。

「そして王妃様には効いていない、でしょう」

「正解です」

「効いていない? 封じられていないのか」

「封じられていれば元の姿に戻られています。そしてフェンリルも止まっています」

 姿は白猫のまま。フェンリルは相変わらず暴れている。

「封じられてもフェンリルは動き続けますよ。魔法で操っているのではありませんから」

 くしゅ、と小さなくしゃみ。鼻をすすり、

「何もしなければ手出しするつもりはなかったんですが。売られた喧嘩はきっちり買って、倍返し、ですね」

 白猫はごそごそ動き、男へ向くと、歌うように唱えている。

 男は舌打ちして「かまえろ! 」と叫んでいた。

 小さな前脚を男へと向け、唱え終わったのか、ふぅ、と小さな息。

 何か起きたようには見えない。フェンリルと相手をしている者の声が響く。

「何をした」

「魔法封じ、ですよ」

 白猫はなんでもないように、さらりと。

「狙いを絞らずにおこなったので、何人かかったでしょう」

「待ってください」

 声を上げたのは先ほどセレーネに話をふられた魔法使い。

「通常は一人に狙いを絞り、魔法をかけます。何人もだなんて」

「それ以前の話だ」

 ルクスは魔法使いの肩を叩く。

「王妃様は姿を変えられたまま魔法を使った」

「……二つの魔法を同時に。でも」

 レウィシアにはわからない会話。

「優秀な魔法使いは二つ三つの魔法を同時に使える。おい、何人封じられた」

 男の背後、魔法使い達は笑いながら確かめていた。その笑いが驚愕に変わる。

「半分いきませんでしたか。まだまだ修行が足りませんね」

 十人はいるだろう魔法使い。そのうち四人は手を動かし、魔法だろう、呟いているが、何も起きず。反応を見て、白猫は頷いている。

「あれで修行が足りないのなら、私達は」

 ルクスはがくりと肩を落とす。並んでいる魔法使いも。

「魔法を二つ同時に使うのが、そんなに珍しいのか」

「珍しいさ。二つ三つ同時に使える魔法使いなんざぁそういない。一人で何人もの兵の相手をできる。一騎当千。例えば、上空に浮いて、そこから炎の玉を降らせることも、突然地面に穴あけて兵達を落とすことも。王妃様もできるんじゃないのか」

「やりませんよ」

「やろうと思えばできるってことだな。そういや数年前一人の女を取り合って、三つの国が争うことがあったな。あの女もかなりの魔法の使い手だった。なにより絶世の美女。あの女を手に入れてりゃ」

 白猫と顔を見合わせた。

「今さらですが、あの男は」

「バルログ、と呼ばれていた」

「バルログ」

 白猫は男を見る。

「そういや、まだ名乗ってなかったな。俺はバルログ。この軍をまとめている。お見知りおきを、王妃様」

 猫なで声に、再びぶわりと毛を逆立てる。

「指名手配されている、あのバルログ、ですか」

「ほぉ、こんな所にまで俺の名は知れ渡っているのか」

 男、バルログは顎を撫でている。

「魔獣、はいませんね」

 白猫は周りをきょろきょろ。

「隠し球だ。あんなの出されたら、なぁ」

 バルログは親指でフェンリルを指している。

「バルログ様、兵達はあらたか引き揚げました」

「みゃ」

 いきなり動く右前脚。ばしん、と何かのぶつかる音。空気が動く。髪が、羽織っている防寒着が揺れる。

「陛下!」

 ルクスの慌てた声。

「おい」

 バルログは背後にいる魔法使いを見た。なんらかの魔法を放ったのだろう。

「申し訳ありません。戦には手出ししないと言っていましたが、どこまで信じられるか。厄介の種は潰しておくべきです」

「だが、防がれた」

「ええ。お前、人間か」

 黒ローブを目深にかぶり、顔は見えない。だが見ているのは白猫。

「どういう意味だ」

「あの女は魔法を唱えているようには見えませんでした。自然を操る、というのでしょうか」

「自然を操るだぁ、人間にそんなことできんのか」

 訝しそうに。

「いえ、できません。できるのは、精霊だけ。あの女は」

「精霊だって言いたいのか」

 二人はセレーネを見る。見られた白猫は、

「馬鹿馬鹿しい。自分にできないからと言って、精霊扱いですか」

「精霊が人に恋をし、力を貸した、というのはよく聞く。しかし悲恋。いつまで人のふりをしていられるか」

 バルログは顎に手を当て、何か考えていたが、

「引き揚げる。人だろうが精霊だろうが、これ以上余計なことして、いつ気が変わり、残っている連中全員潰されるか。戦は明日に延期だ。じゃあな、王妃様、王様」

 手綱を引き、馬首を変え、去って行く。振り返りもしない。

「どうする」

「こちらもゆっくり、油断せず、退く」

 残っているのはフェンリルを相手にしているシーミの面々。苦戦している。人数も減り。一時間もつか。バルログも退いたと見せかけ、襲ってくるかもしれない。

「助けます?」

 白猫はじっとレウィシアの顔を見ている。静かな瞳。シーミの面々を見ていたから。

「いや、退く」

 ちらついていた雪は大きさを変え、降っている。白猫のくしゃみの回数も増えた。


 ゆっくりと注意しながら引き揚げる。

「あの、今の話は、本当なんですか。王妃様が精霊だと」

 下がりながら尋ねてきたルクス。レウィシアも気になっていた。

「信じているんですか」

「……なんとも」

 白猫はレウィシアを見上げる。レウィシアもルクスと同じ気持ち。白猫はわかりやすく息を吐いた。呆れているのか。

「私、成長していません? 四年前から背や髪は伸びていません? ナイスバディになっていません?」

 四年前と今。背も伸び、髪も。

「ナイスバディには」

 小さな前脚でレウィシアの腕を叩く。

「精霊は体の成長はありません。髪も伸びません。傷つけられても血は流れません。魔力? がこぼれ出ます。そして回復すれば傷は塞がり、痕もありません」

 セレーネは毎日左腕に薬を塗り、包帯を巻いている。見ていると、そんな顔しないでください、と笑顔を向けてくる。

 治療したのはルクス。

「それでしたら、魔法を唱えていたのですか。私には全く」

「自然に少し魔力を込めたんですよ」

「自然に魔力を込めた、ですか?」

「ええ、空気はどこでもあります。少し魔力を込め、風を操った。土でもできますし、水があれば水、炎も。魔力を込めれば操れますよ」

「そんな簡単そうに」

「こつさえ摑めば簡単です。私が精霊なら私より格上の魔法使いはすべて精霊になりますね」

 小さく笑っている。

「魔法を二つ、三つ同時に使うのは珍しいのか」

「珍しい、と言いますか」

 ルクスは顎に手を当てている。

「難しい、でしょうか」

「難しい?」

「そう、ですね。そういう言い方が正しいかもしれません」

「セレーネは結界を張って、その中から攻撃魔法を使っていただろう」

「普通は一人が結界を張り、一人は攻撃、ですね。そちらが安心、安全でしょう」

「安心、安全?」

「二つの魔法を同時に使うのですから、魔力の減りは早いです。しかも結界に集中すれば攻撃魔法は威力が劣ります。逆に攻撃魔法に集中して、結界をおろそかにすれば、結界は破られます」

 ルクスも頷き、

「二人なら、攻撃、防御と集中できます。しかし、一人なら、バランスよく魔力を込めないと」

「空中に浮いて、と言っていましたが、魔力の残量を間違えれば落下します。三つなるとさらに魔力の配分を考えないと」

 高さによっては魔法使いも無事では。

細々こまごまとした魔法を使うより、一発どかんと大きな魔法を使うほうが楽ですね」

 右前脚を振っている白猫。その耳を引っ張った。

 今のところ背後から襲われることもなく野営地に戻れている。セレーネは白猫姿のまま鎧の上から羽織っている防寒着にくるまれて馬上に。それでも寒い寒いと呟き、小さくなっている。

「今度はアルーラかガウラを護衛に置いて」

「結構です。大丈夫です。今日みたいに返り討ち」

 返り討ち、というのか。

「それにしても、いつの間に入り込んでいたんだ」

 警戒していた。レウィシアのいない隙を狙い、誰かが手引きした?

「精霊なら簡単にもぐり込めますよ。今回もナイアスが潜り込んで、他の人に気づかれないよう、私を連れ去り、待ち合わせている者と合流していました」

「よく気づいたな」

「いつ来てもいいよう、アンテナを張りめぐらせていました」

 白猫は耳をピンと。

「それらしい気配がしたので、罠を作り、私はこの姿に。魔力も極力抑えて。攫い、合流した者にフェンリルを渡して、気を抜いていたナイアスを封じました。あとはシアも知っての通り」

 レウィシアの動揺を誘えるとあの場に。だが痛い目を見たのは。今も。

「サラマンダーのいる砂漠へ送ってもよかったのですが」

「優しいからやめた、か」

 レウィシアは小さく笑い、白猫の頭を撫でる。

「サラマンダーの棲み処は大陸一の砂漠地帯。サラマンダーの近くなら封印が解けた時、サラマンダーに喧嘩を売られ、瞬殺。ローズ姫が探すにしても同じ。サラマンダーの近くでなくても、あの砂漠の砂の下を探すのは。適当に送ろうとしたので」

 レウィシアも大陸一の砂漠地帯の話は聞いている。きっちり用意していかないと。いや、用意しても迷うと。

「あのフェンリルは離れていても動き続けるのか」

「ええ。あれはフェンリルの毛に私の魔力を込めて作ったもの。私の魔力が切れる一時間は私がどこにいようと覚えさせた魔力、ローズ姫の魔力を狙い、動き続けます。あ、もう一度言いますけど、戦の手伝いはしません」

「わかっている。あんなものを出されたら」

 兵の立場は。セレーネ一人にすべてを押し付けるなど。

「力のある魔獣の一部はああやって利用できます。やり方さえ知っていれば。骨や爪、牙は強力な武器に。争った時に毛を何本かむしり取りましたから」

 仕置き用でなければ、何に使うつもりだったのか。

「一時間経てば、ちりも残さず燃えて消えます。力も本来と同じにできなくはないですけど。それだと私の持つ魔力すべてを込めても足りないので。そして、あの姿を保ち続けるのも無理です」

「それでもかなり驚いていたな」

「冷静に対処すれば。ヴィリロでも同じようなことをしていたんですけど」

「……」

「強い魔獣の毛をむしり取って、毛でも牙、爪でもいいです。今日のように再現。力は本来より劣りますが。兵や魔法使い達を鍛えていました。自分の魔法の訓練にもなります。最近はどうでしょう。一度戻ってなまけていないか」

「……俺達がいた時はそんな光景見なかったが」

「当たり前ですよ。城内で魔獣と戦っている姿を見たら卒倒しかねないじゃないですか。シア達のいた一年は平穏な一年として語られています」

「語られているのか。卒倒はしないが」

 驚く。ヴィリロ兵の強さの一端はそれか。セレーネが嫁いだ今はなんと言われているのか。

「それにしても、また変なのに目を付けられたような」

「負けない。大人しくしていろ」

「ヤマネって知っています」

 突然変わる話。

「ヤマネ?」

「ネズミに似た小さな動物です。可愛いですよ」

「その動物がどうかしたのか」

「冬は冬眠します。私もヤマネの姿になって冬眠」

「するな」

「でも、シアのふところに入れますよ」

 いつでも一緒にいられる、というのか。

「潰すぞ」

 眠っている時にしろ、起きて動いていても。忘れれば、動きによっては、敵の攻撃もある。

「はぁ~、いい案だと思ったんですけど」

 残念そうに。耳がぴくりと動く。

「それなら……いえ、いいです」

「なんだ、気になる」

 何か思いついたのだろう。

「気にしないでください」

「なる、言え。どんなくだらない話でもいい」

「……一緒に冬眠します、と言おうとしたんですが。そうすると仕事が」

 一緒に冬眠。暖かくなるまで一緒に。心が揺れる。

「冗談ですよ。本気にとらないでください。それより、そろそろ代償を払わないと、取り立てにくるかもしれませんね。そうなったら大変です」

「どう大変なんだ」

「野営地、もしくは戦場で敵味方関係なく大暴れ。フェンリルと同等、場合によってはそれ以上なので、私では止められません」

 さらっと恐ろしいことを。

「明日の戦いに勝てば、馬を走らせれば一日で辿り着く大きな町がある。こちらは大所帯だから二日かかる」

 怪我人がいれば、さらに。

「そこで時間をもらっても」

「大暴れされるよりは。護衛は付ける」

「それくらいなら」

 明日の戦もどうなるか。勝てなければ進めない。



 ビタール、ローズがどうなったかなど。本来ならシーミ国の問題。喧嘩を売った相手が悪かった。

 天気は晴れ。昨日降った雪は足が埋まるほど積もっていた。

 戦の仕切り直し。レウィシアは戦場へ。セレーネはというと、毛布をかぶり、書類と睨めっこ。

「暇ならこれでも整理しているか。何かしていれば気がまぎれて寒さも忘れるだろう」と渡され。レウィシアの優秀さを再確認。戦に書類仕事。涼しい顔でこなしていた。セレーネなら無理。

「それにしても、なんです、この内容。いえ、数字」

 取り戻した地の税関係の書類だろう。納める側、納めた側の数字が全く合わない。ばかりか二重取りされている場所も。見ていたのは城から送られてきた書類だったが、その中にまざっており。

 セレーネは「む~」と唸っていると。

「失礼します! ご無事ですか!」

 いきなり兵が天幕に。

「どうしました」

 少し驚き、兵を見た。

「はい、魔獣が現れまして」

「魔獣?」

 以前も同じ言葉を聞き、同じ返しをした。

 まさか、ここにもフェンリル級の魔獣が。

 天幕から飛び出した。見たのは、犬、狼に似た魔獣と猿に似た四本手のある魔獣が兵達を襲っている。ギィィと耳障りな声は上空から。二つの顔を持つハゲタカが。

「……」

 魔獣の棲み処は近くになかった。と思う。誰かが追い立てた?

「危険です。天幕の中にお戻りください」

 計算の合わない書類と睨めっこしているよりは。

「怪我で動けない者はいませんでしたよね」

 セレーネが来てから争っていない。動けない者が出るとしたら、今日。

「はい」

「私も手伝います」

 兵の槍を避け、上空へ逃れたハゲタカ、に似た魔獣に向けて魔法を放った。



 魔法使いは魔法専門。体を鍛えていない者が多い。セレーネは鍛えていた。つかない筋肉に嘆いていたことも。ムキムキになられても。

 剣を交えている男も魔法使い。しかし筋骨隆々とし、鍛えている。見せかけの筋肉ではないことが剣を交えてわかる。魔法を使い、剣を繰り出してくる。しかも傍にはよくわからない生き物、魔獣、だろう、まで。その魔獣はガウラが相手をしていた。

「王妃様は留守番か」

 歪んだ笑み。

「昨日見たのは力の一端だろう。本気を出せばどれだけいようと」

「利用するつもりはない」

「するつもりで傍に置いているんじゃないのか。何かあれば。ぎりぎりになれば、泣きついて」

「するか!」

 プライドが許さない。そしてそんなことしようものなら、セレーネはレウィシアを見限る。魔法使いとして見た覚えなどない。

「もったいないねぇ。俺なら戦場で有効に使ってやるのに」

「黙れ!」

 剣を振った。そこらの兵の剣なら簡単に折れる。名のある剣でもこの剣の激しい一撃二撃で刃こぼれする。しかしバルログの剣は刃こぼれせず。魔獣の骨や牙で作られたものは丈夫だと。それなのか。

 レウィシアとバルログの一対一の戦い。

 今までと違い、負けても逃げる兵はいない。正規の兵もいれば傭兵も。

 少しずつだが、レウィシア達が押している。

「バルログ様!」

「ちっ、ここまでか。俺一人が戦えても」

 そう言うが息は荒い。それはレウィシアも。最初は馬上。互いに落馬させようと。途中からは馬から降り。

「退くぞ」

 レウィシアと距離をとると、煙幕。魔法か。下手に動けば。動かずにいると、風が吹く。自然の風か、誰かが魔法を使い。煙が流れていく。

「陛下」

 誰かが傍に。晴れた場所には倒れている兵、去って行く兵。

「勝った、のでしょうか」

「指揮官には逃げられたから、なんとも」

 ふっと息を吐く。

「いつものように負傷者の救護を。動けない者には手を貸してやれ」

「は」

 指示を受けて去って行く。

 野営地に戻れば、進むか、この場に留まるか、話し合わないと。

 傷ついた兵を真ん中に、レウィシアは最後尾を馬で野営地へと戻った。


 戻ると目を疑う光景。

「陛下」

 駆けてくる、留守を護っていた兵。なぜか傷ついている。そして野営地は荒らされ。

「何があった」

「はい。魔獣がどこからともなく現れ」

 魔獣、どこからともなく。似た報告を。

「セレーネ、セレーネは」

「王妃様なら」

「どこにいる」

 馬を降り、兵に詰め寄った。

「あ、案内します」

 兵は「こちらです」と先を。

 ついていくと、倒した、のだろう。魔獣が積み上がって。

「あ、シア。お帰りなさい」

 セレーネは何事もないようにあっさり。レウィシアは駆け寄り、抱き締めた。

「ふぎゅう」

「無事でよかった」

 ほぅっと息を吐く。気の済むまで抱き締めていた。


「何があった。これは」

 レウィシアはセレーネと倒された魔獣を見た。

「倒したのはこれで全部ですか」

 セレーネは魔獣を運んでいた兵に尋ねている。

「はい。倒したものは。逃げたものもいるかもしれないと。周囲を見回っています」

「別々に燃やすのは面倒ですけど、いつまでもこんなものを置いておくのも。本当はシアが帰って来る前に燃やして証拠隠滅したかったんですけど」

「ほぉ」

 セレーネの両頬をつねる。

「隠しても報告はされる」

「数は誤魔化せますよ。あの書類のように。実際見ていないので」

 セレーネは意地の悪い笑み。再びつねる。

「それで、何があった」

 セレーネの頬から手を離し、兵を見た。

「先ほど申しましたが、どこからともなく魔獣が現れ、兵を襲い」

 それでこの有り様。

「怪我人は」

「今、確認しています。倒した魔獣をそのままにしておけなかったので。王妃様の指示で」

「ここに集めた」

「はい」

「戻って来て、あちこちに魔獣が転がっていては驚くでしょう」

「これもこれで驚く」

 重なった魔獣。

「燃やしますよ」

「ああ」

 頷くと、炎が上がる。

「しかし、なぜこれほどの魔獣が」

「戦場では出なかったのですか」

「一体だけいたな。ガウラが相手をした」

 レウィシアはガウラを見た。

「ああ。おかしな、と魔獣に言うのもおかしいが、変わっていたな」

「どのように変わっていたんですか」

 興味を持ったのか、セレーネもガウラ見る。

「獅子の頭に大蛇の尾だった。胴は山羊? のような」

「雄山羊、ではありません? 口から炎を吐いては」

「いない」

 セレーネは腕を組み「うーむ」と。

「知っていることを吐け」

「なぜ知っていると」

「顔に書いている」

 セレーネは腕組みを解き、両頬をもにゅもにゅと。

「キマイラ、という魔獣が獅子の頭、雄山羊の胴、大蛇の尾を持ち、口から炎を吐く、と聞いています。ですが炎は吐かなかった」

 セレーネは炎へと視線を移す。

「キマイラではない、と」

「ここに現れた魔獣はすべて作られた魔獣です」

「作られた? わかるのか」

「魔獣を見ただけではわかりませんよ。炎の中をよく見てください」

 レウィシアも炎へと目を向ける。赤々と。熱のせいで寒いとは感じない。

「小さな光が見えません? 一瞬ですが」

 目をらすと、セレーネの言う通り、赤い炎の中に白い小さな光。

「あれは魔獣を動かす核。心臓です。魔法の炎ですから、魔力と魔力がぶつかり、あんなふうに小さく光を放つんです」

 ちかちかと。

「つまり、この魔獣達は。バルログが作った」

「と、思います。周囲に魔獣の棲み処はなかったはずですし。魔獣も。なんというか、色々なものをくっつけた、というようないびつな感じだったので。誰かが魔獣の棲み処からここまで連れてこなければ。連れてこられても、五、六体。これほどは」

 五、六体の数ではなかった。

「作られたものなら操れますしね。ところで、シアは勝った、んですか?」

「ああ」

「怪我は」

 じっと見上げてくる。

「大丈夫だ。それより」

 炎の勢いが弱く。

「よくありません」

 むくれた言い方。

「残党がいれば」

「周囲を兵に見てもらっています。少し遠くには目を飛ばしました」

「目?」

 セレーネは小さな紙をどこかから取り出し、それに向けて何か呟いている。紙は小さな白い鳥に姿を変え、空へ。

「魔力を込めています。何か見つけたら知らせてくれる、その場を視られます。こういうことも」

 鳥はレウィシアの肩にとまり、

「わ! 驚きました」

 セレーネの声。セレーネ自身の口は動いていない。

「声を届けることも。話せたからといって、脅すことはできないですけど」

 セレーネが指を動かすと鳥はセレーネへと飛んでいく。

「便利だな」

「ルクスでもできますよ。遠くまで見に行き一人、一人と始末されては」

 帰りを待つ者もいる。一人の犠牲者も出さないのは無理だが。

「朝まで飛ばし続けます。異変があれば」

「すぐ知らせろ。一人で動くな」

 動いて何かあれば、攫われれば。

「信用ないですね」

「当たり前だ」

 いつの間にか炎は消え、魔獣はいない。地面も焦げていない。燃やされてから戻って来ていれば、セレーネにより数を誤魔化されていたかもしれない。

 天幕に戻ればこれからの話し合い。戦で、こちらで魔獣に襲われた者の人数確認、などをおこなっていた。


 自分の天幕に戻れたのは深夜。戦は朝から始まり、昼過ぎに終わった。そこから野営地の状況を見て、話し合い。

 セレーネは寝ているだろうと、静かに入れば、

「起きていたのか」

 毛布を頭からかぶったセレーネが座っている。

「色々確認してから寝ます」

「書類、か」

 レウィシアは苦笑。

「いえ。まず、ご飯は」

「食べた」

 疑いの目。

「本当だ。会議中に全員に出された」

「怪我は?」

「大丈夫だ」

「兵達を先に治療させ、自分は後回しか、受けていないでしょう。いいから見せろ」

 敷物を叩いている。座れ、ということか。

「そういうセレーネは大丈夫か」

「見ての通りですが」

 小さく首を傾げている。

「ルクスが言っていた。魔力を使い続けていると。魔力を込めたものが動き続けるには核となる何かを埋め込むか、魔力を流し続け動かす。朝まで飛ばし続けると言っただろう」

「余計なことを」

 セレーネの前に座り、頭をぽん、と撫でる。

「大丈夫ですよ。寝ながらでもできます。それより」

 レウィシアをじっと見ている。

「大した傷はない」

 鎧に護られ。壊れていればセレーネも気づく。いや、その前にアルーラ達が顔色を変える。その鎧は脱いで、楽な姿。

「首」

「首?」

「うっすらと傷が。頬だって」

 セレーネの両手がレウィシアの両頬を包み込む。

「治癒魔法は苦手だろう」

「これくらいなら治せます。それとも、他人には治させない、と言えばいいですか」

 レウィシアは小さく笑う。

「大丈夫か。魔力を使い続けているのだろう。使いすぎて」

「使いすぎても寝るだけです。明日一日眠って、食事すれば戻ります。私は戦に出ません。ここで大人しくしているだけ。だったら寝ていても」

 両頬から手が離れる。抱き寄せようとしたが、セレーネはレウィシアの胸に額を寄せてくる。

「眠いんだな」

 また、小さく笑った。寒いとこうしてすり寄ってくる。

「少し。でも、きちんと食事したか、治してもらったか確かめてからでないと、安心できなくて」

「母親か」

「手の掛かる息子」

「夫だ」

 セレーネの背をさすり、抱え上げた。軽い、細い体。

「セレーネこそ、ちゃんと食べているか」

 細すぎる体ではない。たくさん食べる時も。そして食べたものはどこへ消えているのか。不思議に思ったことも。

 眠そうなので返事は期待していなかった。

「食べていますよ。ちゃんと考えて。際限なく食べるわけにはいかないでしょう。いざとなればそこらの野草や兎を狩って。熊は、冬眠していますね。寝込みを襲いましょうか。毛皮も手に入ります」

「やめろ」

 セレーネならやりかねない。

「不自由させているな。城なら」

 柔らかな布団。暖炉のある暖かな部屋。風呂だって。

「不自由とは思っていませんよ。この寒い中、川で体を洗い流すのは嫌ですが、ちょっと地形をいじり、炎の魔法を使えば。使わなくとも野営地にありますけど」

 魔法使い達が魔法で水を出し、炎の魔法で温めた風呂。飲むことはできない。

たくましいな」

 布団へと下ろす。

「鍛えられましたから」

「将軍になるために、か」

 上掛けをかける。寒くないよう。セレーネは小さく笑い、目を閉じた。レウィシアも。

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