第19話
「好きに歩いてくれ」
昼食のため立ち寄った町。
「は? どこか高級な店で昼食、では」
「それもいいが、二人で町を歩けなかっただろう」
「美人二人に張り付かれていましたものね」
今も二人でなく、ラーデイ親子、護衛兵がいるが、とちらり。アルーラは「気にしないでください」と手を振っている。
「それはセレーネも、だろう。歩こう」
レウィシアは足を動かし始めた。
「あの兄妹も諦めて帰ってくれればいいんですけど」
「執念深い?」
「誰かだってそうじゃないんですか」
レウィシアを見上げた。
「そうだな。俺は誰かと違って、仲良くしていれば妬く。斬るかもしれないな」
「脅し、ですか」
セレーネは呆れて見た。
流れてくる匂いに釣られ、そちらへ。パンに肉、色々な野菜がこれでもかと挟んだものを買い、通行人の邪魔にならない場所へ。
食べ終わると再び歩き出すが、また匂いに釣られ。
「こういう店のものが好きなのか」
まんじゅう、芋を挙げたもの、野菜や果物のジュース。次々に店を変え。
「好きといえば好きですが」
なぜか暗い顔のレウィシア。
「話し、聞いていました?」
「ああ、お勧めは何かと話していたな」
「その後ですよ。どこから運ばれてくる野菜の値が上がった、賊が出た、日照り等々」
「そういえば」
「報告されるでしょうけど、目を通すまで時間がかかりますからね。しかも他に重要なものがあればそちらを優先するでしょう。ここでは生の声が聞けます」
「聞いたか。領主が変わるって」
「ああいう話も」
こっそりと。話しているのは住人か。
「やぁっとか。税は安くなるのか? 他の地より高かっただろう。だが欲深い領主さまはそんなことないと」
「さあ、そこまでは。だが陛下が領主の邸まで行って、悪事を暴いたとか。陛下にお会いしたって者もいて」
「話が広がるのが早いですね」
「ああ、あの親子が俺を悪く言い触らしたか」
セレーネ達は目立たないよう話を聞いていた。
「あの領主のこと、娘を妃に、とか言い出すと思ったが」
「あんな妃、ご免だ。妃にすれば陛下の目を疑う」
本人がいるとも知らず。
「妃はいるんだろ。ヴィリロから嫁いできたって」
「ああ、噂じゃ美人らしいな。陛下は骨抜きにされているとか」
なんだ、その噂。叫びたいが叫べず。していない、していない、と首を左右に振る。
「
「いや、そこはしっかりやっているらしい。そうじゃなきゃ、領主は未だ好き放題やってる」
「それもそうだな」
笑い合っていた。
「骨抜き」レウィシアはぽつり。
「していません」セレーネははっきり。
「お妃様は表に出てこないだろう。陛下もそうだが。この二年の状況を考えれば、気楽に出られる身じゃない。建国祭の日には揃って出たらしいが」
「美人だったか」
面白がるような口調。
「行ってないから知らないが、聞いたところによると、それどころじゃなかったらしい」
ワイバーンの件か。
「陛下はお妃様を出したくないのか、城の奥、という噂も」
「逃げられないように、じゃないのか。ヴィリロの姫だろ。美人なら、こっちまで聞こえてきている」
「かもしれないな」
レウィシアは今にも飛び出しかねない様子。落ち着いてください、と小声でなだめていた。
「ああいう声も聞けますし」
城の中では聞けない、生の声。
「俺を悪く言うのはいい。俺が未熟だから。だがセレーネは」
はいはい、と軽く右腕を叩いた。国中に顔が知られれば自由に出歩けない。
「ですが、傾国といえば、ネージュさんがそうなんですけど。スカビオサも顔だけは綺麗ですし」
だけ、を強調。
「魔力も知識もありますからね。狙うなら」
「遠慮容赦なく叩き潰されるんじゃないか」
「あ~。でもネージュさんは人がいいですからね。あの人のせい、う~ん、せいって言うのかな? 彼女を巡って三国が戦になったんですよ」
「……わからなくないが」
「戦がさらに広がっては、と彼女の傍にいた精霊がスカビオサに保護を求めたんです。スカビオサは精霊の間で知られています。人嫌いなので住んでいる所も人里から離れた場所。自給自足生活。しかも住んでいる場所周辺には人が寄り付かないよう魔法をかけての徹底ぶり。必要なものができれば、町や村へ」
「戦が広がる?」
「周辺の国が参戦。狙いは領土、ですよ」
「ああ」
レウィシアは納得したように頷いていた。
「争いの元が消えれば、戦う理由はなくなりますからね」
「それはいつ頃の話だ」
「七、八年前でしょうか」
ラベンダーに聞いた話なのではっきりとした時期はわからない。
「グラナティスとは離れた小国がいきなり戦を始めた、と聞いたような。理由もわからず始まり、終わった」
レウィシアは思い出そうとしているのか、顎に手を当てている。
「大々的には言えませんね」
セレーネは小さく笑った。
「だな」
住人の話はころころ変わる。セレーネ達はその場を離れた。
「あの男はなぜ人嫌いなんだ」
「ラベンダーに聞いた話ですが、彼の一族は人によって滅ぼされたようで」
「人によって?」
「スカビオサの一族は魔力の大きい者が多かったそうです。そしてある国に住んでいた。彼らは力ある魔獣を退け、または倒していた。精霊とも対等に。しかし、その力を恐れた当時の王が、彼らを排除しようと」
「……その国はどうなった」
「滅びました。彼らがいたから精霊により土地は豊か、魔獣の脅威から護られていましたが、その護り手がいなくなったのですから」
「最近、なのか?」
「いいえ、二百、三百年前でしょうか。精霊と人とは時間の感覚が違うので、はっきりとは。生き残った者は隠れ住むようになり、減っていき、今は三人だけです」
レウィシアはなんともいえない顔。
「なぜシーミは国を大きくしたいのでしょう。大きくなればなるほど大変なのに」
話を変える。
「権威を示したいのか、土地の問題か。単に大きくしたい、だけではないだろう」
土地の問題。精霊がいれば豊かになるのは確か。しかしいなくなれば。結界に精霊を閉じ込め、土地を豊かにした、という話も。
「しかし、どこでこういう
「技?」
「買い食いついでに情報収集」
「ああ、父がやっていたんですよ。おじい様も若い頃やっていたそうですよ。書類だけではわからんって。父の場合はじっとしていられなかったのでしょう。部下に任せればいいのを自ら調査に。私もついて行きましたよ。子連れだと怪しまれないので。行った先では証拠隠滅できるものを買ってもらい」
「シャガル様が。想像つかないな」
「若い頃ですよ。おじい様の父が王の頃。おじい様も王に就くとは思っていなかったようで」
「兄弟がいたのか」
「ええ。兄と姉が。兄は即位してすぐに病で。姉は嫁いだのですが、子供に恵まれず。ですが天寿は全うしました。病でも不慮の事故でもありません。ただ、祖母のことは全く。母も叔父も気にしていませんでした。父なんかは駆け落ちしたのかも、と大笑いしていました」
「どこで生まれたとか、親兄弟も」
「不明です。当時、臣下の意見も真っ二つだったとか。素性が知れないので」
「グラナティスでも一般人と結婚した王族はいるが、素性ははっきりしていた」
「それはそうですよ。敵国の者だったら」
反対される。
「当時ヴィリロと敵対している国はなかったと思いますけど」
詳しくはわからない。
「城に戻れば、シャガル様に手紙を出さなければ」
「おじい様のことだから、簡潔にこちらで対処した、気にするな、で終わりそうですけど」
「それでも、聞ける話は聞きたい」
「そう、ですね。あ、城に戻る途中か、城に戻れば出るかもしれないので」
「ヴィリロに戻るのか。それなら俺も」
「いえ、首を突っ込んだ人に会いに。グラナティスの城に来られても、いい迷惑なので」
「俺はかまわない。父親の友人なのだろう」
「よくありません」
会えばレウィシアだけでなく、臣下、ガウラ、アルーラでさえ剣を抜く。
馬車に乗り、ダイアンサスの邸へと戻った。
「陛下お一人ですか。王妃様は」
朝食が用意された部屋。レウィシア一人で現れたので、ダイアンサスが尋ねてくる。
「疲れていたんだろう。寝ている」
邸に戻ったのは夜。深夜ではなかったが、軽く食事をして休んだ。
「その言葉、以前も聞いたような」
呆れているアルーラ。
朝食はダイアンサス一家、フィオナ、ラーデイ親子と。招かれざる客はおらず。
「陛下は陛下で数日前と違い上機嫌、元気ですね。それはそれでいいんですけど」
昨日はセレーネと一時間ほどだが歩けた。戻ってからもゆっくり二人で過ごせた。
「それでは王妃様は」
「昼近くまで寝ているだろう」
ダイアンサスに答え、席に着いた。
「次期国王ができるのも時間の問題、ですね」
軽い口調のアルーラをラーデイ、ガウラが睨んでいる。
「王子か姫か、賭けるか」
アルーラが見ているのはガウラ。
「王妃に怒られても知らないからな」
「こういうのでは怒りはしないって、むしろ本人も参加するかも」
「アルーラ!」
ラーデイは声に出して叱責。
「それはそうと、シーミと組んでヴィリロを攻めた、というのは」
ラーデイから聞いたのか。ダイアンサスはレウィシアを見た。
「ヴィリロが勝った、とは聞いた。ユーフォルのこと、急いで報せを届けてくれるだろう。セレーネも言っていたが、終わった今、兵を動かしても。だが、どこから攻めたのか」
ヴィリロとの境界はレウィシアが治めている地。気づかれず兵を動かせるか。
シーミと仲の良い国、とも考えたが、ヴィリロの向こう側でシーミと親しい国など。
「ヴィリロ国王にも手紙を送り、詳細を尋ねる。今後このようなことがないように」
「攻めた話自体嘘、ということは」
ラーデイは難しい顔。叔父側、といえどグラナティスが負けるとは信じられないのか。相手は戦のない平和な国。
「セレーネにも尋ねたが、
「すべては報告待ち、ですか。折角の休暇に」
「今から城へ戻って、ヴィリロに向かうよりは」
向かっても何もない。休暇を切り上げ帰ったようなもの。それなら、もやもやしながらも報告を待っていれば。
朝食を終えればそれぞれの時間。アルーラ、ガウラとゲームをして時間を潰していた。
「おはようございます」
不機嫌に聞こえる挨拶。
「こんにちは、の時間ですけど。陛下とは正反対で疲れていますね」
「すべて、その陛下のせいですよ」
セレーネはテーブルにいるレウィシアを睨んだ。ガウラとチェスでもしていたのか、駒と盤が。
その原因は満面の笑みで手招きしている。数日前とは違い、血色もよく疲れた様子もない。元気一杯。
アルーラも「うわぁ、ご機嫌ですねぇ。あんな笑顔、何年ぶりでしょう」と。
「陛下、待ちかねていたものが届きました」
ダイアンサスが現れ、背後には兵の姿。ダイアンサスはセレーネに一礼。使用人と一緒にラーデイも現れる。レウィシアは表情を引き締めたものに。他の面々も似たもの。
ダイアンサスの手にある手紙はレウィシアへ。
レウィシアは封を開け、手紙を広げる。しん、と静かな、緊張感すら漂っている。
「叔父上の兵とシーミがヴィリロを攻めた、と書かれている。ヴィリロが勝利したことも。攻め入った場所については今、調べているが、ヴィリロの隣国から攻めたのでは、と」
「隣国とは」
ダイアンサスの硬い声。
「レフエダ」
そこはセレーネが嫁ぐはずだった、いや婿養子か。
普通なら組んだ、と考える。
「それで、何をしているのです」
セレーネは手紙を持ってきただろう、兵の前へ。下から顔をのぞきこむ。
「何、とは? 急ぎの手紙を届けに来ただけですが」
「白々しいです。それに格好も。言葉使いも似合っていません」
「セレーネ?」
レウィシアに返さず、じっと兵を見ていた。
「はぁ~、なんでばれた」
「だから、すぐばれるって言ったのに」
子供はどこにもいないのに、子供のような高い声。
兵はかぶっていた帽子を取り、肩には兎ほどの大きさをしたネズミ。真っ白な毛、長い尾はふさふさ。黒のくりくりした目、額には赤い宝石をつけている。
男は坊主頭。頭、顔のあちこちに大小の傷、深い海のような色の瞳。潮の匂い。よく日に焼けた肌。年は四十前後。体格のよさから兵に化けてもばれない。
「会いに来てやった。元気そうだな」
にい、と迫力のある笑顔。大きな手でセレーネの頭をぐりぐり撫でる。
「こちらから挨拶に行こうと、手紙を送ろうとしていたのに」
「遅かったな」
豪快に笑っている。
「っ、王妃様! その男は」
ダイアンサスの焦った声。ラーデイも無意識に、だろう。剣を下げている場所へと手を。とはいえ、剣はない。
「イザーク」
レウィシアも席から立ち、男を見ている。
「有名人はつらいな」
「だから会いに行くと言ったのに」
セレーネは肩を落とす。
「海の王者、と呼ばれている男ですか!」
アルーラの慌てた声。
「王者といえば聞こえはいいが、海賊」
ガウラはレウィシアの傍に。
「ああん」と男、イザークは凄みをきかせてガウラを見る。
「お前達、お貴族様と何が違う。お前達は貧しかろうが金持ちだろうが、同じだけ取るだろ。オレは悪党、金持ち、お前達のような貴族からしか徴収していない」
「ものは言いようですね」
「やるか? 相手になってやる。お貴族様の剣なんざぁ」
「喧嘩売りにきたんですか。迷惑なのでやめてください」
「オレが負けるとでも」
「負けたところしか見た覚えが」
「お前の親父は強すぎだ。そんな強い奴が」
イザークは息を吐いた。色々込められているのだろう。
「あいつは欲張りすぎた。王か妻か子供。選んで、それだけを護っていれば。すべてを一人で護ろうとした。そして相手を殺さず捕らえようとした。その結果だ。お前は親父のように欲張るな。大切なものがあるなら、どんな結果になろうと一つを選べ」
「はい」
素直に頷いた。
「それで、本物の使いの兵は」
「気絶させて置いてきた。生きているから、安心しろ」
服が窮屈なのか、首元をゆるめている。
「シーミ近くの港に着きゃ、シーミが兵を出したって聞いて。あの国は娘や息子を嫁がせて国を大きくした。戦なんて珍しい、と調べりゃ、ヴィリロを攻めるって聞いて、な。久々お前に会ってやろうと行ってみりゃ、お前は嫁いだ、と。どこに嫁いだ、とじいさんに聞けば、相手に迷惑かけるからって、教えてくれない」
「その通りじゃないですか。それで、自分で調べたんですね」
「ああ。嫁ぎ先で酷い目に遭ってりゃ、一発殴ってやろうと」
「一発では済まないでしょう。そんな目に遭っていません」
最悪セレーネをさらって。
「相手はあのグラナティスだろ。そのグラナティスも一緒に攻めてきた」
「あ~の~、セレーネ様、お知り合いなんですか」
アルーラの顔は引きつっている。
「父親代わりのようなもんだ」
「全然違います。父の友人です。こういう反応されるから、こっそり会いに行きたかったんです」
有名な海賊と知り合いなどと知れたら。ヴェルテと違い、こちらは大陸中に知れ渡っている。
「来てしまったものは仕方ありません。じっくり話を聞かせてください。首を突っ込んだと聞きました。相手も驚いていたでしょうね」
海のない国で、海賊が味方したのだから。
「お前も耳が早い。ま、精霊と知り合いなら」
「教えてくれたのはヴェルテです」
「ああ、あの美人で薬師としての腕もいいが、性格に難ありの」
間違ってはいないが。
「場所を変えましょう」
レウィシア達は警戒しっぱなし。これ以上迷惑をかけるのも。
「話なら俺も聞きたい。実際戦った者なら、なおさら」
それなら場所は。少し考え、
「レフエダから攻めたと」
諦めて尋ねた。出て行こうとすればレウィシアはついてくる。そしてそのレウィシアについて。
「ああ。地図は」
「ここにある」
レウィシアはテーブルの端に丸めていた紙を広げる。セレーネが起きてくるまで話していたのか。
セレーネとイザークは地図の見える位置、レウィシアの近くへ。ダイアンサス達は緊張した面持ちで、何かあればレウィシアを護れる位置に。
「ここがヴィリロ。で、こっちはグラナティス」
地図は大陸を簡略したもの。イザークは太い指で地図を指す。
「んで、ここがレフエダ。レフエダとグラナティスはヴィリロを挟んでいる。それはレフエダの隣国も一緒。普通はレフエダが手を貸した、と考えるわな」
「違うと」
「ああ、連合の軍はレフエダで落ち合うようにばらばらに兵を送った。旅人、商人に化けて。魔法で移動した者もいただろう。グラナティスからも兵が出てきていたから、ヴィリロのどこかで合流しようとしていたんだろう。もしくは挟み撃ち、か。だが合流する、挟み撃ちする前にヴィリロの兵に叩き潰された。兵の数は連合軍が多かったが、オレも力を貸したからなぁ」
「はいはい、ありがとうございます」
「適当な礼だな。まぁ、合流、挟み撃ち前に討てたのが大きかったな。討てていなけりゃどうなっていたか」
イザークは小さく肩をすくめている。
「それにしてもよくレフエダに気づかれず」
「レフエダもその周辺の国もここ数十年、戦はなかったからな。そんで緩んでいたんじゃないのか。逆にヴィリロはグラナティスにいつ攻められるか、ぴりぴり。お前が嫁いでも気は緩めなかったわけだ」
「緩めすぎでしょう。グラナティス、シーミの兵ですよ」
「国の中心に集まるのなら怪しまれるが、集まったのはヴィリロ近く」
国境には砦があり、兵がいる。険峻な山が連なっていれば砦が作れない場合も。グラナティスとレフエダの間には険峻、ではないが、魔獣がうろうろしている山がある。魔獣の退治はその国がしなければならない。そのため両国とも欲しがらず、ヴィリロの領地に。
サラマンダーをけしかけに来た時にはヴィリロを攻めると考えていたのか。抜け道、抜け穴を探していたのか。
「救援を頼まなかったのは」
レウィシアの硬い声。
「セレーネが嫁いできている。ヴィリロの姫が。なぜ」
「なぜって、攻めたほうが
「救援を頼むにしても、砦に待機している兵に伝え、そこから城へ。指示待ち。兵を出す、と王が決めてももう遅い。急いでも城へは二日かかるでしょう。そして城で話していてはさらに時間がかかる。知らせに走っている間も戦はおこなわれていますからね。もし城で話がこじれて兵を出さないと言う者がいれば、足並みは揃わず」
セレーネはイザークを補足。
「シアが叔父上側の動きに気づいていれば、ヴィリロを攻める直前くらいで兵の用意はできたでしょうけど」
「国内で片付けている」
レウィシアは不満顔。
「シャガル様が上手というのは」
言っていいのか悩み、すぐには答えられずにいた。
「言ってやりゃいいじゃねぇか。信用していなかったって」
「はっきり言わないでください」
「本当のことだろ」
レウィシアをちらりと見れば落ち込んで、いや傷ついている。
「用心に用心を重ねたのでしょう。グラナティスに兵を頼んでもすぐ来てくれるかどうか。グラナティスに力を貸さなかったのです。それをヴィリロが困っているから貸してくれ、と言うのも」
「俺がしっかりしていないから」
「違います!」
祖父はグラナティスが攻めてこないとは考えていなかった。攻めてこられてもいいように準備をしていた。それだけ。
「にしても、お前がヴィリロを離れるとは。ヴィリロに残って国を護るとばかり」
「色々ありまして」
「色々、ね」
イザークは顎を撫でている。
「もっと早く聞きつけてりゃ、邪魔しに行くか、親父の代わりに殴ってやったんだが」
「物騒なこと言わないでください」
「親父が生きてりゃ、そうしている。それとも嫁がずに済んだか」
「でしたら、私は魔力があるとは気づいていませんよ」
セレーネは小さく肩をすくめる。
「心配だったんだよ。ヴィリロにいるとばかり」
イザークの肩にいる精霊、カーバンクルが口を開く。
「知らせようにもどこにいるか。それに」
海賊。
「ま、大っぴらにはできないな。結婚式にも出られない。それでも、ひょっこり来ると思っていた。親父のようにひょっこり来て、釣りでもしながら結婚したと爆弾発言して」
「殴りに行く?」
カーバンクルが尋ねている。
「そうだな」
「結局殴るんですか」
セレーネはがくりと肩を落とす。
「オレが殴らなくてもお前が本気で嫌なら、今頃相手はどうなっているか」
「土の下、海の底」
「物騒なこと言うな」
「「本当のこと」でしょ」
カーバンクルと声を揃え、さも当然と。
「クラーケンと戦って、勝った時点で普通の人間は君には勝てないよ」
「なら旦那は普通じゃないのか。グラナティスっていやぁ竜が祖先だと」
「それ信じているの。そんなわけないじゃない」
ふさふさの尾でイザークの頭を叩いている。
「しっかし、クラーケンか。懐かしいな。あの後、お前がイカ食いたいって言い出して、イカ釣り大会。イカだけじゃなく、魚が食いたくなりゃ来やがって」
クラーケンとは巨大イカ。足を何本かこんがり焼いたので、食べたくなり。
「新鮮なものはおいしい」
「ああ、そうかよ。そういうところは親父そっくりだな。たく」
イザークは呆れたように頭をかいている。
「本当に、セレーネの父親の友人なのか」
「ああ。いい奴だったよ。強くて、
イザークは遠い目。
「それで、旦那は。オレはてっきりあの顔の綺麗な男と結婚するとばかり」
「美人な奥さんがいますよ。子供も。なぜ、皆そう言うのでしょう」
呆れをにじませる。
「仲が良さそうだから」
「どこが、です。会えば挨拶がわりと言わんばかりに間抜けと言われ、魔法勝負では負け続け」
「挑み続けているからすごいよね。普通、完膚なきまでに叩き潰されたら、折れるよ」
「それがこいつのいいところ。折れても自分で直して、また折れに」
誉めているのか別か。
「だから横取り」
「しません!」
「すれば面白いのに」
カーバンクルまで。
「面白くない!」
「そんなに仲が良いのか」
「相思相愛」
「どこをどう見たらそう見えるんです。信じないでください」
レウィシアを見た。レウィシアは複雑そうな顔。
「それなら旦那になった人、好きなの?」
カーバンクルがイザークの肩から身を乗り出し、尋ねてくる。
「好きなの?」
繰り返して。
「うう、この前から似たことを」
なぜ聞くのか。
「俺は愛している。他に代わりはいない」
恥ずかしげもなく。
「ああ言う、てことは、あれが旦那か」
「わからないよ。相手は王様。そうやって目を逸らして」
「本物だ。レウィシア・オルディネ・グラナティス。国は二つに分かれてしまったが、グラナティスの王」
レウィシアはまっすぐイザークを見ている。ダイアンサス、ラーデイ、ガウラは苦い顔。アルーラは口笛でも吹きそうな顔。
「若いとは聞いていたが。へぇ~、あんたが」
イザークはレウィシアをじろじろ。
「私はこの通り元気ですよ。相手も見て、気は済んだでしょう。戦の件はありがとうございました。わざわざ来て、教えてくれ」
セレーネはイザークに一礼。
「というわけで、帰ってください」
イザークを押すがびくとも動かない。
「まだ何かあるんですか」
「お前の元気な姿を見られただけで十分だが」
納得していない様子。
「不自由はさせていない、つもりだが。セレーネが不自由な思いをしているのなら」
「していませんよ」
「だろうな。お前のことだから目を盗んで息抜きしている」
「むしろ、旦那が尻に敷かれているかもよ。逆らえば国ごと」
「するか! 勝手なこと言うな!」
「ああ、尻に敷かれるのは確実だな」
イザークはカーバンクルの言葉に頷いている。
どいつもこいつも。
「ヴィリロに戻れ、と言いたいのか」
「言いたいが、じいさんが追い返す。こいつはもうグラナティスの人間。完全に縁が切れりゃ戻れるかもしれないが」
「冷たい方には思えないが」
「甘く見ているから負ける。人は見かけによらない」
ああ、とレウィシアは頷く。
「それではどうしろと。知らせに来たから礼をよこせ、と」
「ん~、金持ちから金を取るのはなんとも思わないが、金で解決するのもなぁ」
呆れながらイザークを見た。イザークはにぃ、と笑い。
「腕試しだ」
「腕試し?」
セレーネは繰り返す。レウィシアは怪訝な顔。
「お前の親父が生きていても旦那になる奴の腕を試していたさ。親父の代わりだな」
「父様は……」
そんなことしない、と言いかけて、言えない。
「どうする、王さま?」
からかいがにじんでいる。
「勝てばお前を捕らえても」
答えたのは、ガウラ。
「いいぜ」
できるのならやってみろ、と言わんばかりの笑顔。
大陸中に名を響かせている海賊を捕らえれば有名に。捕らえた者も名が知れ渡る。
「のった」
「ガウラ」
ダイアンサスが困ったように呼んでいる。
「王でなくともかまわないのだろう」
「オレは誰でも、何人でもかまわない。お綺麗な戦いなんてできないんでな。手加減はしてやるよ」
「ほお」
ガウラの低い声。額には青筋らしきものが。アルーラは「あちゃー」と、手で顔を覆っている。
「こいつの親父はオレより強かった」
イザークはセレーネの頭をぽんぽん。
「スカビオサも父様には勝てなかったと言っていましたよ。一体どれほど強かったのか」
「若い頃からあちこち武者修行に出てたみたいだからな。そのおかげで会ったんだが」
「表に出ろ」
「ああ」
ぞろぞろと部屋を出た。
「嘘でもスカビオサと結婚したと言えばよかったです」
がくりと肩を落とす。
「違うと即答してやる」
「愛されているな~」とイザークは笑っている。
「そうだ、カーバンクル。近くに精霊の気配する?」
「精霊の気配?」
カーバンクルはイザークの肩で尾をふりふり。
「ラタトスクを見たから」
「へぇ~、ラタトスクを……ええ! ラタトスク!」
「おいおい、いきなり大声出すな」
イザークは顔をしかめている。カーバンクルの声に驚き、全員の視線が集まる。
「本当、本当にラタトスクだったの」
「カーバンクルとは違うけど、あれもネズミ、リスに似た姿をしているでしょ。私見て笑ってた」
「うわぁ」
「ラタトスクってのは」
「精霊なんだけど」
「強いのか」
「ううん。力はそうでも。でも」
「でも?」
「厄介な奴なんだよ。喧嘩の中継者って言われてて、煽りに煽って」
「そりゃ厄介だ。そんな奴を見たのか」
イザークはカーバンクルからセレーネへと視線を移す。
「私じゃなく誰かを煽っているんだろうけど。個人ならともかく、国同士なら。いや、個人でも地位のある人なら」
喧嘩から大きな争いに。
「見たのはここに来て一度だけ。もしかしたら、その前からちょろちょろしてた、かも」
「はっきりしないな」
「それはそうだよ。わからない者にはわからないけど、わかる者にばれれば」
「喧嘩は終わり、か」
「うん」
「オレが遊んでいる間に調べてやれ」
「わかったよ」
カーバンクルはイザークの肩からセレーネの頭に飛び移る。
邸の外へ出れば、
「真剣でいいか」
「オレは木剣でもいいぜ」
ガウラはかちんときている。選んだのは真剣。イザークに向かい投げる。
まずはガウラか。真剣を構え。対するイザークは構えもしていない。
「いつでもどうぞ」
片手は剣、片手は来い、と振っている。
カーバンクルはセレーネの頭で周囲を見て、耳をぴくぴく。鼻も匂いを嗅ぐように動かしている。
剣のぶつかる高い音。体格的にはイザークが勝っている。力も。ガウラが両手で持つ剣を片手で軽々受け、片手は自由。レウィシア達はガウラとイザークの勝負を見ていた。
「王さまも加わるか」
自由な手で手招き。その間もガウラは剣を繰り出している。
「加わるなら、もう一本剣をくれ」
「アルーラ」
ラーデイの小さな声。レウィシアの代わりに行け、という意味か。
ガウラは攻めているが、イザークは軽々と受け、弾いている。剣だけではなく足も出て。
加わるのか、レウィシアは剣を二本持ち。
「陛下」
ラーデイの非難の声。レウィシアは止まることなく二人に加わる。
二対一
「この国は二つに分かれて戦中、なんでしょ。火種なんてどこにでも転がっている。彼が王様なんでしょ」
カーバンクルはレウィシアを見た。二人揃って遊ばれている。ガウラの剣をレウィシアに向かうようかわしている。
「王様の傍には君がいる。君がいれば捕まえるなり、封じる、でしょ」
頷く。王同士を煽れば、戦はさらに激しく。
「それなら個人を煽っているのかもね」
「注意して見ているしかないかぁ」
息を吐いた。
「あっちもそろそろ終わり、だね」
見ると、レウィシア、ガウラの手から剣は離れ、イザークはにやにや笑い。
「オレの勝ち、だな。手は抜いてやったから大した怪我はないはずだ」
本気で狙っていたのなら、兵の姿の時に油断させ、ばっさり。
カーバンクルはセレーネの頭から下り、イザークの元へ。
「帰る?」
「ああ。用は済んだ。軽い運動もしたから、飯食って帰るが。お前はどうする。一緒に来るなら」
レウィシアは素早い動きでイザークとセレーネの間に入る。
「新鮮な魚が食べたくなれば、行きますよ」
「港町なら連れて行ってやる」
レウィシアが答える。
「それでは、嫌になれば」
「お、目に見えて落ち込んだ」
イザークは笑い、セレーネも笑った。
「いつでも来い。居場所は精霊に聞きゃわかる」
同じ
「はい」
「泣かされるようなことがあれば殴りに来てやるよ」
「泣かす、じゃないの」
人をなんだと。
「だろうな。じゃあな」
イザークは剣を地面へと刺し、門へと。カーバンクルは肩から手を振っていた。
「魚」
「はい?」
レウィシアは振り返り、セレーネの両肩に両手を置く。
「魚が食べたいのなら、言ってくれれば」
「ああ、そういえばお昼まだでしたね」
大した時間は過ぎていないだろうが。
「昼食にしましょうか」
ダイアンサスとラーデイはイザークが去ったのを確かめ、邸を指した。
「昼食に魚はでませんが」
「そこまで魚料理が食べたいのでは」
ダイアンサスは小さく笑っていた。
大した時間は過ぎていないと思えば、おやつの時間、一時間前だった。
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