第25話
「陛下一人、ですか? 見せつけるように一緒かと。あ、帰しました?」
行軍中、アルーラが馬を寄せてくる。
「帰していない。帰る途中、帰ってからまた何かあっては」
あんな思いはご免だ。
「目を離せない、と。諦めてくれればいいんですけど」
アルーラが言っているのはビタール。
「今度は叔父に協力して俺の首を取りに来るか。叔父は喜び、セレーネは手に入る。セレーネは大人しくしていないだろうが」
「そんなことはさせませんよ。陛下だって負ける気はないんでしょう」
「当たり前だ」
アルーラは笑い、
「それで、セレーネ様は? 魔法使い達の乗る馬車ですか。単騎はないでしょう。誰かと一緒も」
「一緒にいる」
「一緒って。でも姿が」
「セレーネ」
袋の口があき、中から白猫がひょこっと顔を出した。
「なんです。今日の目的地に着いたんです? て、さむっ」
すぐ袋の中に。
「空気穴くらい開けておけ、窒息する」
「開けています。着いたら教えてくださいって言ったのに。なんでこんなに寒いんです」
「冬だから」
うっすら雪が積もり、吐く息は白い。兵達も冬物。
「今の声、セレーネ様?」
「朝から
アルーラは首を傾げている。
「まず着るもの」
夜はレウィシアの服で。セレーネが着ている服はビタールが選んだかもしれない。シーミのものを着てほしくなくて。それに左袖は赤く染まっていた。だが着替えはなく。セレーネは魔法使いに一着だけ借りて、と言っていたが、レウィシアの服を着せ。靴はさすがに。
天幕から出ると、寒い、と毛布をかぶらんばかり。レウィシアとしては一緒の馬に。毛布をかぶった者が魔法使い達の馬車に乗れば、何事かと、病人かと思われる。
張り付いていればいい、と言っても「鎧、冷たそうですね」とつんつんつついてくる。
「それにいざという時」
「足手まといにはならない」
セレーネ一人くらい。周りに兵もいる。
話し合い、セレーネが考えた結果、袋に暖かそうな布を詰めこみ、セレーネは姿を変え、その中へ。
「寒いのは苦手だと。ヴィリロでは雪は降っても何日も残らなかった。寒い場所には暖かいうちに行って、寒い季節には行かなかった」
思い返せば、セレーネは寒い日、部屋、もしくは城の暖かい場所にいた。外へは出ようとせず。
「北の地を見たらどうなりますかね。積もる時は膝以上積もりますよ。今も足首がすっぽり埋まるくらいは」
「~~~」
袋の中から何やら声が。その雪の中に放り投げたくなった。
「町の近くを通るのなら、セレーネに護衛を付けて、とは考えている」
歩兵もいる。歩き続けるわけにもいかず、休み休み。馬で町まで走り、戻って来るのに、二時間かかるか、かからないか。セレーネなら服や必要なものを揃えるのに長々と時間をかけないだろう。
「町の近く、ですか。この先だと」
アルーラは曇り空を見上げている。この周辺の地図を頭の中で浮かべているのだろう。
「俺が一緒に行きたいが」
「目立ちますよ」
「わかっている。だから誰かを付けようと。誰を付けるか、考え中だ」
「あ~、男が多いですからね。魔法使いは半々ですが。女性で腕が立ち、信用できる、となると」
アルーラかガウラに頼めればいいが、アルーラは兵達をまとめ、ガウラはレウィシアの護衛のようなもの。それに男。女性の服を売っている店にまで一緒に入るのは。
「ランタナ様はどうです。来られていましたよ」
「……来ていたのか」
気づかなかった。
「今回はセレーネ様が一緒じゃなかったので、父親が警戒して陛下に話さなかったのでは」
妃話が再び持ち上がっては、と考えてか。
「頼んでくれるか。俺が直接行くと周りに勘違いされかねない」
「わかりました」
アルーラは馬の方向を変えた。
「聞こえていたな」
「はい。ランタナ様と服選び。お詫びの手紙は出しましたが。誤解した、迷惑かけたこと誤ります」
「気にしていないと思う。……もし、今、ランタナと並んで、笑顔で歩いていたら、妬くか?」
「何を燃やすんです? 寒いから何か焼くんですか? 焼くならお芋が。ほくほくお芋、美味しそう」
わかっていない答え。昨日甘えてきたのは夢か。
昼休憩。昼食は袋から出て、白猫の姿から人の姿に。レウィシアの服は大きすぎるので、あちこち紐で結んでいる。防寒着などないので毛布をかぶり。ガウラには「なんだ、その姿は」と呆れられた。
「城へ戻るとシアに言えば、ここにいろ、と。着替えもなく。シアの防寒着を押し付けられそうになったんですけど、それはさすがに」
風邪でもひかれたら。
「そんなことをアルーラが言っていたな」
目立たない場所で、もそもそと食事。
「ユーフォル様には朝一で手紙を出しました。筆跡で私とわかるでしょう」
書かされたのではない。レウィシアにも一言書いてもらった。
魔法で特急便として送ったので、もう着いているかもしれない。遅くても夕方までには着く。誰かに見破られ、落とされない限り。
着けば次の物資を送る時にセレーネの服も送ってくれるかもしれない。何より捜索している者達を思えば。早く城の警備に戻さないと。
「それにしても寒いですね」
「もっと寒くなる」
「うう、城に戻って、ぬくぬく書類仕事」
「諦めろ。半分以上来た。それにまた
「そうですね。重ね重ねご迷惑を」
またレウィシアが暴走すれば。
「見張り、ですか。心配性ですね」
レウィシアは将軍達と作戦会議。
「同感だが、間者が入り込んでいる。排除したいが、誰だか」
その間者からレウィシアの叔父に情報が。ナイアスもどこかから見ているかもしれない。
「色々大変みたいだな」
突然かけられた声。ガウラは手を剣に。セレーネも声のした方を見た。
三十代ほどの男。平凡な顔立ち、栗色の髪と瞳。背は高くもなく低くもない、男性としては平均的。体格はよい。
「……」
セレーネは固まり、ガウラは鋭い目で男を見ている。
「ノームの力を借りたとはいえ、あのフェンリルを倒すとは。偉いぞ。強くなったな、セレーネ」
「知り合いか?」
「ええ」
セレーネは息を吐き、
「趣味が悪いですよ」
「なら、母親の姿がよかった?」
くるりと一回りすると、赤みがかった髪、薄紫の瞳の女性に。年は男と同じ三十代ほど。
ガウラはぎょっとしている。
「それとも弟?」
声も高く。
「父様の姿でいいです。というか、なぜ本来の姿で来ないんです。そしてなぜここに」
母の姿をしたものは顎に細い人差し指をあて、
「本来の姿は目立つでしょう」
にっこり。確かに目立つ。目立つが。
「来た理由はわかっているでしょう」
ずい、と顔を近づけてくる。懐かしい顔。声は、こんな声だったか。
「フェンリル、ですか。それより代償をなんとか」
「それは私でも無理。ノームとあなたの契約。私が口出しはできない」
「でしょうね。大樽で百」
がくりとうなだれた。母の姿をしたものはセレーネの頭を撫で撫で。
「何か
「さすが。お見通しですか」
「私を誰だと思っているの。ふふ」
「仕返しに使うだけですよ。悪用しません」
「そうね。あなたなら」
困惑顔のガウラに「大丈夫ですよ」と声をかけた。
「フェンリルのことも。広まっているわよ。あなたがあのフェンリルを倒したって」
「力を借りて、です。あれの力が大きい。そう広めてください」
ノームの力がなければ。
母の姿をしたものはセレーネの左手を両手でとる。
「これは消えない」
真剣な表情、静かな声。
「傷は無理をしなければ塞がる。時間はかかるかもしれないけれど。でも痕は残る。一生消えない」
「魔力の大きい魔獣を倒したから、ですか」
「そう。精霊も倒せば厄介だけど、魔力の大きい魔獣を倒しても」
代償、犠牲。精霊と同じ、負の感情を強く込められた。
「これで済んでよかったですよ」
「よかった、だと。知れば」
悲しむ。自分のせいだと。
「それなら、ガウラ様ならどうします」
「どう、とは」
「一つの町の住人すべての命と自分一人の命。どちらを犠牲にします」
ガウラは顔をしかめている。わかりきった答え。意地の悪い問い。
「フェンリル相手に傷痕だけで済んだんです。本来なら力のある魔法使いや剣士達が束にならないと倒せません。いえ、封じられなかった、と言うべきですか」
「あれが封じられるまで何百人が犠牲になったか。それに比べ、今回、犠牲者はゼロ。それに倒した。さすがね」
偉い偉い、と再び頭を撫でられる。
「危なかったですけどね」
もうだめだ、という場面が何度も。花畑が見えかけた。
「あ、シアには黙っていてください。自分の責任だ、なんだとうるさいですから」
「もう遅い」
ガウラは左手で額を押さえ、右手でどこかを指す。指した先を見ると、アルーラ、将軍、魔法使いを
会議を終え、セレーネを探していた。ガウラが傍についている、とアルーラから聞いたが。
「心配のしすぎです。なぜ城に戻さないのです。それに魔獣の話。信じるのですか。そこらにいる少し強いだけの魔獣でしょう。
将軍はセレーネの話を信じていない。この将軍はセレーネより国内から妃を迎えろと。マラグと一緒。ランタナを推していた。しかしランタナの家の事情も知っている。他の令嬢のレウィシアに対する反応も。セレーネにつらく当たりはしないが、レウィシアを恐れない、妃として相応しい者が現れれば。
「シーミもシーミで何を考えて」
セレーネの実力を知らないから。
歩いているとガウラとセレーネの姿。そして見知らぬ女。近づいていくと聞こえてくる会話。
「これは消えない」
女の静かな声に足を止めた。女が見ている、とっているのはセレーネの左手。声をかけようとして開きかけた口を閉ざした。
「……いつから」
「これは消えない、のあたりからだ」
「どういうことだ。消えないとは。それにその女は」
レウィシアは近づいてくる。
「セレーネの母でーす」
軽い口調。
「母様はそんな言い方しません。姿はそうですけど、中身は違います」
「違う?」
「では、これでどう?」
くるりと一回り。そこにいたのは金髪、蒼い瞳の男。レウィシアに似ている。
「ちちうえ?」
レウィシアの呆然とした声。
「陛下」と将軍も驚いている。
「父様の姿にしろ。からかうな」
セレーネは顔をしかめる。
「文句が多い」
「遊んでいるのはそっちだろう」
睨んだ。
「まったく」と男は呟き、指をぱちん、と鳴らすとセレーネの父の姿に早変わり。
「どこまで話した」
「フェンリルを倒した、というところです」
「そうだったか」
ぽん、と手を打っている。
「っ、今の話は本当か」
「どの話だい」
父の姿をしたものはレウィシアに向かいにっこり。何かを企んでいる時の笑み。
「傷痕が一生消えない、と」
「ああ、消えない。もしかしたら動きも
「今のところ日常生活に差し障りありません」
「今のところ、だろ。傷が完全に塞がり、力を入れればどうなるか」
今まで通りか、弱っているか。力を入れれば傷が開くので無理な動きはしていな……いや、体力作りのため無理をして傷が何度も開き。
ビタールは結婚式までに治せ、消せとローズや治癒師に。その式もどうなったのか。
レウィシアは沈痛な表情。
「何度も言いますが、これで済んでよかったです。共倒れは覚悟していましたから。顔は傷つけられていませんし」
顔でもセレーネは気にしなかった。レウィシアは気にするかもしれない。妃として相応しくないと周りからも言われるだろう。
気にするな、そんな顔をするな、と笑顔でレウィシアを見上げた。
「余計なことを」
ガウラは、ぼそり。
レウィシアはセレーネをじっと見下ろしている。
「なんです?」
「責任は取る」
「は?」
「責任は取る。一生面倒見る」
「一生って、結婚してるじゃないですか」
アルーラの呆れたつっこみ。
「食事から着替え、風呂の面倒まで」
「自分でできます!」
「陛下がしたいことじゃ」
セレーネは怒鳴り、アルーラはさらに呆れている。
「ちゃんと動きます。握れます、殴れます、一人でできます」
「しかし」
「大丈夫です」
はっきり、きっぱり。
「面倒見てもらえばどうだ」
「黙っていろ」
父の姿をしたものを睨み、腹にパンチ。
「正体がわかっていて、そんな扱いをするのはスカビオサと君だけ」
小さく肩をすくめている。
「それで用件は。釘を刺しに来ただけですか」
気を取り直し、腰に手をあて、父の姿をしたものを見た。
「それもあるが。ほれ、頑張った
セレーネへと何かを投げてくる。受け取り、見ると、宝石。セレーネの片手に収まる大きさ。形は整えられていない。原石。青にも緑にも見える。
「高く売れる」
「それなら大樽をなんとかしてほしいです」
「それで買えばいい」
「わかって言っていますね」
笑顔で返してくる。
「どうしようと、お前の自由」
セレーネは小さく息を吐き、ポケットを探る。取り出したのは小さな宝石。迷惑料としてもらってきた、ラタトスクを封じている宝石。それを右手に。新たな宝石を左手に詠唱。
「いいのか」
詠唱を終えると尋ねてきた。
「いいです。自由にしろと言ったのはそっちでしょう」
「ナイアス対策にとっておいても。まだ諦めていないからな」
「しつこい」
さすがスッポン王子。
「なんだと」
レウィシアの低い声。
「それはそれで。考えがあるので」
父の姿をしたものは、ほぉ~と目を細めて楽しそう。レウィシアは背後から抱きついて来る。
「さて、これはどうしましょう。サラマンダーのいる砂漠へ放り投げてくるか、深海に沈めるか」
セレーネはもらった宝石を見た。小さな宝石はポケットに。
「どちらかに投げてこようか」
「これといい、ナイアスといい、
「フェンリルを倒したからな。これくらい」
「わかっていたくせに」
フェンリルの封印が解かれ、セレーネがノームの力を借りて勝つことは。
父の姿をしたものはセレーネの手から宝石を取る。
「何百年かしたら解ける。お前の子孫は大変だな」
「それなら伝えておきます。ラタトスクが仕返しにくるかもしれないから、叩き潰せと」
一人で永遠に封じるのは難しい。
「やり直したいのなら」
「結構です。私は人として生きます」
「強情だな」
苦笑している。
「スカビオサに鍛えられましたから。やり直して誰かにこき使われるのはご免です」
抱きつかれ続けている、セレーネの前面にあるレウィシアの腕に触れた。父の姿をしたものは意外そうな目でセレーネを見た。
「そうか。お前も見つけたのか。これは遠くの海に沈めよう。ナイアスはサラマンダーの元へでも送れ。こちらも仕返しに来るかも、な」
ぐしゃぐしゃと頭を乱暴に撫でられた。
「さて、ぼくはこれで失礼するよ。フェンリル級の魔獣はいるが、シーミ国内にはそんなものはいない。ここはよくわからないけどね。それと、無茶はするな。大事なら、傍にいたいのなら、なおさら。お前の代わりなどいない。いや、お前だけではない。誰しも代わりなどいない」
後半は父の口調で。
父の姿から、男女の区別がつかない美麗な容姿に。漆黒の髪と瞳。にこりと笑い、姿を消した。
セレーネは手を振る。
「あれは」
「美人だったでしょう。人ではありませんけど」
「精霊、か」
「正解です。シア達は運がいいですね。クロノスが人前に姿を現すなんてないに等しいので」
「クロノス、名前か」
「はい。時間を操れる唯一の精霊です」
「時間! 本当ですか」
魔法使いの男は驚いている。レウィシアはなぜ驚いているのかわかっていない様子。
「時間に関する魔法は禁忌なんです」
魔法使いの説明。
「対価、代償が自分の時間ですからね」
セレーネが補足。
「そんなものが、なぜ。知り合いなのか」
「スカビオサの、ですね。その関係で私も。来たのはフェンリルの件ですよ」
「フェンリル。そうだ、痕が残ると」
レウィシアは抱きついたままセレーネの左腕にそっと触れる。
「大丈夫ですよ。日常生活には困りません。先ほどガウラ様にも言いましたけど、町一つの住人の命と一人の命、どちらをとります」
「っ」
「そういうことです。痕は仕方ありません。それだけの魔獣を倒した証拠、代償、ですよ。いくら力を借りたとはいえ、五体満足なだけでも奇跡です」
「そういえば、何百人犠牲になったか、と話していたな」
ガウラは顎に手をあて。
「人で知る者はいませんが精霊は知っています。ビタール王子も正直に話し、頭を下げて頼んだら、助言なり、封印し直すなり、色々準備したんですが」
いきなり、準備なし。それでフェンリルに勝った。倒せた。セレーネは苦笑。
城近くに封印するのも。フェンリルの脅威に
「渡された宝石は? 渡されて、何かして返して? いただろう」
「ラタトスクを封じ直しました。石としてはあちらが強力ですからね。売って、酒樽百買ってもお釣りがくるでしょう。ですがラタトスクのお仕置き用として使いました。今頃どこかの深海に落ちている最中。封印が解けるのは二百年先くらい。深海から海上へ上がるのも大変ですね」
そしてセレーネの子孫に封じられた仕返しをしに。子孫がいれば、だが。
「ナイアスのことも話していたな」
「クロノスが言うのなら、まだ諦めていないのでしょう。さて、どうやって捕まえて、お仕置きしましょう。兄妹には考えているのですが、使うかどうか迷っていました。そのことで釘を刺しにきたのでしょう」
諦めていないのなら、遠慮なく使おう。
「まるで未来が見えているようだな」
「見えていますよ」
さらりと答える。
「時間を操る、と言ったでしょう。未来へ行くことも過去へ戻ることも。代償さえ払えば。それで過去を、今を変えて、幸せかどうかは、わかりませんが」
レウィシアは背後から正面に来て、首を傾げている。
「過去を変えたのです。未来も変わりますよ。変えずにいれば平穏な一生を終えていたのに、変えたことにより、苦しみぬいた最期になるかもしれません。しかも代償は自分の時間。早い話、寿命です。変えてめでたしめでたし、もあるかもしれませんが、どうなるかは」
セレーネは肩をすくめた。
「……」
「私の場合も。もし、家族を助けても、家族が今を生きているか、わかりません」
「どういうことだ」
「今を変えたのですから。私はこうしてシアと話していません。シアもヴィリロに来ていないかもしれません。グラナティスにヴィリロが滅ぼされている可能性だってあります。滅ぼされていなくても病に倒れているかも。ヴィリロという国がなくなっていてもおかしくありません」
「そんなことが」
「ありえるんです。今を知り、過去を変える、ということは、その今さえも変える。未来というのは不確か、不安定なんです」
魔法使いは硬い表情で頷いている。
魔法で未来を知ろうと、過去を変えようと研究している者もいる。
「自分の時間を代償として、か」
「ええ」
セレーネの場合は時間を止められ、何百年、もしかしたら千年近く、クロノスの使い走り、だろう。そもそもクロノスの使い走り、守護はスカビオサの一族の役目。しかし一人になり。手が足りないので、見込みのある魔法使いに目を付け。見込みがあれば誰でもいいわけではない。私利私欲のない、根性のある者、等々の条件が。
今までも突然現れ「この魔獣倒してきて、封印してきて、あ、こっちの精霊は」と色々使われ。精霊の言葉を覚えさせたのもそのためだろう。城での勉強より楽しかったが。
もし、変えていれば叔父の乱心で犠牲になったのはセレーネ一人。そして家族が苦しんでいても手は貸せない。もういない者だから。また滅んでいくのを見ているしかできない。滅びるとは限らない。幸せに暮らしているかもしれない。だが、その幸せがいつまで続くのかわからない。
それに、とどめを刺しそこね、叔父が生きていれば。機会を再び狙っているかもしれない。グラナティスと手を組んでいるかもしれない。最悪、王族は滅び、国内は混乱。
結果が気に入らないと、再びやり直すことはできない。代償となるものもない。あまりに執着していれば家族に関する記憶を消される。甘い誘惑に何度負けそうになったか。その
変えればセレーネに関わる、関わった人達の未来まで変えてしまう。蘇生の魔法もあるが、限界がある。半年、一年後に蘇らせることはできない。
蘇生の魔法も禁忌の一つ。それでも色々試している個人もいる。
生き残ったからにはヴィリロを護らないと。色々好き勝手もしたが。どこかで、それしか考えてはいけない、と思っていた。
レウィシアの心配そうな顔を見て、苦笑。再会した、結婚したばかりの頃より表情が豊かに、わかりやすく。今まではヴィリロのために護らなければ、と。だが、今は。
「クロノスは人前に出てきません。利用されることはありませんし、しようものなら精霊やスカビオサが黙っていません」
簡単に未来を知れたら、過去を変えられたら、現在は。
「父の姿を知っていたのは」
「記憶を覗くこともできます。少し触れれば家族の容姿を映せますよ。どこかに触れられたのでは。そうやって動揺させて、楽しんでいるんですよ。まったく」
セレーネは腕を組んだ。セレーネも記憶を覗けるがクロノスやスカビオサほど短時間では無理。
「それより何かあったのでは」
レウィシアを見上げた。
「姿が見えない、と探していたんですよ」
アルーラは小さく笑っている。
「見張りはしっかりしてくれていますよ」
ガウラを指した。動こうにも毛布をかぶった姿で動けば目立つ。
「護衛と言ってくれ」
ガウラは額を押さえている。
「明日、町の近くを通る。その時に」
「着替え一式、ですね」
「ああ。ランタナにも頼んで引き受けてもらった。もらったが」
レウィシアは難しい顔。
「俺も」
「だめです」
「ランタナ様と一緒なので大丈夫です」
アルーラと声が重なる。将軍、魔法使いもアルーラと同意見なのだろう。頷いている。
「だが、まだ諦めていないのだろう。それなら」
「こちらも色々考えているので、大丈夫です。今度は一人ではありません。ランタナ様も一緒。フェンリル級の魔獣が出てこない限り。魔力も戻っています。ここはシアの叔父上が治める地、なのでしょう。そんな所で、しかも町中で魔獣が暴れれば、さすがのシアの叔父上だって黙っていないでしょう」
レウィシアは低く呻いている。
「封印具をはめられるようなドジはしません。というか、グラナティスの宝物庫にあったもののほうが強力でしたよ。さすがに私でもあれは壊せません」
「あったのか」
レウィシアはきょとん。
「知らなかったんですか」
しまった、と思ってももう遅い。
「宝物庫の中に隠しました。悪用されたくなかったので」
「隠すな」
猫の姿でぬくぬくと運ばれるのも悪くなかった。
翌日の昼過ぎ、レウィシアと別れ、ランタナと町へ。
「その節はすいません。そして今回も」
深々と頭を下げた。ランタナは笑って流す。
「ランタナ様はどうしてこちらに」
ランタナの乗る馬に同乗。町へと走っていた。レウィシアはついて来たそうに。アルーラ達に止められ、しつこいくらいに気をつけて行けと。
「ランタナでいいよ。家でじっとしているよりは。腕も試したかった。自分がどれくらいできるのか。怖気づくなら、すぐ家に戻ると言ってね。とはいえ、父は傍を離れるな、とうるさくて」
レウィシアと同じ。
「王妃様は
「……なぜそれを」
合流して二日。それなのに話が広がるのが。
「陛下の傍に女性がいるって話していてね。今までも娘を連れて来た貴族はいたけど、陛下は睨んで。まぁ、陛下の姿見て、怯えてたのが大半だったけど」
ランタナはあはは、と軽く笑っている。
「それなのにこの二日、陛下の天幕に一緒に出入りしている女性がいるって。特徴を聞けば、王妃様そっくり。今までいなかった王妃様がなぜって。わたしはアルーラから少し事情を聞いてね」
今までいなかった者が突然現れれば驚く。事情を聞く。
「あまり時間はかけられないよ」
「長々と選びません。動きやすい服と下着が揃えられれば」
できれば酒樽も買いたいが、時間があるかどうか。
大きな町ではない。二、三日行けば大きな町に近づくそうだが、治めているのは。いずれ争うだろう、根性なしなら争わず降参、とランタナは話していた。
服を売っている店を見つけ、動きやすい服を四着。靴も。レウィシアにこれで買ってこいと渡されていたので、それで支払い。
時間を考え、あちこち回らず、一つの店で済ませる。途中、少し寄っていきません、と屋台で買った肉饅頭を頬張った。まだ明るいので酒場は開いておらず、レウィシアの元へ戻ることに。離されておらず、暗くなる前に戻れた。
天幕の外で晴れた空を見ていた。晴れていても寒い。
レウィシアの元へ戻って四日。天幕の中では作戦会議。明日、レウィシアの叔父の軍とぶつかるかもしれないと話し合っていた。
「入らないの」
通りかかったのだろう。ランタナが声をかけてくる。
「作戦会議中ですから。終わったら」
「いつもは天幕から出てこないのに」
「寒いのは苦手です」
セレーネはさらに縮こまるように。
「ヴィリロは冬でもこれほど寒くは。雪もそれほど積もりませんでしたから」
雪の残っている地面をつま先で、つんつん。
「北に行けばもっと寒いよ」
ランタナはにやり、と笑う。
「行きたくありません」
「でも寒くないと見れないものもある。ダイヤモンドダスト、樹氷」
「見たいですが、私が氷りそうです」
あははは、と声を上げて笑われた。
天幕が開き、一人、一人と出てくる。じゃ、とランタナは去って行く。話し相手になってくれたらしい。
セレーネは天幕の中へ。当たり前だが外より暖かい。残っているのはアルーラ、ガウラ、魔法使い達を束ねているルクス、将軍。将軍はセレーネがいることが気に入らないらしい。レウィシアに何度も戻せと言っていた。セレーネとしては戻ってもいいのだが。精霊やフェンリルの話も半信半疑。
「かまいません?」
休憩中なら早く終わらせないと。
「ああ。どうした。出てくるのは珍しいな。毛布をかぶってじっとしているのに」
レウィシアまで。
「以前話していたバルログ、という名前で思い出したことがありまして」
「思い出した? まさか、知り合いか」
「いえ、同一人物かわかりませんが、指名手配されている男です」
「指名手配」
レウィシアは眉を寄せる。
「どこの国か忘れましたが、集めている手配書にそんな名前が」
「なぜ手配書を集める」
今度は左手で額を押さえている。
「まず旅費稼ぎですね。あとはヴィリロにまで逃れてきていたら。逃亡中の者と隣人は嫌ですし、騒ぎを起こされては」
なるほど、と後半部分は納得してくれたようだ。
「そのバルログの手配書があったと」
「ええ。同名なだけかもしれませんが。バルログというのも精霊の名前です。精霊の名前を勝手に名乗るのはよくありますので」
「本人かも、な。今までの戦場でもグラナティス国内の犯罪者を出してきた。他国の、顔も名も知れない者でも腕がよければ、採用されても」
ガウラの言葉に頷くレウィシア。
「罪は」
「確か、魔獣を作って、町や村を襲わせた、だったと」
セレーネは右人差し指を右こめかみに当て、思い出そうと。
「魔獣を作った?」
「魔獣は人の言うことを聞きません。その前にばっさり、がぶり。ですがその男は倒した魔獣を組み合わせ、言うことを聞くように作った。ワイバーンにつけられていた鉄の輪を覚えていますか」
セレーネは両手で輪の形を作る。
「ああ、俺が壊した」
「あれとは違いますが、作る、という点では似たものです。魔法道具を作ることも、使役する何かを作ることも禁止されていません」
レウィシアは腕を組んでいる。
「倒せば、生命活動が停止すれば、魔獣でも動けません。いくら色々な魔獣を組み合わせようと。ですがその男は自分の魔力をこめた核を作り、それを心臓、動力源とした」
倒した魔獣を操ることもできるが五体満足でないと動きが。それも動力源となる核が必要となる。もしくは魔力を送り続けるか。他にも方法がなくはないが。五体満足で倒そうと考えていれば、魔獣にばっさり、がぶり。
「た、確かに、それなら動きます」
ルクスが頷く。
「どれだけ動くか、もつか、試すために町や村を」
「襲わせた」
「ですが、自らの魔力だけで何体も作れるのでしょうか」
「ええ、ですから自分の魔力を少し込め、他の魔法使いを騙して魔力を込めさせもしたそうです」
「そりゃ、手配される」
アルーラは頭の後ろで手を組み、天井を見ている。
「同一人物かはわかりません。魔獣を連れていれば」
「同一人物、か」
「はい」
セレーネは大きく頷いた。
「注意はする」
十分注意しているだろう。何が起こるかわからないのが戦。
「魔獣ってどこから生まれるんです」
アルーラは誰にともなく。ルクスは「え」と小さく、ガウラは「何をまた」と。
「大地からですよ」
「……」
「人のいる町中では生まれません。人の来ない、魔力の多い、山や川、海から生まれます」
「見たことあるんですか」
「ないですよ。でもそう聞いています。生まれて数日の魔獣には会ったことがあります」
「生まれて数日」
ルクスは興味津々といった目。
「魔獣は長く生きれば生きるほど魔力が大きくなります。生まれた時は小さいですよ。例外で大きな魔力を持って生まれてくるものもいますけど、数百年に一体程度。そして一体で生きるのが普通です。群れもいますが、非常食として群れているのかもしれません」
「非常食?」
「魔獣は魔力あるものを食べて魔力を増やしもします。魔法使いが狙われやすいのもそのためです」
全員顔をしかめる。
「精霊はどこから生まれる?」
「精霊も、生まれは魔獣と同じです。魔力の多い場所から生まれます。けれど、力の大きな精霊が作る場合もあります」
「作る?」
「自分の代わりに働いて来い、ということです。こちらは親子、みたいなものですかね」
自然ではなく自らの力で作り出す。
「精霊は魔獣と違って生まれた時から姿や魔力? は変わりません。魔獣のように魔力のあるものを食べても魔力は増えません」
精霊は自然を操る。魔力といっていいのか。
「体の成長はありませんが、覚えてはいきます」
「覚える?」
「見たことのないものはわかりませんから。姿は大人でも中身は赤子、みたいなものです。私達同様、見て触れて覚えます」
魔獣は話せない。精霊は意思疎通しようと思えばできる。話しかける前に逃げられるか、捕らえようとすれば痛い目に。
他に聞きたいことはないのか、誰も何も言わない。
「お邪魔しました。用は終わりましたので、戻ります」
「俺も一緒に戻る」
「会議は」
「終わった。あとは本番に備えるだけ」
レウィシアは椅子から立つ。
「小さな子供じゃないので、一人で大丈夫ですけど」
「どこから誰が狙っているか」
「対策はばっちりです。魔力は戻っています。武器、といいますか。これで一刺しすればいいと、ランタナ様に教えてもらいました」
一つに結んである髪に挿してある、かんざしを指した。
「短剣の使い方を習おうかとも考えているんですが」
「すっぽ抜けて味方を攻撃するなよ」
むぅ、と笑っているレウィシアを睨んだ。
「それと、フェガ・ペトラが約束通り、加わってくれている」
イピリアに苦しめられた土地の領主。
「挨拶に行きましょうか」
「そうだな。妃だとはっきり言っておこう」
「言わなくていいです」
以前、息子の嫁にと言っていたのをどこかで聞いたのか。社交辞令、解決したから、そう言ったのだろう。
全く、とレウィシアを見上げた。
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